1
「おーい、アサヒー! こっちこっちー!!」
ファンさんの葬儀が終わって人波が一段落したところで、私とコタローはセイリリオス広場へと戻ってきた。広場の真ん中あたりでニアちゃんがこっちに向かってぶんぶん手を振っていたので、みんなのことはすぐに見つけることができた。
展望台でのことはコタローと話し合ったうえで、みんなにはまだ秘密にしようという結論になっている。
理由はいくつかあるけど、一番はみんなを混乱させてしまいかねないからだ。特に、ヒカリさんとニアちゃんはシンと深く関わっていることから、話せば何かわかるかもしれないが、逆にこの声に関する深追いを止められる可能性が高い。それに聞こえてきた内容からして、今すぐに何かできる訳でもないから一旦保留、という歯がゆい選択しかできなかった。
「ごめん、人波に流されちゃった」
「それだけファン様が慕われていた証拠ですね」
もっともらしい言い訳をするとビャッコさんがうんうんと頷いていてくれたので、私も同意してみんなの真ん中にいたレックスに視線を移す。
ファンさんの国葬の後の話はまだ聞いていなかった。
「それで、この後どうするの?」
「法王様が俺たちを呼んでるみたいだから行ってくるよ。アサヒも来る?」
「うん。特使になるかのお話も保留のままだし」
「どないするつもりや? 特使の話、受けるんか?」
「はい。……えーっと、ヴァンダムさんからのお手紙で、私はレックスの護衛のために傭兵団から派遣されたってことにして、所属はアーケディアの特使だけど傭兵団との繋がりは確保しておけばいいってあったので」
「さよか。なら心配いらへんな。それにしても、敬語が抜けきらへんなぁ」
「なら、ジークさんが今すぐに標準語に戻せって言ったらできますか?」
「人間自然体が一番やと思うで」
あっさりと手のひらを返したジークさんに「あ、逃げた」とニアちゃんの手厳しい評価が下る。すると、隣にいたサイカさんが「王子もやればできるんやけどな。ほら、各国首脳会談の時だってちゃんと――」となんだか気になることを言いかけた口を片手で制したジークさんがそのまま謁見室へと連行していった。
腑に落ちない私たちは取り残され、顔を見合わせた。そういえば各国首脳会談の結果は聞いたけど、そこでどんな風に話し合いがされたかは聞いていなかったな。と思っているうちにアルスト最凶の二人組はどんどん遠ざかっていく。下手すると誘拐にも見える光景に周りがざわつき始めたところで、私たちは慌ててジークさんたちの後を追った。
白亜の大聖堂の緩やかな階段を上っていくと、その上で見張りをしていた兵士の人たちが私たちの足音を聞きつけてこちらに視線をやる。その何とも言えない「またお前らか」と言うような表情に委縮しそうになるが、階段を登り切った奥の謁見の間で行われていた神秘的な光景に、それまでの嫌な気持ちを忘れてしまった。
中空に規則的に浮くコアクリスタル。その下ではマルベーニ聖下が目を瞑って両手を広げながら、そのコアクリスタルから放たれる蒼い蛍のような光を浴びていた。
何かの儀式なんだろうか。そう思いながら様子を窺っていると、マルベーニ聖下が浴びていた蛍のような蒼い光が私たちの方に流れてきた。それはヒカリさんやレックスたちを避けて、私の胸元辺りに吸い込まれていく。光が消えた場所は認識票がぶら下がっている辺りだ。
これは大量の情報を収める記録媒体であり情報を取得する受信機のような機能もあるとヒカリさんから言われたのを思い出して、私は内心あわあわしながら首元の認識票を取り出して両手で覆った。しかし、それはあまり意味がなくて光が集まってくるのは止められない。
ヒカリさんも私の様子に気付いたのか、驚いた顔で振り向いてそっとマルベーニ聖下のから私を隠すように位置をずれてくれる。
「――すまない、少し待たせてしまったかな?」
法王様の声がする。
その間も早く光が収まってくれるのを祈りながらヒカリさんの後ろで待っていると、レックスと今の光景についてやりとりをしている間に私に集まってきた蛍のような光は全て認識票に収まったらしかった。
ほっと胸を撫でおろしていると、先ほどの光景はコアクリスタルの洗礼だとマルベーニ法王様からの説明が始まった。この洗礼をするとドライバーとの同調率が格段に上がり、同調の危険性が少し下がるということだ。具体的なイメージができないけど、料理とかで味を染み込みやすくする工夫。とでも思っておけばいいのかな。
「天の聖杯のドライバーとなったことで、私はこの力を手に入れた」
「……ってことは、もしかして俺にも?」
「どうかな。人には向き、不向きというものがある」
一瞬期待を持ったレックスに、法王様は静かに笑って答えた。この言い方だと、たぶん天の聖杯のドライバーだと言ってもその人の資質によって使える力に差異があるらしい。あからさまにがっかりするレックスだけど、これは法王様しかできないからこそ、この人はアーケディアの法王様を名乗れているのだと思う。もしコアクリスタルの洗礼がレックスにもできたら、第二のアーケディア法王庁ができてしまうかもしれない。
「それにしても、先ほどの洗礼……」
「な、何か変でした!?」
「……いや。私の気のせいかもしれない、気にしないでほしい。――さて、今日の私の仕事はこれで終わりだ。ついてきなさい」
一瞬認識票の異変についてバレたかと内心冷や冷やしたけれど、それ以上に慌てた声のレックスに対して法王様は疑問をちょっと持っただけで、それを私たちに追及してくることは無かった。ゆったりとしたローブを翻してどこかへと歩き出す聖下の後をみんなが追っていく中、私は縮み上がりそうになった心臓を押さえて何とか落ち着けようと深く息を吸った。
「お、おい。大丈夫か?」
「大丈夫じゃない……。心臓痛かった……」
まだドキドキと強く鼓動を打つ心臓を何とか宥め賺して、謁見室のさらに奥にある小さな部屋を目指す。いつのまにか一番最後になってしまって、謁見室には誰もいなくなっていた。
「早くいかねえと、色んな意味で注目浴びちまいそうだな」
「そ、それは嫌だ。行こう、コタ」
「おう」
小走りで駆けだすと、大理石のような白い石畳の床がカツカツと鳴った。
2
「ルクスリアへの特使、ですか? 俺が?」
謁見室の奥にある広めのその部屋は各国首脳会談にも使われた、所謂一般に公開されていないブリーフィングルームらしかった。そこでお話は急展開を迎える。
法王様はレックスにルクスリアの特使となってほしいと切り出してきたのだった。
その人は机の上に地図を持ち出し、私たちに見せる。それはアルスト全体を描いた地図だった。
中心辺りに世界樹が聳え立ち、その根元はドーナツの穴のように空いている。その周りを五体の大きな巨神獣が旋回しているというのがこの世界だ。世界地図にしてはものすごくわかりやすい。
世界樹に行くためには、その周りに空いた穴『大空洞』を越えなければならない。
そもそも大空洞は500年前の聖杯大戦以降にできたものであって、それより前にはなかったものとの話だ。
この大空洞は、サーペントと呼ばれる巨大なモンスターが作り出していて、そのサーペントというモンスターはかつては
それを甦らせ新たな命令を与えたのが、ジークさんの故郷であるルクスリアの王家の人々だ。
かつてのジークさんの祖先は、サーペントにこう命令したそうだ。
『何人たりとも、世界樹に近づけるな』
と。聖杯大戦の悲劇を繰り返さないためということだったけど、私はそれに首を傾げながらマルベーニ法王様のお話にただ耳を傾ける。
「サーペントに与えられた命令を解除するモノがルクスリアある」
「モノは
自分で自分の胸を親指で指すジークさんに法王様は頷いた。
そうした後に、真剣という単語だけでは伝えきれないほどの熱のこもった視線でレックスに視線を向ける。
「特使としての書簡は用意した。楽園に行くのは君たちの目的だったはずだ。だが、油断はできない。メツ達はいずれ
部屋には静寂が満ちた。法王様の言葉を噛みしめるように一度目を閉じたレックスは、真っすぐ顔を上げた。すべてを受け止めるように。その横顔を見つめるヒカリさんの眼差しが初めて不安げだったことに気付いたけれど、すぐに微笑んで法王様にレックスと同じくまっすぐ視線を返した。
「ルクスリアへの船はこちらで用意しよう。君たちは支度ができ次第、すぐにルクスリアへ向かって欲しい」
「分かりました」
「ほんなら、この後については客室に戻って話すさかい」
なんだかいい感じに話がまとまってしまいそうな雰囲気なのは大いに結構なんだけど、ちょっと待って。私まだ法王様と話せてない。思い思いにジークさんの背中を追うみんなと法王様を見比べて私は視線をさ迷わせた。
「あ、あの――」
「そう言えば、君には特使の話を受けるか結果を聞いていなかったな。時間があるなら少し残ってくれないか?」
声をかけたが最期、私が一番恐れていた展開が自分の身に振りかかった。
レックスたちは法王様の言葉でようやく思い出したのか、一度だけこちらを振り向いて「じゃあ、俺たちは先にジークから話を聞いてくるから」と完全に私を置いて行く気満々だ。待って、せめてヒカリさんかサイカさん残って! と念を送るも空しく、そして、無情にも扉は音を立てて閉められて、会議室のような広い空間に法王様と二人きり……。いやコタローがいるから三人か。それでも心細さは変わらず、内心でレックスたちを詰る。
学校で、先生と二人きりにされたような気まずさが襲い掛かってくる。
正直に言うと、ちょっとだけ逃げたい。
「それで、特使の話は受けてもらえそうかな?」
「は、はい。えっと……そのことで法王様にこれを――」
私はカバンの中から封蝋のされたヴァンダムさんからの手紙を取り出して法王様に預けた。
手紙を裏返して封を切ろうとする聖下は、そこに押された蝋の紋章を見てはたと手を止めたように見える。
「君はインヴィディアの貴族にも知り合いが?」
「え? い、いないですけど……」
封蝋の紋章のことを言っているのかな。でも、私には貴族と呼ばれるような人の知り合いはジークさんくらいしかいない。向こうの世界では身分階級なんてなかったし……。
そもそも傭兵団では、自分から話されない限り相手の過去を探らないというのが暗黙の了解であるので気にしたことなかったけど、あの人かな? それともあの人かな? と、ヴァンダムさんの知り合いで貴族っぽい人を頭の中で列挙しているうちに法王様は手紙を開いて中身を見る段階に入っていた。
目で文字を追うのがもどかしいくらい、時間の流れがゆっくりに感じる。そうして、ようやく法王様が手紙を読み終えたと同時に、ふうと息を吐き出した。何のため息なのか私には想像もつかない。
「ここに書かれている内容を君は承知していると取って構わないだろうか」
「はい。ええと――私の所属はアーケディアとしていただいたうえで、活動としてはインヴィディアとアーケディア両国の特使になります。インヴィディアの特使としての最重要任務はレックスの護衛であり、それに競合しない命令である限りはアーケディア法王庁の命令に従います」
「……手紙の内容と相違はなさそうだな。よろしい、アーケディア法王庁マルベーニの名において君を特使として任命しよう」
私宛のヴァンダムさんの手紙の中で法王様に渡した手紙の内容は知っていたものの、その中身をそらんじられるくらい読み込んでおいて良かった……!
法王様は手紙をしまって懐にしまい込む。なんとかお話しに区切りが付きそうな雰囲気に少しだけ気を緩めた。
「これは私が預からせてもらうが、いいかな?」
「は、はい。えっと、特使として、これからよろしくお願いします」
「あぁ、こちらこそ。――そういえば、この国で過ごすにあたって何か問題は起きていないか?」
「問題……ですか?」
「その様子だと、まだ問題は起きてなさそうだな」
「?」
問題はいろんなところにあると思うけど、法王様の言わんとしていることが分からない。
コタローに視線を寄こしても一緒に首を傾げるばかりだ。その問題について聞こうと「あの」と言いかけた時に、部屋の中にノックの音が響いて私たちは同時にそちらを向いた。
『お話し中に失礼いたします。マルベーニ聖下に急ぎご報告したいことがあります』
「……すまない、追加の仕事のようだ。話はまた次の機会でいいだろうか」
「分かりました」
「感謝する。――入れ」
法王様が入室許可を出すのと同じくして、私は一礼をして入ってきた神官の人とすれ違って部屋から出た。
その途端、詰めていた息が逃げ場を失ったようにせり上がって、私は口を押えてその息を飲み込む。
「お疲れさん」
「うん……」
労ってくれるコタローに言葉を返すのもそこそこに、早くみんなの所に行きたくて一目散に大聖堂の客室へと向かった。マルベーニ聖下の言う、次の機会がすぐに来ないことを祈りつつ。
港が遠い(お話的に)
次話『カフェ・ルティーノ』