1
ぱたぱたと私とコタローが走る音が大聖堂内で反響する。走ったら怒られるかな、って衛兵さんたちを見ても知らん顔されるので同じように知らん顔をしてレックスたちが向かったはずの客室へ急いだ。
『――船に乗った――らええ』
『ジークは運が――も。なんだか沈没―――も』
『はっはっはっはっは! ほんまやな!』
『笑いごっちゃ――んだけど』
あ、ジークさんの声だ。と意識した方に向かって進んでいるうちに本当に先に説明し始めちゃってる。と、ほんの少しだけど疎外感を感じてしまった。でもそれ以上に、なんか楽しそうだな。何の話してるんだろう。
声のする部屋に辿り着いた私は、そのまま部屋に入らず開けっ放しの扉の裾から顔を少し出した。
うん、当たり前だけどみんないる。
「何してるのよ、アサヒ。ほら、早く入りなさいよ」
「あ、う、うん」
ヒカリさんに促されてみんなと合流すると、「そういえばジークさ」と話を切り出した。
「テンペランティアに行く時に、自分はイーラと無関係じゃないって言ってたけど、あれどういうこと?」
「ん? あぁ、あれか。あいつらのことは知らんけど、500年前に滅んだイーラっちゅう国はな、ワイらルクスリアの前身――ルクスリア人はな、イーラの滅亡から逃れた英雄アデルの末裔なんや」
「じゃあ、ホムラが眠りについた後、アデルはルクスリアに?」
「そういうこっちゃ」
みんなにとっては驚きの事実、なんだろうな。私にしてみたら英雄アデルの足跡はあまり興味がないんだけど……。と思っていると、度たび歴史の知識を披露してくれるビャッコさんがその話に食いついた。
「それは初耳ですね。歴史はそれなりに勉強してきたつもりですが、まったく知りませんでした」
「こーゆうのは、あんま表には出さんからな」
と言って、ジークさんは自分の腰に手を回して万年筆を取り出した。その握りに彫られている金色の装飾を私たちに見やすいように見せてくれる。炎のようなマークのそれが、ジークさんの王家の紋章であり英雄アデルの紋章らしい。今では、こういった形でしかアデルの末裔も証は残っていないそうだ。
それを見ていたヒカリさんの表情がどこか寂しそうに思えるのは、きっと見間違いじゃなと思う。
「まぁ、そんなわけでワイらの先祖であるイーラ騙る奴らは見逃せへん。目的もいまいち分からんし、ルクスリアに行くんなら急いだほうがええ――んやけどな」
「何か問題がおありで?」
「大したことあらへん。ただ、久々に故郷に帰ることになるやろ? 長い間ここには世話になったからな、ちっとは思い出に浸りたい思うてたんや。ちゅーわけで港までゆっくり散歩しながらでもええか?」
「ジークって意外と感傷的だよね」
「ボンにはまだ分からんかもなぁ。この男の哀愁が」
「まぁ、お土産もいっぱい買うて帰らんとね」
「いらんいらん、オヤジにはそんなん不要や。ほなら、港まで歩いていくで」
ルクスリアの王子様であるジークさんのお父さんだから、ルクスリアの王様ってことになるのかな。家族の話題になった途端、パタパタと手を振りだして話を切り上げさせようとするジークさんは、そのまま勝手に歩きだしてしまった。
そんなにお父さんの話題が嫌なのかな。他の人の家族の話って結構聞いてて楽しいんだけど……。そのままずんずん先に行かれてはぐれても大変なので、小走りでジークさんの背中を追う私たち。
ニアちゃんが「途中でオーディファ、飲んでもいいからな」とジークさんの横でからかうと、ルクスリアにはオーディファは無いということで、サイカさんが嬉々としてニアちゃんに乗っかり飲みたがるのをジークさんが諫めている。
うーん、ちょっと離れたところから三人の様子を見ていると、ジークさんが姉妹におねだりされてるお兄ちゃんに見えるなぁ。
「ジークってオーディファが好きなのかな?」
「でも、アニキ。ジークがオーディファ飲んでるところ見たことないも」
そんなトラとレックスの話を聞いて謎は深まるばかりだった。
2
私たちドライバーは普段持ち歩く荷物の他に、娯楽品や嗜好品を入れるポーチを一つは持っている。中に入れた物がブレイドの好きな物だったら上機嫌になるし、そうでなくてもきれいな絵や美味しい飲み物は戦闘中にいい影響を与えてくれることもある――らしい。
まぁ、私の場合はあんな小さなポーチに食べ物や飲み物を入れるというのが文化的に慣れなくて、というか中身が零れたり割れたりしたら嫌という気持ちがぬぐい切れずに緊急の救急セット代わりにしか使ってない。
「ジークの好物オーディファじゃないのかよ!」
「何言うとるんや、ボン。ワイはそんなこと、ひとっ言も言うとらへんで?」
「ちっくしょー」
展望地、ミラ・マーでコイン投げをした後、難民キャンプの壁画の謎を追いながら、カルトス通りのお店を冷かしつつジークさんの思い出巡りに付き合っていた私たちは、立ち寄ったカフェで小休憩をとっていた。
レックスは不貞腐れたようにストローが刺さってる紙コップを啜っている。最近のレックスの趣味は人の好物当てらしく、今回もオーディファという謎の甘くてまろやかな飲み物がジークさんの好物だと意気込んでいたけれど、それが空振りに終わって悔しいのだろう。そんなレックスに対して笑っているジークさんに苦笑いが漏れる。
しかし、その笑い声を押さえてしまう。それくらいカフェの周りにはスペルビア兵とインヴィディア兵が行き交っていて物々しい雰囲気を醸し出していた。
「なんか、物々しいね……」
「うん……」
お隣でジュースを啜っていたニアちゃんに頷くと、更にお隣の白いモフモフのビャッコさんが、スペルビアとインヴィディアの二国間で首脳会談が開かれるらしいと小さな声で教えてくれた。
その言葉に対して、レックスと顔を見合わせたニアちゃんは自分のブレイドに視線を戻し、
「首脳会談って、この間のテンペランティアの件? でもそれって――」
「マルベーニ法王が間に入って解決したんじゃ?」
「アーケディア法王庁に聞かれたくない話もあるのでしょう」
「それに、インヴィディアはこことは少し距離を置いとる。法王に
「ヨーカイ――って、なに?」
「口出しされるってこっちゃ」
「うわっ、亀ちゃんのクセになんでそんな難しい言葉知ってんの!?」
「なんや『クセに』って! うっさいわネコ娘!!」
「ま、待って待って!! 二人ともこんなところで険悪にならないで! えっと、そ、それじゃ最近メレフさんと会えない理由って、そういうこと――なんだよね……?」
「アサヒ様のご想像通りでしょう。ご多忙と聞きます」
「そっか……」
テンペランティアでの一件以来、メレフさんは自国の船に駐在している。こちらから会いに行ければいいんだけど、今の私の立場では軽々しくスペルビアの船に近づくことはできない。
これから遠いルクスリアに向かうことになるので、一緒に行けないとしても、一言くらいは挨拶していければと思ったんだけど。
「どうにかならないかなぁ……。ね、コタ」
と同意を求めて足元の相棒に声をかけるけれど、反応は返ってこない。おかしいな、と思ってそちらの方を見てみると先ほどまでいたコタローの姿の影も形もなかった。
「? コタロー?」
「あ、あれやない? 今、角曲がってったの」
「えぇ? もう、しょうがないなぁ……」
サイカさんの指さした先を見ると確かに見覚えのある短い尻尾がお店とお店の間の細い路地を曲がっていくところだった。コタローの犬的好奇心が先走ってしまうのはフレースヴェルグの村でも珍しくない。
でも、ここはあんまり慣れてない土地だし単独行動は決して褒められることじゃないから……。
「コタロー連れ戻してくる」
「手伝おうか?」
「ううん、大丈夫。ニアちゃん達は先に港に行ってて、すぐ追い掛けるから」
「分かった」
『早くねー』とニアちゃんの声に手を振って、私はコタローの消えた裏路地に駆け込んだ。表通りとは違って目立つようなもののない裏通りは白亜の建物がひしめき、複雑な道を作り出している。
あちら、こちらとフラフラと一心に追いかけながら、時折立ち止まるコタローにようやく追いついて、身柄を確保すると腕の中の豆柴は前足と後ろ脚をパタパタさせて自由を求めた。
「コラ! 一人で行っちゃ駄目でしょ!」
「放してくれアサヒ! チョコットが俺を呼んでるんだ!」
「チョコット?」
チョコットは、インヴィディアの首都フォンス・マイムで売られているお菓子だ。読んで字のごとく、こちらの世界のチョコレートだ。甘いもの大好きな私の相棒は、その見た目通り嗅覚が発達しているのか「チョコットの匂いがしたんだ、絶対だ!」と頑として譲らない。
さすがブレイド、と思うような力で私の腕の中から脱出すると、コタローは再び路地裏に飛び込んでいった。
「分かった! 分かったから一人で行かないで!」
まさに犬まっしぐらと言う感じでコタローの進む速度は変わらない。小さな背中を見失わないように追い掛けるので精いっぱいだ。そうしてどれくらい走ったか。
ちょこまかと路地を曲がり、方向感覚を失い始めた私の鼻にも、明確にチョコレートの甘い匂いを感じ取ることができた。しかし、ここはアーケディアの裏路地のさらに奥。こんなところになぜチョコットが売られているのか。まずは疑うべきだった。
「ようやく見つけたぜ、俺のチョコット!!」
「まだ買ってないでしょ! ――って、あれ?」
コタローが飛び込んだ路地の先は行き止まり。日の光も差し込まないような、キノコの生えていそうな日陰にずんぐりむっくりとした何かの影が三つ、固形燃料化のようなもので火にかけた小鍋をかき回していた。
陰に目が慣れてくると、それは南国にいるような顔の半分以上あるくちばしにきゅるんとした目に黒い羽と二足歩行できる体。確か、廃工場で働かされていた種族の一種だと思った。名前は、ええと……。
「ターキン族がなんだってこんなところにいるんだ?」
「ターキー……」
鳥の丸焼きみたいな名前のその鳥人間たちは、私たちの存在に気付くと狭い路地にもかかわらず「クエーっ」と鳴いて羽を広げた。
「上手くいっタ! 上手くいっタ!」
「ククク、馬鹿メ! 誘き出さレたとも知らず!」
「馬鹿メ! 馬鹿メ!」
「誘き出しだぁ? ――って、うぉっ! 何じゃこりゃあ!?」
「コタっ!! きゃあっ!?」
前方ばかりに気を取られていた私たちは、路地の手前から他のターキン族の仲間が近づいていることに気付かず、まずコタローが淡く黄色に光る網のようなものに捕らえられたすぐ後に私も同様に捕えられてしまった。驚くべきは、この光る網みたいなの伸縮性に富んでいるのか一瞬にして簀巻きにされてしまった。
「何これ!?」
「アサヒ! くそっ、エーテルが流せない! この網のせいか!?」
コタローの場合はサイズがうまく合っていないのか、簀巻きにされるというより網に絡み取られている様にもだもだと小さな短い脚をばたつかせた。
「アサヒ、トオノは!?」
「遠征に行ってて、まだ帰ってないよ……!」
「何でこんなタイミングで行かせたんだよ!?」
「こんなことになるなんて思わなかったんだもの!」
エーテルをこの網が阻害しているというコタローの言葉は間違いではないらしい。トオノはナナコオリちゃんたちと遠征に行っていてしばらくは帰ってこない。それ以前に、私たちを捕える意味が分からない。このターキン族たちも、私たちを捕まえたはいいけど、さてどうしよう。みたいにこちらを見下ろしている。
すると、転がされている路地の入口から、ひとつの影がふてぶてしく現れた。逆光になっていてはっきりとした姿は見えないけど、ノポン族であることはわかる。
「お前たち、よくやったも! 」
「テメエがこいつらの親玉か!」
「ふん! 教えてやる義務はないも! お前たち、浮かれてないで給料分の仕事をするも! きちんとこいつらを船に乗せてアヴァリティアまで連れて行った奴にはボーナスを出してやるも!」
「「「「「アイアイサー!!」」」」」
えっ、ちょっと、なんで持ち上げて……私たちどこに連れて行かれるの!?
この辺りは迂闊に飛ばせないお話しばかりなので、どうしても進行が遅くなります。
次話『???』
ようやく港に辿り着きました。問題は山積みですが……。
8.19 本編内に発生した矛盾解消のため、書き換えました。