1
ギャオオオオオオっっ、と獣の嘶きが洞窟上になった巨神獣の体内に響き渡る。
ツインサイスを握ったヴァンダムさんとスザクの一撃がとどめとなって、赤いキリンのような胴長のモンスターがばったりと横倒しになった。そうして、その体はいくばくかのお金とコアチップになり青い粒子となって空気の中に吸い込まれていった。
これが、この世界の戦い。
モンスター相手の場合、その死体は残らず、巨神獣の一部となるように消えていく。そして、しばらくしたらまた同じところに同じようなモンスターが復活している。それが、私たちの倒したのと同じなのか、それとも違うのかは、誰も知らないそうだ。
「まだ来るぞ! 構えろ、アサヒ!」
「はっ、はいっ!!」
スザクの声に私は意識を戻した。
ぼんやりとしている暇はない。さっきのモンスターの最期の嘶きで、別のモンスターがつられてきてしまったのだ。手にしている棘のついた変則的な地球儀のような形のボールを抱え足元にいる小さな相棒に視線を送る。金色の緒でつながったコタローは、何も言わずともきりっとした表情で頷いた。
私はサイのようなモンスターのお尻側にいる。頭の方ではヴァンダムさんとユウが二人がかりで敵の注意を引いていた。体勢を崩したモンスターをユウの扱う槍が足をすくって、ズドンとその巨体が倒れ伏す。チャンスだ!
「コタロー! お願い!」
「おう! 俺様の妙技、とくと見やがれ!」
投げ渡したボールをコタローはうまく空中でキャッチして一回転する。その時に目で見えるほど風を纏ったボールをモンスターの背骨に向かって砲弾のように打ち出した!
「エアリアルハウンド!!」
ダウンと呼ばれるエフェクトと合わさり、今度のモンスターは悲鳴を上げることも許されず、青い粒子となったものを私は見送った。
「だいぶいい動きができるようになったじゃねえか。えらいぞ、アサヒ」
戦闘が終わると、鎌を収めたヴァンダムさんが私の頭をぐりぐり撫でた。撫でるというより頭を掴んで左右に揺さぶっているので、赤ちゃんの起き上がりこぼしみたいに世界が揺れている。
ブレイドと同調できた私は晴れてドライバーとして、正規の傭兵団のメンバーに加わることができた。その中でまず私に求められたのは、戦い方を覚えるというものだ。
ブレイドとは人間ともノポン族とも違う、亜種生命体という括りらしく、巨神獣の動力源であり不思議な力の源であるエーテルという力を使ってアーツと呼ばれる現象を引き起こすらしい。
ブレイドには武器ごとに攻撃、防御、回復と役割がありドライバーはブレイドの生成する武器、コタローで言えばボールだけど。そこに溜まる力を純化したり凝縮したり圧縮したりしてブレイドに渡すことで必殺技を出すことができる。さっきのエアリアルハウンドは四段階溜められるエーテルの力を二段階分圧縮して放ったものだ。
……って、原理や仕組みを頭でわかっていても、必殺技を出したり味方の傷を癒したりするたびにファンタジーな現象に感動を覚えてしまう。あとちょっと、この必殺技がうまくいって派手にモンスターを倒せた時の爽快感がものすごい。これは、はまってしまったらだめなやつだな。と連携がうまくいくたびに自制を言い聞かせる必要があった。
コタローは回復が得意なブレイドだから、前線には立てないしどちらかというと後衛タイプだとなかなかとどめを刺す機会なんてないけど……。と頭を撫でられながら考えていると、その横でユウがしみじみと言った。
「やっぱり回復ブレイドがいると安定するっスねえ。安心感が違うっていうか……」
「……悪かったな。どうせ俺の武器は槍だよ」
「あ、あれ、なんで怒ってるんスか」
「知らん。あと、さっきの一言はズオにも伝えておく」
「だから、なんで!?」
そんなやりとりが聞こえてきて、私は思わず吹き出してしまった。少しの間、ユウとそのブレイドの漫才のようなやりとりをコタローと一緒に見ていると、その光景を横切るようにずいっと、ヴァンダムさんの手が差し出された。手には動物の皮をなめして作った巾着が握られている。
「ほら、これが今回の取り分だ。しまっておけ」
「わぁ! ありがとうございます!」
ヴァンダムさん達に戦い方を教えてもらうために傭兵団の簡単な討伐依頼を回してもらっている。依頼を終わらせれば報酬が出るので、それをちょこちょここなしているうちに徐々にお金が溜まりつつあった。
「今日はそれで美味いもんでも食え! よく食ってよく休むこともドライバーには必要なことだからな!」
「はーい」
よく食べてよく休むか……。今日は傭兵団のみんなが寝泊まりしてる固いベッドじゃなくて宿屋に泊まってみようかな。そのためにはいったんコタローの意見も聞いておきたいと思って、私は足元に視線を移した。いつもなら寄り添うように足元をちょろちょろしているはずなんだけど、見た限りではコタローの姿を見つけることはできなかった。
「コタ?」
ひそかに気に入っている愛称で呼びながら、あたりを見回す。すると、私のいるところからちょっと離れた、人一人通れるくらいの狭い岩盤と岩盤の間にしっぽを振り振りしているわんこを見つけた。コタローは見た目の習性からか、自生している植物や生き物を見つけるのがうまい。うまいというか、勝手にホリホリしに行く癖みたいなものがあった。そこで得られるものも多いから、いいんだけど。はてさて、今回は何を見つけたんだろう。
……前みたいに虫じゃないといいなぁ……。
「コタロー、何か見つけたの?」
いざ虫だった時のために、私は少し距離をとった位置からコタローに声をかけた。小さな鼻から聞こえる鼻息がほんのちょっとだけ荒いのがわかる。何かに興奮してるのかな。と、更に近づこうとしたとき、コタローがぐるりと振り返った。口に何かくわえてる。そのままこちらに胸を張って歩いてくる自分のブレイドに身構える。
その突き出た口で甘噛みしているのは緑で、甲羅を持った……んん?
「亀?」
差し出した掌にペッと吐き出されたそれは、まぎれもなく亀だった。お祭りとかでよく見るミドリガメ。手のひらサイズで私の手の上で不思議そうにあたりを見回している。
なんでこんなところに亀? とコタローに説明を求めて視線を送ると、同調して日の浅い私のブレイドは何をくみ取ったのかこう言った。
「こいつ、飼い主に食われそうだから助けてくれって言ってきてるぞ」
「えぇっ!?」
2
岩盤の隙間は私は楽に通れるけどヴァンダムさんには難しい幅をしていた。ユウならいけるかもしれないけど、さっきの一件からブレイドの機嫌を損ねたままみたいで言い出しにくい。
結果、私はいったん村まで戻って、こそこそとお店で食べ物を買ってから亀ちゃんが待つところまで戻ってくることにした。幸いなことに、この場所は村からそこまで遠くない。八百屋で買った食べ物と酒場で作ってもらった軽食を持って速足で戻れば15分くらいでたどり着ける。
軽食を買ったのは自分たちで食べる訳じゃない。コタロー曰く、あの亀ちゃんは食べられそうになっているって言っていた。ということは、飼い主の人はお腹が減ってる可能性が高い。まぁ、食べなければ私たちの夕飯になるだけなんだけどね。ちなみに今日の報酬は、このご飯代でほとんど消えてしまっている。
岩の近くに隠しておいた亀ちゃんを拾って、改めて私たちは出発する。
その道中、
「そういえば、コタローって動物と話せるの?」
ミドリガメを頭にのせて先導するコタローの尻尾を追いながら話しかけてみた。
ブレイドにはバトル中に発揮できるバトルスキルの他に、戦闘中以外で使えるフィールドスキルというものがある。スザクは風を操れるほかに鍵開けのスキルが使えるらしいけど、コタローのは動物と話せる力なのだろうか。
コタローは岩肌がむき出しな道をひょいひょいと歩きながらほんの少しこちらに顔を逸らして、また前を向いて話し出した。確かに、ここはよそ見をしたら盛大に転びそうな地形だ。
「フォネクス以外は大体な。犬とか猫とか、ネズミとか」
「フォネクスはなんで駄目なの?」
「フォネクスはフォネクス語ってのが別にあるんだよ」
投げやりに返事をされた。動物界でも、その言語体系は複雑らしい。
それにしても、動物の言葉がわかる……かあ。
「……ドリトル先生かな」
施設で読んだ児童文学を思い出した。
何度も映画になったり翻訳された有名な作品で、動物の言葉がわかるお医者さんが世界中を旅していく物語だったと思う。そういえば、コタローの声も、施設で見た日本語吹き替え版のドリトル先生の声に似ている気がした。
案の定、ドリトル先生って誰だという話になったので、覚えている限りのお話をかいつまんでコタローに聞かせるうちに、岩壁の切れ目が見えてきた。私たちは慎重に足を運び、そっと岩陰から先の様子を窺う。
ちょうど岩と岩の隙間にぽっかりと空間ができている。そこで黒い服の男の人と緑色のショートヘアーの女の人がうろうろと何かを探しているようだ。
「カメキチ~。どこや、カメキチ~!」
「もぉ、王子があないなこというから、カメキチ隠れてしもうたやん」
「せやかて、あんときは腹が減って腹が減って仕方なかったんや……。おーい、カメキチ~。もう鍋にして食うなんて言わへんから、出てきぃや~……」
か、関西弁だ……。と、この世界初めての元の世界のとっかかりを見つけて感動したい気持ちはあるが、いかんせん内容が内容だけに口元がひきつった笑いしか出てこない。会話を聞いて、コタローの頭の上にいる亀ちゃんに視線を向ける。
「あいつらだとよ。こいつの飼い主」
「あ、そうなんだ。……えっと、悪い人じゃなさそうだけど……」
「あぁ。悪い奴じゃなさそうだけどよ……」
たぶん、私とコタローの言いたいことは同じだと思う。なんかとても、そう、言いたくないけどとっても頭が残念そうな……。初対面の人に抱くには、だいぶきつい第一印象を植え付けられた感じだけど、ここで回れ右をするのは本末転倒だ。なるべく刺激しないように、そっと岩陰から地面に膝を突いて岩と岩の間を探す男女二人組に近づいて行った。二人はカメキチ君を探すのに集中しすぎてこちらに気が付いてない。
どうする? という表情でコタローが見上げてきたので、私は覚悟を決めて一歩前に踏み込んだ。
「あ、あのっ! お探しの亀はこの子ですよね?」
掌にカメキチ君を乗せて女の人の方に見せると、曇っていたメガネが閃いた。
まるで至高の宝を掲げるようにカメキチ君を受け取ってから天に差し出し、感動の涙を流していく。
「カメキチ~! 王子! カメキチが、カメキチが~!」
「おおお! よぉ見つけたで、サイカ!! ワイらのアイドル、カメキチ~!」
その二人の喜び方を見ていると、天上から光が差し込んで天使がラッパを吹きながら紙吹雪が飛んでいるイメージが見えた。私の目もおかしくなったのかもしれない。ごしごしと目をこすり、視界を元の岩壁の間に戻してから二人がこっちの世界に戻ってくるのを待った。
一分か、二分。そろそろ声をかけようかなと思ったその時に、黒い服の男の人が初めてこっちを向いた。
片目に亀柄の眼帯を付けたその人は、バスケットボールの選手みたいに背が高くてがっしりとした体型で大剣を担いでいる。後ろの女の人は、頭や肩に電球をあしらった奇抜な格好をしているので、人とは違う雰囲気にブレイドなのかなと勝手に推測した。
再び視線を移す間に男の人はずんずん近づいてくる。その顔はお世辞にも優しそうとは言えない。しかもこっちに歩いてくるときに黒くて長いコートのポケットに手を突っ込んで背中を曲げた姿は、どう見てもガラの悪い怖い人のイメージそのものだった。
「んで? 自分はなんや? まさかその年で迷子っちゅーわけでもないやろ」
「そっちこそご挨拶じゃねえか。そのカメキチ、誰が連れてきてやったと思ってんだ」
「ちょ、ちょっとコタロー!?」
眼光鋭く睨みつけて来る男の人に対して、一歩も引く気もないと私のブレイドは啖呵を切った。なんで突然そんな喧嘩腰なの!? と新米ドライバーは泣きそうになるのに、絆が浅いのでうまく伝わってくれない。しかし、眼帯極道な男の人はそれに気分を害した様子はなく、きょとんと、本当にきょとんとコタローを見つめていた。
「ちょっと王子、こんな小さな子に威嚇しぃな! ごめんなぁ、王子お腹が空いてて気ぃ立っとるんよ」
果敢にもコタローと男の人の間を、ブレイドと思われる女の人が割って入ってきた。おろおろとする私に向かって眼鏡の奥の垂れた目が優しく笑いかけて来る。そこで私は、もう一つ用意していたものを思い出した。
「あ、あの、もしよかったらこれ……」
ごそごそと、フレースヴェルグの村の酒場で作ったサンドイッチを差し出すと、それを横からかっさらわれた。
そのサンドイッチが消えていった方を見ると、先ほどコタローとにらみ合いをしていた眼帯の人がいつの間にか私の差し出したサンドイッチをものすごい勢いで頬張っている。
「あぁっ! ウチのサンドイッチ!」
「んぐっ……! ごほごほっ!」
「わぁ! お腹空いてるところに一気に食べ物詰め込んじゃだめですよ!」
クロザクロスープを器に注いで、むせていた眼帯の男の人に差し出しつつ、眼鏡のお姉さんと二人がかりで介抱してようやくその人は落ち着いた。
3
「ふぅ~っ。よぉ食ったなぁ」
「ほんまになぁ~」
私が持ってきたサンドイッチとクロザクロスープ、漬けスパーク一本串は一つ残らず眼帯の人と眼鏡の女の人のお腹の中に納まった。どれだけ食べてなかったんだろうと思ったけど、ペットの亀を食べようとしたくらいだから相当な日数だったんだろう。気持ちいいくらいにパンのカス一つ残らず食べて貰えたので用意した方としてはうれしい限りだ。
カメキチ君も返したし、飼い主の人たちも落ち着いたみたいだからこれ以上私がやることは無いかな。本当は宿屋に泊まろうかとも思ったけど、それは次に持ち越したほうがいいかもしれない。そんなことを考えながら「それじゃあ、私はこれで」と、携帯の食器を片付けて挨拶をすると、焚火を調整していた眼帯の人が目を剥いて私を呼び止めた。
「ちょぉ待てや! 自分、ワイらのこと何も聞かんのかい!?」
「え、えぇと……?」
「もうちょい助けた人間に対して興味持てや! せめて、名前くらい聞かんかい!!」
唾が飛んでくるレベルの至近距離で捲し立てられて、怯みあがらないほうがおかしい。
私は関東圏に住んでたので、そちらのノリには付いていけません――!! と心の中で絶叫してみる。すると、なぜか眼帯の人は大きくため息をついて私から二、三歩離れた。そうして、眼鏡の女の人と並び立って、シャキーンと謎のポーズをする。
「ワイの名はなぁ……!」
「ジーク!」
「B!!」
「
「玄武!!!!」
アルティメットは『極』と書くらしい。
という至極どうでもいい情報を織り交ぜながら、ジークさんの自己紹介は続く。その後、後ろで腰に手を当てモデル立ちをしていた女の人はやはりブレイドだったそうで、名前がサイカさんだということはわかった。ジークさん曰く、二人は「アルスト最凶のドライバー」だそうだ。
多分、生まれてから最も濃い自己紹介を一通りされ終わった私は、その勢いに気圧されて言葉がうまく出てこなかった。それでも、反応待ちのようにぐいぐい顔を近づけて来るジークさんに、私は半泣きになりながら答えた。
「わ、私は、アサヒ……です。芹沢朝陽……。あと、この子は私のブレイドのコタローですぅ……」
今までも、そしてこれからも、こんな脅迫まがいの自己紹介をさせられることは無いと思う。
そんな散々な自己紹介が終わり、ジークさんは満足そうに頷いて、
「よっしゃ、アサヒか。お前は自分が何をしたか、分こうとるか?」
「え……。か、カメキチ君を助けて、お二人にご飯をあげただけですけど……」
「せや。つまり、このアルスト最凶のドライバー、ジーク・B・
「特に見返りを望んで助けた訳じゃなかったんですけど……!」
「やめとけアサヒ、反論するだけ無駄だぜ」
「おう、コタローの言う通りや! つーわけで、飯を食わしてもらった礼や。なんか困ってることがあるなら力を貸したるさかい、言うてみい」
自分より年齢が10ほども離れた大人の男の人からくる期待のまなざしが、こんなに重いものだとは思わなかった。力を貸す、とは言われても。特に困っていることもない場合にはこの状況こそが困ってることになるわけで。とはいえそんなことも言えず、私は腕を組んでうんうんと悩みこんだ。
「あ、そうだ。困ってることじゃないんですけど聞いていいですか?」
「おう、なんや」
「その喋り方。ジークさんはどこから来た人なんですか?」
色々あったので忘れそうになったけれど、考えてみれば一番最初に気になったのは二人の喋り方だった。なんで関西弁なのか、どこで知ったのか、少しでも元の世界とのつながりがあればと思ったのだけど……。私がそれを聞いた途端、ジークさんは表情を目に見えて険しくした。き、聞いちゃいけないことだったみたい。
「スマンが、その質問には答えられへん。トップシークレットっちゅう奴や」
気まずくしているのが伝わってしまっただろうか。頭を押さえられるように撫でられてしまった。言いにくそうな顔をしてたし、おどけて言ってるけど本当に言えない理由があるんだろうな。と私は納得する。
「なんや自分、ワイの喋り方が気になるんか?」
「気になるというか……。そういう喋り方をしてる人をここでは初めて見たので、珍しいなぁって……」
「ここでは、っちゅーその言い方やと、まるでワイの喋り方が別ん所じゃ一般的みたいに聞こえるで。この口調はワイとサイカしか使ってへん」
「あう……」
今度はこちらがやり返されてしまった。私もその言葉に返すことはできない。だってそれは元の世界の話だから。これ以上楽園の子というあだ名を証明するような言動や態度は控えようと思ったにもかかわらずこの体たらくだ。答える言葉を無くして俯いた私に、足元にいるコタローが心配そうな顔で見上げて来る。
「なんや、嬢ちゃんも複雑な事情がありそうやな。……っと、日ぃもじきに暮れる。村ん近くまで送ったるさかい、今日はもう帰りや」
そう言われて、はっと顔を上げてようやく気付いた。巨神獣の背中から差し込む光が日光ではなく、月と星の光になりつつある。思った以上に長居してしまったようだ。確かにそろそろ帰らないと、あの岩肌を真っ暗闇で歩くのは危険だ。
「えっ、いえ、そんな、悪いです。一人で帰れます」
「遠慮せんでええよ。ウチらも村で食べ物買うてくるつもりやったし。一緒に行きましょ」
サイカさんとジークさんに押し切られて、私とコタローはサイカさんに手を取られながら岸壁の隙間を通り、言葉通り村の近くまで送ってもらった。一緒に入ると怪しまれてしまうので、私が入って少し経ってからジークさんたちは村に入るとのこと。村の裏門の少し離れたところで別れようとしたその時、ジークさんから「さっきの、礼の話やけどな」と切り出される。
「あれで終わった訳とちゃうからな。なんか困ったことがあったら、ワイが助けたる。これはワイが納得するまで有効やから覚えとき」
「……律儀な野郎だな。だとよ、アサヒ」
「ふふっ、はい。
バイバーイ、と手を振るサイカさんとその横で腕を組んで笑って見送ってくれるジークさんにもう一度頭を下げてから私は村の裏門を潜った。
4
なだらかな傾斜のついた洞窟のような入口に、黒髪の少女の背中が消えていくのを見届けて、ジークとそのブレイドのサイカは詰めていた息を吐いた。不運に不運が重なることはジークたちにとっては珍しくもはないが、その中でも今日の応酬は不運と片付けるには肝が冷える思いだった。
「ええ子やったね」
「ああ」
眼鏡の奥の緑の瞳を優しく細めながらサイカが先ほど出会った少女をそう表現した。その言葉に対してジークも異論はない。アサヒと言う少女は、この戦争と混乱の時期に珍しいほどの『いい子』だ。まるで本当に飢えも沈む大地も知らず、戦争なんて今まで生きてきて一度も出会わなかったような育ち方をしている。本当の楽園から来たように。
「法王庁になんて報告するん?」
「そら、正直に報告するに決まってんやろ」
ジークはこれから待っているであろう、定時報告の内容を思って辟易とした。法王庁の使いを買って出ているとはいえ、最優先項目の天の聖杯の前に、楽園の子と呼ばれる少女の方が接触してきてしまったなんて誤算中の誤算だ。だかしかし、そこでただでは終わらないのがこのジークという男だった。
「楽園の子と呼ばれているであろう少女と接触はしたが、その少女に特異性は見受けられず。漂流者の噂が独り歩きしたものだったと思われる。継続観察の必要はナシ……。こんなんでどうや」
「ええと思う。あの子は、きっとこの村にいるのが幸せやろしね」
自分のブレイドは、どうやらあの少女がいたく気に入ったらしい。ドライバーとブレイドは互いの影響を受ける。ジークも、あの少女のことを割と気に入っていることにようやく気が付いた。だからこそ、別れ際のセリフをジークは苦い思いで繰り返した。
「いつか、本当に困った時が来たら――か。そんな時が一生、来なければええな」
「そうやね……」
そんな話をしているうちに、楽園の子と呼ばれている少女が村に帰って十分な時間が経っていた。二人は、黒いフードを身にまとって、静かにフレースヴェルグの村の門を潜っていく。
次話『魂の頂』