楽園の子   作:青葉らいの

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29『???』

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「コタロー、様子おかしかったね。王子もそう思わん?」

 

 カフェのあったカルトス通りからヤーナス正門を抜けた先の港に辿り着いたレックスたちは、ルクスリアへ行くために法王庁が用意しているはずの船を探していた。しかし、見つけ次第出発するというわけではなく、先ほど何かに誘導されたようにその場を離れてしまったコタローを追いかけたアサヒと合流した後、すぐに乗り込めるようにという考えの元での行動だ。

 眼鏡の奥の表情を曇らせるサイカが言う通り、コタローは少なくとも自分のドライバーを困らせて楽しむような性格ではない。何の断りもなくアサヒから離れることに、口には出さなかったが皆、違和感を覚えていた。

 

「大方、なんか甘いもんにでも誘われたとちゃうか?」

「そうなんかなぁ……」

 

 納得いかなさそうに首を傾げるサイカ。

 その横で、猫耳グーラ人のニアが「ねえ、亀ちゃん」と呼んだ。すっかり亀ちゃん呼びの定着してしまったルクスリアの第一王子は、何の疑問もなくそちらに意識を向けた。

 

「なんや?」

「メレフ達、置いてっちゃっていいの?」

「置いてくもなんも、元々立場も目的もちゃうやろ」

「そりゃま、そうだろうけど……」

 

 どことなく納得のいかないニアは、ジークの当たり前の指摘に歯切れ悪く同意する。そこに、レックスのヘルメットから飛び出したじっちゃんが「それに今は公務で忙しいじゃろうしな」と追い打ちをかけ、完全封殺の図となってしまった。

 ニアとしては、短い時間と言えど、共に背を預け合って戦った仲間である。

 イーラという、以前所属していた組織から足を洗った彼女としては、仲間を置いていくというのは他の仲間たちが思っている以上に罪悪感が募ることなのかもしれない。少なくともレックスも、ニアと同じく気落ちをしているのをジークが慰めていると、見知った黒い軍服姿が港の方から彼らの方に向かって近づいてきた。

 

「お? 噂をすれば影や」

 

 一同の視線が集まる中、堂々とした立ち居振る舞いの特別執権官は、隣にスペルビアの宝珠と称されるカグツチを連れて立ち止まった。

 挨拶でもされるのだろうと、全員は思った。

「私は陛下の護衛があるため、お前たちと同行はできないが旅の無事を祈る」と、軍人気質らしい彼女の口からそんなお堅い言葉が出てくるのだと疑っていなかった。

 しかし、その予想は覆され、尚且つ遥か斜め上に飛ぶ勢いの言葉が、メレフの口から放たれた。

 

「お前たちに折り入って話したいことがある」

 

 

 

 

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 えっさほいっさ、とお神輿のような感じで運ばれ(コタローはサンタクロースのプレゼントのように肩に担がれて)人通りの少ない道からアーケディアの巨神獣の縁を通って船の中に連れ込まれた。

 エーテルを通さない素材の網に簀巻きにされて、もぞもぞ芋虫のように這うことのできない私と、できて小さな足をばたつかせる程度の抵抗のできないコタローはされるがままにどこかの巨神獣船の中の操縦室のようなところに降ろされ――というかいきなり支えていた手を離されて地面に落とされた。

 

「あうっ!?」

「大丈夫か!? アサヒ!」

 

 心配してくれるコタローに答えられないくらいの主に鼻の痛みに顔を伏せて耐えていると「やったも~! やったも~!」という野太いノポン族の声がした。声に釣られて首だけ動かして顔を上げると、私の知ってるノポン族より二回りか三回りくらい大きな青緑色のノポン族が、彼ら特有の踊りのようなジャンプをしながら歌っていた。その耳兼手である両耳の甲のようなところには、細い金色の鎖に大振りの赤い宝石が輝いているし、片方の目には宝石とかを鑑定する眼鏡みたいなものを身に着けていた。服も、光沢のあるエジプトの豪商といった極彩色に金糸をふんだんに使っているのが目に見えてわかり一目見て『成金!』と恰好をしている。

 

「やったも~! 以前の損失も取り戻せただけでなく、オマケで楽園の子も付いてきたも~! これはラッキーも! ようやくこちらにも運が回ってきた証拠も~!」

「誰だ? このでっかいノポン族は?」

「ももっ!? お前たち、アヴァリティア商会のバーン様を知らんのかも!?」

「アヴァリティア商会の」

「バーン様……?」

 

 私を連れてくる時に先導していた通常サイズのノポン族の言葉に私たちは首を傾げる。

 アヴァリティア商会のバーン。名前だけ、どこかで聞いたことがあるような気がするんだけど……。

 

「あっ! もしかして、メレフさんが話してたコアクリスタルをアーケディアに黙って売ってたって言う――」

「モーフって奴の仲間か!?」

「ふざけるなも!! あんな奴の仲間なんて誤解でも腹が立つも!! 大体、事の発端はモーフのせいで、ここまで堕ちてしまったも! 二度と! そいつの名前を出すんじゃないも!!」

 

 モーフと言う言葉にこんなに反応するということは、このノポン族がコアクリスタルの違法売買をしていたのは間違いないだろう。今さっきまで小躍りするくらいのテンションだったのに、今は地団太を踏んで怒り狂っている。それだけモーフと言う人への恨みは深いらしい。

 

「――ふーっ、取り乱してしまったも。過去の損失より目先の利益! 手始めにお前たちを売った金で祝勝会の頭金にしてやるも!」

「ふざけんじゃねえよ! 勝手に決めるなってんだ!」

「ふんっ! その減らず口は相変わらずだも。しかーし! お前はそこでキャンキャン吠えてればいいも、まさに負け犬の遠吠えだも!」

「なっ……!? お前もしかして、昔の俺を知ってんのか!?」

 

 目を剥いて尋ねたコタローに、バーンはにんまりと笑った。思わぬ腹いせの方法を見つけたという風に、加害者の顔でバーンは胸元辺りから巻かれて筒状になった紙を開いて、私たちの真ん中あたりに見せつけた。

 A4サイズくらいの少し色褪せた黄みがかった紙。下の方に署名があるので何かの契約書みたいだけど。……どうしよう。全然読めない単語だらけで何が書いてあるのか分からない。

 

「借用書……。担保は――俺!? おい待て、待ってくれ! 俺はこんな借用書知らねえぞ!」

「知らないのは当たり前も。これはお前が、そこの楽園の子と同調する前に交わされた、前のドライバーとの借用書も。ここには、仕事に失敗してアヴァリティア商会が損失を被った時に、ここに書かれた物品を担保にする旨が書かれているも。つまーり! 今や貴様はアヴァリティア商会のものだも!」

 

 コタローは絶句した。私も、何も言えなかった。

 確かに今考えると誘き出し方がこれ以上ないというほど的確だった。それはコタローを昔から知っていて、その好みを把握しているからこそできたのだ。恐らく、コタローの情報はほとんどバーンも知っていると思っていい。

 勝ち誇ったように笑うバーンにコタローは先ほどの事実に強い衝撃を受けたように俯いていた。彼に顔色があるなら、きっと青ざめているのだろう。

 

「私たちをどうするつもり?」

「コタローは既に買い手が決まっているも。本当ならコアクリスタルに戻したら、すぐにでも売りつけてやるはずだったも。だーけーどーもー」

「っ!? 顔、近っ!」

「楽園の子が付いてくるなら話は別も。売約している相手には入手に苦労したという話を盛って値段を吊り上げた後に、お前の身柄を使ってアーケディアに身代金を請求してやるも!!」

 

 まずい……! これ、本当にまずい奴だ……!

 アーケディアの特使として任命してもらったのがどこから漏れたのかは分からないけど、私の存在をそんな風に扱われるには絶対避けないといけない。どうせ、万が一にも身代金が手に入ったとしても、コタローをコアクリスタルに戻すために、私は遅かれ早かれ死ぬ運命だ。

 何とか一発逆転でもできないかと頭を巡らせていると、私たちの足のある方向から甲高いノポン族の声がした。

 

「バーン様! グレートサクラの準備が整いましたも! これからスペルビア戦艦に運び込みますので、ご搭乗をお願いしますも!!」

「うむ、分かったも! これでスペルビアとインヴィディア、そしてアーケディアから金を搾り取る算段が付いたも。お前たちは、そこで戦争が始まるところを指をくわえてみているがいいもー!」

 

 そうしてバーンは、ノポン族特有のような高笑いをしながら操舵室から出て行った。

 取り残された私とコタローは、バーンと入れ替わるように入ってきたターキン族が、来た時と同様に持ち上げて来る。

 

「わあっ!? 次は何、どこに連れて行かれるの!?」

 

 問いかけてもターキンたちは何も言わずに部屋から出る。すると、私を抱えた組とコタロー担いでいる組で真反対に分かれて歩き出した。私は奥に、コタローは手前に。

 

「離せっ! 離しやがれ!」

「コタ!」

 

 抵抗するも空しく、コタローの声はどんどん遠ざかっていった。

 胸に冷たいものを感じながら、私は事態がどんどん取り返しのつかない方向に転がり落ちていくような、そんな感覚を味わっていた。

 

 

 

 

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 ところは変わり、ゴートイスウト港。

 途中ではぐれたアサヒ達の状況を知る由もないレックスたちは、別行動をしていたメレフから聞かされた内容を信じられない思いで反芻していた。

 

「バーンが首脳会談を狙ってるって?」

「暗殺とはまた穏やかではないのぉ」

 

 レックスと彼のヘルメットに収まっていたセイリュウの言葉に、メレフと彼女のブレイドであるカグツチが頷く。停戦要請をしたアーケディアとの首脳会談とは別に、スペルビアとインヴィディアの二国間で首脳会議が行われる予定があるというのは記憶に新しい。

 

「首脳会談の場で血が流れれば戦争になるわ」

「戦は金になるからな。それを利用して商会に返り咲こうっちゅう腹かいな」

 

 アヴァリティア商会はかつて豪商のノポン族が一人で作り上げたと語られているだけあり、そこの座に収まっていたバーンも、金の匂いがあれば手段は惜しまない。レックスたちも、最初はバーンに躍らされていたようなものだった。今までで二度、バーンとかちあったことがあり、前回の人工ブレイド騒ぎで彼を退陣させたはずだった。だからこそ、バーンの卑劣さも危険さも理解している。

 

「あいつ、どこに消えたのかと思ったら、そんなこと企んでたのか……」

「ニルニー代表代行としては、商会が絡んでいる案件だけに、秘密裏に処理したいとのことだ」

「――で、俺たちに?」

「軍を動かせばことは公になる」

 

 不思議そうな顔をするレックスに対して、一足先にピンときたニアが「なるほどね」と納得の声を上げる。つまるところ、アヴァリティア商会と因縁があり、尚且つスペルビア軍ともつながりがある第三勢力がレックスたちとなる。彼らは様々な国の集まりでもある。しかし、彼らは彼らでルクスリアへ行って神聖なる鎖(サンクトスチェイン)を取得し、世界樹へ向かう目的があることを、メレフ達は忘れてはいなかった。

 

「無理にとは言わん。その場合は、私とカグツチで何とかするつもりだ」

「水臭いやっちゃな。わざわざ頼みに来たっちゅうことは、それだけ難儀やと思とるんやろ?」

「まぁ――な。あのバーンのことだ。単なる要人暗殺で済むとは思えん」

 

 いつになく神妙な顔つきのメレフに、事態の深刻さが窺える。

 

「ニルニー代表代行の話によれば、例の工場ではいくつかの巨大兵器が作られていたそうよ。そして、そのうちの一つが行方不明になっている」

「巨大兵器……」

 

 カグツチからその単語を聞いて、トラが俯く。巨大兵器とバーンの因果関係を一番深く理解しているのはトラだろう。そして、父や祖父の技術を悪用するバーンに対する怒りも。

 

「――わかった。会長…じゃない、元会長とは腐れ縁だしね」

「すまない。これで私は陛下の警護に専念できる。よろしく頼む」

「任せてよ!」

 

 話はまとまった。

 そうして、バーンの陰謀を阻止するべく、レックスたちは今後の行動について話し合おうと、車座に向き合った時だった。踵を返し自分の船に帰ろうとしたメレフが思い出したように立ち止まって、再びレックスの方を向いたのだ。

 

「そういえば、ずっと気になっていたのだが……」

「なんや?」

「……アサヒはどうした?」

「「「「「あ」」」」」

 

 バーンの陰謀阻止の他に、アサヒ探しも加わってしまった彼らはそろって口をぽかんと開けた。

 呆れ顔のメレフとカグツチに先ほどの経緯を説明すると、口元に白い手袋をした指先を添えるメレフは、得心行ったと頷いた。

 

「バーンの件で軍を動かすことはできないが、迷子の捜索と言うことなら話は別だ。片手間の作業になってしまうが、アサヒ達を見かけたらお前たちが探していたことを伝えよう」

「頼むよ、メレフ」

「いつかの時みたいに、スペルビア兵に変な命令せえへんようにな」

「……あてこするな、貴殿は」

 

 思わぬ意趣返しをされたメレフは、じろりとジークをねめつけるも、今度こそ踵を返して自国の船に戻っていった。その背を、小さくなるまで見送ったレックスたちは、再び全員で顔を突き合わせる。

 

 




バーンとコタローの経緯は0話を見てもらえると大体わかります。

次話『宿屋 エルナタウロ』
一昨日時点でTwitterで進捗が30%と言っていたな。
あれは事実だ。
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