1
捕まっちゃった。
何もない殺風景な部屋に地べたに座った私は、その事実を反芻した。
目の前を立ち塞ぐ扉は木製で、外側からカギがかかるようになっている。私の頭一つ上の位置にあるのは鉄格子性の覗き穴みたいなみたいな小窓。360度辺りを見回してみるけれど、ベッドもなければ私以外床には何もない。
ただ、反対側の窓には丸い開閉のできない窓から白い光が降り注いでいる。
倉庫を無理やり牢屋っぽく改造したような部屋だ。唯一の出入り口である扉を叩くと、そんなに分厚くなさそうな感触が返って来たけれど、体を張って壊せそうなほど軟でもなさそうだ。
耳が痛くなりそうなほどの静寂に私は思わず目を瞑った。
悪い夢を見ているようで、次目を開けたら宿屋のベッドだったりしないだろうか。
恐る恐る目をもう一度開く。私を取り巻く環境は変わるわけがなかった。
「どうすればいいのかな……」
ここには誰もいない。
指示してくれる人も、方向を示してくれる人も、私を見てくれる人も。
私は、ずっと周りの人達の視線を読んできた。施設にいる時からずっと。
周りの人たちが私にどういうことを望んでいるのか、どういうことを言って欲しいのか、私なりに読み取ってそれに沿うように行動してきたつもりだ。
だから、一人になると、もうだめだった。
途端に、何をすればいいのか分からなくなった。
思い浮かべる人たちの一人一人の思考を再現する。コタローだったら、レックスだったら、ニアちゃんなら、メレフさんなら、法王様なら、バーンなら――と。
そうすると、ここから出ることと、このまま助けを待つことの、二つに自分の中で意見が割れる。
(コタローだったら、何とかここから出ようとすると思う。なんか無茶しそうだし、無理やりにでも出た方がいい。でも、レックスたちが私たちが居なくなってることに気付く可能性もある。行き違いにならないように動かないほうがいいのかな……)
それに、ここからもし出るとするなら、安全に――とはいかないだろう。
ターキンたちと交戦する前に、目の前を塞ぐ扉をどうにかしなければいけない。体当たりなんかで無理に突破したとして、それだけで終わってしまう可能性が高い。
私はうっすら埃の積もった床に座り込んだまま、床の一部を凝視していた。
無理やりここから出る方法に心当たりがないわけじゃない。
背中に当たる日光の温かさ、私の呼吸に合わせて舞い上がる埃を見て思いついたのだが、絶対的に足りないものがあるのと、この方法は私だけじゃなくてこの船に乗ってる人全員の命に関わることだ。
もし、そんなことをして、万が一誰かが死んでしまって、みんなから責められたり嫌われたらと思うと、とてもじゃないが行動に移せなかった。
「どうすればいいのかな。――どうすれば、正解なんだろう?」
口に出しても、誰も答えてくれる人なんていない。
それでも、私は願ってしまう。
誰か、教えて。
私は何をすれば誰にも迷惑を掛けずにこの状況をどうにかできるの?
2
その同時刻、別の部屋に捕らえられていたコタローは、その小さな体を酷使して扉を破ろうとしていた。
「――キャインッ」
固い扉から跳ね返ってきた衝撃に、もんどりうって情けない声が漏れる。
それでも、彼は諦めなかった。ブレイドの特性である治癒能力を活かして、また四肢に力を入れる。体に問題なく力は入る物の、痛みを感じないわけじゃない。先ほどから苛まれる全身を駆け巡る痛みの余韻に、心がまだ追い付いていなかった。
体には傷の一つもないのに、足が震える。ガチガチと鳴りそうな歯を折れるほどに噛みしめて、扉を睨みつけた。
その小さな彼の体のどこにそこまでの動力があるのか。
そう尋ねれば、その小さなブレイドは、間髪入れずに答えるだろう。
――決まっている、アサヒのためだ。
ブレイドとドライバーという関係だけじゃない。
自分の過去の清算のためだけというわけじゃない。
コタローは、アサヒという少女がそう言ったもの抜きで好きだった。
この世界で楽園と呼べるような世界から一人でやってきて、右も左も分からないまま自分と同調して、天の聖杯と関わって愛着のある村から飛び出して、少なからず命を狙われたりもして、それなのに時として誰かの命を救ったりして。
あんまりにも、あんまりじゃないかと、コタローは憤らずにはいられなかった。
ブレイドとしてキズナが目に見えて繋がっているコタローは、時としてアサヒの感情がダイレクトに伝わって来る。
その中に、恐怖や不安はあっても不満や恨みはなかった。
なぜかは、聞かなくてもわかる。
アサヒは、息をするように他人の気持ちに同調できる。それは言い換えれば、自分の気持ちに鈍感であるとも言える。恐らく、具体的に話を聞いたわけではないが、彼女の出身と育った環境が彼女のをそうさせるのだろう。
だからこそ、コタローはそのたびに己の不甲斐なさを噛みしめていた。
カラムの遺跡でも、テンペランティアでも、コタローはアサヒの本当の助けになることはできなかった。
体が小さい故、ビャッコのような助け方はできない。いつも抱き上げられて、矢面に立つのはドライバーだ。
それなら気持ちで守ってやろうとするけれど、駄目だった。
アサヒは彼女自身が思っている以上に、嘘がうまい。気づかないフリをするのが得意、だともいう。他人を欺くんじゃない。自分の心を欺くことが。それが、彼女の精一杯の心の防衛本能だった。
それが分かっているから、コタローは立ち上がる。誰に聞かせるでもなく、自分で自分の意思を確認をするために恥ずかしげもなく、声に出す。
「だから、駄目なんだ……! 俺が理由で、あいつが傷ついちゃなんねえんだ……!」
――ガンッ! と扉を固い音を立てる。
自分で扱えるエーテルの量はドライバーがいるときに扱えるそれとは格段に落ちる。
それでも自分の周りに空気の壁を作って、コタローは扉に向かって渾身の体当たりを繰り返した。
その音を聞きつけてターキン達が集まってくる可能性も頭をよぎるが、あえてそれを無視をする。
この扉が壊れても壊れなくても、どちらでもいい。
ただコタローは、アサヒのために何かをしていたかった。
「俺は、どうなってもいい。俺でよけりゃ、どれだけ傷ついても構わねえ……!」
――ガンッ!! 二度目の体当たりも無駄に終わる。
反動からか体を覆っていた風の壁が薄くなったらしく、無様に地面に倒れ伏した。
「でも、アサヒだけは……! あいつをこれ以上傷つけたくねえ……!」
――ガンッ!!! 今度はうまく力が伝わったのか、扉の蝶番が甲高い音を立てた気がした。
コタローは、尚のこと四肢に力を入れて、体の中のエーテルをありったけかき集める。
「だから開け……! 開いてくれ……!!」
――扉の先の、その更に先にいる少女の笑顔を思い浮かべながら、彼は渾身の力を振り絞って
「あいつを迎えに行くんだ! 心の中で、不満も恐怖も何もかも飲み込んじまうような、不器用な俺のドライバーを! だから――開きやがれえええええええっっ!!!!」
ガアアアンッッ!! という音がした。
鼓膜を通って脳を揺さぶるような音にコタローの視界が歪む。どうやら、打ち所が悪かったのと、酸欠にもなったらしい。頭がくらくらして、立ち上がる力が片っ端から抜けていく気がした。
脳震盪を起こしたのだろう、とひどく冷静に分析をする自分がいてコタローのはふっと、鼻で笑う。
そして、歪んだだけでその先を固く閉ざしている扉を見て、彼は思った。
(やっぱり、俺の
自分の意思に反して重くなる瞼に抗うことはできず、そこから先、コタローの記憶はない。
3
埃の溜まる床に膝を抱えて、どっちつかずの思考を整理する。
今の自分の行動が、時間の浪費以外の何物でもないことは私が一番理解している。
時間の浪費は駄目だ、急いで決めないと。でもそれで考え不足の見切り発車で誰かの迷惑になったら? そうならないように、ちゃんと考えないと。あぁ、でも、だけど――。
「ううううう……!」
焦りだけが空回りして、誰もが賞賛してくれるスマートな解決策なんて一つも出て来なかった。
それが悔しくて、不甲斐なくて、苦しくて。私は涙がこぼれないようにギュッと目を瞑って唸り声を上げるしかできなかった。
テンペランティアに向かっていた時、レックスは周りに気遣える冷静さが凄いと言ってくれた。でも、それは全くの見当違いのお門違いだ。
結局私は、一人じゃ何も決められない。
誰かの顔色を窺って、さも自分で考えて決めたかのように振舞っていただけ。だから私はあの時苦笑いを浮かべたんだ。
レックスの言葉を否定する勇気がなかった。否定した後に向けてくるレックスの表情を想像できなかったから……。
そんな取るに足らない、時間の空転以外の何物でもない私の意識を逸らしてくれたのは、扉の向こうの廊下の更に先から聞こえてくる固いものへ、力任せにぶつかるような音だった。
『――めなんだ……! 俺が――で、あいつが傷――なんねえんだ……!』
「……コタ?」
ブレイドがドライバーに力を送れる距離は大体数メートルが限界だ。アクセサリーなどで、距離を伸ばすことはできても部屋を三つも四つも離されてしまったら、コタローとのキズナの緒は見えなくなってしまう。
ブレイドだけでも、少しは自分の属性の力が使えるけれど、武器を通してドライバーが凝縮、純化させた物に比べたら威力は比べるまでもない。
けれど――それでも、そんな声と一緒に暴れるような音がしたら、思い浮かぶ光景は一つだ。
コタローは、出ようとしてる。
万が一、私がこのまま殺されてもコタローは記憶をなくして、また新しいドライバーと同調するだけなのに。
誰のため、なんて考えるまでもなかった。
今、同調している
『俺はどうなってもいい、俺でよければどれだけ傷ついても構わねえ……!』
「っ! いいよ、コタロー。無理しないでいいから……!」
扉のについている格子状の鉄枠がはまった窓に向かって、私は声を出した。
声を張り上げれば届くはずの距離にいるのに、私の喉は弱弱しい声を出すばかり。
そんな声じゃ、コタローの声が聞こえる方向から一緒に聞こえてくる痛々しい音は止まらない。
『でも、アサヒだけは……! あいつをこれ以上傷つけたくねえ……!』
「私は大丈夫だよ。だから――」
そこから先、「やめて」という言葉は私の口から出ることはなかった。
その言葉はコタローの思いの否定に他ならない。
私は再び、項垂れて床を見つめた。何もできていない私が、どの口でコタローにやめてと言えるのか。
それでもコタローが無理をするのが嫌で、顔を上げて口を開いても、私はまた迷いだす。
そうこうしているうちに、ひと際大きな声が聞こえて私は弾かれたように顔を上げた。
『あいつを迎えに行くんだ! 心の中で、不満も恐怖も、何もかも飲み込んじまうような、不器用な俺のドライバーを! だから――開きやがれえええええええっっ!!!!』
そうして、響くような固い音が鳴ったかと思うと、コタローの声はそれきり聞こえなくなった。
血の気が引いてく感覚と言うのを私は直に味わった。
騒ぎを聞きつけてターキンの声がにわかにし始める。
そうしてようやく、私は扉にしがみつくようにドアに備え付けられている窓から廊下を覗き込むと、一匹のターキンが大きな体を揺らしてコタローのいる部屋に走っている途中だった。
「ね、ねえ! どうしたの? なにがあったの!?」
「大人シクシテロ!」
「お願い! 教えて!」
「シツコイ奴ダナ!!」
ぐりんっ、とターキンの顔がこちらに向いた。イライラしたような声に気圧されて息が詰まりそうになるけど、足に力を入れて何とかその場から動かずに済んだ。
ターキンと目と目が合――ったのは、ほんの少しの間だけ。ターキンは私の顔の少し下の所を熱心に見ているようだった。視線からすると首だけど、何かあったかな。
不思議に思って首元に手を伸ばすと、認識票をぶら下げるための細い金属性のチェーンが指先に触れる。
「――キラキラ」
キラキラ? あ、もしかしてこのチェーンのことかな。
もしかして、これあげたらコタローの様子とか教えてくれるかも。と、思い至ったその時にタイミング悪く他のターキン達がより騒ぎ出した声が聞こえ、その音に釣られたターキンはそのまま廊下を行ってしまった。
耳を澄ましてターキン達の声を聞くと、コタローが一頻り暴れて静かになったことを知った。
そうして、船の中に静寂が戻った時に頭の中で『カチン』と音が鳴った気がした。
私の中で何かのレールが、今まさに切り替わった。
誰かの迷惑になることが怖い。それで誰かに責められるのも、怖かった。――でも、その中でも一番怖かったものから私は無意識に目を逸らしていたことを知った。
私なんかが動いたところで何も変わらない。
そんな不確定要素のために本当にやりたいことを、誰かの指示に乗っかることで責任から逃げていた。
それをコタローが、示してくれた。
私たちを隔てる扉は壊れなかったかもしれない。それでも、私の中にあった恐怖は、彼の言葉で粉々に崩れ去ったんだ。
「コタローは嫌がるかもしれないけど……」
怒られちゃうかもしれない。
俺の役目を取るなって、拗ねてしまうかもしれない。
でも、それでも私は、やめようとは思わなかった。だって、コタローだって同じだから。
私は、私のために。私がそうしたいから立ち上がるんだ。誰に怒られても責められても知る物か。
「私も迎えに行く。コタローが私にしてくれたように」
声に出して、頭に刻もう。
この気持ちをずっと忘れないように――。
初あとがきを書き忘れそうになる。
投稿時間を見て頂いて察していただければと思いますが、まぁ、今回は難産でPC前でのた打ち回ってました。乗り切った、と思いたいです……。
次話『アヴァリティア商会 巨神獣船船内一室』
8.15あとがきのみ追記
全然乗り切れてなかったというより乗ってもなかった……。