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ここから出る。そう決めた私の頭の中は、さっきの迷いが嘘のように晴れやかだった。
必要な手順と道具を思い浮かべながら、膝丈まであるチュニックの裾をめくる。そこには、肌着にぴったりとしたズボンと腰に巻いたベルトにポーチがぶら下がっている。
ドライバー必需品である衝撃に強く水漏れしにくい構造のその中から、何枚にも重ねられたガーゼで挟み込まれた瓶と包帯を取り出した。万が一の救急箱として使っていたけれど、こんなところで役に立つとは思ってもみなかった。
包帯を切るために使う小さな鋏も出して、ポーチの中身を空にする。
麻紐で縛られたガーゼの束を解くと、挟み込んでいた瓶が現れる。人差し指くらいのサイズの透明な瓶は栓の近くで緩いカーブを描いている。中身は消毒液なんだけど、今使うのはそっちじゃない。
次に首の後ろに手を回して、
少し考えてから、認識票はポーチに入れることにした。なくしても困るし、ここならズボンのポケットに入れるより落ちにくいはずだ。
これで、準備は整った。
「後は……」
私は立ち上がって扉の窓から廊下を見た。するとうまくターキン族の一人がこちらにやってきたので、これ幸いと声をかける。
「ねえ、あなたはさっきのターキン族?」
「ム、ダレダ?」
不思議そうに首を傾げるターキンにあれ? と思う。
さっきのターキンとは違うみたいだけど、まあいいかと鉄格子がはまっただけの窓から手だけを廊下に出す。掌には先ほどの細いチェーンが収まっていて、それを不思議そうに見つめるターキンの前に示した。
「これ、欲しい人に心当たりはないかな?」
「コ、コレハ……キラキラ!!」
「あ、う、うん。キラキラしてるよね。これ――」
「クレ!!」
「わっ!?」
思っていた以上の食い付きを見せたターキンが、何の前触れもなく掌のチェーンを奪おうとしたので、慌てて手を引っ込める。すんでのところで持っていき損ねた鳥人間は逆に飛びつくように扉についてる格子を握った。
「キラキラ!! 欲シイ!」
「え、えっと、交換でならいいよ?」
「ムウ……。交換。何ト、交換?」
「そうだなぁ。ここの扉を開けてくれるとか?」
「――ダメ! 怒ラレル!!」
だよね。ダメ元だったから別にいいんだけど。
「じゃあ、紙は?」
「カミ?」
「紙。文字を書くやつ。えっと……ペーパー?」
難易度をいきなり下げ過ぎたのか、ターキン族は格子に飛びついた状態で黙って考え込む素振りをしてしまった。
こっちの世界に来る前、心理学の本で自分の要望を通しやすくする方法として、このやり方が書いてあったから試してみたけど……。やっぱり、交渉素人なら真摯にお願いしたほうが良かったかもと、後悔し始めたその時にターキン族が格子越しから消える。
もしかして、諦められちゃった?
「えっ、ちょっと待――」
今度は私が格子に飛びついて、廊下の先を見ると先ほどのターキンと思われる背中が廊下の奥へ走っているのが見えた。何か他の目的を思い出してしまったのか、それとも単純に諦めたのかはわからない。でも、これは交渉失敗と見たほうがいいかもしれない。
私はがっくりと項垂れて、格子窓から手を離すが、両頬を掌で挟み込むように叩いて気合を入れなおす。パンッ! といい音がした。
それでも、ここで諦める訳にはいかない。と、気持ちを入れ替えた私の耳にガサガサという何かが擦れる音が廊下からしているのを捕えた。不思議に思って格子窓の方に近づくと、にゅっとその窓から黒光りする頭とつぶらな瞳が飛び出した。
「っ!?」
「紙、持ッテキタ!!」
「え――? うわぁっ!?」
ターキンは格子窓の隙間から紙の束をぐりぐりとねじ込み始める。あまりにも力任せに入れるものだから、紙が変形してぐっしゃぐしゃだ。なんかもう、手あたり次第に持ってきたんだろうなって分かるくらい大小、質、様々な紙が扉の前に溜まっていった。
「紙、交換! キラキラ!」
「分かった、分かったって!」
地面に落ちた紙類を避けて扉に近づき、約束通りチェーンをその翼兼掌のような場所にひっかけてあげる。
チェーンが手に入ったことが分かると、ターキンはさらに目を輝かせて、どこかに走り去っていった。同族に自慢でもしに行くんだろうか。それとも、カラスみたいに自分の巣に持ち帰って大事にしまうんだろうか。
そこまではわからない。でも別にいいや。
私は静かになった部屋の中で屈みこんで、地面に散らばった紙の内容を選定していく。大半は読めない資料ばかりだけど中にはバーンが見せたコタローとの契約書に似た物をいくつか見つけたので、より分けた。もしかしたらコタローと同じような契約を結んでしまっているブレイドやドライバーもいるかもしれない。
そうして残ったのは、文章が書かれているものと、絵の描かれている物の二つだ。その絵の描かれている紙の中で、ひと際目の着く資料を見つけた。というのも、それには唯一英語が書かれていたからだ。
「グ……グレートサクラ?」
額にGのマークを付けた、黒髪のおかっぱメイド服姿の女の子の絵は所々に注釈が書かれているから、多分説明書や設計書のようなものなんだろう。単語単語が分からないものが多いけれど、絵の中にはボタン一つだけが付いたリモコンみたいなイラストの下に、ご丁寧にも爆発のイラストが描かれている。
「自爆……?」
自爆といえばロボット。だとすると、これはトラのお父さんたちの作った人工ブレイドの一部なのかな。
一瞬、これも持っていくかどうか悩んだけれど、この紙が一番私の目的にあっている。それ以外はインクの量が心許ない。結果、私はその紙を着火剤として使うことにした。
扉を背にして、窓から差し込む光が作る陽だまりに小瓶を翳す。位置を調整して光を一点に集めると、後はさっきのグレートサクラの説明書を一番上にして、下に何枚か紙を重ねて紙を半分に折る。
後は一点に集めた光を、イラストの黒髪部分に当てれば簡単な発火装置の完成だ。
これでボヤ騒ぎでも起きれば、人質である私やコタローは避難させられるはずだ。騒ぎを聞きつけた他の軍や運が良ければレックスたちに私たちを見つけてもらえるかもしれない。
私は作戦を実行するまえに、目を閉じて心の中で謝った。
危ない方法と言うのは分かってる。周りに迷惑を掛けるということも。
最初、この方法を教えてくれたのは鉱石ラジオ作りを教えてくれた理科の先生だ。そのときに危ないことには使わないという約束は、守れそうにない。
「先生、ごめんね」
思わず声に出してしまった、それを皮切りに私は瓶で集めた光の下に紙を差し込んだ。
ほどなくして、紙から微かに煙が上がってくる。焦げ臭い匂いが恐怖心を煽るけれど、理性で押しとどめた。
ある程度燃え広がったところで、次は燃えた紙を大きく振る。すると、空気を含んだ小さな炎は目で見えるほどに燃え上がった。振り回した勢いのまま、床に散らばらせた余りの紙に放り投げると、見る見るうちに炎は燃え移って黒い煙を上げ始める。それは扉付近の格子窓の隙間を通って廊下の先へと向かっていった。
それでも少なからず逆流した煙を吸い込んでしまい、私は慌てて部屋の隅で体を低くする。ガーゼで口を塞いで呼吸は何とかなったけど、煙で沁みる目はどうにもならない。
黙って蹲って耳を澄ませていると、異変を察知したターキン達の慌てる声が聞こえてきた。
『火事! 避難!! クエーっ!!』
『オカシ! オカシ! ホウレンソウ!!』
『オ前タチ! 早ク逃ゲルゾ!』
『クエーッ!』
――話が予想外の方向に進んでる!?
驚いたあまり、反射的に顔を上げると思った以上に部屋に煙が充満していることに気が付く。
それをもろに吸い込んでしまった私は、いくらガーゼで口を塞いでいるとはいえ咳きこんだ。
無事に騒ぎにはなったけど、こうもあっさり見捨てられるとは思わなかった。――いや、違う? ターキン達、もしかして私たちを捕まえてること忘れてる?
どちらにしても、すぐに助けは来そうにない。
(せめて、コタローは連れて行ってあげて欲しいな。なんて……虫が良すぎるかな)
あれからコタローの声は聞こえなかったが、なんとかこの匂いや騒音で目を覚まして、騒いで自分が残ってることをターキン達に伝えてくれればいいな。という他力本願をするしかなかった。
紙は後どれくらい燃えるかは分からない。扉とかに燃え移らないことを祈りながら、私はもう一度顔を伏せる。
そうして、私の真横を凄まじい熱風が通り過ぎたのは、それから少ししてのことだった。
2
「何とか、戻ってきました……! ……あれ? みなさん、どうしたんですか?」
ナナコオリが自分のドライバーの所に帰って来て感じたのは逼迫した空気だった。
一緒に連れていたトオノ達を含めた他のブレイドたちと顔を合わせると、彼らの帰還に気付いたトラが耳を上げハナが「おかえりなさいですも」とねぎらいの言葉をかける。
しかし、その声に振り向くレックス達の顔には暗鬱とした表情が込められていた。
「トオノ、大変も! アサヒとコタローがバーンに捕まってしまったも!」
「ドライバーが? 詳しく聞かせなんし」
ナナコオリ達は一先ず報告を後回しにし、代わる代わるレックス達の説明を聞いたトオノは、今まさに火事が起きている巨神獣船の中に一番で乗り込んでいった。後に続いて、レックスたち他のドライバーも花魁ブレイドの後を追う。
中はもぬけの殻だった。確かに焦げ臭い匂いはするものの目に見えて燃えている場所は確認できない。外見とは裏腹の入り組んだ通路の側面に扉がいくつか確認できた。
ターキン全員も一足先に避難を終えたのだろう。そうなれば取り残されているのは、コタローとアサヒだけになる。
「ご主人、近くにブレイドの反応を確認したですも!」
「よくやったも、ハナ!」
「そっちは勝手にやりなんし。わっちはドライバーを探しに行きんす」
「ちょ、ちょっと待ちなよ、トオノ! ブレイドの反応ってことは多分コタローだろ!? 同じタイミングで連れて行かれただろうし、闇雲に船内探し回るよりコタローと合流して大まかにでも当たりを付けたほうがいいって!」
「お嬢様の言う通りです、トオノ様。心中はお察ししますが、だからこそ無駄な時間をかけるのは得策ではないかと」
トオノは不服そうな顔をして黙り込んだ。そうしてトオノは大人しくハナを見つめ返すと、紅が引かれた艶やかな唇を開き、人工ブレイドの少女をまっすぐ見つめて言った。
「頼みんすえ、小さきお人」
その言葉だけを残して、トオノは廊下の先へと走り出した。30センチはあるかという高下駄を履いているにも関わらず、移動速度は普通にレックスたちが走るのと同じくらいの速度だ。
「トオノ!? あぁ――もうっ! 行っちゃったよ!?」
「ど、どうしましょう、レックス?」
「とりあえず、コタローを助けよう! ハナ!」
「お任せくださいですも!」
ハナが先導して辿り着いた部屋は、一見すると普通の客室だった。
三人のドライバーとそのブレイドという大所帯が廊下に広がるように散らばると、赤い髪の天の聖杯とそのドライバーであるレックスが、扉の前に立った。
「ホムラ!」
「はい、レックス!」
その場慣れした様子に、見守るようにニアの隣にいたビャッコがハッとして扉に向かって吠えた。
「コタロー様! 私の声が聞こえていたならすぐに部屋の壁に寄って伏せてください!」
そうして、扉が融解するほどの灼熱の炎が目の前の部屋を貫通したのは一拍後のことだった。
ホムラの生み出したそれは、周囲に熱風を引き起こしビャッコ達の肌を嬲っていく。扉は下半分が溶けてなくなり、風通しの良くなった出入り口から部屋を覗くと、壁もろとも貫通していることが分かる。床も黒く焼け焦げ、ぶすぶすと煙を上げている更にその奥で、茶色のモフモフが縮こまって、廊下から覗き込んでいるレックスたちを涙目ながら見返していた。
「お前ら、俺を殺す気かっ!?」
「ご、ごめんなさい! 火力調整がどうやっても慣れなくて!」
「い、いや、ホムラちゃんが悪いんじゃねえんだけどよ――」
「いや、どう見ても火力の調整に失敗したのはホムラでしょ」
「シャラップだ、ニア! 俺は女の子には優しいジェントルでありたいんだよ!」
とは言っても、これ以上ここを掘り下げてもどうにもならない。一度ビャッコが赤熱する扉を冷やしてコタローが出てくると、周囲をざっと見まわして顔を曇らせると、一番近くにいたレックスに視線を向けた。
「おい、アサヒはどこだ? もしかして――まだなのか!?」
「……ごめん。でも、先にトオノが向かってる。それにコタローならアサヒがどこにいるか分かるだろ? どっちに連れて行ったとか、大まかな場所も分からないか?」
「そういうことかよ……! それならこっちだ!」
先導する背中を人工ブレイドの少女から豆しばに変更して、一行は再び巨神獣船内を駆ける。
すると、そう走らないうちに鮮やかな緋色の着物姿の花魁ブレイドの背中が見えてきた。どうやらまだ炎には巻かれていないらしい。
それを安堵したのもつかの間。突如、白い霧のようなものがあたりを覆いつくした。
「な、なんや!? 煙やないな……。霧か!?」
「普通の霧とちゃうよ、王子! これって、もしかして水蒸気……!?」
そこまでだった。
幅もない廊下にまき散らされた大量の水蒸気は、自然に消えるまでもなく
再び視界が戻ってくるのももどかしく、視線の先の景色を目を凝らして見る。そこでは、トオノが自分の武器である番傘型の刀を抜き放ち、何者かと交戦していた。
「――ドライバーを離しなんし!」
「出会い頭で不審者扱いとは、それはないんじゃないか、別嬪さんよ!」
ギィンッ! と、金属同士が打ち付け、切り結び合う音が響く。息を呑む彼らの目には、着物を翻しながら戦うトオノの姿と、彼女と対峙するように二本の剣を振るう白髪の若い男。そしてその若い男の後ろでおろおろとしているアサヒの助けを求めるような視線がぶつかった。
「レックス! トオノを止めて!」
「えっ!?」
「誤解なの! この人は、私を助けてくれたの!」
「ええっ!?」
混乱が伝播する中で、とりあえず全員がトオノ達に向かって駆け出した。
そうして、この火事騒ぎがアサヒが起こしたものだと説明を受けたトオノ含めた一行は、見知らぬ男を混ぜた巨神獣船の廊下で気まずく顔を合わせるのだった。
オリジナル展開はもうちょっとだけ続くんじゃよ。
次話『スペルビア戦艦 格納庫』
予定です、予定。