楽園の子   作:青葉らいの

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35『続々・スペルビア戦艦 格納庫』

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 カン、カン、カンと固い格納庫の床を硬質なものが跳ねる音が妙に良く響いた気がする。辺りにはそれだけの静寂があった。

 焦げた臭いを発する煙と、肌を撫でる熱を伴った微風。そして、木っ端微塵と化したグレートサクラとレックスたちの間に立ち尽くす一人の少女。その黒髪の少女は、スペルビアの特別執権官とよく似ているようで、実際はまだあどけなさの残る顔に笑みを湛えて振り返った。

 

「――っ……」

 

 微かに唇が動いたと思うとぐらり、と少女の体が揺らぐ。膝から崩れ落ちるようにその場に倒れこんだ。

 少女の仲間たちが、口々に彼女の名前を呼び駆けつけていく。その中には見知った顔もいくつかあった。

 自ら盾に、いや盾にさせてしまった少女は、異国風の衣装をまとうブレイドに抱えられいる。その細い体はいつも皇宮に引きこもっている自分以上に頼りなさを感じた。

 スペルビア帝国の第一継承者であり皇帝陛下を務めるネフェル・エル・スペルビアは、書類上では何度か目にしたはずの『死』の匂いを、初めて、まざまざと突き付けられた気分だった。

 

「……なぜ」

 

 声変わりをしたのはつい最近だった気がする。まだ子供の名残を残した声が掠れた音を発した。

 本来、あそこで(たお)れるべきは自分だったはずなのに。

 

「なぜなのですか……!」

 

 自分の隣に控えるブレイドは一言も発さない。それ自体が優しさだというように沈黙を守る。

 ネフェルも、誰かに返事を期待して問いかけた物ではなかった。

 内から湧き出た様々な感情が言葉になった結果の問だった。

 答えの出ない疑問は、悪戯に彼の時間を奪っていった。その間にも、事態は刻一刻と変化し、移り変わり、やがて置いて行かれた。そこには、ネフェル・エル・スペルビアという人間を必要としていなかった。

 

「陛下」

 

 自分のブレイドであるワダツミの落ち着いた声が、今ばかりはネフェルの鈍った思考を現実へと戻した。

 

「……分かっています。――メレフ特別執権官!」

 

 求められていないからこそ、彼はできる限り声に芯を持たせ、自分が最も信頼する腹心の名を呼んだ。非常時であるにも関わらず、すぐさまメレフは左胸に手を置いてスペルビア式の礼を尽くす。

 こんな時にでも、変わらない態度に苦笑がこぼれそうになったが今はそれどころではない。ネフェルは思考をフル回転させ、スペルビアの皇帝としての立場を全うする命令を下す。

 

「今よりあなたを皇帝護衛の任から解き、新たに命じます。負傷者の治療を最優先、特に重傷者の延命を第一に考えてください!」

「はっ!」

「ワダツミ。こちらは至急、バーンの身柄の確保と拘束。船にいる軍医に連絡をして治療と部屋の準備を!」

「かしこまりました」

 

 一通りの命令を出すと、同じように待機をしていたインヴィディアの女王に向き直った。

 独りとなった彼を一回りも二回りも年齢が上な女王は、幼い彼の対応を注意深く観察する。さぁ、この状況でお前はどう出る。という無言の問いを、ネフェルは受け取った。

 一国を預かる存在が、恭しく頭を下げることは決して褒められたことではないが、彼は自身の判断でスペルビアの行儀作法の中で相手を最上位に扱う礼を行った。

 

「女王陛下、ご無事で何よりです。この度は我が国の不手際により、危険に晒してしまいましたこと深くお詫び申し上げます。今回の非礼については、後日改めてさせていただくとして、本日はお引き取り頂ければ幸いに存じます」

「……まぁ、この状況では会談どころではありませんからね。分かりました」

 

 頭を下げているネフェルは、ラゲルト女王の顔色を知るすべはない。だが、声色を聞く限りは及第点は貰えたのかもしれない。安堵の息を漏らしそうになるネフェルだったが、お腹に力を入れて渾身の力で抑えつけた。

 

「ネフェル皇帝陛下」

「なんでしょうか、ラゲルト女王陛下」

「……あなたのブレイドのお陰で助かりました。それについては感謝します。そして、あの少女のことをくれぐれもよろしくお願いします。――いくらアーケディアの特使と言っても、彼女の望む居場所はフレースヴェルグの傭兵団。ひいては、私の国民です」

「……最大限、努力をいたします」

 

 遠ざかっていくラゲルト女王とその護衛の足を見送ってから、ネフェルはようやく顔を上げた。

 ワダツミの後を追うために、振り向いた時にちらりと天の聖杯たちの様子が見えた。何やらもめているらしいが、今の彼にできることは少ない。

 だからこそ、その少ないできることをせめて完璧に果たすために、碌に走ることも無い足を珍しく急がせた。

 

 

 

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 ジークは、目の前に広がる光景を信じられない眼差しで見つめていた。

 膝から崩れ落ちるように倒れたアサヒは、その両腕を所々、少なくない血の色を滲ませていた。

 

「アサヒ!!」

 

 他の仲間たちが駆け寄ったタイミングはほぼ同時。その間に、彼女は冷たい床に静かに横たわった。

 一目散に駆け付けたのはトオノだった。次いで戦闘状況が解除されたことからコタローがどこからともなくアサヒに駆け寄っていく。ジークも少し遅れてアサヒの傍にやってくると、その体をつぶさに観察した。

 そうして分かったことは、彼女の上半身は思っていた以上に傷が少ないと言う事実。恐らくギリギリのところで開いたトオノの武器がうまく爆発を弾いたのだろう。しかし、軽減する以上に強大な爆発だったことから、トオノの武器自体が持たず内部から膨らみ破裂するように四散したのだろう。

 致命傷ではないにしろ、このまま放っておけばいずれ彼女は息絶える。

 その証拠に、彼女の手のひらから肘にかけてトオノの刀の青みを帯びた破片が刺さっていた。その細い腕に対してあまりにも痛々しすぎる破片。一刻も早く取り除いてやりたいと思っていたのは、その武器を持つブレイドも同じだった。そっと沿わせた指先が、武器の破片に触れると微かに光を帯び始める。

 その光の意味は明白だった。ブレイドは、自身の武器を再構成することができる。今回はばらばらになった武器を新たに作り出すことで、アサヒの腕に刺さる破片を取り除こうとしたのだろう。しかしそれは、明らかな悪手だった。

 制止の声を上げようと、手を伸ばそうとするジークの斜め後ろから、小柄な影が飛び出した。

 

「あかん! 今、その破片を抜いたら本当にアサヒが死んでまうよ!」

 

 死、という単語を見過ごすことはできなかったのかトオノは指先を寸でのところで止める。それでも、ジークのブレイドであるサイカは、トオノの横に膝を着いて伸ばしていたトオノの手を握った。

 顔を俯かせているので、表情は読めなかったがアサヒにも負けない細いサイカの手は、微かに震えているようだった。

 

「……そうだ、シキやホタルだったら――」

「無理よ、この傷を治すには空間のエーテルが足りなさすぎるわ」

 

 ヒカリが言う通り並の回復ブレイドでは、彼女の傷は深すぎる。最悪、フレースヴェルグの元傭兵団長と同じ末路を辿る可能性もある。活路を見いだせないレックスは、これ以上の案が思いつかないのか打ちひしがれたように俯き、血の気の引きつつあるアサヒの顔を見降ろしていた。

 

「王子……。アサヒの傷、法王様なら何とかできんかな……?」

「…………」

 

 その言葉の意味はジークだけにしかわからないものだった。

 王子と呼ばれた彼はサイカの胸のコアと、自分の胸にある物を改めて思い出す。だが、ジークはサイカの言葉に何も返すことはできなかった。なぜなら、ジークはそれを施された側であり、その技術も条件も何一つとして知らないからだ。

 レックスたちの怪訝そうな表情にも、何も言えない。ただ一つ言えるとするなら、

 

「どちらにしろ、ここじゃ満足な治療もできひん。とりあえず、法王庁へ知らせに行かんと」

「……それについてなのですが、先ほどから黒い影がこちらを窺っているように思えます。もしかしたら、バーンの残党かもしれません」

「なんやて?」

「アサヒ様の容態を鑑みれば、今は退路の確保を優先するべきかと」

 

 動物型のブレイドならではの何かをビャッコは感じ取ったのかもしれない。

 ジークは逡巡し、レックスに視線を向ける。レックスもまた、ジークの視線を受けて頷いた。

 しかし、コタローとトオノはその視線はアサヒに注いでいた。無理もない。彼女が死んでしまえば彼らもまたコアクリスタルに戻ってしまう。

 だが、

 

「コタローはワイらと一緒に来ぃや」

「……なんでだ」

 

 固い声は言外についていく気はないと言っている。

 それでも、ジークはコタローを何とかして連れて行く必要があった。アサヒをアーケディアの力で助ける場合、それにはどうしてもコタローの助力が必要だったからだ。しかしそれを、レックスたちに話すのはまだ気が引けた。そっと片膝を着いてコタローにだけ聞こえる声で理由を囁くと、その小さなブレイドは驚いたように目を見開いて、小さくうなだれ、アサヒに顔を近づけた。閉じられた瞼は開くことは無かったが「すぐに戻ってくるからな」とコタローの声がジークの耳にだけ聞こえる。

 そうして、彼はジークの足元に寄ってきた。

 

「トオノ、アサヒを頼むで」

 

 それだけ声をかけて、後ろ髪を引かれる思いでジークたちは格納庫の出口へ駆け出した。

 その時、トオノ以外に一人、いないことに気付かずに――。

 

 

 

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「おまさんは、あの方らに着いて行きんすか」

 

 その場に残った存在にトオノは声をかけた。全員が、アサヒを救うために己にできることを全うすべく、この場から離れた。普段の様子を見ていれば、いの一番に飛び出していきそうな間柄にも関わらず、トオノが見つめる存在は哀しそうに目を伏せ、静かに首を横に振った。

 まだ、やることがある。とその人物は言った。そのためにはトオノの力を借りる必要があるとも。

 

「こんなわっちに何ができると?」

 

 膝に乗せた己のドライバーは、自分の武器が致命傷となり命綱となっていた。ただでさえ並の回復ブレイドでは治せない傷だと言われているのだ。防御型のトオノの出る幕はない。そう思っていた。

 あんたがいれば、出来る。と彼女は言った。ただの励ましにしては無責任にも聞こえるその言葉に、怪訝な顔で視線を向ける。すると、そこには今まで見慣れた姿とはかけ離れた一人のブレイドの姿があった。

 

 

 ――誰にも言わないで。少なくとも、今はまだ。

 

 

 凛とした声には、様々な痛みの感情が織り交ざっている様に聞こえた。笑っているはずなのに、泣きそうで、それでも覚悟を決めたという表情のブレイドに、トオノはかける言葉を見失った。けれど、どうしても気になったことが一つあった。それだけは尋ねずにいられなかった。

 

「なぜ、そこまでして主様を……?」

「なんでって、決まってんじゃん」

 

 

 友達だからだよ。

 

 




遅ればせながら誤字脱字報告ありがとうございます。
次話、『スペルビアの戦艦 一室』

予定ですので変わるかもしれません。
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