楽園の子   作:青葉らいの

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36『見知らぬ船の一室』

 

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 うっすらと瞼に光を感じた私は、反射的に眩しさを感じて一気に覚醒を強いられた。

 まず真っ先に映ったのは濃紺色の闇。眩しさの原因は窓から差し込む青白い月の光からだったようだ。

 上半身を起き上がらせて薄暗い部屋の中で手を握ったり開いたり。うん、問題なく動く。

 だいぶ怠さを感じるも、どこかが痛かったり引きつったりは感じなかった。

 見下ろした視線にある服は先ほどまで着ていたものじゃない。簡素な作りの洋服だったけれど、それ以上に気になったのは袖をめくったその下。生白い地肌には傷一つさえない。

 

「……?」

 

 私は暗がりの中で首を傾げて、次に真暗な部屋の中を見渡す。

 普通の大きさの部屋にベッドが真ん中に一つおいてあって、私はそこに寝かされているらしかった。枕元には小さなランプと観葉植物が。少し離れた場所にはドレッサーが置かれていた。部屋に備え付けられた唯一の窓から外を見ると雲海が見えた。ここはどこかの巨神獣船なのだろうか。

 ゆっくりとベッドから出てみて、木製の床にそろりと足を置く。それから、軽くジャンプをして体の調子を確かめた。足も、手も、ぜんぜん問題ない。まるで、あの出来事が夢だったと言わんばかりに。

 周囲にコタローやトオノの姿はなく、一人で寝かされていたので、状況を説明してくれる人がいない。

 ドアの向こうに誰かいないかな? と木製の扉を開くと、そこは無人の廊下だった。

 人の気配を求めるように廊下に出るけれど、壁に備え付けられた扉からは物音ひとつしない。人の気配もないと分かると、余計に不安が募った。

 もしかして、置いてかれた? なんて益体のないことが頭の中で浮かんでは消える。

 

「……あぁ、よかった。目が覚めたのですね」

「っ!?」

 

 いきなり背後から声を掛けられて、私は思いっきり肩を震わせて振り向いた。

 そこにいたのは、私よりも少し背の低い男の子だった。たしか、巨神獣戦艦の格納庫でメレフさんの隣にいた、鳥の羽を模したサークレットを付けた子だ。紺色の髪を短く整えた、利発そうな子。その落ち着き方は、なんとなく年齢と釣り合っていないような雰囲気がした。

 

「あ……!」

「え?」

 

 見知らぬ場所で一人きりだったところに、接点は薄いとはいえ見知った人が来てくれた。そのことから私は思わず目の前の同年代の男の子に近づいて両手で男の子の手を握って感触を確かめていた。

 

「よ、よかったぁ。無事だったんだね、怪我はなかった? 腕掴んじゃったけど痛くなかった? 大丈夫?」

「え、えっと、あの……」

「あ、一人で捲し立てちゃってごめん。とりあえず、元気そうでよかったよ」

 

 そう言って笑いかけたら、男の子は口を結んで顔を少し顰めてしまった。

 

「あの、今は遅い時間ですので、声は控えめに……」

「あっ、ご、ごめんなさい」

 

 あぁ、だから周りがこんなに静かだったんだ。具体的に何時かは分からないけれど、みんなが寝静まった時間だというなら納得できる。と言うことは、レックスたちは別の部屋にいたりするんだろうか。

 男の子は取っていたままの私の手を軽く引いて、後ろの扉に導いた。そこは、私が出てきた部屋だ。

 どうしよう、これってこのまま寝ろってことだよね。その前に、レックスたちがどうしてるか、あの後どうなったか知りたかったんだけど。しかし、その男の子は流れるように私を部屋に押し込めると同時に自分も扉に身を滑り込ませ、扉をぱたりと閉じてしまった。

 薄暗い部屋、月明かりが差し込むだけのベッドが置かれた部屋に男の子と二人きり。

「えっと……?」と男の子に声をかけると、その子は居心地が悪そうに顔を逸らせて、どこでもない場所を見つめたまま言った。

 

「申し訳ありません。この時間に女性の部屋に入るというのは失礼にあたることは重々承知しているのですが、どうしてもあなたに聞きたいことがあったんです」

「え、や、別に私は大丈夫なんだけど」

「とにかく、あなたはベッドに。私は、聞きたいことが聞けたらすぐに行きますので」

 

 やたらと何かを聞きたがるなあ。と思いつつ、男の子が背中を押すので私はキングサイズのベッドに一人だけ寝そべった。あんまりも大きいので真ん中まで行くとお話ししにくい。私は端っこに近いところで上半身を起き上がらせた状態で、その子と話をすることにした。

 男の子は、ドレッサーの下に備え付けられていたピアノを弾く時によく見かける丸椅子を引っ張り出してきて私の寝てるすぐ横に腰を下ろした。

 

「……あの」

「はい?」

「あなたは、メレフさんの弟さん?」

「そうですね。似たようなものです」

 

 似たような、と濁すくらいなら表ざたにできない親戚か何かかもしれない。と言うことは、スペルビアの偉い人の子供なのかなぁ、腹違いとか? そんな推測をしていると、背筋を伸ばした男の子は笑って「私についての詮索は程々にお願いします」と先に釘を刺されてしまった。その笑みは、同年代では到底出せないような凄みを感じる。

 

「この夜の出来事はすべて不問に付すつもりですので。そちらも、そういうつもりでいてください」

「こ、怖いなぁ……。それじゃあ、名前も聞かないほうがいいのかな? 敬語も――その様子だと、いらなさそうだね」

「そうしていただけると助かります」

 

 本当に、心の底からほっとしたようにとこの子は微笑んだ。正直名前が呼べないのは不便だけど、その姿を見てこの子の言葉は自分の保身のためではなく、私を守るために言ってくれているのだと分かった。

 メレフさんの親戚らしいし、多分危ないことにはならないだろう。

 了承の意味を込めて一つ頷くと、私はその男の子が話し出すのを待った。彼は、言葉を探すようにじっくりと時間をかけて、まずは私に確認を取った。

 

「あの格納庫での出来事をどこまで覚えていますか?」

「と言うことは、あれって現実だったんだ……」

「? どういうことでしょうか?」

 

 逆に首を傾げるその子に、私は着ている服の袖をめくって見せた。突然の行動に目を剥いて驚いたけど、そこに傷一つないと分かると更に困惑したような顔をした。

 

「あなたを庇ってトオノの傘を開いたところまでは覚えてるんだけど、その後のことはさっぱり。ねえ、あの後どうなったのか分かる? みんな大丈夫だったんだよね?」

「報告を受けた限りでは負傷者はあなた以外いないとのことでしたが、私も実際に見ていたわけでないんです。こちらに運び込まれたときには、その、外傷は一切消えていたと……」

「え、それって――」

「えぇ、あなたの想像通りでしょう」

「……うわぁ」

 

 私は顔を両手で覆って項垂れた。なんとなく、心のどこかでそんなことじゃないかって思っていたけど、さすがに改めて肯定されると、思いのほか心にくる。

 

「ど、どうして顔を覆うのですか? ま、まさか具合でも――」

「いや、だって……。それって、私怪我してないのにただ気絶しただけってことでしょ?」

 

 恥ずかしい……。と私はか細い声で付け加えた。

 あれだけカッコつけた挙句、ただ気絶しただけなんて。どこぞのライトノベルで、女神さまに指さされて爆笑されていた主人公の気持ちが、今ならよくわかる。定期的に思い出してお布団で身悶える案件だ。

 遅れて合点がいったのか、男の子は一瞬キョトンとした顔をした後に堪えきれないというように噴き出した。その時の顔だけは、澄ました利発そうな仮面を投げ捨てて、年相応の男の子に見える。だがしかし、私の今の精神状態で笑われたという事実は思った以上に心を抉った。

 

「笑うなんてひどい……」

「すみません。あまりにも予想していないことを言われたので」

 

 じゃあ、さっきの『想像通り』ってどんなことを指していたんだろうと気になったけど、あんまり詮索はしないほうがいいと言われたばかりだ。みんなと会った時に話しを聞いて総合的に判断するしかないだろう。

 周りに配慮をして声を押さえて笑うその子の波と、私の頬の熱が引くのを待ってから、私はその子に話の続きを促した。

 

「――それで、えっと、聞きたいことって?」

 

 すると、その子は柔らかく上げていた口角を元の位置に戻して神妙な顔つきになる。空気には感触はない。でも部屋の雰囲気が少し硬くなった気がした。

 じれったくなるほどの間を空けて、その子は私の目をまっすぐ見つめながら短く問いかけた。その時、私はその子の目が海のように青いのだと今更気が付いた。

 

「なぜ、あなたはあの時私を庇ったのですか」

「………………」

 それは質問をしているようで、していない。ある種の確信を持ったうえで確認のための言葉だった。

 私は言葉を頭の中で貯めてから、逆に男の子にこう尋ねた。

「それなら、あなたはどうしてあの時に飛び出したの?」

「それは……」

「私に言わなくてもいいよ」

 男の子は何も言わなかった。

 それを肯定と受け取った私は、深く息を吸い込んで肺の中に夜の空気を溜めこんで、そして言った。

 

 

「死にたかったから。――かもしれないね」

 

 

 吐き出す息と一緒に出した声は夜闇に溶けるように消えた。

 長い、長い沈黙が横たわる。なんでこんなことをほぼ初対面のこの子に言えたのだろうと考えた。でも、それはこの子が初対面だからだと、思い至った。

 私のことを何も知らないからこそ、誰にも打ち明けるつもりのなかったものが漏れ出てしまったのだろう。

 どうせ今夜の話は不問にするという話しだし、らしくないとは分かっていたけれど、私はあえてそちらの方に話の舵をとった。

 

「私ね、生まれた時から親がいなくて、ずっと施設で育ったの。国の支援や同じ国の人たちのお金を頼りに生きてきた。そのうち誰かの役に立たなくちゃ生きていちゃいけないんだと思って、自分でできることを探して、医療の道を目指した。けど、その間もずっと、今すぐに私が死んだら私の使っているベッドが空いて、施設に空きができる。空きができれば私よりもずっと苦しい境遇の人が、一人救われるのにって思ってて……。でも、自殺は外聞も悪いし、危ないことをする勇気もなかったから、誰かを守って死ねたら楽なのにって思ってた」

 

 それは、言葉にしたら最低な、私の醜い願望だった。

 その願望はアルストに来ても変わらなかった。

 目の前に広がったまたとない機会。気づいたら、体が動いていた。でもそれは、決して善意だけではなかった。

 

「……どうしても、憧れは捨てきれなかった――のかな。だから、あの時あなたを庇ったのも高尚な信念の元とか、慈愛の心があってとかじゃなくて、全部私の都合。本当に、ごめんなさい」

 

 ベッドの上で頭を下げると、解きっぱなしの黒髪がはらりと崩れた。

 許して貰いたかったわけじゃなかった。

 慰めてほしいわけでもなかった。

 ただ、謝らずにはいられなかった。ただそれだけ。

 本当に、私はどこまでも自分勝手だ。

 

「顔を――。顔を上げてください。あなたのお陰で、私が助かったのは事実です。そこにどんな思惑があったとしても、あなたが私の恩人であることは変わりませんよ」

「そうだとしても、幻滅したでしょ?」

「いいえ。自分の存在に対する引き算は()()()覚えがあります。あなたの苦しみがすべてわかるとは言えませんが、そこについてあなたを糾弾するつもりはありません」

 

 意外な言葉に思わず顔を上げると、その子はこちらに向かって微笑みかけた。誰かを安心させるような、思いやりに溢れた表情だった。

 

「あなたは『自分が死んだら、すべてが丸く収まるんじゃないか』と思ってしまっていたんですね。自らの責任を放棄して、ただ自分が楽なほうに行きたいと願って、行動してしまった、と」

「……どうして」

「言ったでしょう。覚えがある、と。……僕にも、あなたと同じように思う人がいたんですよ」

 

 その男の子は自分の膝に置いた両手を組んで、自嘲するように笑った。私から聞いてもいいことなのか分からなかったので、じっと私はその子の胸の辺りを見る。何かの勲章のようなものが、いくつかぶら下がっているのが見えて、すごい功績でも持ってるのかなと考えた。

 

「自分が生まれたから、立場を追われた人がいた。自分が生まれたから人生を狂わされた人がいた。本来ならば、自分がいる場所には、自分以上にふさわしい人が座るはずだったのに。自分が生まれたせいで、それらをすべて台無しにしてしまった。

 今となっては、僕自身もなぜ、あの時に飛び出したのかが分かりません。もしかしたら、あなたと同じ理由もあったのかもしれないし、ただ純粋にバーンの自爆スイッチを取り上げたかったのかもしれません。ですが……」

「?」

「僕もあなたも今ここにいるということは、決して偶然じゃない。これもまた、誰かが望んだ結果なのではないかと、思うんです。僕たちが自分の都合でそうしたように」

「私が無傷だったのも、それを誰かが望んだってこと?」

「それはあなたが見極めることです」

 

 その男の子は淡い笑みを浮かべて顔で私に言い切った。自分だけ答えにたどり着いてスッキリしたような顔の男に、狡いなぁ。というやっかみが出てきてしまったのは仕方がないと思う。

 私は、私がこうしていることに理由が見いだせないままだというのに。

 

「さて、長居をしてしまいましたね。私はそろそろお暇します。あなたも、ゆっくり休んでください」

「…………」

 

 部屋を出て行ってしまいそうなその子に、声を掛けたかった。けれど、なんていえばいいのか分からない。

 名前も聞いちゃ駄目。今日のことは不問にするって言われたから、きっともう二度とこんな風に会話ができないくらいの人なんだろう。今日会ったばかりなのに、寂しいというのは卑怯だろうか。未練があるような言葉は逆にその子を困らせてしまう気がした。

 だからこそ、私は声で表情で態度で、ありったけの気持ちを込めてその言葉を口にした。

 

「私の話を聞いてくれて、ありがとう」

()()、あなたと話せて楽しかったですよ。時が経つのが惜しいと思うくらいでした」

 

 それでは、と優雅に一礼をして部屋を去っていった男の子の影が完全に見えなくなってから、私は起き上がらせていた上半身を倒して後頭部を枕に埋めた。

 とろり、としたまどろみが私の意識をさらいつつある。そんな中でも、あの男の子と話した余韻はいつまでも残っていた。

 私と僕。一人称を使い分けているのはだいぶ前に気付いていたけど、きっとあの子の素は『僕』なんだろうな。それなら、私との話の中では少しでもあの子の素の自分に戻せてあげられていただろうか。

 

「そうだったら、いいな……」

 

 私が、こうして生きている理由。それがあの男の子と話をするためだけだったとしても。

 全然悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 




ネフェルのキャラを掘り下げたかった人生だった……。

次話『スペルビア巨神獣戦艦 医務室』
次くらいにはルクスリアに行きたい所存です。
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