楽園の子   作:青葉らいの

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39『宿屋 アナスタージウス』

 

 

 

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 ルクスリアの王都テオスアウレは石造り門と壁に囲まれた堅牢な国だった。

 ところどころで、どこか既視感のある緑の光が灯る謎の技術が施されているのを見て、目を見開いたのはアルスト唯一の人工ブレイド技師のトラではなく、スペルビアの特別執権官であるメレフさんだ。

 

「これは――文献で見た古代文明の姿、そのものじゃないか……!」

「見てくれだけはな」

 

 ジークさん曰くその昔、ルクスリアの前身になった古王国イーラは機械技術が発達した文明国家だったらしい。そこに双璧をなすのが、今のテンペランティアであり、生物に関する技術の発展した後、天の聖杯の手によって滅びたユーキディウムという国で、イーラの血を受け継いだのがルクスリアとのことだ。

 

「じゃじゃじゃ、い、いイーラといいう国は、も、元はげげ、ゲンブに……?」

「そういう訳とはちゃうが……なんや、アサヒ。両手にホムラとカグツチ抱えといて、まだ寒いんか?」

「あばばば……!」

 

 不思議そうに首を傾げられても、寒い物は寒いのだ。下に何枚か着こんでいるとはいえ、実際はちょっと薄手のワンピースの下に七分丈の細身のズボンスタイルは変わらない。足から水に入ったため靴はぐしょ濡れなのに脱ぐことも出来ない。人間が温めていないといけない首のうち、二つが温められていないなら、寒さの根本解決は難しい。天の聖杯とスペルビアの宝珠と呼ばれるブレイド二人をストーブ替わりなんてなんて贅沢。これ絶対、ヴァンダムさんやメレフさんの弟さんには言えないなぁ……!

 時折吹き付けて来るか細い風の音に交じって、ビャッコさんが何やらいいことを言っているみたい。だけど、今の私には聞けはしない。とにかく、早く宿に行って体を温めたい。

 王都参道と呼ばれる大きな石の橋の手前でそんなやりとりをしていたら、城門の前で立っていた兵士さんが私たちの姿を見つけ駆け寄ってきた。

 

「ジーフリト殿下、ご帰還を心からお喜び――」

「あー、そんな畏まった話はええわ。それより『ワイらは宿に寄ってから城に行く』親父に伝言頼めるか?」

「――はっ!」

 

 一瞬、兵士さんが私を見た時に、ぎょっとした顔をしていたけれどすぐに敬礼をして橋から門の中を抜けて行ってしまう。なんだったんだろう、って不思議に思ったけど、今の自分の状況を思い返して納得した。この雪が舞うルクスリアで、薄着の人間見たら誰だってあんな反応するよね。

 

「さ、行くで」

 

 ジークさんに促されるまま、私たちは王都参道を通ってテオスアウレの中に足を踏み入れた。 

 モルタルで作られたようなテオスアウレ正門を潜った先から、先ほどまで広がっていた銀世界は無かった。石畳の街並みの中心には大きな塔が置いてあり、その周りにバザーのような簡単な作りのお店が軒を連ねている。

 蝋燭の明かりのような暖かな色の照明が町の所々に使われていて、ぼんやりとした光が幻想的な雰囲気を生み出していた。

 

「あれ? 雪が降って、ない?」

「本当だな。それに、足元がほんのり暖かい。こりゃどういうことだよ」

「それな、町の中央の塔あるやろ? そこでゲンブのエーテルエネルギーを使(つこ)てお湯を作って街に巡らせとるんよ」

 

 サイカさんの指さす先は、バザールのある場所だ。

 私もホムラさんから腕を解いて、手のひらを石畳の地面にそっと置いてみる。本当だ。コタローが言う通り、ほんのり暖かい。古代文明の技術を使ったセントラルヒーティングみたいなものかな。

 ともかく、この中ならこれ以上凍えることはなさそうだ。

 先ほどまでさんざん暖房器具にしてしまっていたホムラさんとカグツチさんと、その二人のドライバーにお礼を言って離れると、ジークさんに案内されながら宿の方に向かうことに。

 

「へぇ、ずいぶんと活気のある市場じゃない」

 

 その道中、中央のお湯が沸く塔の近くを通ったニアちゃんが率直な感想を漏らした。

 ルクスリアの王都、テオスアウレは鎖国状態だと事前に説明を受けていたので私も意外に思っていた。しかし、その言葉にジークさんは喜んだ顔はしなかった。

 

「闇市や」

「闇市?」

「寒冷なルクスリアではな、地産の作物はほとんど出回らん。見てみぃ、普通の店はみんな閉まっとるやろ?」 

 

 言われてから改めて中央広場以外の場所に目を向けると、確かに城壁に面した露天と思われる場所にはすべて板が張られていて、そこを歩く人は今が夜ということを除いてもほとんどいなかった。

 一様に納得したと頷くと、ジークさんはさらに苦々しい声で続けた。

 

「せやから、ああやって裏で仕入れた他国さんの作物をべらぼうな値段で売っとる。飢餓にならへんのやったらそんでええ言うてな。行政も見て見ぬふりや」

「……つまりは、生産活動の多くがただ生きることに費やされ、国力は衰退していくのね」

「これだけの古代文明の支えがあっても、不可能なことはあるのだな」

「古代文明言うと聞こえはええけどな。こんなもん観光客のおらん、ただのでっかい博物館や。飯の足しにもならんわ」

 

 冷静に分析するカグツチさんとメレフさんに対し、ジークさんの発言一つ一つに重苦しいものを感じる。サイカさんも複雑そうな顔をして、ジークさんの後を追ってしまった。重苦しい空気の中で、ふと歴史の授業を思い出して想像してみる。鎖国していたころの日本も、こんな感じだったのかな。

 

 

 

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 そんな過疎気味のテオスアウレの中にある唯一の宿屋、アナスタージウスはそれなりに大きなところだった。多人数掛けの机と椅子にカーペットと割とシンプルかつ壁や床に賭けられたタペストリーによって暖かに見える内装。しかし、他国の人は提携した商人だけしか出入りしていないからか、宿の屋のエントランス兼酒場には数人の人しかいなかった。鎖国故、宿泊客がいないらしく、部屋にはすぐ通される。

 各々も割り振られた部屋を確認しに行って、一時的に別行動が許されると私はようやく着替えることができた。

 行儀悪く靴を脱いで逆さにして壁に立てかけ、濡れたとマフラーを上から下に勢いよく振って水気を飛ばしていると、開け放したままの扉が控えめに叩かれる。音に気付いて振り向くとレックスとニアちゃんとトラ。そして三人のブレイドがひょこりと開けたままの扉の影から顔を出した。みんなの顔はなんとなく浮いていない。

 すると、一番扉の近くにいた花魁姿の艶やか姐さんブレイドのトオノが対応してくれた。

 

「いかがしんした? もう出発するので?」

「違いますも。アサヒに相談があってきましたも」

「私に?」

「うん。実はさ、神聖なる鎖(サンクトスチェイン)と取りに行く前に王様に挨拶しにいく。って亀ちゃんが言ってたんだけど。アサヒ、服濡れたままで乾いてないだろ? その恰好で王様に会うのはその、まずいんじゃないかって話しになってさ……」

「……そうだね。水気は飛ばしたけど、生乾きだし……」

「相手は王様だもんな。つーことは、俺たちは留守番か?」

「さすがコタロー。話が早いも」

 

 ふふん、と突き出た鼻を高々と伸ばすコタローに曖昧な笑いを浮かべる。

 なるほど、みんなが言いにくそうにしてたのはこのことか。

 もちろん私も頷いた。ジークさんのお父さんである王様はちょっと見てみたいけど、それよりも神聖なる鎖(サンクトスチェイン)を取りにルクスリアを出るなら、また凍えてしまわないように対策をしておかないといけない。と、考えた途端に鼻がムズムズしだした。

 

「――へ、へっくしっ! ……うぅ」

「まだ、お体も万全ではないようですね。私共が戻ってくるまで、アサヒ様は暖かくしてお休みになってください」

「すみません……」

「レックス、炎のブレイドで誰かアサヒに付いていてもらうのはどうですか?」

「ホムラ、ナイスアイディア! って言ってもホムラとカグツチとハナは俺たちに着いて来てもらわなきゃだから。他の炎属性のブレイドって言うと……」

「ニューツさんと、最近だとヒバナちゃんも炎属性だったっけ。あと……」

 

 指を折って数えて、自分が渋い顔をしたのが分かる。

 あと一人炎属性のブレイドがいるんだけど、思い出した端から高笑いにかき消された。黒い髪を優雅に撫でつけたモフモフのマントを羽織ったあの人の姿が頭をよぎる。

 クビラさん、苦手なんだよなぁ……。

 奥歯に物が挟まったように、その人の名前を出せないでいたら何かを察したホムラさんが優しく笑いかけてきた。

 

「アサヒ、私からヒバナちゃんにお願いしてみましょうか?」

「え、あっ――と。……はい。お願いします……」

 

 三人に申し訳なくて、最後の方は声が小さくなってしまった。それでもホムラさんは「はい。じゃあ、呼んできますね」と言って何事もなかったかのように部屋を出て行って、5分ほどで元気な声を引き連れて戻ってきた。

 ヒバナちゃんは頭に生えた二本の鬼の角のような部位から火花を噴き出しながら鼻息荒く、私のあてがわれた部屋に乗り込んできたと思うと、大胆にも私の首に腕を回して抱き着いてきた。身長があまり変わらないので、ちょっと視線を向けると、その子の鬼の角がすぐ近くに見える。

 

「不肖ヒバナ! ホムラ先輩に頼まれ、馳せ参じました! アサヒさんを温めてあげればいいんですよね? ホムラ先輩たってのお願いですから、私にドーンッと任せてください!」

「あ、熱い熱い。あの、火の粉飛んできてるから! 温まる前に燃えちゃうから!」

 

 肌にチリチリとした熱いような痛いような感覚に声を上げると、ヒバナちゃんは慌てて私から離れた。

 ばつが悪そうに頭を掻きながら、笑って誤魔化すヒバナちゃんにみんなのじっとりした視線が刺さる。

 

「ヒバナちゃん……。本当に大丈夫ですか?」

「まぁ、大丈夫だろ。俺もいるし、トオノもいるからな」

「わっちは消火器じゃありんせん」

 

 不服そうだけど、風属性のコタローと水属性のトオノがいるなら万が一のことがあっても大丈夫だろう。私と同じように納得したレックスたちは王様の謁見のために準備をするために部屋を出ていってしまう。

 部屋に残されたのは私と、コタロー、トオノとやる気に満ち溢れたヒバナちゃんだった。

 

「さぁ、アサヒさん! まず初めに何をしましょう!?」

「とりあえず、傍に座っててくれるだけでいいかな」

 

 

 

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 お城に出発するみんなを宿の入口まで見送った後、私はあてがわれた宿のベッドでヒバナちゃんと背中合わせになるように座ってみんなの帰りを待っていた。膝にはコタローが丸まっていて、その柔らかいベージュの毛を撫でながら、ここが宿だって忘れるほど静かな部屋で窓の外を見つめる。

 雪は周りの音を吸い取るっていうけど、聞こえてくるのが部屋にいる人間の息遣いだけというのも不気味だ。フレースヴェルグの村では、常に誰かしら、何かしらの音が聞こえていたから。

 ……みんな、大丈夫だよね。

 理由はあれども取り残された不安感からか、私は思わずコタローを撫でていた手を止めて俯いていた。すると、コタローの心配そうな目と目が合う。気まずくて、曖昧に笑いかけるとその視線はさらに強くなった。

 

「すぐ帰ってくるって、ジークたちも言ってたろ」

「うん。そうだね……」

 

 それよりもっと撫でろと、コタローは催促するように私の手のひらに湿った鼻先を押し付けた。

 背中でふわあと、ヒバナちゃんが欠伸をした気配がする。

 

「トオノ、私の荷物を取ってくれる?」

「これで、なにを?」

「鉱石ラジオを聞こうと思って。……そんなに嫌そうな顔しないでよ、コタ」

 

 犬でも鼻の頭に皺って寄せられるんだな、と新たな発見をしながら私は荷物の下に紛れていた木箱に収められた鉱石ラジオを取り出す。結構荷物の扱いが荒くなっても、壊れない優れものだ。

 ごそごそと荷物を漁っていると、興味が出てきたのかヒバナちゃんがこちらを振り向いてベッドに手を着いてこちらに身を乗り出してくる。

 

「何ですか、それ?」

「うーん、鉱石ラジオって言うんだけど聞こえない声を聞く機械……かな」

「???」

 

 良く分からないという顔をして首を傾げるヒバナちゃんの説明は置いておいて、私は首に提げた新調したばかりの皮ひもを解く。アーケディアでターキン族に金属チェーンを上げてしまった間に合わせだ。

 あれから色々あったけど、認識票(ドッグタグ)の銀色の膜は今以上に剥がれることは無かった。やっぱり、ヒカリさんの空から降らせる光線が影響しているんだろうな。

 そう考えている間にも、手は手順通りに鉱石ラジオを展開していく。

 エナメル線を張った木を十字につなぎ合わせたアンテナを立てて、ドッグタグを下の箱の定められた位置に置きイヤホンを耳に入れて板を動かす。

 

 

 ――ガガッ……。シ……。ジジガッ…ん……ね、ズザーッ。

 

 ――シ……。ザザザーっ! ……ん、ね……。

 

 ――ザザザザザーッ……。シ……ジジジッ、ザザーッ。んね……。

 

 ――ガガッジジガガガガッ…、ズザーッ。

 

 

 聞こえた。あの女の人の声だ。

 アーケディアであの奇跡のような瞬間に聞こえたような、はっきりしたものではない。いつもの、ノイズ交じりの声だ。

 でも、なんでだろう。聞こえるときと聞こえないときの何が違うんだろう。

 巨神獣のいる位置? それとも、一緒にいる人?

 それとも……。

 背中からヒバナちゃんの温かさを感じながら、今までこの声が聞こえた時のことを思い出す。

 今までこの鉱石ラジオを試したのは四回。

 一回目、二回目は、インヴィディア。フレースヴェルグの村で。

 三回目はスペルビアからリベラリタス島嶼群にいく巨神獣船の中で。

 四回目はアーケディアで、ファンさんの国葬のとき。

 そして、今回。ルクスリア。

 

「場所じゃない……? タイミング?」

「主様?」

 

 三つの方向それぞれから、コタロー、トオノ、ヒバナちゃんの視線を感じる。そんな中でも私は口元に手を置いて、その前後で起こったことを、私は思い返す。

 そして――電気が走ったように頭の中で一つの仮定が閃いた。

 

「そうだ、イーラだ……! この声が聞こえるときって、もしかしてイーラが近くにいるときだけ……?」

「イーラって、ホムラ先輩を狙う悪い奴らですよね? そいつらの声がそこから聞こえるんですか?」

「そ、そういう訳じゃないんだけど。でも、関係はあると思う。この声が聞こえた前後に、イーラの人に襲われてる気がするの」

「確かに言われてみりゃ、そんな気はするが……。おい待て、それって――聞こえちまったのか? 今?」

「聞こえちゃった……」

 

 私は深く項垂れた。私の仮定が正しければ、そういうことなんだろう。

 事情を知らないヒバナちゃんにも『イーラが近くにいるかもしれない』ということだけは伝わったらしく、緊張した面持ちで、窺うような視線を投げかけて来る。

 今、この場の決定権は私が握っていた。

 私は一度目を瞑ってから、開くと同時に手を固く握る。そうして、震えそうな喉を抑えつけてなるべく毅然とした態度で言った。

 

「お城に行こう」

「しかし、あの方々になんと説明するので?」

「なんとでも言うよ。寂しかったから来ちゃったとかでも、体が温まったから迎えに来たでも、なんでもいい。とりあえず、神聖なる鎖(サンクトスチェイン)を早く取りに行けるようにしないと」

()()()()()()?」

「いいよ」

 

 イーラが近くにいるかもしれない。その可能性をより強める核心については話したくはなかった。

 この声が、イーラの首魁であるシンに「ごめんね」と言ってることを知っているのはコタローと、トオノだけだ。ヒバナちゃんのドライバーであるニアちゃんにも、ヒカリさんにもまだ言えない。

 少し前までは、シンに関わりの深い二人のためにだったけれど、今は私のためである。

 私は――シンの事情を知るのが怖い。

 

「と、とりあえず、お城に行くんですよね?」

「うん。えっと、ヒバナちゃんには悪いんだけど、このことみんなには……」

「わかってます! 皆さんを不安にさせないためなんですよね? ホムラ先輩に黙ってるのは心苦しいですが、そういう理由なら!」

「ごめん……」

「謝らないでくださいよぉ! あっ、わ、私先に宿の外で待ってますね!」

 

 この場の空気が耐えられなかったのか、ヒバナちゃんはローラーブレードのようになっている靴で地面に火花を立てながら滑って出て行ってしまった。しかし、部屋のドアを出て曲がったかと思うと、そう立たずに「わぁぁあっ!!」という、声とどしんという音が部屋にまで聞こえてきた。

 

「ありゃ、誰かにぶつかったな」

「えっ!? た、大変!」

 

 耳のいいコタローが言うのだから、それは当たっているのだろう。

 私はようやく乾いた防寒具を一式身に着けて、水気の抜けた靴を履くと荷物をひっつかんで部屋から飛び出した。案の定、あまり広くもない石造りの廊下で目を回してるヒバナちゃんと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が座り込んでいた。

 その人には見覚えがあった。

 ついこの前まで滞在していたアーケディアで、私が捕まっていた巨神獣船に密航していた――

 

「カイさん!?」

 

 名前を呼ばれて顔を上げるカイさんと目が合うと、あちらも私の顔を見て目を見開いた後、見るからに慌てた様子で辺りを見回した。

 ヒカリさんの右ストレートは、彼のトラウマになっているらしかった。

 

 




あと一話くらいは、ちょっと早めに更新できる(といいな)

次話『王宮 テオスカルディア』

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