1
ルクスリアの国王、ゼーリッヒはレックスたちが今まで出会った中で一番頑健な体躯をしていた。
蓄えられた顎髭に随所に動物の毛皮をあしらった重厚な鎧を身に着け、厳格な雰囲気を醸し出しながら玉座に鎮座している。その王としての威厳に一瞬気圧されるレックスだが、周りの仲間たちに準えて慌てて片膝を突いた。ジークとサイカ以外は膝を突き、頭を垂れることで一国の王へ最上の敬意を示す。
そうして、アーケディアの特使として派遣されたレックスは懐から法王から預かった書状を提出した。
王の横に控える臣下が、レックスの手からゼーリッヒ王へ書状を渡す。
王が書状に目を通す間、恭しく頭を下げたままのレックスだったが、突如頭上から聞こえた紙を破る断続的な音を聞いて、彼は許しも得ずに顔を上げた。
書状に目を通したゼーリッヒの手によって、それは散り屑となったいた。
その光景に唖然とする一同に見せつけるように、細切れにされた法王庁の親書がレックスたちの前で舞う。
思わず国王の顔を窺うレックスは、ゼーリッヒの目に剣呑な光が宿っているのを感じる。その無言の圧を受けて怯んだレックスたちを城の衛兵たちが取り囲んだ。
最敬礼の姿勢から思わず立ち上がった彼らは、突然の事態に目を白黒とさせていた。しかし、ルクスリアの国王はそれだけに飽き足らず、手を一度だけ彼らの方に伸ばす。それが合図となって、天上から青みを帯びた白いエネルギーがホムラに降り注いだ。
「きゃあああああっっ!!」
いくら天の聖杯と言えども不意打ちに近いその一撃には耐えられなかった。そしてコアを分けたレックスにも同様の衝撃と痛みを与えられ、二人分の悲鳴が謁見の間に木霊する。
最早、王の御前であることもアーケディアとの国交も拘泥している暇はない。一触即発の空気に割って入ったのは、両陣営に属するルクスリアの第一王子であるジークだった。
「待ってや、オヤジ! どないしたんや!? レックス達が何したって言うんや!」
「何かが起こってからでは遅いのだ、ジークよ。――世界を灼かせるわけにはいかぬ。天の聖杯には消えてもらう」
ここまでやっておいて、いまさら冗談で済ませられるはずがない。
それをいち早く察して実際に言葉にしたのは、猫耳を生やしたグーラ人の少女だ。
――冗談じゃない。
ニアは、威嚇するようにそう呟くと腰に提げたツインリングを引き抜き、顔色一つ変えない国王に牙を剥く。
「ビャッコ、レックスを助けるよ!」
腰を落としエーテルエネルギーと共に足に蓄えた力で衛兵との間を詰める。
だが、その青い光は霧散するように空気に溶け、踏み込んだ勢いの力だけで衛兵の持つ槍に食らいつき、金属がぶつかり合う甲高い音がした。
「エーテルエネルギーがっ!? ――きゃあっ!」
「お嬢様!! ぐああああっ!」
「ビャッコ!!」
エーテルエネルギーの無くなったブレイドの武器は少し頑丈なガラクタに近い。小柄な少女の一撃を大の大人が受け止めるのは容易かった。驚きと、相対した兵士との体格差も相まって、ニアは一瞬の隙を突かれて槍の柄で払われ吹き飛ばされる。
その直後、ホムラに降り注いだ閃光が、ビャッコの体にも降り注いだ。
ニアは自身の武器から発されたエーテルエネルギーが、この古代文明で作られた翠の光を放つ柱に吸い込まれているのを目の端で追って知る。この城は、恐らくスペルビアが開発した捕縛ネットと同様の機能がある。ブレイドがドライバーの武器にエーテルを送るのを遮断しているのだろう。その事実をニアとほぼ同時に気が付いたトラは、臨戦態勢を維持したまま衛兵と睨み合った。
「無益な抵抗はやめよ。我が目的はあくまでも天の聖杯の消滅。そなた達の命まで取ろうとは思わん」
「ゼーリッヒ陛下」
この場においてただ一人、ゆっくりと帽子をかぶりなおす余裕を見せつける特別執権官は、語気を強めてゼーリッヒに語り掛ける。目深にかぶった帽子のつばの隙間から赤銅色の瞳に怒りの色を滲ませ凄む。
「私はスペルビア皇帝の命を受け特使としての立場でここにいる。それをご承知の上でか?」
「承知している。そして覚悟もしているよ」
「覚悟だと――」
ルクスリア国王はそれ以上は語らなかった。
連れて行け。という冷たい声で兵士に命じる。
ただ、それだけだった。
2
「い、痛ったぁ~」
石畳の床にお尻を強く打ったらしいヒバナちゃんは、目に涙を浮かべて悶えていた。
一方、そのぶつかった相手である謎のお兄さん、カイさんは私たちを見るや否や、ここが雪国であるにも関わらず、冷や汗をかきつつ辺りをしきりに警戒している。
恐らくヒカリさんを探しているのだろう。それだけ天の聖杯の右ストレートは、彼のトラウマになっているらしい。
「この人、アサヒさんのお知り合いなんですか?」
「知り合いというかえっと、この人はカイさんって言って……、えーと」
説明はそこで行き詰った。
そういえば、私はカイさんのこと全然知らない。
悪い人ではなさそうなんだけど、ヒカリさんに出合い頭に一発殴られる程度のことはしているらしいし。そもそも出会ってから別れるまでの時間が短すぎてお互いのことを話す暇もなかった。
本当に顔見知り程度のことしか知らない私は返事に困ってしまって、思わずコタローの方を見つめる。すると、そのコタローからは『俺に助けを求めるな』という視線を返され、あえ無く「あー」とか「うー」とか言葉にならない言葉しか捻り出せずに終わる。
件のカイさんはいつまで経ってもこの騒ぎにヒカリさんが顔を出さないことから、ほっと息を吐くと、すぐに柔和な顔をこちらに向けてきた。
「どーも、新キャラです。アッハッハッハ、違うか」
「そのフレーズ気に入ってるんですね」
「あぁ、ここ100年くらい会った奴ら全員に言ってるんだ。嘘だけど」
「嘘かよ」
「その犬っころは良い反応するなぁ。まぁ、他人以上知り合い未満ってところだな」
他人以上知り合い未満、言いえて妙だ。
妙に掴みにくいキャラクターなのはアーケディアで知っていたので、特にツッコミはしない。
「というか、ルクスリアに来てたんですね……」
アーケディアで雲海にダイブしたことは記憶に新しい。そこからどうやってルクスリアに来たかは分からないけれど、わざわざ私たちのいるところにやって来てしまうのを見ると、なんとなく運命めいたものを感じてしまう。
それはカイさんも同じだったようで、「ははは……」と気まずそうに目を逸らした。
次の目的地を知ってたらなにがなんでも回避してる。と言いたげな顔だった。
「雪は、まだ姫君が見てなかったんじゃないかと思ってな。それでここまで来たんだが……。まぁ、行けども行けどもただ寒くて白いだけだったわな」
「姫君……?」
カイさんの口から出てきたその人は、今は一緒にいないのだろうか。巨神獣船に密航していた時も、今も女の人を連れていたところは見たことがない。
しかし、今はそれどころじゃないのだ。
「あの、カイさん。申し訳ないんですけど私たち――」
これから、ヒカリさんたちと合流するつもりなので、もし会いたくなければ早めに別の国に行った方がいいですよ。と言うつもりで口を開いて――不意に何かが引っ掛かった。
変なところで言葉を切ったことから、カイさんたちだけでなくコタロー達からも怪訝な視線を受けるが、声にしたら消えてしまいそうな些細な引っ掛かりをしっかり留めるために、口元にそっと手をやる。
「……カイさん」
「ん?」
「
「どうって……。
それだけで、どれだけそれが普通じゃないか。彼の反応でコタローたちにも異常が伝わったようだ。けれどカイさんはそれが分からないらしく、首を傾げてこちらを見つめ返す。
その無言の問に答えたのはトオノだった。
「この国は鎖国しておりんす。故に、許可のない一般人は入れささんすえ?」
「ははぁ、なるほどなぁ。確かに俺がこの国に来たときは、参道から門に着くまで兵士はいなかった。するってぇと、門番の兵士を一時的にでも招集せざるを得ない事態が起こってるってことか。きな臭いねぇ」
「アサヒ」
「うん」
まだお城で何かがあったとは確定しているわけじゃないけど、何も起きていないわけでもないらしい。
私はカイさんに軽くお辞儀だけをして、駆け足で横を通り過ぎようとする。しかし、「待った」という声が振ってきたかと思うと、にゅっと突然伸びてきた腕阻まれて、足に急ブレーキをかけた。
玉突き事故のように、背中にヒバナちゃんの驚いた声が聞こえる。
「あんたらだけで行くつもりかい?」
「そうですけど……」
「女子供だけじゃないか。もっと、こう……でっかい奴はいないのか?」
「おいこら、ここにダンディでナイスミドルな俺がいるだろうが!」
「お前は愛玩動物枠だろ?」
「がおー、がるるるる!!」
「うぉっ!? いきなり噛んでくるなよ!」
コタローの逆鱗に触れたカイさんの袖に、豆柴が食らい付く。腕を振り回されても離そうとしない光景は、なんかすっぽんを彷彿とさせた。
「そうは言っても、私たち以外はみんなお城に行ってますし……」
「なんだ、あんたらだけ別行動してるのか」
「も、もろもろの事情があったんです」
その部分は別に話す必要はないと思うけれど、それがなんなのだろうか。
そうして、愛玩動物扱いを謝ってようやく腕を解放されたカイさんは、私を見つめると天井を向いて何か思案を始める。
「まあ、ここで会ったのも何かの縁か……。なぁ、アサヒ嬢」
「は、はい」
「ヒカリと合流する前までなら、あんたに付いて行ってやってもいいぜ」
「え?」
「代わりに条件がある」
3
ルクスリアの第一王子であるジークは、レックスたちと引き離されたのち、この国の自分の出生に関する真実を父親であるゼーリッヒから聞いた。
彼は今、自由の身である。しかし、城の高台で考え込むジークへ、あくまでも彼のブレイドとして横に立つサイカが優しく尋ねる。
「どないするん? 王子」
その問いにジークは「――つくなぁ」と、何かを呟いた。
口元を手で覆い隠し、くぐもってしまった声はサイカには届かず、丸い眼鏡のブレイドは再度聞き返した。
「え? なんて?」
「――むかつく、言うとるんや。何が世界のためや、方便にも程があるわ」
「ほんなら?」
「方便に方便を重ねて、鎖でがんじがらめになったんが今のワイらや」
ジークは城の宝物庫で見た光景を思い返す。
そこには、自分の見知った炎の立ち上る紋章ではなく、まったく別の紋章が木箱に焼き印されていた。
つまるところそれは、ジーク含むルクスリアの血筋は、英雄アデルに直結する者ではないことを示していた。彼が拠り所にしていたアデルの紋章が刻まれていた万年筆。あれは、国民もろとも自分を騙す父親の方便だったのだ。それなのに、自分は無邪気にそれを信じ、勝手に自分の父親に失望し、そうして、今。マルベーニと自分の父親に板挟みにされ、身動きが取れなくなったのが今のジークだ。
「ボンならその鎖、断ち切れるかもしれん」
「あの子が?」
「賭けんのはいやか?」
「…………。ええよ、王子がそう言うんならウチも乗っかるわ」
少し考える素振りはあれども、たったそれだけ。いっそのこと胸を張るような勢いで了承するサイカに、ジークは面を食らった。
レックスを信じているから、ホムラやヒカリを傍で見ていたから。
ジークだから、信じる。彼女はそう言って頷いた。
「ボンは純粋や。純粋過ぎて危うい時もある。それを助けてやるんが、大人の務めっちゅーもんやろ?」
「せやな。ウチ、王子のそういうとこ好っきやわ」
「……苦労かけるな」
「いまさら何言うてんの! 苦労なんてかけられっぱなしやわ」
眼鏡を押し上げ、そう豪語するサイカに今まで真剣なまなざしを向けてたジークは耐えきれず噴き出した。
確かに、いまさらだ。この国を出ると決めた時サイカはもう決意していたのかもしれない。ならば、今ここでジークが躊躇うことも
「――ほな、いくでぇ!」
己の決意を声に変えて、外套の裾を翻す。
目的地は地下の牢屋だ。ブレイドの武器も取り上げず、ホムラ以外の全員を閉じ込められるのはあそこしかない。まずは、宿屋にいるアサヒを迎えに行って――と、ジークの頭の中で順路を作ろうとしたその時だった。
派手な爆発音が、ジークのいる城の小高い見張り塔まで聞こえてきた。
慌てて踵を返し、バルコニー状になった城壁から身を乗り出して辺りを見回す。
「なんやっ!?」
「王子、あれ!!」
遠くの爆発を警戒したジークだったが、サイカの指し示す指先は意外なほど近く、彼らのいる場所のほぼ真下を指していた。そちらに向けて目を向けると、白い炎が警邏中の兵士たちを丸呑みにするところだった。
焼かれたかと思ったがそうではない。どうやら手前に炎を集めて一気に開放することで、衝撃と爆音で相手の意識を刈り取る戦法のようだった。
その炎の影からゆらりと出てきた影は、大小合わせて5人と思ったより多い。しかし、陰になっている且つ遠巻きからでも分かる。あれは――
「アサヒ!?」
「と、カイやったっけ。なんでここにおるん!?」
「わからん。もしかしたらワイらを迎えに来たかもしれんな」
兎にも角にも、彼らを迎えにジークたちは石造りの城の階段を駆け下りる。
彼らがたどり着くのが早いか、カイが城の兵士たちを刈り取るのが早いかはジークたちにも分からなかった。
遅ればせながら誤字脱字報告ありがとうございます!
カイはお題箱でいただいた案から生まれたブレイドです。
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