楽園の子   作:青葉らいの

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41『エルム広場』

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 時間はちょっとだけ遡る。

 土地勘はないけど、あまり広くないテオスアウレの街の中で、みんながいるであろうお城はすぐにわかった。けれど、お城の入口が見えてきた辺りの広場に差し掛かった時に条件を呑んで着いて来てくれたカイさんが、引き留めるように私の腕を引っ張って、お湯を循環させているという塔のようなものの後ろに身を隠した。

 

「待った」

「?」

「アサヒ嬢。あれ、見えるか?」

 

 その鋭い眼光が向けられた先には、ヒカリさんやホムラさんのコアの色に似た翠色の光を放つモニュメントがある。確か、アレを見てメレフさんは古代文明がなんとか。と言っていた気がする。

 

「あれは、古王国イーラで開発されていたブレイドの抑制機器だ」

「ブレイドの抑制とは、また物騒なことで。では、城の中ではアーツは打てささんすと?」

「えええ~。ど、どうするんですか?」

「ヒバナはニアと離れてるから、あんまり関係ないだろ?」

「もし何かあった時、アサヒさんがアーツで戦えないんじゃ危ないじゃないですか!」

 

 何かが起きてるとはいえ、その何かが分からないのだからヒバナちゃんの心配は尤もだ。でも、ここから見る限り、お城の兵士さんは普通に城門を守っているし、耳をそばだてても戦う音とかは聞こえてこない。

 どうしようか、と腕をつかんだままのカイさんに振り向いた時に影が一人増えていることに今更気が付いた。

 目深にかぶった白銀の鎧に、さすまたのような武器を持ったその人は、こそこそとお城の入口を窺っていた私たちにこう言った。

 

「お前たち、天の聖杯の仲間の一人だな?」

 

 声をかけるや否や、柄の長い武器を構える兵士さんに周囲の空気は一気に張り詰めた。

 その異様な雰囲気を察して露天商の人たちが慌てて荷物を纏めて避難していくのだから、状況は限りなく良くないものだと嫌でもわかる。

 そっと顔を正面に戻して無抵抗の意思表示をするために両手を上げるけど、果たして伝わるかどうか。

 

「なぁ、兵隊さん。その質問、ここで俺たちが『はい』と答えたらどうなる?」

「儀式が終わるまで、天の聖杯一行の身柄を拘束せよという命が出ている。心配せずとも、命までは取らん」

「……そうかい。それを聞けて、安心した」

 

 安心した、と言いつつ後ろにいるはずのカイさんの声は不敵に笑ったような声がした。

 そのすぐ後に、兵士の人たちの慌てた声とゴッという空気が燃えるような音がしたのは同時だった。

 

「ちょっ、カイさん!?」

「おい、なにしてんだ!? そいつらに着いて行けばレックスの所に――」

「こんな物の言い方をするやつが、まともに信じられるかよ! お仲間は城の中にいるんだろ! それなら、誰かが連れて行ってくれるのを待つんじゃなくて、自分の足で迎えに行け! それが一番確実だ! ――走れ! アサヒ嬢!」

「えっ!? わっ!!」

 

 背中を強く押されてバランスを崩しながらも、私はカイさんに向けて振り向いた。

 案の定、その人は取り囲まれていたけれど助ける間もなく、今度はお城の中から他の兵士の人たちが飛び出してくる。完全に挟み撃ち状態だ。

 

「ってか、今のカイの声で余計注目集めたんじゃねえか!?」

「わっ! わわわわっ! ど、どうするんですか!? アサヒさん!」

 

 進むか、戻るか。逡巡している暇はない。

 カイさんのいる方向とお城の方向に何度か視線を行ったり来たりさせて私は決断した。

 

「――別々に相手するより、固めて吹き飛ばしちゃった方が早い! トオノ!」

「わっちに任せなんし」

 

 私は番傘型の武器から青みを帯びた刀身を抜き、トオノから送られてくるエーテルを武器に溜めた。

 狙うは、カイさん。――の周りにいる兵士の人。その人を高圧水流で作られたアーツで一転集中で吹き飛ばすと、左右から防御を固めようとする他の兵士の人たちの足元にヒバナちゃんの放ったネズミ花火が躍った。

 細かい閃光を散らしながら不規則な円運動をするそれに怯んだのが目に見えてわかる。ドライバーがいなくても、ヒバナちゃんはいくつかの花火を独自で作れるらしい。

 なんにせよ、道は拓けた。

 武器をトオノからコタローのボールにチェンジして、この状況を呆然と見守っていたカイさんの近くに駆け寄った。

 アーケディアでも、ルクスリアでも、理由まではわからないがカイさんはブレイドのように炎を出すことができるようだ。今はその力を貸してもらう。

 

「カイさん! コタローの風の力でカイさんの炎を増幅させます! あの人達をまとめて倒せますか!?」

「あ――あぁ! 任せとけ!」

 

 一瞬、不自然な間があった気がするけどカイさんは腰に提げていた二本の片刃の剣を抜いて背面を合わせる。二本の剣は一つの大剣となって、柄の近くにあった半球が一つの球体を作るとカイさんは精神を集中させ始めた。その薄青い珠の中心にぼんやりとだが、見覚えのある漢字のような何かが浮かび上がるのを目の当たりにするが、こちらもこちらで準備が必要だ。そこから無理やり視線を外しコタローに声をかけて、風の流れを作っていく。

 吹き抜けのようになっているテオスアウレの街に、凍えるような風の渦が瞬く間に出来上がった。

 その風に吸い込まれるように、白い炎の断片が舞う。

 風の核に炎をまとわりつかせ、それを更に風で包む。

 ドライバーのアーツは、何もブレイドの力に頼ったアーツがすべてじゃない。自分の力を使ったアーツ、相手の力を利用したアーツ、いろんなアーツがあると、ヴァンダムさんの声が耳元で甦る。

 それならこれは、仲間の力を借りるアーツだ。

 

「し、城の中に避難しろ! あの中ならブレイドの力は使えない!」

 

 順調に炎を蓄える風の渦に恐れをなした兵士の中のリーダーのような人が、合流した部隊に向かって指示を出すがそれを高圧水流とネズミ花火が彼らの足元に炸裂する。

 

「そうは――」

「させません!!」

 

 武器を構えたトオノとヒバナちゃんの援護を受けて、私はカイさんに視線を送った。

 彼の放出する炎は神々しいほど白い光を放ってる。そうして白い炎を蓄えた風の渦は、その摩擦を受けてバチバチと青白い電気が走っていた。

 

「コタ!」

「了解だ! 吹き飛ばされるなよ、アサヒ!」

 

 そう威勢良く返された次の瞬間、コタローが風の力でうねりと流れに乗った炎が一気に放出された。解放した地点は私たちのいるところから5mくらい離れていたはずなのに、分厚い壁に押されるような熱を伴った爆風が吹き抜ける。予想していたはずなのに、踏ん張っていた足はあえ無く地面から引き離され、倒れこみそうになるのをカイさんが腕一本で支えてくれた。

 ふわり、と焦げた匂いを運びながら突風の余波が私の髪を撫でる。それを合図に顔を上げると、兵士の人たちは半円状に吹き飛ばされていた。なんだっけ、こういう写真をSNSで上げるのが流行ったことがあった気がする。

 ……じゃなくて。

 

「わぁ……、大惨事」

 

 いや、固めて吹き飛ばしちゃった方が早いとは言ったけど。 

 さすがにここまで大事になるとは思っていなくて、恐々としていると別の方向から足音が聞こえてきた。

 増援かな。とそちらに目を向けると、足音は立った二つ。しかも、見覚えのある二人がお城の外壁沿いにある階段を走っておりてくるところだった。

 

「ジークさん! サイカさん!」

「派手にやったやないか、アサヒ」

「ウチらのこと心配して迎えに来てくれたん?」

 

 思わず駆け寄ろうとする足が、周囲の状況を見て止まる。

 ジークさんと対面するピッタリ一歩手前で、私は体の半分を折る形で頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさいっ! お城の人たち吹き飛ばしちゃって……。でも、不可抗力だったんです!」

「あぁ、事情は察しが付いとる」

「事情って……。そういえば、レックスたちはどこに……?」

「………………」

 

 急に黙り込むジークさんに嫌な予感を覚えて「教えてください」と急かすと、その人は音が鳴るほど歯噛みをしてから、ゆっくりと口を開いた。

 ジークさんが言うには、天の聖杯の力を危ぶんだ王様が、ホムラさんを捕え消滅させようとしている。それに伴いレックスたちはお城の地下に拘束されていると言う。

 ここで、私はお城の兵士の人たちの言葉をようやく理解した。

 そして、カイさんが兵士の人に攻撃をした理由も。

 

「消、滅……? それって、ホムラさんを――こ、殺すってことですか? でも、どうして!?」

「ヒカリは500年前のメツとの戦いで、3体の巨神獣を沈めている。天の聖杯っていうのは、この世界の人間にとって破壊と力の象徴みたいなもんなんだよ」

「カイさん……?」

「なんや、自分。見てきたように言うやないか」

「別に、実際に目にしたわけじゃない。一般論さ。――さて、アサヒ嬢。あんたは、ヒカリがそんな力を持ってると知った今、どう思う?」

「どうって……。今はそんなこと言ってる場合じゃ……!」

「じゃあ、質問を変えよう。今の話でヒカリが――ヒカリ達が怖くなったかい?」

 

 考えるまでもなく私は首を横に振った。

 でもそこから先は言葉になってはくれなかった。

 言いたいことはたくさんあるのに、心と口がちぐはぐで、ただ俯いて爪が掌に食い込むくらいに握りこむしかできない。

 瞼の裏に浮かぶのは、ヒカリさんとホムラさんの優しい笑顔。

 あの二人の笑顔を知っているからこそ、その言葉を否定できるような上手な言葉が見つからない。それが、悔しくてしょうがなかった。

 

「ヒカリさん達は、優しかったです……」

 

 自分で聞いてても、絞り出すような声だった。

 インヴィディアで、小型の巨神獣の死体に祈ったホムラさん。

 アーケディアで私の認識票(ドッグタグ)を調べてくれて、忠告をしてくれたヒカリさん。

 ホムラさんの作ってくれたポトフは美味しかったし、ヒカリさんは私が甘えに来た時(誤解だったけど)に嫌な顔一つしないで一緒に寝てくれた。寒がっている私の傍にいてくれたり、戦いのときには守ってもらったことも何度もあった。

 

 

「500年前の戦いで、どういう理由でヒカリさん達が巨神獣を沈めてしまったのかは、私にはわかりません……。でも、その事実があったからと言って、ヒカリさん達が『怖い物』だって決めつけられません……!! 確かに、()()()()は怖い物かもしれない。でも()()()()()()()()()()()は優しかった。きっと、私の中でそれはずっと変わらない。……と、思い、ます……」

 

 

 周囲の音が遠くなった気がした。カイさんの目を見るのが怖くて顔を上げることができなかった。私がいくら怖くないと言っても、所詮は子供の言うことでしかない。

 何を甘いことを言っている。

 お前は、別の世界から来たからそんなことを言えるんだ。

 何も――この世界で何が起こったかも知らないくせに。

 そんな言葉が脳内を埋め尽くす。

 

「……せやね。ウチもアサヒとおんなじ気持ちや」

 

 そっと、寄り添う影はいつかの時と同じだった。気が付くと、くっきりと爪の痕が着くほどに握りしめた手を黒と紫のグローブが包み込む。

 眼鏡の奥の眦を下げて、私の味方をしてくれるように隣に来てくれたサイカさんが、こちらの視線に気づいてウィンクしてくれる。そうして続々と、私の傍に寄り添ってくれる影が増えた。

 

「そっ――そうですよ! ホムラ先輩たちは大陸を沈ませたりしません!!」

「あぁ、それに過去は過去だ。大事なのはこれからだろ?」

「わっちは今の主様に従うだけでござんす。主様がそう言うのでしたら、そうなのでござんしょう」

 

 続々と増えていく味方にカイさんは「参ったな」と言って頭を掻いた。その苦笑いが、どこか嬉しそうに見えるのは私の見間違いじゃないはずだ。

 カイさんと同じ背丈位で色が真反対なジークさんは腰に手を当てて、カイさんの出方を窺っている。

 

「これじゃ、完全に俺が悪人だな。悪かったよ、試すような真似して」

「本当だぜ。お前のせいで余計な時間を食っちまったじゃねえか」

「悪かったって。この詫びはいつか体で返してやるさ」

「なんなら今でも良いぞ?」

 

 冗談めかしてコタローが言うと、カイさんは肩を竦めて笑った。

 

「お前らは俺の出した条件を呑んだ。だから俺もそうしてるだけだ」

「なんや、よう分からんが行ってええんか? ちゅーか、まさか自分も着いてくる気やないやろな」

「アサヒ嬢とは『ヒカリと合流するまでなら手伝う』って約束したからな。まぁ、短い時間かもしれないが、仲良くしようや。えーと――眼帯のオニーサン」

「ジークや。同じ年くらいの男にオニーサン呼びされたないわ。気色悪い」

「あっはははは! 全く同意だな!」

 

 ぽんぽんと言葉の応酬が続く。ジークさんとカイさんとコタローは案外相性がいいのかもしれない。

 顔を空に向けてひとしきり、見ているこちらも笑ってしまうようなよく通る声で笑ったカイさんは、ふっと肩の力を抜いて顔に笑みを浮かべたまま小さく呟いた。

 

 

 

「優しい、か……。そうか、優しくなれたんだな。よかったな、ヒカリ……」

 

 

 




次話『富饒の間』
こんどこそ…多分、きっと。

そして、2月24日でこのハーメルンで活動を開始して一年となります。
この一年の間に沢山の閲覧、お気に入り、コメント、評価、誤字脱字報告、フォロー、いいね! をありがとうございます。
今後も『楽園の子』をよろしくお願いいたします。




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