楽園の子   作:青葉らいの

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42『富饒の間』

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 話が一度まとまったところで、私たちは時に石畳の上を、時に雪の降り積もったテラスのような外階段を、ジークさんの先導で走る。走る。――走る。

 途中で警邏中の兵士の人と遭遇しても、私たちの足は止まらなかった。

 いや、止めてくれなかった。

 

破天剛勇爆雷昇(スカイハイブレイブサンダー)!!」

暴陣白閃破煌剣(インペリアルホワイトミラージュエッジ)!!!」

 

 雪は音を吸い取るって聞くけれど、吸ってあまりある二人の声が王宮の石畳に木霊する。白銀が積もった外階段のテラスで『ばうーん』とか『どかーん』という戦隊ものの爆発みたいに雪の煙幕が舞い上がっていた。

 事の発端は、ジークさんの使うアーツの名前をカイさんが「それ、かっこいいな!」と言ってしまったのが始まりだった。その一言で気をよくしたジークさんが次々にアーツを見せて、それを真似てカイさんもオリジナルの究極アルティメット技を繰り出し始めて、今の状況ができあがった。ちなみに、サイカさんはすでに出来上がった流れを手が施しようがない。と、首を横に振っている。

 

「お城の人、めちゃくちゃ吹き飛ばしてますけど大丈夫なんですか!?」

「もともと放蕩息子や! かまへんかまへん! なーっはっはっはっはっは!!!」

「かまへんかまへん! あっはっはっはっはっは!!」

 

 カイさんもジークさんも攻撃が主体だけど、ジークさんは防御型のブレイドとも同調しているので私が前に出て注目を集める必要はない。なので、後ろの方から回復アーツに専念しつつ、文字通り笑い飛ばしながら侵攻する二人の様子を観察する。

 カイさんはやっぱり一人であの白い炎を操っていた。剣もブレイドの作り出すものに似ている。そのエーテルを一人で純化、圧縮してアーツを撃っていた。それができるということは……。導き出した結論で胸に重たいものを感じながら、私は足元のコタローを抱き上げてふわふわの耳に向かって話しかけた。

 

「ねえ、コタロー。カイさんってやっぱり……」

「あぁ。マンイーター……なんだろうな」

「そっかぁ。でも、私たちの知ってるマンイーターとは、だいぶ雰囲気が違うような……」

「悲しいことがあった奴が、悲しい顔をするのは当たり前だ。けど、その当たり前ができない奴だっているってことだろ。……見えねえけど」

「うん、見えないけど……」

 

 もちろん、私もコタローもカイさんのコアクリスタルを見た訳じゃないから、断定はできない。でも、その可能性が一番高くて納得できる。

 アーケディア法王庁でカイさんがいなくなった後、ヒカリさんがカイさんの過去を語ることは無かった。ヒカリさんがカイさんに怒っているだけじゃなくて、何か話せない理由があるのかもしれない。

 

「お前と少し似てんな」

「えぇ……。今そんなこと言われても、リアクションに困るよ……」

 

 カイさんは明るい。今まで会ってきたマンイーターの中で、誰よりも底抜けに明るくて、話しているとつられて笑顔になってしまう。私とは似ても似つかない。 

 コタローの言葉の真意が分からなくて、なんとなく先行するカイさんの方を見る。すると、その人は雪のように真っ白な肩の付近で一つ結びにした髪を揺らしながらこちらに向かって手を振った。厳戒態勢のお城の中だというのに、輝くような笑みを浮かべて。

 まるで今こうしていることが楽しくて仕方ないという風に。

 

「アサヒ嬢! あんたも必殺技撃とう!」

「撃とうと思って撃てるものなんですか、それ!?」

「あの王子様曰く『かっこよく動こうとする気持ちがあれば、誰でもできる!!』だそうだ!」

「こ、根性論……!」

 

 やっぱり、似てるって言われてもあんまり嬉しくない。

 

 

 

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 どうやらレックスたちは地下の牢屋に閉じ込められているらしく、私たちは同じような階段を下に下にと下り続けた。そうして、とある正方形の部屋に辿り着いたその時には、レックスたちは巡回中だった別のルクスリア兵と対峙していた。まさに一触即発の雰囲気……だったんだけど。

 

「轟力降臨――極・電斬光剣(アルティメット・ライジングスラッシュ)・改!!!」

「炎魔招来――白焼星剣(イクシード・ゼロ)!!」

 

 青白い雷の閃光と莫大な熱と光を伴った白い炎がレックスの鼻先まで肉薄したように見えた。

 呆然とするみんなを差し置いて、すっかり肩を組むほど意気投合してしまった二人の後ろから、私はひょっこり顔を出す。兵士の人の様子を窺うと、お城の入口で倒したときのように、爆音と閃光とで意識を刈り取ったようだ。こういうところは、大人の対応なのになぁ……。と、目の前にいる大の白黒コンビに残念さが募る。

 そんな視線に気づかず、隔てるものが無くなって見晴らしがよくなった先をカイさんは額に水平に手を置いて、遠くを望むように笑って言った。

 

「おっ! お仲間と合流できたじゃないか。よかったな、アサヒ嬢!」

「はい……。本当に、よかった……」

 

 私は肩で息をしながら膝にに手を着いて、かすれた声を漏らした。

 もちろん、みんなが無事だったのは素直に嬉しいけれどこの二人のテンションにそろそろついて行けそうになかったので、ここで捕まっていたはずのみんなに会えたのは本当に幸運だった。成人してる男の人のペースで、広大なお城を駆けずり回ったのは掛け値なしに辛かった。

 

「なんで亀ちゃんとアサヒがこいつと一緒にいるのさ?」

「おいおい、こいつとは散々な物言いじゃないか。グーラ人のお嬢ちゃんよ。それとも俺の名前忘れたか?」

「あたしの名前はニアだ。あんたはカイ、だろ? それより、質問に応えなよ」

「ま、紆余曲折があってな。あっはっはっはっはっは!」

「笑って誤魔化すな!」

 

 ニアちゃんのツッコミは絶好調らしい。あぁ、ツッコミが居てくれるってすごいありがたいことなんだなぁ。と、私は今回のことでしみじみと思う。サイカさんはジークさんへのツッコミで精一杯だし、それに加えてもう一人ボケが増えたとなると、いかにアルスト最凶のブレイドでも、手に負えなかったようだ。

 

「――カイ?」

 

 ニアちゃんとカイさんの応酬が続く中で、ふと大人びた女の人の声がやけにはっきりと聞こえた。

 声のした方に視線を向ければ、青いドレスの糸目のお姉さん、カグツチさんが細い顎に軽く握った拳をあてて、何かを考えているようだ。

 そう言えば、カイさんと初めて会ったのはアヴァリティア商会の巨神獣船に捕まっていた時だ。あの時、確かカグツチさんはスペルビアの皇帝陛下の護衛のためにいなかったはず。知らなくて当然だ。

 カグツチさんとメレフさんにカイさんのことを説明をしようと、口を開けたけれどその先は続かなかった。カグツチさんは、別の切り口から彼の名前を知っていたからだ。

 

「もしかしてあなた、シヤの宝剣のカイ?」

 

 その瞬間、カイさんのへらへらと笑っていた顔があからさまに引きつったのが分かる。

 シヤの宝剣? と私が首を傾げるのとメレフさんがカグツチさんに視線を送ったのは同時だった。

 

「知っているのか? カグツチ」

「はい、メレフ様。先ほどの白い炎……。以前日記で読んだ特徴通り、間違いないと思います」

「か、カグツチ女史……」

「あら、なによ。私だけニアやアサヒと呼称が違うの?」

「いやだって、嬢って呼ぶ年じゃ――って、うおおおおおおおっっ!!??」

 

 蒼く輝く炎がカイさんに向けて襲い掛かった。カイさんは寸でのところで自分の炎を使って軌道を反らせ、これを回避。そうして部屋の中を二転三転ともんどりうって、私たちが入ってきた雪の積もるテラスの方に逃げ出していく。その光景に、どこか既視感を覚える。これが俗にいう天丼というやつだろうか。

 カグツチさんからは、怒りのあまりか自身の発する熱と周囲の空気の温度差で軽く湯気を発していた。メレフさんが「お、おい、カグツチ……」と恐る恐る声をかけるくらいには威圧感が凄い。

 

「お、お仲間も揃ったことだし、もう大丈夫だな! じゃあ、俺はここでっ!」

「え!? ちょっ、カイさん!?」

「待ちなさい!」

「ヒカリたちのことよろしく頼む! じゃあな!」

 

 そう言い残して、カイさんは階段の踊り場の手すりの先へひらりと体を躍らせた。白い雪景色に尻尾のような白髪の名残を残しながら。姿を消した彼を追いかけようとするカグツチさんの正面から私は抱き着いてこれを止める。姿が見えなくなってからようやく、カグツチさんは元の冷静さを取り戻した。

 次第に周囲の空気が冷えて行って、それと同時にみんなの頭も冷えてくる。そしてその中でも一番最初に現実に戻ってきたのはレックスだった。

 

「サイカ、ジーク! ホムラは!?」

「こっちや、着いて来ぃ」

 

 ジークさんが手を煽ってカイさんの消えたテラスの階段に向かっていく。その後を追っていく時に、誰かに私の紺色のコートをちょいちょいと引っ張られた。

 

「? サイカさん?」

「アサヒ、なんでカグツチの方を止めたん?」

「なんでって、それは……えっと――」

 ちょっとだけ考えてから、自分の感じた直感をなんとか言葉にした。

 

「カイさん、私たちと別れるタイミングを窺っていたみたいだったから……」

 

 もともとカイさんは、ヒカリさん達と合流するまで手伝ってくれるという条件に基づいて同行してくれていた。でも、さっきの雰囲気じゃ、別れるって言いだし辛かったんじゃないかな。ともすると、このまま一緒にヒカリさんたちを助ける流れになりそうだったし。だからこそ、カイさんはカグツチさんをわざと怒らせるようなことを言って、逃げ出したように見せたかったんじゃないか。と、あの時そう直感した。だから、私はカグツチさんを止める方に回った。この憶測が正しいのかは分からないけれど、それが正しかったかは知らなくていいことだ。

 

「…………。ふぅん」

「な、なんですか?」

「べつにー? コタローの言うことも分からんでもないなーって」

「どういう意味ですか? あの、サイカさん?」

 

 不思議の国のアリスに出て来るチェシャ猫のように、にやっと笑ってサイカさんはみんなの後を追っていく。

 色も黒と紫だし。と、どうでもいい共通点を発見しながらここに来るまでのコタローの言葉を思い返した。

 

 

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 王宮 テオスカルディアの地下深くまで降り切ったその先でホムラさんは拘束されていた。

 潜水艦の地下のように広い部屋の中央には物々しい大きい機械が置かれている。固定式の砲台みたいで、銃身は筒状の真ん中から半分に分かれその奥から赤熱した光が溜まり始めている。恐らくあそこから、なにかのエネルギーを放出するのだろう。その砲台の直線状にホムラさんは磔にされている。

 レックスがホムラさんの名前を大声で呼びながら猛進していく。どうやらホムラさんは無事みたいだった。意識もあるみたいで、名前を呼ばれたことから視線だけをこちらに寄こし、安心したように顔をほころばせた。

 一方、顔をしかめたのは円形の部屋に鎮座した砲台を見たジークさんだった。ルクスリアの第一王子であるその人は、この機械に見覚えがあるらしい。

 

「エーテル加速器!?」

「カッコよく言えば、エーテルアクセラレータですか……」

「二人で納得してないで、あたしたちにも分かるように説明してよ!」

「大昔に造られた、ゲンブのエーテルエネルギーを利用した兵器や。ちゃんと修理されとったとはな……」

「具体的に言うと、エーテルの力を粒子レベルで加速して物凄い力にしてから撃ち出す兵器、かな」

「せや。オヤジの奴、あれでホムラを消し去る気や。あんなもん使(つこ)たら、どんなブレイドかて再生でけへんで!!」

 

 その視線の先には、一人だけお城の兵士の人とは違う服を着た大柄な体格の男の人が腕を組んで仁王立ちをしていた。その左右に控えた兵士の人が、真っすぐにこちらに向かってくる。あの人がジークさんのお父さんで、この国の王様なのだろう。

 その表情は読めなかった。激高するわけでもなく、取り乱すわけでもなく、ただ静かに口を真一文字に結んだまま国王様は私たちを静かに見据えていた。

 

『悲しいことがあった奴が、悲しい顔をするのは当たり前だ』

 

 不意に、コタローの言葉が脳裏に蘇った。

 なら、この王様の表情にはどんな感情が込められているんだろう。そんな、絶対に聞けないであろう疑問を抱えながら、私はコタローの武器を構えた。

 

 




難産……!

次話『正義の間』

ラノベなど本の好きなアサヒに『アクセラレータ』って言わせたかったんです。
予定は未定です……。

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