1
状況は依然として変わらず、私たちのいるルクスリアを内包した巨神獣ゲンブは毎分120メートルの速さで沈んでいっている。唯一状況を打破できるのは、ルクスリアで受け継がれるブレイドのサイカさんだけ。しかし、ゲンブは彼女の制御下さえ離れ暴走状態だった。
ゲンブの外郭の限界深度に到達するまで後3時間。
「ボン、王宮の南塔に耐圧ポッドがある。お前らだけでも、それに乗って逃げや」
「ジークや街の人たちは?」
「ワイらのことはええから」
優しく、諭すようなジークさんの提案に同意するように、黒と紫の手袋をはめた手が私の手を軽く抑えつけた。ルクスリア最凶のブレイドであるサイカさんは顔を苦痛に歪めて冷や汗をかきつつも、懸命に笑って強がろうとしていた。
「ええって、そんなことできる訳ないだろ! 何か方法はないのかよ? みんなが助かる方法は?」
「ゲンブのコントロールはサイカしかできひん。そのサイカが無理なら、あかんやろな。後はできるだけ多くの人間を脱出させたいところやが――3時間しかあらへんしな」
長くて短いような3時間という制限。今すぐに港に向かって巨神獣船を用意できたとしても、街の住人の説得や状況説明に準備などを差し引いたら、3時間ではどう考えても無理だ。
「このゲンブの制御は
「あぁ。そうや」
「その場所は?」
「ゲンブの頭ん中、王宮の南の脊柱を通って渡った先や」
「…………。私が行きます」
「行くって……! ホムラ、お前――」
「
サーペントとは世界樹を取り囲むように空いた穴『大空洞』を守る巨大なモンスターだ。レックスたちがグーラからインヴィディアに来る原因にもなったもの。
そのサーペントというモンスターはかつては
「ホムラちゃん、本気なのかも?」
周りと比べ、だいぶ身長の足りないトラが、ホムラさんを見上げていた。黒目がちな、むしろ黒目しかないトラの目が鏡のようにホムラさんの姿を映し出している。
「さっき殺されかかったのに、助けるのかも?」
当然の疑問だった。つい先ほどまで磔にされて、コアが再生できないほどの高出力の兵器を向けられていた。どんなおためごかしがあったとしても、それは覆せない事実だ。もしもホムラさんが彼らを助けるどころか見捨てる選択をしても、きっと誰も文句は言わないだろう。
そうだとしても――
「それはそれ、これはこれ。って、レックスなら言いますよね?」
「えっ? あ、あぁ……。そうだな!」
「――だからです」
「ホムラちゃん……。わかったも! そういうことなら、トラもハナも手を貸すも!」
耳兼手をパタパタと動かしながら、トラが返すとその様子を見ていたニアちゃんが、小さくため息を吐いて笑った。その視線の先には、彼女のパートナーである白い虎のブレイドがお行儀よく座っている。
「仕方ないね……。ビャッコ」
「元よりそのつもりです」
ニアちゃんビャッコさんも、ホムラさんの提案に乗った。すると、抑えるというには弱弱しい力しかなかったサイカさんの手に少しだけ力が入った。そちらに意識を戻すと、髪と同じような緑色の瞳が私に向けられていた。
「……ええの?」
この小さな声の問いかけには、たくさんの意味が含まれているんだろう。
例えば、確実に助かる方法が分かってるのに、あえて危険な方に行くこととか。その結果、私たちには何のメリットもなくて。ただ仲間を害そうとした人たちが助かることとか。原因である身内である自分たちが何にも責められずにいることとか。色々と。きっと、私が思い至らない感情も含めて。
「もちろん」
だから、私は迷わずにそう言った。サイカさんの不安やずれた気遣いを拭い去るために。
その後でコタローの意見を聞いてなかったことに気が付くが、そちらに目をやれば『やれやれ』とでも言いたげな微妙な顔で、尻尾だけをご機嫌に振っていた。あれ、多分自分では気づいてないと思う。
再びサイカさんに視線を向けて頷くと、その人は目が大きく見開いた。
「……おおきに。アサヒ、コタロー」
すぐそばにいた私だからこそギリギリ聞き取れた声量で呟いたサイカさんは、私の手を支点に、いまだに冷や汗が引かず、いうことの聞かない体に無理やり力を入れて立ち上がろうとした。
慌ててその細い体を支えて持ち堪えようとすると、別の方向からルクスリア国王の声がする。
「そなた達は、命を張るというのか? 天の聖杯を抹殺せんとした、このルクスリアのために」
「国のためなんかじゃない」
「では、なぜ――」
「王様なんだろ? なら言わなくったってわかるよね?」
「レックス、そなたは……」
そこから先は聞くまでもないのか、レックスは傍に控えていたメレフさんに振り向いた。
「メレフ?」
「……仕方ないな」
いつものクールさを保ったまま、メレフさんは一言だけレックスに応える。スペルビアの特別執権官であるメレフさんが着いて来てくれるか不安だったのか、その答えが聞けたことでレックスは安心したようにちょっと笑った。
これで、みんなが行くことが決定した。
「まぁ、ワイらが行くんや。万が一なんて起こらへんと思うけどな」
また、そんなことを言ってハードルを上げてくれる。
失敗するなんてこれっぽっちも思っていなかったけれど、これでさらに失敗することはできなくなってしまった。
2
とりあえずは、王宮の中と同じく下へ下へと降りていけばいいのだけど、ゲンブ大雪原はただの通過地点。そこを突っ切って聖大列柱廊という場所があり、そこを抜けるとようやく――。ということらしい。
聞き慣れない土地名ばかりで内心ちょっと辟易する。フォンス・マイムに行く時のヴァンダムさんの説明と、通じるものがあった。
タイムリミットは3時間。ここから先は急ぎつつも確実性を重視した移動となった。
首元に提げた認識票が、分厚いコートとマフラーで隠れていながらも、その存在を固い感触で主張してくる。そうだ。王様のことが無かったとしても、私たちは急いで
みんな、言われなくても急いでる。これ以上、みんなの心労になりそうなことは言いたくない。
「また難しい顔をして……。眉間に皺、できてしまいますよ?」
てっきり自分のことを言われてるのかと思って顔を上げると、カグツチさんがメレフさんに対しての言葉だったようだ。スペルビアの特別執権官であるその人は、つば付きの帽子の奥にある綺麗な眉を顰めて立ち止まっていた。
「――解せないんだ」
メレフさんが言うには、ルクスリアの祖。つまりジークさんたちの祖先である反アデル派が戦後、鎖国を強いたというのは他でもないルクスリアの王様自身が語っていた。けれど、メレフさんは他にも王様は隠していることがあるんじゃないかと疑っている。
「何かって?」
「今回の件は、法王庁からの申し出だ。それをあそこまで拒絶する理由。まるでその関係を断ちたがっているかの様に見えてな」
私も、その言葉に静かに頷いた。
「何か別の弱みを握られていたということですか? メレフ様」
「それならば説明もつくのだが……。ジーク、その辺の事情は?」
「わからん、記録にも残ってへんからな」
「カグツチはどうだ?」
「私のその頃の日記には何も。多分、何らかの事情でコアに戻っていた時期かもしれません」
本国の王子様も、他国だけど記録を続けていたカグツチさんも駄目。
他に長生きといえば――。思わずレックスのヘルメットの中にいるじっちゃんにも視線を向けてみるが、同じことを考えていたレックスがそれを聞いてくれた。しかし、その回答はあえ無く『知らない』だった。
「つまり、王様が語ったことがすべてじゃないってこと?」
「可能性はあると思う。その、私も王様の態度がちょっと変だなって思ったし」
「アサヒ、なんか知ってんの?」
「国の事情とかのお話しじゃないよ。ただ……」
あの王様は、私たちがエーテル加速器を止めようとしていた時も、誰かにずっと謝っていた。悲しそうに目を伏せて、私たちが抵抗する姿を見たくないような気さえした。それでも、エーテル加速器の発動は止めなかった。それが私にはとてもちぐはぐな行動に見えた。
「あのエーテル加速器って、結構充填時間短かったよね? 調整とか色々あったのかもしれないけど、それでも私たちが着く前にホムラさんを、その、消滅させることはできたんじゃないかなって」
「そう言われてみれば……。でも、それじゃ王様があたしたちを待ってたみたいじゃん。変だよ、そんなの」
「うん。私もそこが引っかかってて……。それに、あの王様『世界を二度と灼かせないという思い
「それは、シン達がイーラの名前を継承しているのと関係があるのでしょうか?」
「………………」
ビャッコさんの問いに私は答えられなかった。
私が推測できたのは王様の心情面だけ。そこまで疑問を広げられてしまうと、推測から憶測に変わってしまう。しかし、あくまでも私の推測でいいなら、あの王様はきっと色々な状況に板挟みにされて、誰かにどうにかして欲しかったんじゃないかということだけ。現状が打破できるなら、なんでもいい。そうは思いつつ、国や世界のことは諦めきれなくて。自分の納得できる折れるタイミングを推し量っていたような、そんな気持ちだったのかもしれない。
私が王様の気持ちを考えている間に、レックスも別のことを考えていたらしい。
隣でふと顔を上げたレックスは、思い出したようにこう言った。
「この先の世界――」
「?」
「シンが言ってた『この先の世界』って、未来のことかと思ってたけどあれって過去の、人間の歴史って意味だったんじゃないかな?」
「その歴史の中に、彼らの戦う理由が?」
「うん――」
カグツチさんの言葉にレックスは頷いた。
先ほどの『この先の未来』はシンがテンペランティアで放った言葉だった。
あの時、シンはブレイドの存在を人が人として存在するために軛を課された存在だと言っていた。
ブレイドこそ世界そのものであるとも――。
英雄アデルとヒカリさんと共にメツを倒そうとしたシン。法王様のブレイドであるメツに、聖杯大戦後の反アデル派が建国したルクスリア。今の話を統合すると裏に法王庁の姿がちらつく。
「もし――もし、そうだとしたなら……。やっぱり私は、眠りにつくべきではなかったかもしれない……」
胸に手を当てて空に顔を向け、ホムラさんは思いを馳せる。
私たちはまだまだ、世界の真相には辿り着けていないのだろう。
次話『ゲンブの頭』