楽園の子   作:青葉らいの

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45『ゲンブの頭』

 

 

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 ゲンブの頭に辿り着く前、私たちは500年前の聖杯大戦の痕が生々しく残る場所を通りがかった。

 ルクスリアもスペルビアと同じく、高度な文明があったのだろう。社会科見学いったダムで見たような硬質で重厚な壁が、その耐えきれない熱でドロドロに溶かされ固まっていた。他には、瓦礫が奇跡的なバランスで保たれている場所とか。それだけでも、どれだけの破壊がゲンブを襲ったのか想像に難くない。そんな生々しい痕跡をみんなで見上げていると、不意にホムラさんが口を開いた。

 

「天の聖杯の(デバイス)は、ヒカリちゃんが行使するセイレーンや、サーペントだけじゃありません。当時は、無数の(デバイス)がメツによって行使されたんです」

 

 私は改めて、500年前の惨状を見上げる。

 どうやってやったかも想像がつかないほど、壊され滅茶苦茶にされた惨状に言葉を失くす。

 

「ねえ、(デバイス)って一体何なのさ? サーペントは見たことあるけど、セイレーンってのは降って来る光しか見たことないし」

(デバイス)は天の聖杯に与えられた力。遥か天空の楽園に眠ってる神の剣」

「……ちょっと、楽園ってもしかして滅茶苦茶恐ろしいとこなんじゃ?」

「いや、そこで私を見られても……。私の世界にはサーペントも(デバイス)も無いし」

 

 未だに私が楽園から来たと思っているのか、ニアちゃんが胡乱だ目で私を見るので、パタパタと手を振って否定しておいた。残念だけど、ないものは無い。

 でも、それだと余計にこの認識票(ドッグタグ)がニアちゃんが言うところのセイレーンの光に反応する意味が分からなくなる。これ、本当に何なんだろう……。

 

「楽園がどんなところなのか、私にはわかりません」

「わかりません、て。ちょっとホムラ」

「私の記憶の片隅にあるのは、あの街並みだけ。なぜ(とうさま)が私を、そして(デバイス)を創ったのか、私はそれが知りたい」

 

 初めてじゃないだろうか。ホムラさんの口から楽園に行きたい理由を語ってくれたのは。

 口ではそう言っているのに、なんとなくその人の表情は曇ったままだ。躊躇う気持ちはわかる気がする。

 

「いいじゃないか、そんなの行ってみればわかるさ」

「そんなのって、アンタねぇ……」

「宝の箱は開けてみるまでわからない。でも、開けなければそれは只の箱。サルベージャーの合言葉その4ってね!」

「――ったく。サルベージャーの合言葉と一緒にすんなよ」

 

 レックスのお陰で場の空気が少し和らいだ。みんなの顔から少しだけど笑顔がこぼれるのを見て、今は一刻を争うときだって分かってても、ちょっと安心する。正直、あのピリピリした空気のままだったら窒息してたかもしれない。

 ジークさんが言うには、ゲンブの頭はもう目と鼻の先だそうだ。少しだけお喋りしてしまった分、みんなは速足にそちらへと走り出した。私も、遅れないように足に力を入れると、踏みしめた雪がギュッと鳴った。

 

「宝の箱は開けてみるまでわからない――か」

 

 一番最後にいることを良いことに、私はみんなに聞こえないように呟いた。

 

「その箱が、パンドラの箱みたいのじゃなければいいけど……」

 

 

 

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 最終目的地であるゲンブの頭は、テオスアウレと同じく、石のブロックを積み上げて作られた長い回廊を通った先にあった。その場所だけ丸く区切られた広場の正面にドーム状の建造物が建っていた。

 剥き出しの岩といい、なんとなく青の岸壁を彷彿とさせる。

 古代文明の知識に精通するビャッコさんが、正面にある建造物が500年前の建築様式そのままであることを教えてくれた。ジークさんも、場所は知ってるけど来たことは初めてらしく、きょろきょろと物珍しそうに辺りを見回している。

 どうやらここを開けられるのは、ゲンブと意思疎通ができるサイカさんだけのようだ。

 サイカさんにドームの扉を開けてもらうと、中はテオスアウレのお城の地下と似た雰囲気の円形の広場だった。真ん中にポツンと何の支えもなしに空中で静止している鈍い金色の球体がある。よく見たらそれは、何枚もの長細い金属の板が複雑に組み合わさって中の物を守っているらしい。

 これ、どうやって開けるんだろう? と思っていると、ジークさんが手を翳した台座がかすかに光る。そこから一拍遅れて、機械が動くような音がした。

 そのすぐ後に金属の丸い物体が動き出す。その様子は、まるで知恵の輪を早回しで解いているような動きだった。

  あっという間に開いたその中には、人間の心臓のような赤いものが同じように支えなしに浮いていた。

 それは水晶の様に赤い結晶で全体が覆われ、四方八方に結晶のような棘が伸びては縮むを繰り返していて、見るからに痛そうな色と形だった。

 

「これが、神聖なる鎖(サンクトスチェイン)……」

「えぇ、これがサーペントの制御コア。天の聖杯()とサーペントが意思の疎通を図るために必要なものです」

 

 その時、ゲンブが大きく揺れた。こうしている間にも、この巨大な巨神獣はどんどんと雲海に潜っている。

 急がないと、と促したカグツチさんにホムラさんは一度頷くと、その人はもう一人の人格であるヒカリさんに姿を変えた。ホムラさんとヒカリさんはお互いに記憶を共有しているので、何の説明もなしで真っすぐ神聖なる鎖(サンクトスチェイン)に向かう。

 ヒカリさんが神聖なる鎖(サンクトスチェイン)に向かって手を伸ばすと、その赤い水晶のようなコアのとげとげが反応したように見えた。

 

「どう、ヒカリ。直せそう?」

「静かに」

「ご、ごめん……」

 

 そうしてどれだけ経ったか。

 怒られてちょっと凹んでるレックスをどうフォローしようか悩んでいる間に、ヒカリさんが神聖なる鎖(サンクトスチェイン)がひと際赤く輝き出したかと思うと、すぐに海のような蒼い色に変わる。

 それは、ブレイドのコアクリスタルにも似ていたけれど、形は正六面体だった。

 息を呑んで経過を見守る私たちに対して、ヒカリさんがつめていた息を吐き出した。

 

「ヒカリ?」

 

 恐る恐るレックスが声をかける。すると、天の聖杯であるその人は柔らかく笑って答えた。

 もう大丈夫、ということらしい。

 神聖なる鎖(サンクトスチェイン)の修復も終わり、サイカさんがゲンブにコアを通じて話しかけて間もなく、ぐぐんとエレベーターに乗った時のような浮遊感を感じた。

 

「王子、浮上したら雲海を回遊するようにゲンブに伝えといたわ」

「おう、どうやら間におうたみたいやな」

「よかったも~。トラ、アヴァリティア・アンコウみたいにならなくて済んだも」

「一件落着、だね」

「そうだね」

 

 ニアちゃんに笑いかけられて頷くと、サイカさんがレックスに神聖なる鎖(サンクトスチェイン)を外しても大丈夫だと言っていた。嬉しそうに青い立方体を取り外したレックスは、それを荷物の中でも特に大事なものを入れるらしい場所に大事にしまい込んだ。

 それを見届けてから、みんなの後を追って神聖なる鎖(サンクトスチェイン)の隠されていたドーム状の建物から出る。ここまでの間で私は誰にもわからないようにそっと安堵の息を漏らした。

 とりあえず、イーラはまだ来ていない。このまま、何事もなく世界樹に向かえたら――

 

 

「こんな僻地に隠されていたとはね。わからなかったわけだ」

 

 

 ……………………。

 ………………………………。

 …………………………………………。

 

「正直、脱出するか迷ってたんですが……。ご苦労様でした」

「今日はあの厄介な女もいないし、思いっきりやれるね」

「君との輪舞(ロンド)楽しみにしてるぜ、ニア。――と、楽園のお嬢さん」

 

 もしここで許されるなら、私は頭を抱えてしゃがみこんでしまいたかった。そんな気持ちをぐっと堪えて、ため息だけで済ませられた私を誰か褒めて。

 同意を求めるように足元のコタローに視線を向けると、豆柴型ブレイドは尻尾と頭を項垂れさせて、私以上に感情をダイレクトに表現している。

 イーラの手下らしい三人組を前にして、旧知であるニアちゃんはロンドがどうのこうのと言ってた金髪の赤い鎧を着たその人に「いちいち気色悪いね、アンタは」とばっさり切り捨てていた。

 

「私も、会いたくなかったなぁ……」

 

 と涙声で便乗して呟けば、イーラの中でサタヒコと呼ばれていた金髪の男の人は呆然と「そんな、ひどい……」と傷心の様子だった。

 彼らの目的は案の定神聖なる鎖(サンクトスチェイン)だ。

 見た目通りの軽薄そうなサタヒコに変わって、黒髪眼鏡のヨシツネがこちらに向かって手を差し出した。「素直に渡せば――」と、言いつつもその手はすぐに引っ込められた。

 

「なぁんて、陳腐なセリフは言いません。全力で叩き潰してあげますよ。シンのためにもね」

 不敵に笑うヨシツネに対して、対峙したのはヒカリさんだ。

「シンとメツはどこ? 彼らには聞きたいことが沢山あるの」

「あなたに話したいことなんて、ないと思いますけどね」

「そうかしら?」

「そうですよ」

 

 彼らはどこまでシンから聞かされているんだろう。

 言葉の端々から感じ取れるシンへの想いは、もはや傾倒とも呼べる域に達していた。

 

「勇んでるとこ悪いけどなぁ、ブレイドもなしにどないして戦うんや? 舐め過ぎちゃうか?」

「……そんな間抜けた動きで、僕たちを挑発してるつもりですか? 別に舐めちゃいませんよ。その必要がないだけです」

「なんやて?」

 

 ジークさんとサイカさんのいつものシンクロニシティポーズはどうやらイーラの人たちには効かなかったらしい。アルスト最凶を鼻で笑ったヨシツネは、どこからか取り出した宝石のようなものをこちらに見せつけてくる。

 赤色の交じる青い宝石は、瞬時に光の粒に姿を変えるとそこからメタリックブルーの弓が生み出された。ベンケイという名前の女の人の手には薙刀、そして反対側のサタヒコという金髪のその人の手には大きな扇が黒い羽を舞わせていた。

 それは私たちがブレイドスイッチをした時に武器を取り出す光景とよく似ていた。

 あの宝石の色といい、この人たちはもしかして……!

 

「マンイーターか!?」

「――すごい! ご明察!!」

 

 同じ結論に至ったメレフさんの言葉に、ヨシツネという人はアーチェリーにつかうような大型の弓を振り回して大げさに反応した。

 

「これまでいろんな邪魔が入りましたけど、今日はそれもなさそうだ。これで心置きなく戦える」

「やってみなよ。簡単に行くと思ったら大間違いだよ」

「まさか! 思っちゃいませんよ。言ったはずです。全力で――とね!」

 

 そうして、今。全力のイーラが牙を剥く。

 




次話『続 ゲンブの頭』

ここからが、長いんだ……。
それはそうと、ここのイーラ戦のBGMが好きです。
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