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イーラは3人。対する私たちは6人。ブレイド含めれば12人。
人数は圧倒的にこちらが有利だが、しかしそれだけいれば動き回るスペースも必要になる。
私たちはお互いにお互いの動きを阻害しないように立ちまわるのが精いっぱいだった。
一方で、イーラの三人組は仲間の癖や特徴を把握しきっているのか、息をするようにフォローをしながら戦っていた。
あっちの攻撃の要はベンケイという名前の長い黒髪を靡かせた女の人のようだ。リーチのある薙刀に地面を砕くほどの力でこちらを圧倒してくる。
同時に厄介なのは、こちらの注意を惹きつけてくるサタヒコという二枚の扇を両手に持った男の人だ。『挑発』という効果を持つアーツを使うのは私たちの中にも何人かいるけれど、敵に回られると本当に厄介な効果だと思う。攻撃を集中されることが前提としてるだけあってタフだし。
最後にヨシツネという黒髪眼鏡の人は、見た目に似合わず回復が専門らしい。変形する武器が特徴的で、弓からの遠距離と死神のような大鎌で遠近構わず立ち回る。
攻撃、防御、回復とバランスの取れた彼らの立ち回りは、人数差があったとしてもそれを感じさせないほど息が合っていた。
「敵の属性が氷に変化したぞぃ!」
レックスの背中のヘルメットに収まったじっちゃんの声で、はっとした。
各属性には反対属性がある。火なら水、雷なら土、そして氷は風。
「そいつの弱点、私ならっ!」
レックスに声を掛ければ、振り向いたレックスの金色の瞳と目が合った。それだけで十分に伝わる。声の掛け合いもなしにレックスに代わってその場に躍り出れば、金色の髪を撫でつけて赤い鎧をまとったその人と視線が交わる。
「絶対に当てる! ――お願いっ!」
エーテルの溜まったボールをコタローに投げ渡すと、風の圧がボールを中心にして巻き起こる。
「エアリアルハウンド!!」
当たれ! と念じながら固唾を飲んで見守れば、サタヒコと呼ばれていた金髪の男の人はその二枚の扇でコタローの必殺技を防いだようだった。余裕綽綽の青い瞳にほんのちょっとだけ焦りが募る。
でも、別に致命傷を与えたかったわけじゃない。巻き起こした風からブレイドコンボにつなげるのが目的だった。けれど、
「っ!? なに!? 風がかき消されて――」
「んなこと言ってる場合じゃねえ! 前を見ろ、アサヒ!」
「えっ……。あっ!」
声を出せたのはそこまでだった。コタローに言われて消えていく風から目の前の敵に視線を戻した時には、両腕をクロスさせて力をたくわえた扇で薙ぎ払われていた。武器の見た目で侮っていたのも悪かったかもしれない。圧縮されたエーテルをまともに食らって、私はコタローもろとも後方へ吹き飛ばされる。
攻撃が当たるギリギリのところで意識を全部後ろに飛ぶことに集中したおかげか、ゲンブに降り積もった粉雪を舞い上がらせながらなんとか空中で体勢を整えて、滑るように着地をした。その時にボールを抱えていない手の指と靴の踵を思いっきり地面にこすり付けてブレーキ代わりにしたので、そこだけ線を引いたように地面が見えた。
体全体から鈍い痛みを感じる。それに堪えて顔を上げれば、先ほどのサタヒコという扇使いはレックスが引き受けてくれていた。別のイーラも他のみんなが抑えつけてくれている。
その間に私は視線を巡らせた。あの風が掻き消えるという不可解な現象の理由を探るために。
「烈火!」
メレフさんの蒼い炎がベンケイという薙刀使いの女の人に迫る。攻撃は当たりはしたが、周囲に蔓延するはずの火属性のエーテルは、やはりどこか頼りなさげに揺れていた。
そこで、ふと気が付く。メレフさんが対峙しているベンケイと呼ばれた女の人の武器が最初見た時とは変わっている。確か、元は柄の長い薙刀を使っていたはずなのに、今は青い刀身に直接持ち手が付いたような武器を奮っていた。じゃあ、さっきまであった棒の部分は?
「ご主人、あんなものさっきまでありましたも?」
「ももっ! 何か地面に刺さってるも! きっと、あれが場のエーテルをかき乱してる原因も!」
トラとハナちゃんが注目している方につられて目を向ければ、みんなの戦っている場所から少し外れたところに細いアンテナのようなものが地面に深々と突き刺さっていた。そして、その上空に向けられた先端から確かに何か放出しているようにも見える。
私とトラはブレイドを連れて二人でそちらに駆け出した。
「チッ!」
いち早く私たちに気付いたのは、弓と鎌と二種類の武器を変形させてジークさんと戦っていたヨシツネだった。忌々し気に舌打ちをしたと思えば、ジークさんの攻撃をいなしてこちらに駆け寄ろうとしてくる。
「させると思うたか!! 轟力降臨――」
ジークさんのアーツ、アルティメットなんとか改がヨシツネの動きを阻害するように地面に『極』という字を浮かび上がらせる。しかし、その人はどこか馬鹿にしたように振り返ると、眼鏡のブリッジを押し上げて得意げに笑っていた。
「残念! 僕に雷は効きませんよ!」
「こいつ、サイカと同じ属性か!」
「ご明察です!」
コタローの言葉に返すヨシツネの手にしていた弓が、死神が使うような大鎌に変形する。そうして、その切っ先がトラの無防備な背中に差し迫った。
「トオノ!!」
「わっちに任せなんし」
咄嗟にトオノとブレイドチェンジをして、私は無理やりトラとヨシツネの間に体とねじ込んだ。
ガキィィンッ! という硬質なものがぶつかり合う音が、周囲の剥き出しの岩に跳ね返り反響する。刀でいうなら峰の部分がトオノの傘と触れあい、つばぜり合いに持ち込まれた。見た目は細いのに、男女差からかそれとも彼がマンイーターだからか、トオノから身体強化を受けてるといっても一瞬でも気を抜けば押し負けてしまいそうだった。
渾身の力で大鎌を退けると、足に力を入れて腰を落とし飛び込むように距離を詰めようとした。そんな私の後ろから声が迫る。
「アサヒ! そのまま伏せぇや!」
直後、頭上ギリギリに青く光る大剣が掠めた。野球じゃあるまいし! と、全体的に無茶なフルスイングをかましたジークさんに対して文句を言う暇もなく、雪の積もる地面に胸から倒れこむ。
地面に四つん這いになって着いた手の跡が雪に残るのを見て、その土の感触に私は思わずトラの方を振り返った。
「トラ! それ引っこ抜いたり、壊したりできそう!?」
「無ー理ーだーもー!! がっちり地面に突き刺さって抜けないも!」
あの様子だと棒自体を壊すのも一苦労だろう。現にハナちゃんが足元からジェットを出して引き抜こうとしてもそれはびくともしなかった。私はもう一度地面に目をやり、考えた。周囲を見渡して、あの時と状況が似ていることを受けて確信を得る。きっとあの人ならこの状況を打破することができるはずだ。
私は大鎌と切り結んでいるアルスト最凶と謳うジークさんに向かって声を張り上げた。
「ジークさん! その人は私が相手します! なので、ジークさんはあの棒の根本に究極アルティメット技を!」
相手に私の目的が分からないように言葉を選んだつもりだったけれど、脚本がどうのと事あるごとに言っていたヨシツネにとっては、別の意味で許せないことがあったらしい。
「はっ! 何ですかそのセンスの欠片も感じられないネーミングは!」
「なんやとぉ!? もういっぺん言うてみぃ! 眼鏡こらぁっ!!」
「ジークさん、早く!」
「こんのっ――覚えとけよぉ!」
自分で急かしてなんだけど、負け惜しみ染みた捨て台詞を残して私とジークさんは場所を入れ替わった。その間際、横を通ったジークさんからそのアーツを撃つまで少し時間がかかることを聞く。
その時間分、何とか持ちこたえろということだろう。
了承の旨を伝えるため頷いた直後、変形させた大弓の弦を目いっぱい引き絞っているヨシツネと目が合った。
咄嗟に傘を広げ防御すると、直後真っ白な閃光と衝撃が傘から伝わってきた。
トオノの番傘は防御力と範囲に優れる反面、視界が塞がれてしまう。傘の隙間から顔を上げた時には、そのマンイーターは間近に迫っていた。
それでも何とか傘を閉じて、片足を軸にその鎌の切っ先を弾くように体全体を一回転させる。遠心力を利用しただいぶ無茶な動きのフルスイングに、ジークさんのこと悪く言えないなぁ! と内心で反省する。
「次の相手はあなたですか、楽園の子!」
360度、視界が回転して元の位置にまで戻る。真正面から攻撃を受けていてはやがて力負けしてしまうので、横にずれるように位置を変える。上手いことアーツを溜めているジークさん達の方に行かないようにはできたけれど、正直この人とは顔を合わせたくなかった。案の定、その人は対峙した私に向かって、嘲るように鼻を鳴らした。
「というか、まだ楽園を目指してたんですねぇ。自分で自分の世界を否定した、あなたが!」
「――っ!」
「あなたはなぜ楽園を目指すんです? 嫌いなのでしょう、自分のいた世界が!!」
「そんなことないっ!」
「ならばなぜ!? あの時僕に『あんなこと』を言ったんです!?」
その怒りを孕んだヨシツネの目に怯んで、武器の奮う手が鈍る。すぐにトオノから集中しろと叱責をくらったが、その声もどこか遠く聞こえた。私の脳裏にはあの時の記憶が鮮明に甦っていたから。
それは、ヒカリさんが目覚めるきっかけにもなったカラムの遺跡でのことだった。
わざわざ私を人質として連れて来るくらいにはヨシツネというマンイーターは私の世界に興味を持っていたらしい。メツがホムラさんを遺跡に呼び出すまでの短い時間、この人は私に元の世界の話を聞いてきた。
その時の目が爛々と輝いてて怖いくらいだったのを今でも覚えている。
満天の星の下で冴え冴えとした月に照らされた劇場のような場所で、私は自分の世界のことをぽつり、ぽつりと語った。
別におかしいことを話したつもりはない。いつかニアちゃんに聞かれたのと同じ通りに話しただけだ。
結果として、それは彼の中の何かを砕いたようだった。
そこから先の記憶はない。ただ彼の目にあった熱が怖いほど静かに消え失せたのを見た。恐らく、直後にヨシツネは私を気絶させたのだろう。
けれど、その時のことは鮮明に覚えている。
横倒しになって意識を失う直前、ヨシツネは泣きそうなのにどこか強がった笑みを浮かべて私を見下ろしていた。それが意味することが最初は分からなかった。けれど、ずいぶん後になってからも胸にチリチリとした痛みを感じていて、そこでようやく、私は自分が何をしでかしたかを理解した。
「……ごめんなさい」
「あなたに謝られる筋合いなんてありませんが?」
確かにそうなのかもしれない。
そうだとしても――
「でも私は、あなたの理想を壊してしまったから」
今更こんな謝罪に意味はない。この人だって私に謝ってほしいなんて一ミリも思ってない。私だって、この謝罪が受け入れられるなんて考えてない。けれど、そうせずにはいられなかった。
このヨシツネという人は、私の世界に勝手に期待を抱き、そして勝手に失望した。
だから私も勝手にしてもいいはずだ。勝手に抱いた罪悪感を、勝手に謝って勝手に自分の中で消化しようとした。――なのに、それなのに。
「別に」という声がした。黒く短い髪を凍てつくような風になびかせて対峙しているその人は、あの時と同じような泣いている様な強がった笑みを浮かべてこう言った。
「別に、最初からその程度のものだと思ってましたよ」
「………………」
嘘だ。
ヨシツネの顔は、カラムの遺跡の時と同じ、欲しいものが手に入らないと分かって、それを最初から欲しくなかったと強がるときの顔だった。そしてその顔は『ずるい』と思った。折角自分の中の罪悪感を消化できると思ったのに、そんな顔を見せられたら嫌でも忘れられなくなる。
どう反応することも出来ないうちに、ヨシツネは鎌を振りかぶった。まるで、この対話を断ち切るように。
こちらとしても、ヨシツネの行動は願ったり叶ったりだった。時間稼ぎも十分したはずだし。と、ヨシツネの大鎌とトオノの刀で切り結びながら、私は期待のこもった視線をジークさんのいる方に送る。
眼帯をしているジークさんの目と目が合い、斬馬刀のような大剣を肩に担いだ彼は小さく頷くと、そこに青白く弾ける雷電をまとわりつかせた。
「轟力降臨――
ジークさんの究極アルティメット技が雪の降り積もった地面に突き刺さる。
放射状に地面ごと雪に亀裂が走ったのを確認してから、私は近くで控えていたトラとJSモードのハナちゃんに向かって大声を上げた。
「今なら崩せる! 引っこ抜いて!!」
「ハナ!」
「了解ですも! ご主人!!」
ハナちゃんの足元から白い炎が吐き出され、しっかりと突き刺さっていたはずのアンテナのような棒が少しずつ上に引っ張られていく。そうしてひと際ハナちゃんの足元から強く、地面に向かってロケットブースターが噴射されると、最後の抵抗のように残っていたアンテナの根元が細かい岩と一緒に引っこ抜けた。
ハナちゃんはそのままの勢いで棒を遥か彼方に放り投げる。キラーン、という効果音が聞こえてきそうな勢いで、それは瞬く間にルクスリアの分厚い雪雲の中に消えて行った。
私は「おぉー」と感嘆の声を上げ、敵対するヨシツネも呆気に取られたように、その棒が飛んで行った方向を一緒に見ていた。
……変なの。今は戦いの最中で、この人は敵なはずなのに。――笑いそうになるなんて。
「これでエーテルの属性を乱せなくなりましたよ。……どうしますか?」
「まさか、その程度のことで僕たちが退くとでも?」
「ですよね」
案の定な返事に、私は苦く笑った。その反応が意外だったのか、先ほどまで見せていた不敵な笑みを引っ込めてヨシツネは目を丸くした。
でも、もう私は取り合わない。
トオノの刀を握る手に力を籠めてヨシツネと正面から対峙した。
海外旅行に憧れを抱いていた人が、現地を知っているバックパッカーから「あそこ、あんまりいい所じゃないよ」と聞かされたみたいな。
小説って難しい……。ちょっとだけでも伝われこの気持ち。
次話『続々・ゲンブの頭』