楽園の子   作:青葉らいの

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47『続々・ゲンブの頭』

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 エーテルの属性をかき乱す棒が無くなったことで、私たちはブレイドコンボを駆使しつつ順調にイーラの三人組を追い詰めて行った。私が最初そうされたように、今度はヨシツネと呼ばれていた人喰いブレイド(マンイーター)は雪の降り積もる地面に膝を着いた。

 

「あり得ない! この僕らが――!」

「当然やろ? 雷轟のジーク様やで? 誰相手にしてると思うてんねん」

 

 歯噛みするヨシツネに向かって馬さえ斬り殺せそうな大剣を担いだジークさんがゆったりと近づいていく。黒い丈の長い外套に眼帯のルクスリアの王子様は、野球のバットの様に剣を素振りをして「後でぎょーさん尋問にしてやるさかいなぁ」という脅しをヨシツネたちにかけていた。それを少し離れていた場所から見ていた私は、ジークさんには聞こえない声で呟く。

 

「これ、完全にこっちが悪役じゃ……むぐっ」

「ドライバー、お黙りなんし」

 

 花魁ブレイドは私の口をほっそりした手で塞いだ。恐らく水を差すなという意味だと思うけど、いきなりされるとびっくりするのでやめて欲しい。目尻に紅をさしたトオノから「めっ」とでも言ってきそうな注意を受けて、それに対して肩を竦めて返事を返そうとした。

 ――その時、視界の端に赤い飛沫が舞った気がした。直後に、うめき声が聞こえる。

 イーラの人たちの声じゃない。

 嫌な予感を感じながら視線をジークさん達に戻せば、私たちとジークさんの間にイーラの首魁であるシンが立ちはだかり、ジークさんが膝を着いていた。まるで、さっきとは立場が真逆だった。

 

「雷轟の名は伊達ではないようだな。この俺が急所を外したのは初めてだ」

 

 ジークさんは振り向きざまに大振りな斬撃をシンに向けて放つ。しかしそれは軽々とよけられた。そもそも、ジークさんも攻撃を当てるつもりはなくこちらに戻ってくるため布石として撃ったに過ぎない。サイカさんに抱き留められたジークさんは掠り傷だと強がるけれど、肩が深く切り裂かれていてまともに剣を振るのも辛そうだ。

 

「コタロー!」

「おう! 任せとけ!」

 

 トオノからコタローにブレイドスイッチをして私が癒しのアーツを使う間、シンは何もしてこなかった。ジークさんの傷が癒えても関係ないって言いたいのかな。と思いつつアーツに集中する。柔らかな緑色の光がジークさんの傷を逆再生の様に癒していき、皮膚にようやく薄い膜が再生したところで、ジークさんが私の手を制した。

 

「もうええ。十分や、アサヒ」

「え、でも、まだ傷が――」

「ええから。――今は、黙って言うこと聞いとき」

 

 敵に向けるような有無言わせぬ気迫に、私は息を呑んだ。

 私は、ジークさんに倣ってゆっくりと視線をイーラの人たちに向ける。

 ジークさんの視線の先にはシンといつの間にか現れたのかもう一人の天の聖杯であるメツがいた。しかしメツは壁に寄りかかって静観の構えだった。曰く今回はシンが戦うらしく、白く輝く長刀を構える彼はこちらを見据える。

 ゆっくりと。

 獲物を狙うように。

 

神聖なる鎖(サンクトスチェイン)と聖杯、共に貰い受ける」

「やってみろよ。確かにあんたは強い、だけど――ホムラもヒカリも絶対に渡さない!」

 

 イーラの首魁を前にしてレックスは真っ向から挑みかかった。私もコタローのボールを持って交戦の構えだ。――けれど、イーラ最強と呼ばれ更に人喰いブレイド(マンイーター)として存在しているその人は、どこまでも冷たい視線だけをレックスに返していた。

 

「強いな。だが、言葉だけだ。お前がそれを望むのならば、言葉ではなく――自らの力で示して見せろ!」

 

 冷たくて、冷たすぎて火傷してしまいそうなほどの視線と声に合わせ、シンの周囲に突如として旋風が巻き起こった。

 彼自身の属性である氷が何かに反応しているのか、足元に降り積もった雪さえも巻き上げて辺りが白く煙る。その中心で唯一見て取れるのは、血の様に赤いシンのコアクリスタルの光だけ。

 その時、足元が大きく揺れた。

 サイカさんがゲンブに浮上命令を出してから大分時間が経った。恐らくゲンブが雲海の外に出たのだろう。その証拠に揺れが収まると、私たちの頭上には金色の満月が浮かび上がり、辺りの影を青白く浮かび上がらせた。そして、その月の光の下でシンは今まで着ていた白い服から禍々しいほどの黒と腰に半透明の虫のような羽を生やした姿に変わっていた。

 

「あれが、シンの本当の姿……」

 

 喉を通る空気さえ冷たすぎて痛いような緊張感。アレはカラムの遺跡で見たメツにも引けを取らないほどの力を感じた。シンはマンイーターと言えども元は普通のブレイドだったはず。それなのに、今は天の聖杯とも引けを取らないほどのエネルギーを宿していると人工ブレイドであるハナちゃんは言った。

 

「くるぞ、構えろ!!」

 

 叩くようなメレフさんの声で現実に引き戻される。

 引き戻されて、()()()()()()()。次の瞬間には、痛みと衝撃が襲い掛かってきて一歩も動く間もなく私は雪の上に倒れ伏していた。唯一立っているのは、コタローだけ。

 豆しばブレイドは私がいきなり倒れたことに驚き、駆け寄って鼻先を押し付けてきた。

 

「おい、どうした!? もしかして……!」

 

 体の痛みに頷くことしかできない。

 あの一瞬で、斬られた。しかも一度だけじゃない。見えない速度で何度も色んな方向からだ。

 むしろ、なんでコタローは斬られなかったんだろうと理由を考えられるほど思考に余裕がない。体に力を入れようとしても、すぐにこれ以上動くなと本能が警鐘を鳴らしてくる。何とか首だけを動かして状況を確認すると、もぞもぞと立ち上がろうとするレックスとヒカリさんの姿を捕えた。それをシンはつまらなさそうに見降ろし「無駄なあがきだな」と吐き捨てた。

 

「俺の力は、すべての素粒子を操作する」

「素粒子、だって?」

「故に、己の肉体を光速度まで加速させることも容易い。どれだけ先を予測しても、その後に動くのはお前自身。所詮、俺の敵ではない」

 

 ヒカリさんの因果律予測のことを言っているのだろう。すべての素粒子の操作、なんて突然言われても全然ピンと来ないし、それがどれだけ非現実的なことかもわからない。でも、これだけはわかる。

 シンの言葉は自信でも驕りでも慢心もない。ただの事実を言っているだけだと。

 

「……っ!!」

 

 突然、胸の辺りが火傷しそうなほどの熱を持ち出し、思わず声を上げそうになる。胸に提げた認識票(ドッグタグ)が反応しているのは明白だった。これが起こるのは――。

 見ればヒカリさんから翠色の光が溢れているのが分かる。もしかしなくても、空に浮かぶ神の剣。セイレーンの一撃をシンに撃つつもりだ。

 

「みんな! 巻き込んだらゴメン!!」

 

 それ多分ゴメンじゃ済まないよね!?

 ヒカリさんからのエーテルを受けて金色のオーラを纏うレックスに対しツッコミをしたいところだけれど、それこそ、それどころじゃない。私は咄嗟にトオノを呼び出し、バーンの時のワダツミさんのように水のバリアを張ってもらうように頼んだ。正直、バリアを張れたのはかなりギリギリだった気がする。

 そして一拍もしないうちに、夜空を引き裂くような金色の光がシンに向かって一直線に落ちた。

 直撃は免れなかったと思うけど、それにしては周りが静かすぎる。トオノの張った水のバリアが掻き消えるが、その間から見たメツの顔には焦りの感情はない。むしろ、うっすらと笑っているようにも見える。

 

「言ったはずだ。俺の力は素粒子の操作」

 

 聞こえてはいけない声がする。

 

「天の聖杯の攻撃の正体は、加速させた粒子エネルギー。そしてそれは重粒子故、わずかに光の速度に及ばん」

 

 天の聖杯であるホムラさんは、セイレーンの攻撃を『遥か天空の楽園に眠ってる神の剣』と言った。それをシンは片手に握った刀で神の剣を易々と受け止めていた。受け止めてなお、話ができるくらいの余裕をもって。そして、大きく振り払うと呆気なくセイレーンの一撃は消え去った。

 

「そ、そんな……。ヒカリの攻撃が……」

「終わりだ、少年」

 

 私は何もできなかった。何もできなかったからこそ、見てしまった。

 刀を構えるシンに対して、レックスの足が半歩下がったことを。そこに紛れもない恐怖を抱いていた姿を。

 レックスが負ける未来を。

 これ以上は見ちゃいけない。と直感した私は顔を背けて目を瞑った。直後に聞こえるレックスの悲鳴と硬質なものが割れて飛び散ったカラカラとした音で大体の状況を把握する。

 

「レックス! ホムラ!!」

 

 ニアちゃんの声があたりに響く。恐らく何らかの理由でヒカリさんの姿が維持できなくなったんだろう。

 頭の中で過去の映像が巻き戻る。

 カラムの遺跡でヴァンダムさんが倒れたとき、私は目で見えていた事実を心の中で否定した。それでヴァンダムさんの治療が遅れて、その人は左腕が使えなくなった。

 私は今、あの時と同じことをしようとしてる。

 目の前の光景が怖くて、目を背けることに意味なんてない。

 目を開いてすぐ傍にあったトオノの刀を掴みなおして、一息に刀を抜く。そうして膝立ちの姿勢になり、ニアちゃんとは別の方向からシンに向かって飛び掛かろうとした。しかし、空からの奇襲に成すすべなく私は地面に縫い付けられた。固い感触の金属製の爪で腕を抑えつけられ、石の様に重い体を抑えつけられればもがくこともままならない。

 

「なっ……に!?」

「じ、人工ブレイドだも!」

 

 人工ブレイド!? 

 首をギリギリと動かして背中の上に乗った正体を見ると、ハナちゃんとは全く違う無機質さを前面に押し出した羽の生えたロボット染みた四肢が視界に入る。今度は逆側に視線を戻せば、トオノも無理やり膝を突かされて両腕を拘束されているようだ。

 以前、人工ブレイドの工場をバーンが運営していたことは伝え聞いている。その取引先がイーラだということも。そこで開発され量産された人工ブレイドが今私たちを襲っている正体だ。

 

「好きに――させるかぁっ!!」

 

 メレフさんからあふれ出た凄まじいエーテルエネルギーが人工ブレイドの拘束を一時的に振りほどいた。

 その一瞬の間に、私もトオノの方に顔を向け紅の引かれた艶やかな花魁に向かって「ごめんね」と呟く。

 シンの斬撃を偶然でも回避したコタロー。そして、人間大のトオノ。

 サイズの違う二人のブレイドの差を利用する。

 

「コタ、ローっ……!」

 

 トオノの姿が陽炎の様に消え、ブレイドスイッチをしたコタローがトオノのいたところに現れる。

 人間大から豆しば大に。これには人工ブレイドも拘束するものが無ければバランスも崩す。

 その僅かでも決定的な時間をコタローは最大限に利用してくれた。

 

「アサヒから離れやがれ!」

 

 風の力を使ったタックルを食らい、私の上に乗っかっていた人工ブレイドの重みが取れる。

 転がってきた武器であるボールを掴んで、私はがむしゃらに駆け出した。

 ボールにエーテルを溜める。視界の端ではメレフさんもイーラに向かって真っすぐ走り出していた。

 

「ラピッド――」

 

 少しでも当たった時の威力を上げるために地面を蹴り跳躍する。そうして叩きつけようと思ってあげていたボールを持った右手に――光の矢が刺さった。

 肩に突き抜ける痛みに声も上げられず、逆に一瞬息を呑む。

 その間に、薙刀の石突が眼前に迫っていた。

 まずい、避けられない……!

 

「きゃああっ!」

 

 体重の乗った硬質な棒で真正面から地面に叩き落された。激しく打ち付けられた私の眼前に、反った青い刀身が突きつけられる。

 

「ローネの大木での借り、ここで返してやるよ」

「あっ……! ぐっ……!」

「これが終わったら、あんたを名を冠する者(ユニークモンスター)の巣に放り込んで殺す。そっちのブレイドは自分がいつコアに戻るか、怯えながら待つんだね」

 

 弓で貫かれた肩をベンケイはぐりぐりと踏みにじる。私はもはや痛みで声さえ出なかった。その代わりに出てきたのはのは涙だけだった。

 痛いのか、悔しいのか、怖いのか、自分でも涙が出て来る理由がわからない。そんな中、涙で滲んた視界に赤い光の柱が私たちから離れた場所にまっすぐに降りてきた。

 

「ベンケイ。そいつを殺すな」

「は? お断りだね。こいつは――」

「聞こえなかったのか? ()()()

「……チッ」

 

 肩を抑えつけていた踵が退いたかと思った直後、私はベンケイと呼ばれた女の人に蹴り飛ばされていた。

 道端に転がる石ころのようなぞんざいさで。

 降り積もった粉雪を巻き上げながら、私はゴロゴロと雪の上を転がってやがて止まった。その時、地面に尖った岩でもあったのか、額にどろりとした生暖かいものが垂れる感覚を妙にはっきり感じる。

 体が痛すぎて、どこが痛いかもわからなくて、痛みのショックから体を守るために神経が麻痺し始めている気がした。だからこそ、周りを見る余裕ができてしまった。

 ここからだと、何が起こってるのか全貌は見えない。

 けれど、チリチリとした胸の熱さと痛みで聴覚が飛び飛びになりながら拾った情報を統合すると、ホムラさんが何かをしようとしているのはわかった。恐らく、イーラにとっては都合の悪いことをホムラさんはしようとしている。だからこそ、メツはベンケイと呼ばれた女の人を止めたんだ。

 

 短いやり取りの後に神聖なる鎖(サンクトスチェイン)を持ったホムラさんとイーラの人たちが、去っていく。去り際、シンの腕の中にはホムラさんが彼にもたれ掛かるように気を失っていた。

 そして私も、そこから先はぼんやりとしか覚えていない。

 唯一覚えているのは、イーラとホムラさんが消え去った後。

 ゲンブの頭でホムラさんの名を喉が引き裂かれんばかりに叫ぶレックスの声。

 それだけだった。

 




次話『宿屋 アナスタージウス再び』

場所は決まってるのですが、どちらに重きを置くかで迷っています。
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