楽園の子   作:青葉らいの

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48『宿屋 アナスタージウス再び』

 

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 ここに至るまで、長い長い時間がかかった。

 しかし、振り返ってみればあっという間だった気もする。

 静かに目を閉じる。脳裏に蘇る記憶を辿りもう一度目を開けた。

 その集大成は変わらず彼の目の前にいた。

 人工ブレイドに両手を拘束されて、膝を突かされた状態で目を閉じる天の聖杯――の余剰エネルギーで存在するもう一人の人格。炎というよりも、赤外線のような色の髪色の少女は起きているのか気絶したままなのかピクリとも動かなかった。

 

「しかし、女性ってのは怖いですね」

「――ヨシツネか」

 

 モノケロス内は、基本的にハッチを閉めることは無い。この船の全体を把握しているサタヒコに言わせるとハッチを閉めるということは、すなわちそこを封鎖するという意味になるらしい。エネルギー効率や、駆動音などの隠蔽性の関係から、船内の明かりも最低限に絞っているためメツにはヨシツネがうす暗闇の中から浮き出たように見えた。二人並んで今しがた捕えた天の聖杯を前にすると、メツの脳裏でカラムの遺跡でのことが思い出された。

 

「大人しそうな顔をして、自分を消滅させるだなんて。そんなことをしたら、あの少年も道連れにすることになる」

「計算づくだよ、全部な」

「端から脅しだったと?」

「そうじゃねえ。あの小僧にコアクリスタルを与えたのは、シンに破壊された心臓の代用をさせるためだ」

 

 思い起こせば、記憶に新しい遺跡船での出来事。考えてみれば『アレ』がすべての引鉄だった。

 天の聖杯のコアには全ての情報が記憶されている。

 今は意識を失っている少女の胸元に輝く翠のコアクリスタルはそういった特別の証でもあった。

 色は違えども、同じものがメツにもあるはず。にもかかわらず、もう一人の天の聖杯に向かって羨まし気に目を細めた。彼の横で素直に感心するヨシツネに対して、メツはつい口が軽くなったように言葉を漏らす。

 

「コアはな、常に外的情報を蓄積しているんだ。こいつと小僧の傷の連動は、同じコアを介しての、言ってみれば情報交換。見方によっちゃ確かに命がつながっているとも言えるが、いざとなりゃあ、それを切り離すことだってできる」

「と言うと?」

(デバイス)に攻撃命令を下す直前に、小僧に残りのコアを渡すつもりだったのさ。それで小僧の心臓は完全に再生される。天の聖杯はコアを失ってもしばらくは存在できるからな」

 

 天の聖杯はそういう風に創られている。何のためかは当人であるメツにはわからなかった。しかし、これも世界樹にいるという神に聞けば分かるだろう。と、メツは心の片隅で考えた。

 

「シンはそれを知っていたから、天の聖杯の提案を受け入れた……?」

「小僧の生死なんてどうでもいい。だが、こいつは失うわけにはいかなかった。それだけさ」

 

 ヨシツネは納得したようなしていないような微妙な顔をする。なぜそんな顔をするのか、とメツは思うと同時にその疑問を口に出していた。

 

「俺はお前の方が解せないんだがな」

「? 何の話ですか?」

「とぼけんなよ。あの時、楽園から来たっていう小娘の肩を射抜いた時の話だ。――お前、ベンケイの薙刀があの小娘に当たるタイミングをワザと外させたな? お前の放った一撃が無けりゃ、あいつは死んでたはずだ。なのにお前はどうしてそうした?」

「………………」

 

 じっと見つめるも、ヨシツネはいつまで経っても口を開く気配さえ見せない。しかし、それなりの時間を共にした仲だ、相手の顔色くらいは読める。けれどメツの確認したいことは、ヨシツネの言葉だった。彼にどんな意図があろうと、ここで吐いた唾を飲み込ませるつもりはメツにはなかった。

 しばらくの間、黙り込んでいたヨシツネだったがメツに対して根負けしたように肩を竦めると、苦々しい表情で目を合わせずに口だけを開いた。

 

「別に、偶然ですよ。そんなもの」

「そうか。ならいい」

 

 そこにどんな意図があったとしても。例えヨシツネ自身がそれを自覚していなくても、彼がそういうならそうなのだろう。あっさりと追及を止めたことが意外だったのか、今度はヨシツネが胡乱な表情でメツを見つめ返した。

 

「なぜ、突然そんなことを?」

「あぁ? ……ま、隠すことでもねえか。あいつからは、微かだが俺たちと同じ匂いがしやがる。どういう訳かは知らねえけどな」

「メツと……? ということは、楽園の子は天の聖杯に何か関係があるんですか?」

 

 メツは肯定も否定もしなかった。

 ほんの些細な違和感の域を出ない。けれど、セイレーンの重粒子砲がシンに落ちたあの時、メツは一瞬だけ自分の視線が楽園の子に向けて引っ張られたように感じた。まるで誘導されたかのように。

 もしもあそこで楽園の子が死んでいれば、メツがその違和感を確かめるすべは永遠に消えていたはずだ。そういう意味では、メツはヨシツネに感謝すらしていた。もちろん言葉にする気はないが。

 そうして、ここにはもう用がないとメツは捕らえたもう一人の天の聖杯に背を向けて、モノケロス船内を征く。その後をヨシツネも追いかける気配があった。

 

「――――」

 

 そして、誰も居なくなったその部屋に人工ブレイドに拘束され一人残された彼女は、うっすらと目を開け彼らの去っていった方を一瞥すると再び目を閉じて沈黙した。

 

 

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 体が金縛りにあってるんじゃないかってくらいに重い。

 これは学校のマラソン大会とか運動会とか疲れ切った日の寝起きに感じる重さだ。その不自由さに意識が一気に浮上して目を開ける。

 見えたのは、見慣れた真っ白な天井とクリーム色の壁じゃなかった。四方冷たい色の石のブロックを敷き詰めた天井。そして周囲からは物音一つしない。いつもなら、子供たちの声が遠くから聞こえてくるはずなのに。静かすぎて、耳が痛くなりそうだった。

 

 ――あれ? ここ、どこだっけ……?

 

 視線だけで周囲を見渡す。

 やがて、私は段々思い出してきた。

 ここがどこで、私がどういう理由でここにいるかを。

 

「アサヒ……! よかった、目ぇ覚めたか!」

「わっ!? えっと、コタ、ロー?」

 

 茶色の豆柴が若々しい男の人の声で喋っている。それを当たり前に受け入れて、そうして私は恐る恐る彼の名前を呼んだ。その小さな相棒は、答える代わりに私の顔に鼻先をぐりぐりと押し付ける。短いけどふわふわな毛が顔に触れてくすぐったい。

 

「ここは……?」

「ルクスリアの宿屋だ。アサヒ、ゲンブの頭でのこと、どこまで覚えてる?」

「ごめん、ベンケイっていう女の人に蹴り飛ばされた後のことはほとんど……」

 

 そうか。とコタローは苦し気な声を出した。犬の顔色が分かるって言うのも変な感じだけど、この表情は多分いい結果じゃないんだろう。自分から聞く勇気がないのでコタローが話し出すのを待つ。

 かなりの間を開けて、先のとがった口から語られた内容は私が考えていたものとほとんど同じだった。

 

 シンの素粒子を操作する力によってヒカリさんのセイレーンは通じなかった。続けざまのシンの一撃でヒカリさんの状態を維持できなくなって表に出てきたホムラさんは、ヒカリさんとは別のセイレーンの力を使って思ってもみない反撃に出たそうだ。その矛先を、あろうことかホムラさん自身に向けることで。その捨て身の策によって私たちは何とか命までは奪われなかった。そうしてホムラさんはレックスの持っていた神聖なる鎖(サンクトスチェイン)を持って、イーラに連れ去られてしまったらしい。

 その後、ゲンブの頭に取り残されたみんなは、たまたま派遣から戻ってきた傭兵団のみんなに手伝ってもらいながらここ、ルクスリアまで戻ってきた。

 その時から私はずっと気絶したままで、聞けばほぼ2日は寝ていたそうだ。

 

「無理もねえ。お前が一番重傷だったんだからな」

「体の傷は……ね」

 

 レックスの気持ちを想像すると、一番傷ついたのはレックスのはずだ。

 目を閉じると、ホムラさんの名を叫ぶレックスの悲痛な声が頭の中に甦る。

 起きなくちゃ、と体に力を入れようとしてふと気が付いた。

 

「あれ、トオノは?」

「トオノは今ニアたちの所にいるはずだぜ」

「そっか」

 

 じゃあ、ちょうどいいかな。と今度こそ体を起こそうとした時だった。

 体が驚くくらいに重い。そして、右肩と額に妙な圧迫感を感じて、思わず左手でその個所を触ってみる。するとそこから布が幾重にも巻かれたちょっと固い感触が返ってきた。もぞもぞと服の襟元を開けると真っ白い包帯が肩と脇をとしてグルグル巻きにされていて、見てわかるほど重傷だった。

「わお……」と小さく驚きの声を漏らすと、隣のコタローからキャンキャンとした声が聞こえた。

 

「言ったろ、お前が一番重傷だったって! 患部は治して貰ったが、失った体力までは回復しきれてねえ! 無茶すんな!」

「そういう訳にもいかないでしょ……」

 

 自分が怪我を負ってると分かると、どっと体が病人モードになってしまう。体が動くなと命令しているのを私は見て見ぬふりをした。ゆっくりと、ゆっくりと動かしてる自分が焦れるくらいの速度で何とかベッドから起き出す。冷たい石の床に足を着け、背筋を伸ばすと、くらりと一瞬世界が歪んだ気がした。足から力が抜けて、思わずベッドに腰かけた。

 

「コタロー、ボール貸して」

「……今、回復アーツ使ったとしてもこれ以上傷は癒えねえぞ?」

「わかってる」

 

 荷物の近くに置いてあったコタローのボールを持ってきてもらうと、私はそれを戦闘に使う時のように扱った。

 そうすれば、コタローの首に付いた骨の形をしたコアから青いエーテルラインが私に伸びる。そして改めて足に力を入れれば、危なげなく立つことができた。ブレイドからのエーテルの供給で身体能力を上げて貰った恩恵だ。

 ボールは腰に吊り下げておくとして、私は膝を屈めてコタローに向かって両手を広げた。

 

「よしっ。コタロー、おいで」

「お、おい。なんで抱きかかえようとするんだよ」

「こうしてればコタローからエーテルラインが伸びてるのバレないでしょ?」

「………………」

 

 所謂、香箱座りと呼ばれる足を折り畳んだ形で抱き上げればぱっと見は違和感はない、はず。

 この部屋には姿見が無いので、全身チェックはできないが後は気付かれないのを祈るだけだ。

 今度こそ私は割り当てられた部屋から出る。コタローの何か言いたげな顔を無視して。

 

 

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 テオスアウレ唯一の宿屋、アナスタージウスのエントランスは酒場も兼ねているらしくみんなはそこにいると教えてもらった私は、真っすぐ廊下を進んでからつい出来心で壁に体を隠しながらその中をそっと覗いた。

 備え付けのテーブルと椅子にはみんなは座ってなくて、通路も兼ねてるであろう部屋の中央辺りに集まって何か話し合っている。

 雰囲気がお葬式だった。いや、あっちの世界ではお葬式って出たことないけど。小説の描写の『お葬式みたいな雰囲気』って言うのを目の当たりにした気分だった。

 こ、これは顔を出しにくい。でも、いまさら部屋に戻るわけにもいかないし――と悩んでると、すいと滑らかに動いたメレフさんとばっちり目が合ってしまった。

 

「アサヒ」

 

 名前を呼ばれた途端、メレフさんに連られるようにみんなの視線がこちらを向いた。思わず肩がビクッと震える。

 

「あ、えっと、おはよう……ございます?」

「何起きてんのさ、まだ動き回れるほど体力回復してないだろ!?」

「おー、もっと言ってやれニア。現にこいつ、武器使って身体強化してやらねえと立ってられね――むごごっ」

 

 くっ、やけにおとなしく抱き上げさせてくれたなと思ったら、と私は慌ててコタローの口を覆う。みんなと合流してからバラすなんて卑怯だぞコタロー!

 顔を振ってもがく豆柴に気を取られているうちに、駆け寄ってきたみんなからは冷ややかな視線が突き刺さる。

 とびきりは、私のもう一人のブレイドである緋色の着物を纏う花魁姐さんからだ。

 

主様(ぬしさま)……?」

「ひっ――! あ、あーっと、違うの。ち、違わないけど、でも違うの……!」

 

 バーンに捕らえられてボヤ騒ぎで脱出したときも、トオノにすこぶる怒られた。あの時のことを思い出して、私は何を否定しようとしてるかもわからないまま「違う」と口走っていた。

 今は額にも包帯が巻かれてるので、頭の一撃は最悪傷が開くかもしれないから思わずコタローを盾にするように頭の上に掲げる。しかし、いつまで経っても頭には何も振り落ちてこなかった。

 

「…………?」

 

 恐る恐る顔を上げると、トオノは下唇を噛んで泣くのを堪えてるような表情で私を見下ろしていた。

 自分より年上の女の人にそんな顔をさせている理由が私だという事実になんと言っていいかわからない。とりあえず、ずっと見つめてるわけにはいかないので、俯いて「ごめんなさい」とだけ謝った。

 雰囲気は最悪だ。特にさっきからみんなの輪からちょっと離れたところで暗い表情をするジークさん達が気になる。

 ちらり、と俯いたまま視線だけを動かしてジークさんの表情を盗み見る。やっぱり、口をへの字にして何か言いたげに見えた。

 

「あの、みんな集まってどうしたんですか? レックスは?」

「ボンならまだ起きてへん」

 

 腕を組みながら人差し指で組んだ腕をトントンとするその人は、何かに苛立ってるみたいだった。

 先に起きたのが私だったから怒ってる? ――いや、ジークさんはそういう人じゃない。もう少しヒントが欲しくて周囲を見回すと、サイカさんがジークさんの後ろに隠れるように横を向いてるのが見えた。胸の前で人差し指をくっつけたり離したり、尻尾の電球もへたりと下を向いていてルクスリアかアーケディア絡みのことなのかな。と漠然と予想を立てる。

 

「サイカさん」

「う……。あんな、国王様……王子のお父さんがアサヒと話したい言うて呼んでるんよ」

「サイカ!」

「王子、ゴメン! でも、黙ってるわけにはいかへんやん」

 

 ルクスリアの国王様が私を呼んでることはわかった。でも、なんでそのことでみんなが暗い顔をしてるのかが分からない。

 

「いいですよ、行きます」

「アサヒ!?」

「え、なんでそんなに驚くの? 大丈夫――だよね?」

「その前に、あんた自分の体のこと分かって言ってんの!?」

「わ、分かってるよ。でもレックスが起きたらホムラさん助けに行くんだよね? じゃあ、今しか時間はないんじゃないかな」

 

 分かってる。ニアちゃんは、みんなは、私の体を心配してくれている。無理してほしくないと思ってくれている。それくらいなら、みんなの顔色を読まなくても全部顔に書いてあった。

 

「……本当言うとね、何もしてないとちょっと怖くてさ。できれば何かしてたいの」

「あっ……」

「だから、お願い。行かせてくれないかな?」

 

 頭の上の猫耳がしょんぼりと伏せるのと同時に、ニアちゃんは悲しそうに押し黙ってしまった。罪悪感がすごい。でも、嘘は言ってない。少しでも別のことをしていないと、色々と考えてしまいそうなのは本当だ。

 無言なのを肯定と受け取って、私はサイカさんに視線を移す。頭に電球をつけた関西弁のお姉さんは同意するように一つ頷いてくれた。

 

「サイカ、アサヒを頼むで」

「もちろんや。ウチに任せときぃ!」

 

 とりあえず王宮に行くことが決定したところで、私は額の包帯の留め金を外す。繋ぎとめるものを失ったそれは白い一本の布に戻して丁寧に巻き取ってポーチにしまう。さすがに王様に会うというのに頭に包帯はない。

 

「後で巻きなおすの手伝ってね。いってきます」

 

 ニアちゃんの宝石のような黄色の瞳が私を追いかける。

 その瞳に向かって私は笑って、先に歩き出したサイカさんの後を追った。

 

 

 




次話『王宮 テオスカルディア再び』

穏やかじゃないですね。
色んな意味で。
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