1
「コタローにあんな特技があったとはねー」
私はフレースヴェルグの村の酒場で、救急箱の中身を補充しながら足元であくびをするコタローに話しかけた。
魂の頂で異常な力の反応の調査に行き、原因である巨神獣の死体からコアクリスタルを回収した私たちは、いったんフレースヴェルグの村に戻ってきた。
回復ブレイドがいるとはいえ、かすり傷程度でいちいちアーツを使うこともない。というヴァンダムさんの言葉からレックスたちは勇ましの修練場と呼ばれている、傭兵団の訓練場として開放されている空き地で治療をしているはずだ。私の救急箱を渡してあるので、ある程度は治療できると思うけど。念のために救護室として間借りをさせてもらっている酒場に、ガーゼなどの医療品の追加を取りに来たというわけだ。
「ブレイドの気配を感じたことか?」
「うん。ヴァンダムさんもお手柄だって言ってたでしょ?」
「この程度で驚いてちゃ困るなぁ。俺様の力はこんなもんじゃないぜ? まぁ、それを引き出せるかはドライバー次第だけどな」
「………………」
「お、おい、そんな不安そうな顔すんなよ。お前さんはよくやってるよ。右も左もわかんねえって世界で自分の居場所を作って、守ろうとしてるんだからな。大したもんだ」
「……コタにはわかっちゃうんだね。私が――」
「まぁな。ブレイドっていうのはそういうもんだ。お前の気持ちが直に伝わってくる。アサヒ。お前は、この世界で生きるには向いてないってくらいに優しい。優しすぎる。そんなじゃいつか、ぶっ壊れちまうぞ」
私もコタローのドライバーだからだろうか。コタローが私を心配する気持ちが痛いほど伝わってくる。
この世界では『死』は珍しいことじゃない。でも、私のいた世界では『死』は珍しいことだ。だから私は人より死というものに耐性が無くて、誰よりも重く悼んでしまう。そんなことを続けていたら、いつか――。という発想も少しはある。
私は抱えていたガーゼや包帯を一式、丸い机の上に乗せると、心配そうな顔の相棒を抱き上げた。額と額をくっつけ擦りつける。村や施設で慣れない環境で不安がる子にやってあげるおまじないのようなもの。
「大丈夫。大丈夫だよ、コタロー」
「何が大丈夫なんだよ……。俺は子供じゃねえんだぞ……」
「………………」
この気持ちをはっきりと言葉にするのは難しい。だからこそ、私は目を閉じてコタローと額を引っ付き合わせている。この言葉にできない気持ちよ。伝われ、届け、と願いながら。
「……わかったよ。今はお前の大丈夫を信じてやる」
かっこいい男の人の声で根負けしたように、コタローは鼻から息を吐いて言った。
ぱっと額を離してお互いの顔を見合う。
それからコタローを再び地面に下して、よそに置いといたガーゼと包帯の追加を抱える。すると、勇ましの修練場からヴァンダムさんの驚いた声が聞こえてきて、私たちは咄嗟に振り返ってそちらまで走り出した。
2
勇ましの修練場と呼ばれる空き地には、ヴァンダムさんの声を聞いてユウとズオも集まってきていた。
資材の詰まった木箱で治療をしていた二人には、まったく同じ場所に包帯が巻かれている。
ブレイドは、傷を負ってもすぐに再生するなずなのに。
そこからレックスが語ったのは、天の聖杯であるホムラさんとの出会いの話だった。
伝説のブレイドであるホムラさんを狙う組織がいて、その調査と運び出しの任務に何も知らずに同行したレックスは古代船と思わしき船の中で封印されていたホムラさんと出会い、依頼人だったその組織の一人に胸を刺し貫かれ死んだという。しかし今、彼が生きている理由はホムラさんから命を分けてもらったからだとレックスは語った。ホムラさんの胸に輝く翠色のコアクリスタルが×印に抜けている部分がレックスの胸に光っている。それが、彼女に命を分けてもらった証拠でもある。
大方話し終わったその内容を、信じられないと唸るヴァンダムさんにレックスは「でも事実だ」と返した。
ヴァンダムさんの視線は、レックスの鎖骨の下に輝く翠色の光に注がれる。
「ただのアクセサリーだと思ったぜ」
私も、この世界ではレックスみたいなアクセサリーが普通にあるのかななんて思っていたけど、レックスが真正面から否定したので、
「ブレイドはどんな傷を負ったとしてもすぐに回復する。コアを破壊されるか、ドライバーが死なない限り不死身だ。しかしお前らは……」
「まぁ、仕方ないよ。こうなっちゃったんだから」
「困ったもんだなぁ、これじゃどっちがぶっ倒れてもアウトじゃないか」
腕を組んでヴァンダムさんが顔をしかめる一方、レックスは事態を重く見ていないのか、それともそれだけ自信があるのか、「一人前のドライバーはブレイドを守るんだろ? なら俺は、ホムラを守って見せる」と口を叩く。案の定、村の子供たちが危ないことをするときと同じようにヴァンダムさんが「馬鹿野郎」と一喝した。
「口で言うほど簡単なこっちゃねえぞ」
「ヴァンダムさん、俺さ……この命をくれたホムラのために二度と死なないって決めたんだ。だから絶対に死なない。そして必ず、楽園に行って見せる。ホムラと一緒にね」
レックスは真っすぐな眼差しで、ヴァンダムさんにそう言い切った。清々しいくらいその眼の力には不安も恐れも何もない。純粋で、だからこそレックスは天の聖杯のドライバーになれたんだなと納得できるくらいに。
その紛れもなく一片の曇りもない気持ちはヴァンダムさんにも伝わったらしい。その大きな喉がごくりと唾を飲んだ気配がした。
「――アサヒッ!」
「!?」
静かだった修練場に足元のコタローから最大限警戒するような声で名前を呼ばれ、私は体を大きく震えさせた。コタローの視線は明後日の方向を向いていて、釣られてそちらに目をやると青い鎧を着た赤い眼鏡の男の人と、銀色の蝙蝠のような翼が生え、顔を隠した少女のブレイドが、ゆっくりと勇ましの修練場に降り立つところだった。
「おや、気配は消していていたはずなんですが……なかなかどうして勘の鋭いのがいるみたいじゃないですか。こっそり話を聞いて割り込むつもりだったんですが。おかげで脚本が台無しですよ。困るんですよ、脇役ごときに出しゃばったマネをされるとね」
「ヨシツネ……!」
ニアちゃんの知り合いだろうか。でも、二人の間には親しさは感じられない。もっと、緊迫した何かをにじませたヨシツネと呼ばれた人は、呆れたような顔でニアちゃんに向かって鼻で笑う。
「裏切り者に名前を呼ばれる覚えはありませんよ」
「うっらぎっりもの♪ うっらぎっりもの~♪ ニアちゃんってばとんだ悪女だったって訳だ~! にゃははははは♪」
ドライバーもドライバーならブレイドもブレイドみたいだ。揃いも揃って嫌な感じ。
蝙蝠の翼を生やしたブレイドは、意外なほど可愛らしい声で囃し立てる。裏切り者と呼ばれて、ニアちゃんの頭に生えた猫耳が激しく動いた。
「! あたしは裏切ってなんかない!」
「なら、なぜそこに? そこがあなたの居場所とでも?」
「あたしは……」
裏切り者とは穏やかじゃないけれど、もともとこの人たちから一欠けらたりとも好意を感じることは無い。
言葉に詰まって俯いたニアちゃんは、今はそんなことを言ってる場合じゃないと頭を振って毅然と顔を上げて因縁の相手であろう人に尋ねる。
「ヨシツネ。あんた、なんだってここに?」
「そりゃあ、そこの天の聖杯ですよ。主演女優の顔くらい見ておきたいじゃないですか。それに……」
赤い眼鏡のヨシツネと言う人は、少しだけ首を動かしてこちらを見た……気がした。一瞬目が合って息を呑むけれど、その人はそれ以上何も言わない。何事もなかったかのように「シンの差し金かい」というニアちゃんの問いに再び顔を向けてオーバーリアクションで返事をした。
「ご明察。あぁ、そうそう、シンからあなたのことは好きにするようにって言われました。意味、分かりますよね?」
「シンが……? ――嘘だっ!!」
「おやぁ、ショック? まさか見限られないとでも思ってたぁ? お花畑過ぎるでしょう!」
ヨシツネはせせら笑う。ニアちゃんが傷つくのが楽しくてたまらないと嗜虐心に溢れた笑みを浮かべてその反応を窺っている。何も言い返すことができないのか、ニアちゃんは悔しそうに身を引いた。
「ともあれ、あなたたちの出番はここで終わりです。さぁ、まとめて退場してください」
ニアちゃんを弄るのは飽きたのか、その人はまるで本当の演出家みたいに、武器である日本の刀を抜き放って言った。自分も演者にカウントしているのか、大仰に振りかぶった銀色の光にここにいる全員が警戒を露にする。その時、後ろから唇を噛みしめても漏れ出てしまったような怒りの声が聞こえた。
発せられた声はヴァンダムさんからだった。同じく後ろにいるユウとズオも自分のブレイドと一緒に怒りと敵対のまなざしでヨシツネと言う人を見ている。
「これまでイーラの手で多くのドライバーの命が奪われてきた。俺たち傭兵団だって、例外じゃねえ。コアを奪うのがその目的って話だ。そうかぁ……! 奴がイーラのヨシツネ! ――ユウ! ズオ! アサヒ! 村の連中を避難させろ!」
「わかったッス!」
「わぁ~かったぁ!」
「わかりました!」
私たちはヴァンダムさんに指示を飛ばされると、弾かれたように村の方に走り出す。その振り向きざまに小さく名前を呼ばれた気がして、私はそちらに目を向けてしまった。そこにいたのは、レックスでもニアちゃんでもなく、イーラのヨシツネ、その人からだった。なんで、私の名前を……? と首を傾げる時間もなく、目と目が合ったのも一瞬だ。やはり、その人はこちらから目を逸らして眼鏡をくいっと上げた。
こちらに何かを仕掛けてくる様子はないので、この際無視を決め込んだ。みんなが武器を取る音を背中で聞きながら、私は子供たちのいる場所へと全速力で駆けていく。
3
傭兵団は、言ってしまえば難民と自警団の集まりのようなものだ。そのため連絡経路の確認や避難訓練のようなものを定期的にしていたため、この村の暮らしが長い人たちは冷静に新しく来た人たちをフォローしながら避難場所である青の岸壁まで逃げることができた。
避難も八割くらい終わった頃に、先ほどのヨシツネと言う人は村から去ったと知らせを受けて、村に人が戻っていく。さすがに今日は厳戒態勢で夜を明かすため、村には煌々と松明が焚かれて、夜でも昼間のように明るさを保っていた。
いつもは傭兵団の寝床を貸してもらっているけれど、今日は村の子供達と一緒に休むことになった。村に悪い奴らが来たと言って興奮気味の子供たちはなかなか寝付いてくれなかったが、エドナさんと私の二人がかりで寝かしつけて、深夜の……今、何時ごろだろう。ようやく静かになったテントのような家屋から外に出ると、修練場に焚いてある火の傍でぼんやりとしているレックスを発見した。
ヨシツネは無事撃退できたけれど、その時に負った傷でホムラさんが倒れてしまったらしい。私の医療知識は人間専門だから、ブレイドは診れない。ホムラさんの状況を調べたのは、ニアちゃんのブレイドのビャッコさんだった。
ビャッコさん曰く、ホムラさんの傷は大したことは無く疲れて眠ってしまっているだけなのだと言った。それ以降、私はホムラさんの姿を村で見かけてはいない。
私は酒場に寄った。厳戒態勢である今日は、お店の人がいなくても傭兵団の人が気軽にご飯を食べたり飲み物を飲んだりできるように解放はされていた。ただ、お店の人はいない。全部セルフサービスだ。食べた分、飲んだ分は全部募金箱のようなところにお金を入れていく。
シンクの下の方には小さな扉のついた箱があった。どうやらここに氷はしまってあるらしく、がぱりと小型冷蔵庫のように扉を開けるとキューブ型の製氷皿には氷ができていた。これ、電源とかにつながってるわけでもないのに、どうやって氷を作っているのか謎だ。けれど、今はそれを不思議がってる場合じゃない。
ゴムのような手触りの袋に、水と氷をいくらか入れる。アイシング用じゃないから空気は抜かなくても大丈夫だ。それを持って、私はぼんやりしているレックスの背後に立って首筋に氷の詰め込んだ袋を押し当てた。
「えい」
「うっ――うわぁあ!!!?? 冷たっ!? 何!?」
飛び上がって前のめりに焚火に突っ込んでいきそうになるレックス。
おお、ナイスリアクション。と思っていると、レックスは目を白黒させてこちらを振り返った。そして、その犯人が私だと分かると、更に目を見開いて固まった。
「あ、アサヒ!? なんで……!?」
「えっと、レックスが悪いことを考えてそうだったから……」
そう答えるとレックスはあからさまにむっとした表情になって、焚火の方へとそっぽ向いてしまった。
「悪いことってなんだよ。俺は、イーラの連中みたいにホムラを利用したりなんか考えてないぞ」
「あっ、ゴメンね。悪いことっていうのはそういう意味じゃなくて……。不安とか、迷いとか、そういう心に悪いことを考えてそうだと思ったんだ」
訂正すると、レックスは目に見えて目を泳がせた。伊達に養護施設で救護班はしてない。夜に眠れなかったり不安で泣き出す子の面倒は、私が一番看てた。この氷の袋も、そういう子たちのために覚えたものだ。
「頭の後ろをね、冷やすとちょっと気持ちいいでしょ? それにタオルを巻いて枕の上に置いて寝るといいよ。――夜は、無条件に不安になったり怖くなったりするけど、そういう時は、頭の脳が熱を持ってることがあるから冷やすといいの。それから、できれば楽しいこととか考えるともっといいんだけど……」
「………………」
「えっと……余計なお世話、だったかな」
「あ! いやゴメン! 昼間、アサヒからあんまり話しかけられなかったからさ。てっきり俺のこと苦手なんだと思ってた……。氷、ありがとう。すごく気持ちいいよ」
気まずさを吹き飛ばすように、レックスは笑顔で氷の袋を首筋に押し当て「冷たっ」と慌てて離した。気を使ってくれているのがバレバレで、それもお互い様だなと思って私は微笑み返す。そうして氷を後頭部や額に押し当てながらも、レックスはぼんやり焚火を見るだけだ。眠気はとうの昔に遠ざかってしまったのかもしれないな、と無理に寝かしつける方向は諦めた。
「一人の方がいい?」
念のため聞くと、レックスは無言で首を横に振った。
「今一人にされると、アサヒの言ったように悪いことを考えちゃいそうだからさ。一緒にいてくれると嬉しいよ。アサヒが眠くなるまででいいから」
「それなら、昼間に話ができなかった分、たくさんお話ししようよ。そうだね、まずは……何から話そうか?」
「アサヒってさ、楽園から来たって本当?」
「あぁ、うん。そうだね、それ最初に聞くよね。じゃあ、その話から……。それが終わったら、レックスがここに来るまでどんな旅をしてたきたか聞かせてね」
「あぁ、いいよ!」
二つ返事で頷いてレックスは目を輝かせて傾聴の体勢に入った。
その表情が、施設で読み聞かせをするときの子供たちと同じ目の輝きをしていて、同い年くらいのはずなのにレックスがとても幼く見えてしまう。本人に言ったらきっと怒るだろうけど、心の中で微笑ましく思うくらいは許してほしい。
「昼間、ニアちゃんには話したけど……私は楽園から来たわけじゃないよ。現にホムラさんとは知り合いじゃなかったでしょ? 具体的な地名は伏せるけど、私のいたところはね――」
施設の子に物語を聞かせていた時を思い出しながら、私はゆっくりと話し出す。
レックスの中の不安が掻き消えるまで。
東の空が白むまで。
次話『ウニータ交易所』