楽園の子   作:青葉らいの

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5章 決意
51『インヴィディア烈王国行 巨神獣船船内』


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 王様との謁見を終え、インヴィディアに向かうことになった私たちは王様が用意してくれた船に乗るためにゲンブ港まで舞い戻った。ゲンブと意思疎通の取れるサイカさんが言うには、途中まではゲンブがインヴィディア近くまで移動してくれるというので、実際船に乗るのは数時間で済むそうだ。

 そうして慌ただしく移動を始めた私たちが、ようやく息をつけたのは巨神獣船に乗り込んでからだった。

 一度荷物を置いて後はフォンスマイム港に着くのを待つだけとなった時、自分のお腹からか細くて高い音が鳴った。慌ててお腹を抑え込んで素早く辺りを見回す。幸い近くには誰もいなかった。

 

「うぅ……。お腹空いたなぁ……」

 

 そう言えば、コタローから気絶してから二日近く目を覚まさなかったと聞いた気がする。

 つまり、二日間飲まず食わず。そりゃあ、お腹空くよね。と慰めるように切なさを訴え続ける胃の辺りを撫でる。そのおかげか、少しだけ空腹感が紛れた私は食べ物を探すために船の探索に出かけた。

 もしもいっぱいありそうならレックスにも何か持ってってあげようかな。なんて考えながら。

 

「あらぁ、アサヒちゃん。どうしたんですか?」

「何か探し物か? 病み上がりの体であんまり動くものじゃないぞ」

「ムスビさん、ユウオウさん」

 

 食べ物が一番集まりそうなのはやっぱりキッチンだろうと思って、船に備え付けられたそこで会えたのは長い金色の髪をなびかせ、白を基調にしたロングスカートを纏ったムスビさんと、ピッチリとした服に引き締まった身体を持つ割に中身はスイーツ男子というユウオウさんがいた。

 二人の間には各地の採取地で集めた素材が大量に入った袋が置いてあるのが見えた。袋の入口から、何かの魚の頭が飛び出している。食材の整理中かな、ならちょうどいいかも。

 

「えっと、あの、何か食べるものって余ってないですか? お腹空いちゃって……」

「あらあら、大変。おにぎりでよければ、私作りましょうか?」

「失った体力を回復させるためにも、食事はしっかり摂るべきだな。私も要望があれば力を貸そう」

「それならわらわも、極上のお茶をアサヒに淹れてやろうではないか」

「わっ!? り、リンネさん!?」

 

 唐突に脇から腕がにゅっと伸びてきたと思ったら、後ろからリンネさんに体を緩く抱き寄せられた。

 後ろをちょっと振り返ると、移動に使う自立式バスタブはいない。船内があんまり広くないからか、歩いてここまで来たらしい。

 

「いや、ユウオウにお茶会の茶菓子をねだろうと思って来たのだがな、予定変更じゃ。未来のハーレムの一員であるアサヒのためなら、わらわも一肌脱ぐぞ!」

「まだ、ハーレムのこと諦めてなかったんですね……」

「当たり前じゃ! 可愛い女子(おなご)とのハーレムのためならば、わらわは金と労力を惜しみはせん!」

 

 そのお金の出どころは、リンネさんのドライバーであるレックスに依存してるんだけど……。

 見た目は私より年上の、金髪ツインテールのその人はうりうりと肩口に額を押し付けるという子供っぽい仕草で了承を促してくる。そんなリンネさんの押し負けて、私は了承の意味を込めて一つ頷いた。

 さて、これで主食、デザート、お茶と揃った。しかし食べ合わせ的には何かおかずが欲しいところだ。

 そうなると。と、素材袋の中に入ってたお魚に自然と目が行く。その視線をユウオウさんが追いかけると「これか?」と中身の物を見せてくれた。さすがに目の前に出されただけじゃ、その魚が何かまではわからない。ここアルストは地球と比べて生き物の生態系が違い過ぎる。主に砂に潜る鮭とか、二足歩行のカニとか。

 

「ルクスリアで採れた魚だ。まだ新鮮だから、何かに使えないかと思ってね」

「…………」

 

 ルクスリアの寒冷な気候によってちょうどよく冷蔵されていた何かの魚と目が合い、それとムスビさんの顔を見比べる。黒目がちの垂れ目のお姉さんは私の視線を受けて不思議そうに首を傾げた。

 確かに、ムスビさんの作る塩おむすびは美味しい。美味しいんだけど……。海苔にお米に新鮮なお魚。せっかくこれだけの材料が揃っていると、別の料理が連想されてしまう。

 

「……手巻き寿司?」

「テマキズシ? それは君の世界の料理か?」

「それ、どんなお料理なんですか?」

「わらわもアサヒの手料理を食べてみたいぞ!」

「えっ? えぇっ!?」

 

 この流れ見たことある。見たことあるなぁ……!! リベラリタス島嶼群行きの巨神獣船に乗った時に、ジークさん達にフレンチトーストを振舞った時と同じ流れだなぁ!

 ――なんて、今更思い出してももう遅い。テマキズシなる未知の料理にキラキラした目をする三人を前にしたら、もう断れるはずがなかった。

 諦めよう、私。逆に考えるんだ。出来合いのを温めて食べるだけよりも、皆さんに手伝ってもらって美味しいご飯が食べられるなら、きっと満足度も違うと……!

 

「わ、わかりました……。じゃあ、ユウオウさんは酢飯、ムスビさんは私と一緒にお魚とかおかずの用意を。リンネさんは、えっと、他に食べる人がいるか声をかけて貰えますか? あと、できれば食器とかの用意も」

「あぁ、全力で取り組もう!」

「分かりました♪」

「うむ! わらわに任せておけ!」

 

 頼もしい限りの返事をもらって、私たちは二手に分かれた。

 今にして思えば、この結末が予想できなかったかと言われたら嘘になる。けれど、誰が予想できるというのか。

 手巻き寿司と言えば、私のいた世界、私のいた国では割とメジャーな食べ物だけど、アルストでは全く馴染みのない料理だ。そしてその物珍しさにつられて、この船にいるほぼ全員が集まって来てしまったなんて、その時の私たちは誰も予想していなかった。

 

 

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「んっま~~! このビートシュリンプとあまあまワサビの組み合わせ、最っ高だね!」

「スペルビア伝統の調味料が、こんなところで役に立つとはね」

「それよりも、あなたに魚を捌く特技があった方が驚きだわ。いつの間に身につけたの?」

「あぁ、美しい切り口だ。スペルビアに戻った時にはぜひまた、その腕を奮って欲しい」

「そうだね。いつか機会があれば、皇帝陛下にも食してもらいたいものだ」

 

 視線の先ではボイルされたエビとあんまり辛くないアボカドみたいなわさびを巻いたお寿司を頬張るニアちゃんと、スペルビアの特別執権官様とそのブレイド二人がお皿を片手にのんびり談笑している。

 船内にある動かせる机をすべて甲板に運びこんでの大手巻き寿司パーティが開催された。

 机の上には細く切り身にされた多種多様の魚介類と、手巻き寿司に合いそうな野菜(もちろんキュウリはなし)、大皿に乗った酢飯と海苔が所狭しとお皿に並べられていて、これらのほとんどはワダツミさんとユウオウさんが用意してくれたものだ。ワダツミさんからまさかの醤油の提供もあって、恐らくあの二人がいなければ、このパーティは開催できなかったかもしれない。

 そして、パーティが始まって10分くらい。それらはもう、なんかいっそ気持ちがいいくらいにみんなの胃の中に消えていく。

 

「………………」

「アサヒ、大丈夫? 食べれてないんじゃない? 何か取って来ましょうか?」

「ったく、とろいんだから。ほら、口開けな」

「んぐっ!?」

 

 発案者にもかかわらず、完全にみんなの勢いに置いてけぼりにされた私を心配したメノウさんとメイさんがこちらに近寄ってきた。メイさんから何かよくわからない白身魚と葉物野菜とスライスされた紫玉ねぎらしき野菜を和風ドレッシングで味付けしたサラダ風手巻き寿司を口に突っ込まれる。ヘルシー志向ながらも、調和のとれたセンスあるお寿司だ。もぐもぐと咀嚼して飲み込んでから、私は二人にお礼を言った。正直、これが今回初めて口にできた手巻き寿司だった。

 辺りを更に見回せば、到底用意していた手巻き寿司じゃ足りないとなって、急遽巻き物つながりで手包みクレープをメニューに加えたUO・スイーツ出張店でナナコオリちゃんとリンネさんが至福の表情でクレープを食べている。その近くで具材を欲張ったトラが海苔の後ろから具材をぼたぼた落としながら、いつまでたっても具材に辿り着かないことを不思議そうな顔をして、隣にいるハナちゃんに呆れられていた。

 体の構造上、手巻きのできないコタローとビャッコさんはちらし寿司っぽく盛り付けをしたものを食べている。その横では手巻き寿司というより細巻きみたいな感じに巻いたお寿司をスザクが頬張っていた。

 トオノとジークさんとサイカさんは美味しいというよりも、手巻き寿司を作ること自体に夢中になっているみたいだった。食べること度外視でいろんな組み合わせの手巻き寿司が量産されていく。余りそうなら、あちらのお寿司をちょっと貰いに行こうかな。

 

「これおいしぃ~! ねえ、レックス。これ食べた? すっごくおいしいよ!」

「へえ、どれどれ?」

「おーい、ワシにも一つ作ってくれんかのぉ?」

 

 比較的に具材と酢飯が残ってるテーブルに近づくと、レックスがミクマリちゃんおすすめの手巻き寿司を食べていた。レックスの背中にいるじっちゃん用の手巻き寿司を作ってる最中、私が近づいてきたのに気が付いた眼帯のその子はパッと顔を上げて笑顔を弾けさせる。

 

「アサヒ! アサヒも私のおすすめ食べない?」

「いいの? じゃあ、おすすめ一つくださいな」

「はーい! ちょっと待っててね!」

 

 今しがた作ったお寿司をじっちゃんに手渡すと、ミクマリちゃんは新しいお皿を取りに行ってしまった。

 意図せずレックスと話す機会を得たので、反応を窺いがてらそっちに目を向ける。

 

「どう? 手巻き寿司おいしい?」

「あぁ、すっごくおいしいよ! これ、アサヒが用意してくれたんだろ?」

「用意は大体ユウオウさんたちがしてくれたんだ。実際、私はお手伝いしただけ」

「でも、すごいよこれ! おいしいだけじゃなくて、具材とか味とか色々あって、好きな具材を巻くのも楽しいしさ! いいなぁ、アサヒは毎日こんなの食べてるんだ」

「さすがに毎日じゃないよ。ひな祭りとか子供の日とか、お祝いの時だけだよ」

 

 季節のイベントやお楽しみ会ではこういう自分で作る系の料理が良く出てくる。レックスが言ったように、自分たちでトッピングしたり作ったりするのが楽しいと、子供の多い施設の中でも受けのいいメニューだ。

 アルストでは割と一品料理だったりコース料理だったりが定番で、こういう自分で作る系のご飯は珍しかったらしい。ここから見える限り、メレフさんやジークさんみたいな大人の人にも楽しんでもらえてるようだ。

 

「ねぇ、アサヒ。次はオレも手伝うからさ、またこれ作ってくれないかな」

「あははっ。手巻き寿司、そんなに気に入ってくれたんだ」

「あぁ。ホムラとヒカリにも食べさせてあげたい」

 

 そう言って、みんながいる方に向けるレックスの眼差しは、太陽の光を吸い込んでキラキラと光っているように見えた。今までも真っすぐな瞳だったけれど、前よりもさらに視界が開けてるような感じだ。

 レックスの瞳には、この景色がどう見えてるんだろう。と思って視線を追おうとするも、あとちょっとのところで止めた。私が今レックスの見ている同じ景色を見ても、あんなに純粋な目では見れないだろう。だから私は、ばれないくらいにそっと、甲板の床に敷かれた木目に視線を向けた。

 

「……そうだね。絶対に、今度はみんなで一緒に食べよう。それに、ホムラさんにも手伝ってもらえればもっと豪華なものができると思うし」

「私も、セオリに食べさせてあげたいなぁ」

 

 お待ちどおさま! と、私たちの会話に挟まる声と一緒に横から差し出されたお皿。

 ミクマリちゃんが自分のおすすめ手巻き寿司の他にも、いくつか別の種類の手巻き寿司と、UO・スイーツのクレープを乗せて戻ってきた。かなり遠出をしてくれたようで、お礼を言ってからミクマリちゃんからお皿を受け取る。満足げに頷いたミクマリちゃんはそこからレックスと同じくみんなの輪に向けて視線を向けた。

 

「セオリがコアクリスタルに戻ってから結構経つし、もうそろそろだと思うんだよね」

「そっか。もうそんなに経つんだね」

「うん、今から楽しみなんだ! みんなのことも紹介したいし、セオリと一緒に見たい景色も、食べたいものも、話したいこともたくさんあるの!」

 

 輝かんばかりに笑顔を向けるその子は、ひとつの色褪せたコアクリスタルを取り出して私たちに見せる。

 それを手に入れるまでにどんな経緯があったのかも、どんな想いが込められているのかも、私たちは知っている。知ってるからこそ、この二人が楽しそうに過ごしてくれる以上のことは望まない。

 

「じゃあ、これは練習だね」

「練習? なんの?」

「次に手巻き寿司パーティするときの練習。ほら、ヒカリさん達もセオリちゃんもきっと手巻き寿司は初めて食べるだろうしさ、レックス達がどうやって食べるかとか、綺麗な包み方とか、おいしい具材の組み合わせとかを教えてあげればいいんじゃないかな」

「ほう、それは名案じゃのぉ」

 

 じっちゃんが小さな手で親指(?)を立てる。

 でしょ? と、ちょっとだけ得意げに返せば、私の言葉を受けたミクマリちゃんが眼帯で隠していないほうの瞳を輝かせた。

 

「わ、私! もっともっといろんな具材試してくる!」

「あ、オレも! またね、アサヒ!」

「うん、後でね」

 

 あんまり広くないのに加え、大きなテーブルがいくつも並んでる隙間を器用に通って二人は比較的具材が残っているテーブル目指して駆けていく。二人の笑い声が遠くなるのを、私は笑って見送った。

 うっかりしていると二人の走る姿に向かって、私もと手を伸ばしてしまいそうになる。でも、と私は手元のお皿に視線を向けた。

 

「……おいしい」

 

 サーモンらしき赤身のお魚とカイワレ大根みたいな香草。あまあまワサビをペーストにしてマヨネーズと醤油と和えたわさびマヨみたいなソースがかけられたオリジナリティあふれる手巻き寿司は、外気に晒された時間が長かったせいで少しぱさぱさになっていた。それでもミクマリちゃんの想いが籠ったお寿司を口にする。

 少しずつ時間をかけて、味わいながら。

 

 

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 インヴィディア烈王国。

 ローネの大木と呼ばれる薄紅色の花弁が舞うサフロージュの木の根元に、一人の男が寄りかかりながら酒を飲んでいた。

 花明かりでその白い髪に桜色の影を落とし、月のような金色の瞳ではらり、と(がく)から剥がれ落ちたその花弁達の行く末を見守る。

 目に映る光景を肴に買ってきたサフロージュの花を醸した酒で舌を湿らせた男は、ただ黙って花見酒を楽しんでいた。しかし、いつもよりも明らかに酔いの周りが早い。予想以上にすきっ腹に酒は効くらしい。

 本当は特産のお菓子も購入していたのだが、それは昔馴染みの所に置いて来てしまった。もしそれがここにあったなら、彼の酔った脳が甘いお菓子を頬張る姫君の姿が幻のように浮かび上がらせていたことだろう。

 それは幸せな、幸せな思い出になるはずだった。

 その足音を感じ取るまでは。

 顔は動かさず、水辺に映る影と足音だけで彼は訪問者を悟った。

 

「よぉ、あんたらも花見酒かい?」

 

 先手を打って声を掛ければ、その足音は彼の背にしているローネの大木と呼ばれる木を挟んだ先で止まった。

 残った酒を口に流し込むと、立ち上がろうとしたところでふらついた。彼は慌てて木の幹に手を着くことでバランスをとる。月日が経つにつれて、感傷にも酒にも弱くなっている気がする。

 それでも彼は、ゆっくり体を起こしてピンと背筋を伸ばして立ち上がった。

 声は一向にかけられなかった。

 不審に思った彼はようやく振り向く。その瞬間、彼目を見開いた。

 

 一瞬アデルがそこに居るかと思った。

 

 数度の瞬きの後にその幻影はすっかりと消えて、そこに居るのがかつての親友よりも幾分か背の小さい少年と、その仲間たちであることを認識させる。

 

「頼みたいことがあるんだ」

 

 少年は言った。

 いつか見た時と同じ、金色の瞳でまっすぐに。

 

 

 




5章『決意』開始です。
次話『ローネの大木 再び」今度こそ。

コレクションアイテムの魚の項目にニソクガニっていうのがあったんですが、二足歩行のカニってどんな形なんでしょうね。
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