楽園の子   作:青葉らいの

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52『ローネの大木 再び』

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 ローネの大木に私たちがたどり着いた時、幸運にもカイさんはまだそこに居た。なぜわかるか。その理由は水に映る影が、その真っ白い騎士風の人の姿を歪に浮かび上がらせていたからだ。

 

「よぉ、あんたらも花見酒かい?」

 

 こちらを見ずにカイさんは尋ねた。どうして私たちが来たことが分かるんだろう。と視線を向けると私たちの足元にも同じように水たまりに影ができているのが見て取れる。……あぁ、そっか。カイさんも水に映る私たちの影を見たのか。

 よっこいしょ、という感じでサフロージュの木の幹に手を着きながらカイさんは立ち上がる。

 レックスは静かにカイさんの様子を見ていた。私たちの間をはらり、はらりとサフロージュの花弁が沈黙を割るように舞い散っている。

 さすがに間が空き過ぎて不審に思ったのか、白色の髪に仄かな薄紅色を映すその人が振り向いた。その時に、ほんの少しだけ目を見開いた気がしたけれど、すぐに彼は目を細めた。

 カイさんの目の端が、少し赤い。ちょっとだけ、酸っぱいような匂いもする。

「……酒か?」と腕の中でコタローが訝しんだ気配がした。

 

「頼みたいことがあるんだ」

「俺にぃ? ……って、おい。ヒカリはどうしたんだ? 一緒じゃないのか」

 

 ちょっと遅れて気が付いたカイさんは眉をひそめる。今、レックスの隣にいるのはスザクだ。

 思い返してみると、アーケディアで私がバーンの巨神獣船に捕まった以来、カイさんとヒカリさんは会ってない。地味にカイさんのヒカリさん回避率がすごい。……じゃなくて。

 レックスはほんの少し俯いて深呼吸すると、真っすぐ顔上げた。

 

「ヒカリは、イーラの連中に連れてかれた」

「なんだって?」

「オレは、シンに手も足も出なかった。ホムラはそんなオレを自分の命を懸けてまで守ろうとしてくれたんだ」

 

 レックスにとってはまだ生々しい傷であるはずなのに、その声に澱みはなかった。

 カイさんは黙ってレックスの言葉の続きを待ってくれていた。

 

「オレ、ホムラとヒカリの本当のドライバーになりたい。なって、二人を楽園に連れて行きたいんだ。そのためには、天の聖杯の第三の剣がどうしても必要なんだ!」

「なっ――!? なんで、お前がそれを……!?」

 

 そうして、ふっとカイさんの視線が横にずれた。その先には、幼体の巨神獣がレックスのヘルメットからひょこりとその人に向かって顔を出していた。

 

「じいさん、あんたの入れ知恵か……!」

「カイよ、おぬしも分かってるのじゃろう? 今が、その時じゃと」

「…………っ!」

 

 じっちゃんの諭すような声に、カイさんは何かを言おうとしてぐっと息を詰まらせた。

 そうしてから、まるで自分を落ち着かせるように深く息を吸って吐いたカイさんは、今まで見せたことが無い真剣な表情でレックスを凄んだ。

 

「あれは、あのアデルにも扱えなかった代物だ。それを手に入れるってことがどういうことか分かってるか?」

「あぁ、分かってるつもりさ」

「つもりじゃダメだ。あの剣は使い方を間違えれば、世界だって変えてしまえる。マルベーニだって最初はただの僧だったのが、今じゃアーケディア法王庁のトップだ。天の聖杯と同調しただけでだぞ? お前だって、例外じゃないはずだ」

「それは……」

 

 レックスはカイさんの穿つような言葉の圧に言い淀み、少しだけ俯く。それを機に、カイさんは畳みかけるように言葉を連ねた。

 

「レックス、お前が天の聖杯のドライバーになる前はどんな風に過ごしてたかは知らないし、どんな理由で天の聖杯と同調できたのかなんて聞く気もない。けどな、天の聖杯のドライバーになる前と後、変わったことを考えろ。そしてこれから手に入れるものは、それよりもっと強大な力だ。そこから起こる変化に、お前はブレず溺れず、自分を保つことが本当にできるか?」

 

 そうか。ただ欲しいってだけじゃ駄目なんだ。と、そこでようやく私は今更カイさんが言わんとしていることが理解できた。それにこの言葉、レックスに向かってだけじゃない。たぶん私たちにも向けられている。

 英雄と呼ばれたアデルでさえ扱えなかった剣を、本当にレックスが手にするに値するのか。今は、大人であり国の偉い立場のメレフさんやジークさんがいる。でも、二人だっていつまでも一緒にいられない。力を得たら得たままで、もしも間違った道に進んだ時に誰も止める人がいなかったら、どんなことが起きてしまうか。きちんと考えたうえで必要としているのか、と聞きたいのだろう。

 気になって、後ろに控えるジークさん達に目を向けると、その人たちは黙って前を見据えたままだった。

 私は何も言えない。ただ、視線をレックスとカイさんに交互に差し向けるだけが精いっぱいだった。

 レックスは、ふと確かめるように自分の片頬に手を添えてからぎゅっと拳を作るとカイさんに向けて顔を上げた。

 

「確かにシンやメツに負けないだけの力は欲しいよ。でもオレは、そんなものよりもホムラとヒカリを楽園に連れて行ってやりたい。それに必要だから、天の聖杯の第三の剣を手にいれたいんだ」

「あの二人のためだけに……ってことか?」

「オレだって人間だ。弱気になったり、手に入れた力が大きすぎて怖くなることだってあるかもしれない。でも、ヒカリ達の力はヒカリ達のためだけにしか使わない。それだけは絶対にブレない」

 

 カイさんはぽかんとした表情でしばらくレックスの顔を見ると、俯いて肩を震わせ出した。その様子にニアちゃんが不安そうにこちらを見て私も首を傾げる。すると、勢いよく顔を上げたカイさんの口から高らかな笑い声がローネの大木の周囲に響き渡った。

 

「――アッハハハハハハ! 男子三日会わざれば刮目して見よ。なんて、よく言ったもんだ! あぁ、いいな! 久しぶりに気持ちのいい奴に出会えた!」

「じゃあ……!」

「心意気は買った! けどな、心だけじゃだめだ。生半可な強さじゃあ手に入れるどころか道中でお陀仏だぜ。――というわけで、テストの時間だ。全力で来い! レックス!」

 

 レックスは表情を輝かせたのも束の間、カイさんが腰に提げた二つの刀の背面を合わせると、一本の両刃の大剣となる。それを構えたカイさんが一転、不敵に笑う。

 あぁ、やっぱりそういう展開になっちゃうんだなぁ。と、ある意味予想通りの展開にこちらも苦笑いしながら、こちらもこちらでやる気に満ちた笑みを浮かべてツインサイスを構えるレックスに倣い、コタローの武器を構えた。

 

 

 

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「モナド・アッシュ!」

 

 そのたった一振りで、辺りが真っ白い炎の海に包まれた。

 私はコタローと一緒に距離をとるが、レックスはスザクのワイルドサイスの特徴を使って、炎を避けてカイさんとの距離を詰める。だが、それさえも想定内だったのかその人は目に危険な光を灯して担ぐように大剣を構えた。

 

「モナド・クラッシャー!」

 

 カイさんの剣の中心にある青い球体に『壊』という字が浮かび上がるのを私は見た。それと同時に、カイさんの体格からでは到底考えられないような威力の一撃を喰らったレックスが、地面に叩きつけられる。

 一気に削られた体力を取り戻すために私とニアちゃんは同時に回復アーツを撃つ。その隙に、距離を詰めようとしたカイさんをメレフさんとトラの防御コンビが私たちの間に割って入った。

 

「モナド・バインド!」

「ももっ!?」

「くっ!」

 

 レックスの手当ての最中にトラたちの驚いた声がして顔を上げれば、紫色の鎖が二人に絡みついていて武器を奮えなくなっていた。カイさんの大剣の球には先ほどとは違う『戒』の漢字が浮かび上がっている。

 盾役二人がもがいている間に、いつの間にか移動していたジークさんのジャンプ斬りがもろにカイさんに当たった。けれど、その人はくるんと剣を回して刃先を天に向けると青い球体には『快』の文字と共に緑色の蛍みたいな小さな光が舞う。回復アーツを使った時特有のエーテル反応だ。

 

「何あいつ、回復もできんの!?」

「そらそら、どうした! 六対一で戦ってる割には後手に回ってるじゃねえか!」

 

 レックスはまだ動けなさそう。なので、回復はニアちゃんに任せてコタローとトオノをブレイドスイッチさせた私は盾役の二人を追い抜きその大剣と咬み合わせた。

 

「久しぶりだな、別嬪さんよ!」

「お黙りなんし。わっちは会いとうございんせんした」

「はっ! 連れないねえ!」

 

 トオノに力を送ってもらうけれど、右に左に打ち込まれる剣戟をいなすのが精いっぱいだ。

 戦闘経験が違い過ぎる……! と思った瞬間に、間近で見れた青い球体の漢字が変わる。

 そこに浮かぶ『壊』の字を見て、私は背筋が凍った。

 

「トオノ、避けるよ!」

「――っ!?」

 

 咄嗟に地面を蹴ってカイさんの正面から脱出すると、直後先ほどまで私がいた場所に大きなクレーターが出来上がる。

 よかった、剣の真正面にいなければ当たらないみたいだ。と、戦闘中にもかかわらず安心していると私を見つめるカイさんの目が細められたのを見た。その意図を探る暇もなく、次の攻撃が来る。

 

「モナド・アッシュ!!」

 

 再びその球体に文字が浮かび上がる。さっきは見えなかったけれど、今度は見間違えない。

 その『灰』の漢字を。

 

「トオノ! お願いっ!」

「切り裂け、水よ。――断裂・伊勢!」

 

 トオノに武器を渡してからの、同時に放たれた横なぎの一閃。

 カイさんの生み出した炎の海とトオノの生み出した大量の水が互いに互いを打ち消し合って真っ白な水蒸気が立ち込めた。

 

「デス・ウィング!!」

 

 霧に包まれた隣でスザクの声が響いたと思うと、強風が水蒸気と一緒に私の髪までかき乱す。

 風と一緒に追い抜いた同じくらいの背丈の影は、そのままカイさんの剣と一対の鎌がかちあった。

 攻撃主体のレックスと背後で機会を窺っていたジークさんが同時に動く。更に、先ほどまで拘束状態になっていた盾役二人が前線に復帰する。その様子を見届けてから、私は一度後ろに下がった。

 目を凝らしながら、隣にいるトオノに質問して情報を補完する。

 

「トオノ、カイさんの武器に浮かんでる字って読める?」

「あれは、文字でありんすか?」

 

 カイさんがアーツを撃つときに浮かぶ字はトオノ達には字と認識されていないみたいだ。念のため、隣のニアちゃんにも視線を向けると首を横に振られたので、多分間違いない。

 あそこに浮かんでる漢字は私にしか読めない。

 

「モナド・バインド!」

「っ、なんだ!? 武器が……!」

「動かれへん! 何やこれ!」

 

 今度はレックスとジークさんの武器が封じられてしまった。目を白黒させて戸惑う二人の声を聞いて私とニアちゃんは駆け出して、私はジークさんの、ニアちゃんはレックスの前に横入すると、いっせーのでアーツを放つ。

 いくらカイさんと言えど二方向からの攻撃を完全に防ぎきれはしない。けれど、与えたダメージ自体はそこまで大きくない。すぐに動き出すカイさんに、私は次に浮かぶ漢字を見逃すまいと彼の持つ武器に集中した。

 次の漢字は『壊』。

 

「みんな、引いて! 強い攻撃が来ます!」

「ちっ――!」

 

 その時に、カイさんの顔に初めて悔しそうな表情が浮かんだ。

 ニアちゃんという標的を食い損ねた大剣が地面を抉り飛礫と水しぶきをあげる。その隙間からカイさんの金色の視線がこちらに向くのが分かった。

 

「アサヒ嬢、これが読めるのか?」

「なんや、カイ。アサヒの力に怖気づいたんか?」

「なんでそこの眼帯王子がドヤ顔なんだよ!?」

 

 武器の拘束が解けたジークさんが、カイさんとは違うデザインの大剣を構えてゆらりと私の横に並び立った。

 私はカイさんの疑問に「はい」とも「いいえ」とも答えられず、曖昧に笑って後ろに下がって、また漢字の読み取りに意識を割こうと構えた。

 カイさんは納得がいかないと言わんばかりに視線で追いかけて来るが「まぁ、いいか」と案外すぐに気持ちを切り替えていた。

 

「これが読めるか、試してみればいいことだしな」

 

 そう言って、武器を水平に構えたカイさん。その中央の珠に浮かび上がる字は『灰』。

 私はすぐに声を上げた。 

 

「――火属性の攻撃っ!」

 

 その声に、レックスとジークさんとメレフさんは迅速にブレイドスイッチを行った。

 

「リンネっ!」

「さぁ、金稼ぎの時間じゃぞ」

「ユウオウ!」

「任せてくれ、存分に腕を奮う!」

「ミクマリ!」

「出番ねっ!」

 

 その組み合わせに「あっ!」と声を出した時には遅かった。後ろに控えていた私とトオノとニアちゃん、ビャッコさん。仲間の中で唯一現状水属性を持っていないトラとハナちゃんも同じく息を呑むのが分かる。

 攻撃ロールのブレイドから放たれる三連続の水属性の必殺技と、そこから生み出される凶悪窮まるブレイドコンボは、カイさん一人でさばける量をはるかに超えていた。さながら、洗濯機の中で真っ白いタオルが洗われてるような。そうしてアーツの効果が解除され通常よりも更に水浸しになったそこでばったりとカイさんが倒れていた。

 

「うわぁ……」

「え、えぐいも……」

 

 あまりの光景に絶句する。というか、よく考えてみたらここには攻撃ロールでなくてもいいなら六分の五人が水属性のブレイドを連れている状況だった。火属性のカイさんには相性が最悪過ぎる。

 

「………………」

「……起き、ない? え、やり過ぎた?」

 

 確かにカイさんは起きない。

 いち早くそのことに気が付いたニアちゃんが駆け寄って、揺さぶり興そうと手を伸ばした。

 その時だった。

 

「お前ら、俺を殺す気かっ!?」

「に゛ゃああああっ!!??」

 

 ぐあばっ! と、うつ伏せの体を肘を突いて起き上がらせたカイさんに驚いたニアちゃんの平手打ちが決まり、カイさんは再びインヴィディアの地面に倒れこんだ。

 

 

                        3

 

 

「おおーい。いい加減機嫌治してくれよ、ニア嬢。てかなんで俺が怒られてんだ」

「フシャーッ!!」

 

 完全に威嚇モードに突入したニアちゃんは私を盾にするようにしてカイさんとの距離を保っていた。というか、ニアちゃん。私の肩を爪が食い込むほど掴まないで。まだそこ怪我してるところだから、痛い痛い。

 やんわりと手を放してもらうようにニアちゃんに声をかけていると、カイさんは騎士のような服の留め金をプチプチ外していって恥ずかしげもなく上着を脱ぎ去った。肌の上に直接着てるのかと思ったけど、予想に反して下は薄いシャツ一枚挟んでいた。

 鎖骨の少し下あたりに菱型のコアの台座とそこに収まる赤と青の入り混じったマンイーターの証が輝いている。やっぱり、という気持ちと同時にあまり見ては悪い気がして私はカイさんの服に視線を集中させた。

 上等そうな服を雑に絞って粗方の水気を抜いてから上から下に強く振り下ろすと、まだ生乾きであるはずの上着を肩に羽織らせる。ああしてれば乾くのかな。ルクスリアでホムラさんがストーブ扱いをされていたのを思い出してなんとなく納得した。

 

「待たせちまったな。さて、テストの結果だが……。ま、溜める必要はないか。文句なしの合格だ」

 

 やり過ぎ感は否めなかったけど、カイさんにそう言われてレックスはほっと息を吐いていた。しかし、それも束の間「ただし!」と緩んだ空気を引き締める声がする。

 カイさんは人差し指を立てて先生が生徒に教えるときのように軽く振りつつ、

 

「これから案内するところは、お前たちの力を十全には引き出せない場所だ。驕るな。油断するな。慢心するな。今できる最高の準備を整えてから挑め。俺からは以上だ」

「以上って……? あ、ちょっと待ちなよ! その封印された場所ってのに連れてってくれるんじゃなかったの!?」

「場所はセイリュウのじいさんが知ってる。俺は先に行って諸々の点検してくるから、お前らはしっかり装備なり準備なりを整えてから来いよ! ――じゃあ、じいさん。後は頼んだ」

「任せておけ。お前さんこそ、へまするんじゃないぞ」

「あっはっはっはっは! ありがとうよ! せいぜい気を付けるさ!」

 

 そう言っていつものよく通る笑い声を上げながら軽く手を振り上げたカイさんは、白い騎士服の袖を揺らしながら行ってしまった。

 呆然とその背中を見送る私たちに、セイリュウと呼ばれたじっちゃんの声が意識を引き戻す。

 

「さて、ワシらも適当に時間を潰してからリベラリタス島嶼群に向かうぞ」

「そん前に、ワイらの力を引き出せないっちゅーんはどういうこっちゃ?」

「行けば分かる。……行けばな」

 

 その含みのあるじっちゃんの言葉に私は嫌な予感を募らせることしかできなかった。

 

 

 




次話『イヤサキ村』予定では

カイのアーツについては一部変更を加えましたが、こちらもお題箱でいただいた内容です。
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