1
ゲンブから巨神獣船でインヴィディアに来て、インヴィディアからローネの大木に移動して、そして更に天の聖杯の第三の剣が眠っているリベラリタス島嶼群へ行くためにフォンスマイムで再び巨神獣船に乗り込んだ私たちが、リベラリタス島嶼群のイヤサキ村というリジデ港からアーケディア法王庁へ向かう途中にあるレックスの故郷に辿り着いたのは、船内で一泊して更に太陽が西に差し掛かった頃だった。
「やっと着いたぁ~~……」
「な……長旅は……疲れるも……」
並んで肩を落とし、疲弊した表情のニアちゃんとトラ。旅慣れてる二人がこうなのだ。私なんて言うに及ばず、すでに疲れは限界に来つつあった。大人組に視線を向けると、口には出さないけど話す言葉も少ないため結構疲れてるんじゃないかなと思う。この中で唯一元気なのは、この村出身のレックスだけだった。
イヤサキ村は、自然の多いのどかな田舎町という感じだった。小さなレンガを積み重ねた建造物が多い。けれど、その隙間から植物や苔が生えているのを見ると、ずっと昔からあるものを改造したり改築したりして保ってきたんだろうな、予想できる。
レックスはこの村出身とだけあって、村の入口である石の門のアーチを潜った途端に彼の姿を見つけた村の人から「おかえり」や「良く来たなぁ」と声を掛けられていた。
あまり大きくない村だからか、村の人の名前を全員覚えているらしいレックスは、一人一人名前を呼びながら挨拶を返していく。
そんな光景を見ていると施設にいた頃をちょっと思い出した。「おかえり」の言葉に連られて挨拶をしそうになるのをぐっとこらえながら村の中を進むと、一軒のお家の前でレックスは立ち止まった。
私たちも同じように立ち止まって、家全体を眺めてみる。
普通の二階建てのお家っぽくみえるんだけど……。
「? レックス、ここって宿屋さん――じゃないよね?」
「あっ、そっか。ジークとアサヒはここに来るの初めてなんだっけ」
「ワイとサイカは村自体には何度か来たことあるけどな。なんや、ここはぼんの知り合いの家か?」
「そう、コルレルおばさんち。オレの育ての親みたいな人で、この前もアーケディアに行く前に泊めさせてもらったんだ。おばさーん! いるー?」
勝手知ったると言わんばかりに扉を開けて中へ入っていくレックス。
いくら知り合いの家だと言っても、10人を超す団体はさすがに迷惑なんじゃないかな。と腰が引けていると後ろにいたメレフさんから「大丈夫だ」の言葉をもらった。
「前回来たときも同じくらいの人数だったからな」
「それは、安心していいんですか……?」
とは言っても私だけ野宿とか言われても困るので、それ以上は何も言わずにレックスが戻ってくるのを待つ。それから少し経つと、浅黒い肌に銀か白の髪を持った体格のいいおばさんがレックスと一緒に出てきた。
「おや、いらっしゃい。何もないところだけど、ゆっくりしていっておくれよ」
「お世話になります」
「なりますも!」
ビャッコさんが丁寧に頭を下げて、その隣でハナちゃんがぴょこんと手を挙げる。一方で頭を下げてお辞儀するメレフさんとカグツチさんを真似して、私もその女の人に向けてお辞儀をした。
「よく見るとこの前来た時とは別の子がいるんだね。あんたのブレイドと杖を持った茶色の髪のお嬢さんはどうしたんだい?」
「その話は後でするよ。それより、荷物を置きに行っていい?」
「あぁ、いいよ。さぁさぁ、立ち話もなんだし、みんな中に入った入った」
そう言って招かれた私たちは口々に「お邪魔します」と断ってからずらずらとレックスに続いていく。
家の中は外から見たよりずっと広くて、客間もいくつかあるようだった。確かに、これならみんな泊まれそうだ。
カイさんの待つ天の聖杯第三の剣が封印されている場所への出発は明日の朝となった。
今日は道中に買った装備品などを点検して、体調をきちんと整えないといけない。
コタローとトオノにレックスから貰ったコアチップとアシストコアというブレイドのアクセサリーを装備してもらいつつ、私も自分用に渡されたアクセサリーを身に着けていく。
そうして細々と荷物の整理や手荷物の点検などをしていると、あっという間に日が落ちてしまった。
薄暗くなった部屋で壁に備え付けられている明りに手を伸ばせば、ぱっと灯ったオレンジ色の光がぼんやり部屋にある家具のシルエットを浮かび上がらせる。それと同時に、どこからともなく美味しそうなご飯の匂いが漂ってくるのが分かった。
扉を開けてキッチンにつながる廊下の先を見てみると、この家で暮らす子供たちの夕飯を急かす声がした。ここは向こうの世界で言うとファミリーホームや里親のような形で身寄りのない子供たちを引き取り育てているという話だった。レックスも小さい頃に両親を亡くして、コルレルさんに引き取られて育てて貰っていたらしい。
他のみんなは私と同じ理由でお部屋にこもってる人が多い。そうなるとコルレルさん一人で10人以上のご飯作りながら、子供たちの面倒を見ているのかもしれない。それはきっと大変だと思う。
「コタローたちは休んでて。私、ちょっとコルレルさんのお手伝いしてくる」
別に無理してお手伝いに行くことも無いんだけど、任せきりにするのもなんとなく違う気がする。集団生活に長く身を置いていた性質だ。
後ろにいる二人の反応もろくに聞かず、私はそのまま滑り込ませるように扉を抜けてカチャカチャというかすかな音のするキッチンへ向けて足を進めた。
夕飯はコルレルさん特製のリベラリタス島嶼群の郷土料理だった。
メインは煮込みものらしくて、副菜は焼いたお肉やお魚が満遍なく添えられていた。お手伝いをした時に聞いた話なのだけど、これらの料理は全てレックスの好物らしい。
帰れば自分の好物を用意してくれる場所があるなんて羨ましいなぁ。と思いながら赤いスープを口に運ぶと、意外にも食べ慣れた味がした。匂いを嗅いだ時もおや? と思ったけど、間違いない。
これ、ホムラさんが作ってくれたスープに似てるんだ。
ちょっと離れたところに座るレックスの顔を盗み見る。けれど、ただひたすらにスプーンを動かすその男の子がどんな気持ちでこのご飯を食べているかはわからなかった。
そんな夕食の最中、レックスはコルレルさんにアーケディアから今までどんな旅をして、これからどんなことをしに行くのかを積極的に話していた。その様子を見る限り、大丈夫そうだとは思う。それに、レックスの話しを相槌をうちながら聞くコルレルさんの表情はとても優しかった。こうしてじっくり話を聞いてくれる人がいるだけでも心の持ちようも違うんだろう。
それをやっぱりちょっとだけ、いいなと思ってしまうのはアニメや漫画や小説の中にしか見れないような『家族』というものを目の前で見せられているからかもしれない。
「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです」
「おや、もういいのかい?」
「はい、お腹いっぱいです」
珍しく早くご飯を食べ終わってしまった私は、みんなより一足先にお皿を重ねて洗い場まで食器を運ぶ。それを見て急いで食べ終えようとするコタローにゆっくり食べてていいよ、と伝えてから私はレックスに視線を向けた。
「ちょっとだけ、お散歩にいってきてもいい? あまり遠くには行かないからさ」
「あ、う、うん。分かった」
「ありがとう」
みんなの視線を感じながら私は外につながる扉に手をかけた。そのまま一息に外に踏み出すと、視界の先には柔らかく優しい暗闇が広がっていた。肌寒い空気と濃厚な土のにおいが私を包みこむ。後ろ手に扉を閉めれば、風の音と雲海が岩にぶつかる音以外に聞こえてくるものは無い。
今日初めて来たこの村の土地勘なんてあるはずも無く、ちょっとだけまっすぐ進んでから立ち止まって頭上に広がる満天の星に視線を向ける。私のいた世界では、建物の明かりにかき消され一番明るい星くらいしか見えなかったけれど、ここアルストでは今あるすべての星が見えるみたいだった。
群れる星々が暗い空に光の橋をかけている。
――この世界に来た最初のころ、星の多さに驚いたなぁ。なんて懐かしくなって、そこから今までのことを思い出してどれくらい経った頃だろう。
「そんな風にしてると、風邪ひいちゃうよ?」
それまでぼんやりと空を見上げていた私は、その声に気が付いて今更自分の首が痛くなるほど空を見上げていたことに気が付いた。
はっ、と意識を取り戻して後ろを振り向くと不思議な素材のお団子頭に眼帯をしたミクマリちゃんが、エーテルラインで周囲を仄かに青く照らしながらそこに立っていた。
2
思いがけない人物にぱちぱちと意識して瞬きをするけど、その子は逆に不思議そうな顔で私を見つめ返していた。風邪ひいちゃうって……。私からしたらおへそが見えてるミクマリちゃんの恰好の方が、見てて風邪ひきそうなんだけど。
「えっと、どうしたの? メレフさん達は?」
「みんなならご飯食べ終わって休憩してるよ? この後、今まで溜めたコアクリスタル使って同調するんだって」
「あぁー……」
カイさんから、出来うる限りの準備をして来いと言われたのでそれは当然の流れだ。傭兵団の規模も順調に大きくなってきてるので、こちらから派遣できる人員は増やしておいて損はないし、新しい仲間が増えることは大歓迎だ。――でも。と、心にのしかかるもやもやした気持ちが視線を上げることを許さなかった。
そんな風に地面を見つめる私に、煌々と光るコアクリスタルが乗った両手が差し込まれる。顔を上げればミクマリちゃんがこちらに向かって満面の笑みを浮かべていた。
「ねえ、見て! セオリのコアクリスタル、今さっき同調できるようになったの!」
「わぁ! おめでとう! これでようやくセオリちゃんと会えるんだね!」
「うん! それでね、アサヒに一個お願いがあって」
「私に?」
なんだろう。と首を傾げればその子は、ついと私に伸ばしている両手を更に近づけた。
まるでコアクリスタルを差し出すようなそんな動きに、嫌な予感を感じる。
「あのね、私、アサヒにセオリのドライバーになってほしいの」
一番恐れていた言葉が無邪気な笑みと共に私の胸に突き刺さる。
それは多分、
私は動きかけた両手でライトグレーの服の布をぎゅっと握りこむ。そして、暴れまわる感情に流されないように体に力を入れながら、とても残酷な言葉を口にした。
「――だめ、だよ……」
まさか断られるとは思っていなかったのか、ミクマリちゃんは一転悲しそうな顔で見つめて来る。
そんな顔に胸がじくじくと痛むけれど、ここは絶対に譲っちゃいけないと自分を叱咤する。
「どうして? なんでだめなの?」
「ミクマリちゃんのドライバーはメレフさんでしょ? メレフさんにお願いした方がずっと一緒にいられると思うよ?」
「それは、そうかもしれないけど……。でも私は、アサヒにセオリのドライバーになってほしいの!」
「……ありがとう。でも、だめだよ。本当に、これだけは、だめ」
「だから、どうして――」
そこで、ミクマリちゃんは何かに気付いたように目を見開いた。
次に彼女が見せたのは怯えた表情。
「もしかして、私やセオリがコアクリスタル狩りだったから? だから、同調したくないの? 私たちのこと、嫌いになっちゃったの?」
「そんなわけないっ!」
私の声に、ミクマリちゃんの体がビクリと震えた。
大声なんて出すつもりはなかった。ミクマリちゃんだって魔が差したんだとは思う。けれど、そんなことを考えるような人だと思われている方が辛くて、つい感情がそのまま言葉になった。
「ミクマリちゃん達を嫌うなんて、そんなこと絶対しない。でも、駄目なの……。私はもう、誰かのドライバーになっちゃ、ダメなんだよっ!」
静かなイヤサキ村では私の声が良く響く。突然そんな言葉をぶつけられたミクマリちゃんも、驚いたように固まっていた。
どうして、どうしてこんなことなっちゃうの。せっかくここまで誰とも同調しなくて済んでいたのに。
鼻の上がツンと痛んで、視界がぼんやりと滲んだ。抑えきれなかった感情が涙になって溢れ出していることに気が付いて、私は目が腫れることも構わず袖でそれを雑に拭う。そうして視界が再び鮮明になったところで、今度こそ声を荒らげないようにこう尋ねた。
「ねえ、ミクマリちゃんは私が別の世界から来たってこと、知ってるよね?」
「う、うん……。メレフからそれは聞いたけど……」
「もしも、私がセオリちゃんと同調したとして、それで明日私がいきなり元の世界に戻っちゃったら、ミクマリちゃんはどうする?」
「――! か、帰る方法が見つかったの? アサヒ、元の世界に帰っちゃうの?」
「ううん……。帰り方はまだ分からない。でもね、私はある日突然、この世界に連れてこられたの。だからまた、
「それは……。でも、それだったらコタローやトオノだって――」
「オーバードライブっていう道具があれば、コタローたちは別の人と同調できる。正直、二つも見つけられるかはわからないけど……。でも、だけど、私はこれ以上誰とも同調するつもりはない……。しちゃ、駄目なんだよ……!」
ずっと、見て見ぬふりをしてきたことも、みんなにも隠していたことも、一つ言葉にしてしまえば次から次へと言葉が洪水のように溢れて行った。それと同時にボロボロと涙も零れて、私の力じゃもう止められなかった。
「私の世界にはブレイドはいない。モンスターだっていない。私なんて、あっちの世界では地位もお金も親だっていない、何の力も持ってない子供なんだよ! もしも何かの拍子に元の世界に帰ったとき、この世界で『死んだ』扱いになってコタローたちがコアに戻るならまだいい。でも、もしもあっちの世界に連れて行っちゃったら? それで、見たことない生命体だって言われて実験や研究に使われたり、狙われても私じゃ守ってあげられない!」
とうとう耐え切れなくなって、私は両手で自分の顔を覆った。途端に指先に指の腹に掌が涙で濡れた。
それは拭っても拭っても止まる気配がなかった。
「やだよぉ……! 大好きな人たちを、私のせいで不幸になんてしたくない……!」
そんな未来を考えるだけで心臓がぎゅっと痛んだ。
本当にそうなるかなんて誰もわからない。けれど、そうなる可能性が1%でもあるならそれは絶対見過ごせない。そう思うのに、私はどこまでも弱い。この世界に来て手に入れた力も立場も、全てあっちの世界では通じない。
結局私にできるのは、精々私の事情にコタローたちを巻き込まないように自分から手を放してあげることと、これ以上誰とも同調しないくらいだ。
でも、きっとこんなことミクマリちゃんには関係ない。
私はミクマリちゃんの気持ちを無碍にした。その事実は変わらない。
「アサヒ……」
「ごめん……。ごめんね……!」
それはセオリちゃんと同調できないことか、こんな話を聞かせてしまったことか、コタローたちに対するものなのか、泣くのを止められない自分の弱さについてのものなのか。自分が何に対して謝っているかさえ、もうわからない。ただ、謝罪の言葉だけが口を衝く。
「――本当に、ごめん!!」
「あっ! アサヒ!?」
気づいたら私はミクマリちゃんに背中を向けて、走り出していた。――違う、逃げ出したんだ。
行く当てなんて無かった。
ただ、私の向かう先にあるうす暗闇がこのまま私の存在ごと飲み込んで、消えさせてくれればいいのに。なんてことを考えながら、コルレルさんの家とは別の方向に私は走り続けた。
次話『コルレルの家』
次回更新は8月10日を予定しております。
良ければお付き合い頂ければ幸いです。