1
みんなと一緒にコルレルさんの家に戻ってくると、家の中はしんと静まり返っていた。
玄関に直結しているリビングにだけ明かりが灯っていて、部屋の中央にある大きなテーブルの上には人数分のマグカップと温かいお茶が淹れられていた。
誰が、なんて考える必要もない。コルレルさんが外から帰って来た私たちのために用意してくれたものだ。
まだ湯気の立つ温かいお茶を飲みながらみんなで一息つく。すると、間もなくふわりと眠気がやってきた。みんなも同じだったみたいで、ところどころで欠伸や眠気をかみ殺す様子が見て取れた。
今日の所はセオリちゃんの同調先だけメレフさんにお願いして、それに了承をしてもらってから、いったん解散。続きはまた明日となった。
みんなに改めてお礼を言ってからおやすみと別れると、あてがわれた部屋で明日の支度を済ませて客用のベッドに潜り込む。同じベッドの中ではコタローが私と向き合うように寝っ転がっていた。
隣のベッドで眠るトオノを起こさないように、小さな声で話しかける。
「なんか、こうやって寝るの久しぶりだね」
「……だな」
最後にこうやって同じ布団に入ったのは、トオノと同調する前だった気がする。でも具体的にいつか思い出せなくて記憶を辿りつつも、ふわふわとしたコタローの毛を撫でていると、段々と瞼が落ちて来た。
コタローの体温と毛並みが心地いい。
「なぁ、アサヒ」
「ん?」
「言おうかどうか迷ってたんだが、やっぱり、知ってて教えないっつーのはどうかと思ってよ。……これから俺が言うのは、本当にどうしようもなくなったときの話だ。俺たちの存在がどうしても、どうしても、お前の重荷になって、にっちもさっちもいかなくなった時の話だ。いいな?」
「なんか、すごい勿体ぶるね。ちょっと怖いんだけど……」
「俺だって好き好んでこんな話はしたかねえさ。でも、いつか知っといてよかったって思う日が来るかもしれない。だから、知っておいてくれ。俺たちには
そう言ってコタローは、私にブレイドについてのある仕組みを教えてくれた。
それはきっとこのアルストでは誰も進んでやろうとしない、やりたくないことだった。
それでも、コタローが私に教えてくれたということは、きっと私のことをすごくよく考えてくれたんだろう。
淡々と、夜の闇にコタローの声だけが聞こえる。
そうして彼が全部話し終えた時には、私は小さな相棒に腕を伸ばして小さな前足を軽く握った。
「……教えてくれてありがとう」
そこからどう言葉を繋げればいいのかわからない。言葉を探しているうちに、瞼はどんどん重くなっていった。考えもまとまらない。とりあえずおやすみ、と言ったつもりだけど、回らない舌でキチンと言えただろうか。
「あぁ、おやすみ。アサヒ」
その返事を聞いた時には、私は半分くらい夢の中にいた。
だからだろうか。自分と繋がってる小さな前足が一瞬だけ男の人の手に見えた気がしたのは。
コタローがもしも人の姿をしてたら、こんな感じなのかな。と思いながら私は完全に瞼を閉じて眠気に身をゆだねた。
2
次の日の朝、コルレルさんの家で朝ご飯までごちそうになった上で、お礼を言ってから旅立った。
私たちはレックスのヘルメットを定位置にするじっちゃんの案内を受けて村の入口につながる階段を降りつつ、カイさんの待っている『天の聖杯第三の剣』が眠る場所を目指す。
「そういえば聞きそびれてたんだけどさ、じっちゃん。村に何の用があったんだ?」
「その前にレックス、イヤサキ村のもう一つの名前を知っとるか?」
「え?」
レックスは質問を質問で返されて、虚を突かれたようにこちらを見た。けれど、この村出身のレックスが知らないことを私が知るはずもない。小さく首を振って見せると、じっちゃんは小さな羽を器用に動かしてヘルメットから飛び立つと、腕を組んでこう言った。
「英雄の村」
「英雄の、って――!」
「そうじゃ。イヤサキ村はこの地に流れ着いたアデルが建てた村じゃ。大戦後、ワシとカイはアデルにこの島の守りを任され住み着いた」
「ここにそんな秘密があったの?」
「――何を護っていたと思う?」
にやり、とした笑みに大体のことは察することができた。じっちゃんはそんな私たちの表情を見て満足げに頷くと「こっちじゃ」と二手に分かれた道の片方をまっすぐ下っていく。その先にあるものを私は知らないけど、ここが地元のレックスはそっちに何があるか分かっているらしい。
「あっちに何があるの?」
「お守り様さ」
「オマモリサマ?」
「村の守り神が祭られてる石の柱だよ」
お地蔵様とかそういう類のものなのかな。とぼんやりとイメージしながらレックスの背中を追いかけていくと、長い階段を上った上に、本当に石の柱がででんと建っていた。自然に削られて作られたものじゃなくて、明らかに人工的に切り出された長方形の大理石のような石の前には、特に何も書かれていない台座が置かれている。
石碑、っていうのかな。お墓の大きいバージョンみたい石柱を見上げると、頭上で巨神獣型のモンスターが優雅に空を泳いでいた。
「なんだよ、カイの奴いないじゃないか」
辺りをきょろきょろと見まわしていたニアちゃんが言う通り、ここには今しがた来た私たち以外に誰もいなかった。てっきりカイさんが先に来ていると思ってたのに、入れ違いにでもなったのかな。
レックスにとりあえず戻るか聞こうとした時、足元にいたコタローがおもむろに地面の匂いを嗅ぎ始めて、そのままとてとてと石柱の後ろへ歩いて行った。その小さな後ろ姿を追いかけると、石柱を支えにその影で居眠りをキメているカイさんを見つけて、私たちは顔を見合わせる。
確かにカイさんの寝てる位置はちょうどいい角度で太陽がさえぎられて涼しい風も吹きこむし、モンスターもわざわざ階段を上ってこない絶好のお昼寝スポットではあるんだけど……。これから天の聖杯第三の剣の封印を解きに行くというのに、あんまりにも緊張感がなさすぎて、苦笑いしか出て来ない。
「…………」
誰がどうやってカイさんを起こす? と無言で窺い合う私たちに、ジークさんがすっと手を挙げてレックスの隣にいたスザクを見ると、そのままカイさんに向けて手を振り下ろした。
「スザク、いっぱつかましたれや」
「よし来た!
「え。――ちょっ!?」
ご氏名を受けたスザクは揚々と大きく翼を広げてやる気満々のようで、こちらの戸惑いの声は聞こえていないらしかった。息を吸い込むスザク。同時に両胸にさがる風の袋も大きくなるのを見て、私たちは一斉に一歩後退った。両手を耳に強く押し当てて、少しでも音を遮断するように努める。コタローやニアちゃん、ビャッコさんみたいな耳が頭に近い組は地面に屈みこんで前足で両耳を塞ぐ徹底っぷりだ。
その一拍後、スザクの甲高い朝を告げる声が、イヤサキ村を超えあまつさえアーケディア法王庁に届かんばかりの勢いで響き渡った。
――かくして、
「……お、起こし方ってもんがあるだろ……」
真横でスザクの朝を告げる一鳴きを聞いたカイさんは、地面にお饅頭みたいに体を丸めて耳を塞いでプルプルと震えていた。
耳を塞いでいた私でもキーンとした感じが残っているんだから、対抗策を打っていなかったカイさんは言わずもがなだった。
「というかおぬし、わざわざもう一度閉じなおしたのか? なんという面倒なことを……」
「わかってねえなぁ、じいさん。こういうのは自分で開けるからいいんだろ?」
よっこらせ、と掛け声をかけながら立ち上がるカイさんは、服に着いた砂埃を払ってにっと笑う。500年来の付き合いであるじっちゃんとカイさんにしか分からないやりとりに首を傾げていると、そのまますたすたとお守り様の台座の方へ歩いて行ってしまった。
自由だなぁ、と思いながらその後を追いかけていく。
「おーい、レックス。台座の石板を時計方向に回してみてくれ」
「えっ? こ、こう?」
レックスがの戸惑う声と一緒に石と石が擦り合う音がした後、台座の真ん中にあった四角の枠の中に丸が描かれた石板が音もなく真ん中から二つに割れる。するとそこには青く光る炎のようなマークが浮かび上がってきた。
「これの紋章って……、あの時と同じやつだ」
「よし、じゃあその紋章に手を翳してみろ」
「うん」
ちょっと緊張したような面持ちでレックスが紋章に手を翳すと、お守り様と呼ばれていた石柱が振動し始め、どういう仕掛けなのか下へと移動していくとそこにぽっかりと地下へ続く階段が現れた。
おぉー、と私とトラの声が重なって、思わずトラと顔を見合わせた。
「この路は島嶼群の中心部へと繋がっておる。エルピス霊洞と呼ばれる場所がそこにあるんじゃ」
「エルピス霊洞……」
「ここも、霊洞の扉もリベラリタスの人間しか開けんようになっとる」
「あと、俺みたいなのとかな」
カイさんがドヤ顔で手を挙げるけれど、レックスはそんなカイさんをそっちのけで「そうか、それでシンはあの時オレを……」と呟いていた。
ホムラさんの封印もリベラリタスの人にしか解けないようになっていたらしく、そこでレックスが選抜されたと聞いたことがあったのでそのことを言ってるのかな。
「アデルはこの村を建てた際、島嶼群の中心となっておる巨神獣の体の奥深くにあるものを隠した」
「まさか、それが例の剣?」
「うむ、どこから漏れ伝わったのか、天の聖杯の剣がここにあると聞きつけた者達がこれまで何人も霊洞へと入っていった。――が、戻ってきたものはいなかった」
どこから漏れ伝わったのか、という部分にカイさんがじっちゃんから目を逸らしていた時点でなんとなくわかったけれど、それよりも誰も戻ってこなかったという部分が問題だ。
同じところに引っ掛かりを覚えたニアちゃんからも「そんなに恐ろしい場所なの?」という質問が飛ぶ。その問いに、幼体の巨神獣であるじっちゃんが、見た目の可愛さと裏腹に厳かに頷いた。
「ホムラと分けてまで封印したものじゃ。何人の手にも触れさせないための仕掛けがされておる」
「けどな、アデルはここに封印をしたときこうも言ってたんだ。『この剣を手にできた者こそ、真の天の聖杯のドライバーだ』ってな」
「ちゅーても、カイがこん中を案内してくれるんなら、楽勝やないんか?」
「いやいや、俺は着いて行きはするがそれ以上のことはしないぜ? 道中含めて天の聖杯の真のドライバーにふさわしいかどうかのテストだからな」
「と、いう訳じゃ。どうじゃ、レックス」
「行くよ、オレ。いや、行かなきゃならない。こうしてる間にも、ホムラとヒカリは……」
レックスはちょっとだけ俯いた後、私たちに向けて視線を投げかけた。レックスの準備は整っている。私たちはどうだという確認だ。
大丈夫、という気持ちを込めて頷けば、レックスは「行こう」と一言口にしてから階段を下りて行った。
真っ暗な地下に向かって進む私たちに、これからどんな試練が襲ってくるのか。
それを知ってるのはカイさんだけだ。けれどその人は何も言わず私たちの最後尾を着いてくるだけだった。
次話『エルピス霊洞』
尚、53話と54話の間にカイは単独エルピス霊洞RTAをしていました。