楽園の子   作:青葉らいの

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56『エルピス霊洞 上層』

 

 

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 エルピス霊洞は、ブレイドのエーテルの吸収を抑え、尚且つ力を奪っていく恐ろしい場所だ。

 ここでまともに戦えるのは、自分でエーテルエネルギーを生み出すことのできるハナちゃんだけ。普通のブレイドは最大三段階まで純化、圧縮して溜められるのがここでは一段階が限界だ。回復アーツも効きが悪いことから大怪我をしたら入口に戻るしか治す方法がない。奥に行けば奥に行くほど、ブレイドは弱まっていき戻ることも進むことは難しくなっていく。

 それになにより私が怖いのは、力の弱いブレイドはエルピス霊洞でエーテルを奪われつくされてしまうと二度とブレイドとして同調できなくなるという話しの方だ。

 コタローがコアに戻ってしまったら、二度とブレイドとして形をとれなくなるかもしれない。その事実に、この時ばかりは本当に入口で待っててもらおうかとも思った。けれど、同じ理由かは分からないがジークさんもサイカさんに入口で待つように指示を出してすげなく断られていたのを見て、私は何も言えなくなった。

 

(人の振り見て我が振り直せ……。かな)

 

 少しでもコタローの消耗を抑えるために、私は無言でその小さな相棒を抱き上げる。暴れても何を言われても下ろすつもりはなかったが、コタローもコタローで常時エネルギーが奪われているのが辛いのか反論は上がってこない。上がってこなかったんだけど、ビャッコさんから穴が空くくらいの視線を感じて私はゆっくりとみんなの最後尾に着いた。

 ちなみに、体長4メートルの虎の重さは約400㎏らしい。ニアちゃんはおろか、私たちの中で誰もビャッコさんを持ち上げることはできないので、諦めてくださいと心の中で謝ることしかできない。

 その視線から逃げるように反対側に視線を向ける。するとカイさんだけが頭の後ろに手を組んで悠々と着いて来ている。元はブレイドであるはずなのに、顔色一つ変えてないように見えた。

 

「カイさんはここの影響受けないんですか?」

「いや? 普通に辛いぜ?」

「えっ、全然そんな風にみえないんですけど……」

「あっはっはっは、まぁなんというか、苦しさというより楽しさが勝っててな」

「楽しい? 苦しいのが楽しいんですか?」

 

 トキハさんみたいだなぁ。と思っていると「いやいや」と苦笑いしながらカイさんは手をぱたぱた振った。

 

「アサヒ嬢がどんな想像したのかは知らないが、普通に自分の作った仕掛けを目の前で解いたり悩んだりするのを見るのは作り手冥利に尽きるなって思ってな」

「作ったって……。ええっ!? ここの仕掛け、カイが作ったの!? 全部!?」

「あっははははは! 100点満点の男の子な反応ありがとよ! 残念ながら全部じゃないさ。半分以上はこの巨神獣にもともとあった物を増改築しただけだしな! さて、ここで問題。500年前、こういった機械文明に詳しかった国ってのは――?」

「古王国イーラ。つまり、英雄アデルか……!」

「眼帯王子、大正解!」

 

 人差し指を突き立てて満面の笑みを浮かべるカイさんに、改めてジークさんは周囲の様子を見回した。

 自分の尊敬する人が作ったダンジョンだからだろうか。なにかとしきりに「なるほどなぁ。さすが英雄アデルや……」と感心している。私としたら、こんな危ないところに更に罠を作ったアデルという人に、ちょっと文句を言いたいくらいだ。

 

「アデルって人、絶対に作ってて途中から楽しくなったでしょ……」

「あっはっは! 秘密基地は男のロマンだからなぁ!」

 

 秘密基地と言うか、隠しダンジョンと言うか。突然男のロマンだからで済まされそうになったことで納得できない私を後目に、カイさん以外の男性陣が腕を組んでうんうんと頷いている。

 そう言えば施設でも、庭の隅とかに男の子が段ボールとか強いて「ここから先は女子は入ってくんな」とか言われたことを思い出す。男の子はすべからく通る道なのかもしれない。性別の違う私には全然、わかんない感覚だけど。

 カイさんはしみじみと昔を思い出すように言葉を続ける。

 

「これを作ってた時は、俺もアデルも割と追い詰められてて、没頭するものが欲しかったんだ。ホムラ嬢は生まれたばかりだったし、良くも悪くも天の聖杯の剣の封印っていう目的は、俺達に道を踏み外させなかった」

「追い詰められてた? なんでさ?」

「ニア嬢も500年前の大戦の結末は知ってるだろ? 伝承通り、確かにアデルたちはメツには勝った。けど、今もメツは生きてるし、俺達だって犠牲が何もなかったわけじゃない。大きな犠牲の上で残されたのはアデルにも制御しきれてない天の聖杯第三の剣と、諸事情で自分を封印したヒカリと生まれたばかりのホムラ嬢。そして――イーラの巨神獣が沈んで行き場のなくなった多くの難民だ」

「あ……」

 

 ニアちゃんが言葉を失くして俯いた。私も、カイさんに言われるまで想像できていなかった。

 聖杯大戦では三つの巨神獣が沈んだ。

 その中の一つが英雄アデルの出身地であるイーラだということは、私もみんなの話やコールさんのお芝居をみて知っている。けれど、カイさんの言葉には伝聞ではない不思議な現実味と端々にアデルという人への思いやりがあった。

 

「カイさんは、英雄アデルと……。えっと、友達だったんですか?」

 

 英雄アデルとカイさんの関係が分からなくて、言葉を探しているうちに訳が分からなくなったまま飛び出した言葉にカイさんは目を丸くした。

 う、まずい。変な聞き方しちゃったかな。と内心で怯えてると、ふっとカイさんは笑った。いつものへらへらしたような笑みじゃない。本当に、本当に嬉しそうに笑っていた。

 

「あぁ、アデルは友達だった」

 

 噛みしめるように、カイさんは『友達』という言葉を繰り返した。

 

「本当に仲が良かったんだな。あんたとアデル」

「まぁな。同性だし、仲間内では一番馬が合ったんだ。短い時間だったが、あいつのブレイドとしてヒカリ達の旅に同行した時もあったし、単独で動いていた時も、顔を合わせりゃミノチを巻き込んで酒を飲んで……」

 

 カイさんは一度言葉を区切り、顔を上げて霊洞の奥を見つめた。何かを、思い出すように。

 遠く、遠く。

 

「あいつは、意外とため込むタイプでさ、こっちで再会した時なんて滅茶苦茶凹んでたんだ。自分の国が沈んで、仲間も国民も散り散りになって、自分は天の聖杯の力を引き出せなくて、あいつだって泣きたくしょうがなかっただろうに。ホムラ嬢の前では強がってたっけな」

「貴殿の話を聞いていると、英雄アデルの印象がだいぶ変わるな」

「そうかい? 俺としたら語り継がれてる伝説の方が誰だこりゃって感じだけどな」

「くっ……! ワイの英雄アデルのイメージが……!」

「ははは! それは悪かった。――でもな、語り継がれてる英雄アデルの物語だってあながち全部間違ってるわけじゃないぜ? 確かに、あいつの働きは英雄だった。けれどその一方で、人間らしい側面だって色々あったんだ。何も変なことは無い。あんたらと同じだ」

 

 考えてみれば当たり前の話だ。

 語り継いだ人たちにはたまたま英雄らしい面が強く印象に残ったのだろうけど、一緒の時間を過ごしてきたカイさんには、英雄アデルがただのアデルという一人の人であるところを見てきたんだろう。

 私にしたら、すとんと飲み込めた内容でも、ジークさんにとっては受け入れがたいことだったらしい。たくましい腕を胸の前で組んで口をへの字に結んでいた。

 

「そこの王子様は英雄アデルに憧れてるクチか?」

「だったらなんや、文句でもあるんか?」

「いや? ぜひとも憧れてやっててくれ。ただ、あいつも普通の人間だったっていうことだけは、覚えててやってくれよ」

「………………」

 

 ジークさんは何か言いたげな様子だったけれど、ぐっと喉に力を入れて言葉を飲み込んだみたいだった。代わりに、短い黒髪を乱暴に掻いてから、腕を組むのを止めた。

 たしか、腕を組むのは心理的な防御姿勢だって本で読んだことがある。それを解いたってことは、カイさんの言葉を聞き入れたって、ことかな。

 そこで会話は自然と途切れ、私たちは再びエルピス霊洞の奥を目指して進む速度を速める。

 ただその時、いつもはジークさんの隣を歩いているサイカさんが、ジークさんの数歩後ろをなんとかついて来ているように見えたのが、とても気がかりだった。

 

 

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 アデルとの思い出話をひとしきり話した後、カイさんはこのエルピス霊洞の造りを教えてくれた。

 ここは上層、中層、下層と三階層に分かれているらしく私たちが目指すのはその一番下の階層になるらしい。一応は下へ下へと向かえばいいみたいだけど、天の聖杯の真のドライバーになるための試練も兼ねている場所が一筋縄でいく訳がなかった。

 周囲は変わり映えしない岩場が続き、道が分かりにくく、さらに細かく枝分かれしていることから、進んでみたはいいけれど行き止まりだったり、行き止まりだと思ったら突然モンスターが襲ってきたりと散々だった。道も狭くて撤退するのに時間がかかる。ブレイドの力も制限されているのに、モンスターは普通に強いし。

 そのため隊列は自然と防御型ブレイドを持つ人が先頭と殿を務めることになった。

 ハナちゃんとトラを先頭に、レックスやジークさん、ニアちゃんを挟んで私とメレフさんに監督役のカイさんを最後尾にして歩いている。ところが、奥に進んでいるうちにジークさんのブレイドであるサイカさんの歩く速度がどんどん落ちてきた。ついには最後尾を歩く私にぶつかりそうなほど近くなって、思わずその小さな背中を支えて声をかけた。

 

「サイカさん、大丈夫ですか?」

「心配あらへんよ……。このくらい、どうってことないわ……」

 

 言葉だけは頼もしいけど、とてもそんな風には見えない。

 ルクスリアでゲンブがサイカさんの制御から外れてしまった時みたいに、首筋に冷たい汗を流している。

 休憩を提案しようかと思ってレックスたちに視線を向けると、何も言わずみんなは立ち止まってサイカさんに心配そうな視線を投げかけていた。

 

「奥に行くに従って粒子も濃くなってきている。無理はするなよ」

「メレフ、ありがとさん。その気持ちだけで十分やわ。アサヒも、ありがとね」

 

 サイカさんは努めて明るく振舞っていた。

 私もそう言われてしまうと何もできない。そっとサイカさんの背中から手を外してコタローを抱きなおすと、ジークさんがサイカさんの横に並び立つ。

 

「気ぃつこてもらわんでもええ。こいつの面倒はワイがみるさかいな」

 

 手を腰に当てて仁王立ちするジークさん。だけれど、その声は少し掠れていて力が入ってないように聞こえた。そういえば、入り口でも少し苦しそうだったような……。と思い返していると、その違和感を感じていたのは私だけじゃなかったようだ。

 

「ジークも辛そうだけど、どこか具合でも悪いの?」

「ん? ――あぁ、そう言えばボン達には話してへんかったな」

 

 そう言ってジークさんは、羽織っていた黒い外套の胸元を大きく開いた。

 いつもは見る機会のないそのたくましい胸が露になって、心臓に近いそこに横倒しにした三角形の形をした青く光る石が埋め込まれていた。

 それは、ブレイドのコアクリスタルによく似ていた色をしていた。しかもそれだけじゃなくて、石の埋め込まれている縫合の痕も異常だった。血管が浮き出るように放射状に残る傷はどう考えても普通には見えない。

 

「その傷は……?」

「前に行き倒れたことがあったってゆうたやろ? そん時のや」

 

 そこからジークさんが語ったことは、ジークさんがなぜアーケディア法王庁の特使になったのかも関係した話だった。

 

 

 

 遡ること数年前、ルクスリアを飛び出して各地を放浪していた二人が、リベラリタス島嶼群に寄った際に夜盗に襲われ命辛々逃亡した時のこと。

 ジークさんは夜盗のアジトから脱出する時に受けた傷で、瀕死の状態だった。歩くこともままならず、やがて、街に辿り着く直前というところで行倒れてしまったそうだ。外傷のせいでその時の記憶は曖昧らしいけれど、そこは一緒にいたサイカさんが全部覚えていた。

 ジークさんはサイカさんに逃げろと言った。しかし、サイカさんはそれを承知しなかった。むしろ何が何でもジークさんを街に連れて行くために、大柄なその人を背中に担いで歩き出したと語った。

 

「あんときは王子は気絶してまうし、ウチも必死だったんよ。火事場の馬鹿力っちゅーやつやな」

 

 簡単に言うけれど、それだけサイカさんはジークさんとの思い出を失くしたくなかったのだろう。

 サイカさんと私の身長はあまり変わらない。私がもし大怪我をしたジークさんを担げるかと聞かれたら、多分無理と答えると思う。身長差もそうだけど、まず持ち上げることだってできるかどうか。それを、サイカさんはやり遂げた。

 それだけの想いがあった。

 一方、ジークさんにとっては苦い記憶なせいか、サイカさんが語るのを任せたまま、気まずそうに岩壁の方に顔を背けている。ちらりとサイカさんは横目でジークさんの様子を窺って、続きを話し始める。

 

「街まで後ちょっとってとこで、ウチも倒れてしもてな。そのまま気が遠くなってなぁ……」

 

 ジークさんの下敷きになるように地面に倒れこんだサイカさんは、薄れていく意識の中で誰かが近づいてくるのに気が付いた。足音は複数で、倒れた位置から見上げた人影は大きくて、襲って来た夜盗に追いつかれたと思ったそうだ。自分の体は動かないし、動いたとしてもドライバーは瀕死の状態。

 全部を諦めてしまったサイカさんはそのまま目を閉じて――

 

「次目が覚めた時には、アーケディア法王庁やった」

 

 サイカさんが語るには、どうやら夜盗だと勘違いしたその人はアーケディア法王庁の誰かだったらしく、そのままそこに運び込まれていた。

 隣のベッドにはジークさんが寝かされていて、ジークさんが隣にいることを確かめていたら、その後ろから『もう大丈夫だ』と声をかけられた。

 それが、現アーケディア法王庁の法王、マルベーニ聖下。

 そこで、サイカさんはジークさんが助かったことを知った。そのために何をされたかも。

 

「ブレイドからドライバーへの、コアの移植手術……?」

 

 信じられない思い出繰り返した私の言葉にサイカさんは胸のコアを指先でなぞって頷いた。長方形の形のサイカさんのコアは、対角線状に線を引かれたように、その左半分が無くなっていた。それはジークさんの胸に輝くそれと元は同じものだ。

 私の世界でも存在している心臓や、骨髄の移植なんかとは訳が違う。

 そもそもブレイドはコアを破壊されてしまうと二度とブレイドとして同調できなくなるはず。なのに、それをブレイド側には破壊と認識させずに的確にコアを取り出して人間に移植させるなんて、技術の飛躍がありすぎる。

 驚くのと同時に、入り口での二人のやりとりにようやく合点がいった。

 サイカさんのコアは完全な形じゃない。一部はジークさんに渡っているから、必然的にエーテルの最大値も四分の三になっているはずだ。だから、サイカさんに待っててほしかったんだ。自分がサイカさんの体の一部を貰ったばかりに、サイカさんが死んでしまうことが無いように。

 コアの移植という部分にレックスが自分の鎖骨にある×印の翠色のコアクリスタルにそっと視線を落とした。

 

「ま、ワイとボンも同じっちゅーこっちゃ。もっとも、こっちはただの外科手術やけどな」

「外科手術と簡単に言うが、そんなことが可能なのか?」

「メレフはアーケディア人のルーツはユーディキウムやって知っとったか?」

 

 メレフさんは頷くけれど、私は聞き慣れない単語に首を傾げるばかりだった。

 

「ユーディキウム……? どこだっけ?」

「ほら、前にテンペランティアで暴走した巨神獣兵器があったろ? あそこだよ」

 

 ニアちゃんに解説をしてもらって私はようやく思い出すことができた。

 なるほど。あそこがユーディキウムって名前だったのか。

 

「そうや。ユーディキウムは人とブレイドの細胞レベルでの融合――マンイーター技術も元はユーディキウムのももんやったらしいわ」

「それで――外科手術が可能だった、と」

「おう。サイカ達ブレイドの持つ再生能力でワイの痛んだ身体を修復したっちゅーことや。サイカからコアを分けてもろたさかい、マンイーターちごてブレイドイーター、みたいなもんやな」

 

 はははは、と笑うジークさんだったけれど私たちは笑うことなんてできない。

 

「せやからな、ここは王子もそこそこ辛いんよ」

「こんくらい大したことあらへん。さ、ワイの話のせいで時間食ってもうたな。先を急ぐで」

 

 外套の裾をばさりとはためかせて、ジークさんは大股で一歩前へと踏み出した。

 ブレイドほどじゃないにしてもこの環境は辛いはずなのに、足取りはそんなことを微塵も感じさせない。

 

「漢だなぁ。やるじゃないか、眼帯王子」

 

 その様子に呆気に取られていた私たちは、カイさんの声に後を押されるように、ちょっとずつ遠くなっていくジークさんの背中を慌てて追いかける。

 

 

 

 

 




次話『エルピス霊洞 中層』

2019.0904 内容書き換えました。
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