楽園の子   作:青葉らいの

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59『レックスの秘密基地』

 

 

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 英雄アデルの用意した、天の聖杯の真のドライバーになる試練は無事に終わり、一瞬とはいえ封印された第三の剣も手に入れたレックスと私たちは、まだエルピス霊洞の最奥にいた。

 

「それで、これからどうするんだ?」

 

 ブレイドとしての自分を受け入れたニアちゃんは、今はブレイドの姿ではなく、見慣れたいつもの猫耳少女の姿に戻っている。これからいつでもブレイドの姿に切り替えられるからと言って、黄色いつなぎみたいな服を纏うその子はレックスに向けて尋ねた。

 

「みんな、ここにいると辛いだろ? いったんイヤサキ村に戻って相談しようよ」

「あぁ、賛成だ」

「……ちゅーことは、またあの道戻るんかいな……」

「ほら王子、文句言わんと」

 

 過去に夜盗に襲われた傷から、サイカさんのコアの一部を移植したジークさんはがっくりと肩を落とし恨めしそうに来た道を見返した。サイカさんもここは辛いはずなのに、ジークさんを宥めてふらつく足取りで立ち上がり、私もコタローを抱き上げて出口を見据える。

 またあの蜘蛛やサソリだらけの道と毒沼を通るのかぁ……。なんて辟易としていても仕方ない。コタローたちにはまだ無理させちゃうけれど、ここからどんどん負担が軽くなっていくなら、と思った時だった。

 

「おーい」

「あ、カイ。アンタ今までどこに行ってたんだよ?」

 

 男の人にしては長い一つで結んだ白い髪を揺らしながら、階段を上ってきたカイさんにニアちゃんが振り向く。そういえば、いつのまにか姿が見えなかったな、と今更気が付いた。

 

「なんだ、ニア嬢。俺の姿を見えないからって心配してくれたのか?」

「またぶっ叩かれたいのか?」

「ふっ……!」

 

 顔の横まで振り上げられたニアちゃんの手にカイさんは肩を竦めて気障ったらしく笑うと、音もなく一歩下がる。その姿を見る限りローネの大木での平手打ちが割と効いてたらしい。

 

「それで、貴殿はどこに行ってたんだ?」

「ん? あぁ、案内人の仕事をしに、ちょっとな」

「案内ゆうても、ここが終着点やろ? それともなんや、まだここに英雄アデルの隠されたなんかがあるっちゅーんか?」

「まぁまぁ、いいから黙って着いて来てくれよ」

 

 やけに自信満々に階段を下りていくカイさんを追って、私たちはぞろぞろと階段を下りていく。

 ここに来る時には、対面にある朽ちた階段の下を通って来たんだけどカイさんはそことは別の壁だと思っていた場所の前に立つと、ぺたぺたと何もない場所を触り始めた。何か法則があるのか、それともスイッチでも探してるのか、具体的に何をしてるか分からないうちにカチッという小さな音が聞こえた。かと思うと、足元に砂埃をたてながら壁の一部がスライドしてぽっかりとした空洞が現れた。

 岩肌が剥き出しで整備された感じがない。ここに来るまでに通った道と同じ感じではあるけど、これがどこにつながるかなんて見当もつかなかった。

 

「ここは?」

 

 首を巡らせて周囲を見渡すレックスに、カイさんは一言「抜け道」と答えた。

 何の迷いもなく足を踏み入れるその人を見て、私たちは気後れしながら後を追う。

 人一人分の幅しかなくて、一列に並んで歩くのが精いっぱい。明かりはブレイドのエーテルを吸収して光る苔のお陰で困りはしなかった。

 

「俺たちがこの霊洞に来て、まず目指したのはお前らがさっきまでいた最奥だった。そこでまず、何をしたと思う?」

 

 突然のクイズにニアちゃんが首を傾げた。

 今それを聞くってことは、この通ってる道に関係あることなんだろうなぁ。と思って考える。私だったらどうするかなと。なんで、一番奥を目指したんだろう。目指すとしたらその理由は――。

 

「……もしかして、帰り道ですか?」

「アサヒ嬢、なんでそう思った?」

「いえ、あの、ここに来るまですごい長かったので。整備するにしろ仕掛けをするにしろ、毎回行って戻るの大変だろうなぁって思って……」

 

 最初はいいと思う。行って疲れたら帰れる距離なら。でも、ここの中層から先は入口に戻る方が大変だ。それは私たちも身をもって経験している。

 アデルは人間だったってカイさんから聞いてたし、それでなくてもホムラさんとカイさんはこの霊洞ではエーテルを奪われる。ここにいる時間は短いほうがいいはずだ。

 

「だから、先に一番最後まで行って、帰り道を作ってからの方が安心して作業できるかなって」

「…………。大正解だ、アサヒ嬢!」

 

 カイさんの笑顔が輝いた。

 クイズ番組じゃないんだから、答えを溜めるとかやめて欲しい。無駄に緊張しちゃったよ……。

 帰り道と聞いて、ニアちゃんはピコピコと頭の上に生えた猫耳を揺らして周囲の様子を窺いつつカイさんに尋ねる。

 

「じゃあ、ここは地上のどっかにつながってるのか?」

「まぁな。道幅が道幅なだけあってモンスターも住み着いてないから、あんまり警戒しなくてもいいぜ」

「道が狭いのは理解できるけども、こんなに道がグネグネしてるのはなんでも?」

「硬い岩盤だったり掘り進められない部分を迂回してたらこんな道になった感じだな。歩きにくいとは思うが、道としては最短コースだから我慢してくれ」

「ハナのドリルならどんな岩盤でも一発ですも!」

 

 ジャッコン! という音と共にハナちゃんの武器である盾兼ドリルが展開する。威力についてはエルピス霊洞の影響を受けない人工ブレイドという点だけでも申し分ない。何の語弊もなく、きっと一撃で粉砕できてしまうんだろう。すると、そのハナちゃんの一番近い場所にいたニアちゃんが手を大きく振って飛びつくように止めにかかった。

 

「ストップ、ストォーップ!!」

「待った待った!! 眼帯王子が言ったと思うけど、ここでそんなもん振り回したらマジで崩落事故起きかねないんだ! まずはその物騒なものを、一旦仕舞おうじゃあないか!」

「ハナ、撃つなよ? 絶対に撃つなよ!?」

「もっふっふ~。トラ、デキるノポンだから知ってるも。アニキたちのそれは、セーダイナマエフリってやつなんだも! 本当はやって欲しいって意味なんだも?」

「違うって! いいから、絶対に撃つなよ!?」

 

 一番前にいることを良いことにドリルの付いた盾を振り回そうとするハナちゃんをカイさんとニアちゃん、レックスが三人で引き留めている。そのやりとりがコントみたいで、私と腕の中にいるコタローは顔を見合わせて笑い合った。後ろからは微笑ましそうにメレフさんとジークさん、そして二人のブレイドが呆れたような笑みを浮かべている。

 しかしこのままだと、フリとガチを混同したハナちゃんの一撃で生き埋めになりかねないということで、カイさんは半ば押し出すようにトラの背中を前へ押しやり、早歩きで抜け道を脱出を促す。

 

 ばたばたと慌ただしい音を霊洞内に響かせながら、私たちは出口と思われる行き止まりまでやってきた。

 一見、そこは堅牢な岩に塞がれているように見える。けど、カイさんがまた壁際をぺたぺたと触って何かのスイッチを押すと、どういう仕掛けか岩壁が横にずれて人一人分通れるくらいの穴が空く。

 出口は入口みたく整備されてはいないらしく、ぼんやりと薄暗い手狭な空間に木箱が乱雑に放置されていた。外の様子が目に入って、まず私は眩しさに目を細める。その眩しさの正体が傾きかけた太陽の光であることに遅れて気が付いた。

 

「止まらんと、はよ進んでぇな」

「あ、ごめんなさい」

 

 サイカさんに急かされて、私は霊洞につながる扉を括り抜けた。

 数時間ぶりに浴びる太陽の光が気持ちいい。今までエーテルを奪われ続けてぐったりしていたコタローも、外に出た途端、私の腕から飛び出して全身をブルブル震わせた。おぉ、これが噂に聞く、柴ドリル。

 

「――ここオレの秘密基地じゃないか」

「まさか、こんなところに繋がっていたとはのぉ」

 

 先に出ていたレックスとじっちゃんの話す声が聞こえ、私はそちらに顔を向ける。

 どうやら私たちの出てきた場所は、レックスの知ってる場所に繋がっていたらしい。霊洞の隠し通路のあったところからはジークさんやメレフさんと続いてくる。最後にカイさんが再び岩壁に向き直ると、洞穴の壁は元通りになってしまった。

 

「なんだ。ここ、お前たちが使ってたのか? アッハッハ、運命的だねぇ!」

「結構前から使ってたんだ。けど、こんな仕掛けがあるなんて知らなかったよ」

「そりゃそうだ。こっちからは開けられないようにしてあるからな。いわゆる一方通行ってやつだ」

 

 レックスが改めて洞窟内に入ってあちこちの壁を触るけど、不思議そうに首を傾げるだけに終わった。どうやら本当に誰にも開けられないと分かって満足そうに私たちの所まで戻って来る。

 

「レックスの秘密基地ってことはわかったんだけど。ここ、どこら辺なんだろう? 村までまだあるのかな?」

「いや、オレの秘密基地は村の外れにあるんだ。だから、ここはイヤサキ村だよ」

「?」

 

 レックスの言葉の意味がよくわからなくて首を傾げる私に、説明するより見せたほうが早いと思ったのかレックスは「着いて来て」と言って坂になっている道を登り始めた。その後を追って広がった光景は、朝に見たのと同じ風景だった。

 

 

 

 

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「こっちこっち、話しやすい場所があるからさ」と、レックスの案内してくれ場所は、村の寄り合い場所。というか、湧き水を溜めておく泉にベンチをいくつか置いた公園のような場所だった。

 遠くからは子供たちの笑い声が聞こえる。雲海から吹き抜けていく風が涼しくて思わず深呼吸したくなった。

 数時間ぶりの外の空気を浴びて、皆で人心地ついてから私たちは輪を作るように集まった。

 

「――ニアもブレイドやったとはな」

 

 口火を切ったのはジークさんからだった。今回、ジークさんとニアちゃんの二人の秘密が同時に明らかになったからか話題にしやすかったのかもしれない。

 

「なんで言わなかったんだよ」

「いいだろ、別に」

「よかないだろ」

 

 不満そうにするレックスにニアちゃんが不機嫌に返した。霊洞最奥での息の合ったやりとりが嘘みたいだ。と思っていると、横でふっと笑う気配がする。

 

「その辺りはまだ子供だな」

「え? なんだよ、メレフまで」

「そのうちわかるさ」

 

 わかるとき、くるかなぁ。と私としては大変疑問だったけど特に何も言わなかった。

 メレフさんから同意を求めるような視線を受けたので、曖昧に笑い返しておく。すると「なんだよ。アサヒまでわかったみたいに」とレックスは更に不満そうにして見せた。

 

「せやけど、ワイとレックスにニアか。なんや、この集団には人とブレイドの絆の深いもんが多いの」

「絆、か。羨ましいくらいだよ」

「…………」

 

 顔を伏せるメレフさんに、私も少し俯いた。

 私は、これ以上、この世界の誰かと絆を深めることはしないほうがいい。そうなったら辛くなるのは互いだと分かっているから。でも、みんなの絆の在り様を、尊さを否定するつもりはない。ただ、メレフさんと同じように羨ましいだけだ。

 

「なんやったら、メレフもやってみるか?」

「……傷が、残るのか?」

「あったり前やろが」

「ならば――遠慮しておこう」

 

 ジークさんのコートの下に隠れているけど左胸には、サイカさんのコアを移植した時の放射線状に伸びるミミズ腫れが残っている。様子を見る限り痛んだりすることは無いみたいだけど、女の人としてはやっぱり気になるようだ。しかし、それと同じくらい複雑そうな表情のカグツチさんの視線に気づいたメレフさんが慌てて自分のブレイドに向き直って慌てて取り繕うように言った。

 

「い、いや、そういう意味じゃないんだ。なんというか、その……」

「――ふふっ。冗談ですよ。私以上に玉の肌なんですから、大事になさってください」

「す、すまん……」

 

 気まずそうに目を伏せるメレフさんを見て、私の後ろにいたカイさんが小さく「玉の……」と呟いたのが聞こえる。その直後「痛ってぇ!」と飛び上がっていたので恐らくニアちゃんが何かしたみたい。そして、件のニアちゃんは素知らぬ顔で、首を傾げたレックスに向けて尋ねた。

 

「――で、この後どうすんのさ? 霊洞から無事出てこれたのはいいけど、手ぶらだよ?」

「大丈夫、行くべきところは分かってる」

「分かるのか? ホムラの居場所が」

「多分、ね」

 

 そう言うとレックスは、おもむろに目を瞑る。

 そして目を閉じることで別の何かが見えるのか、一つ一つ区切りをつけながら話し始めた。

 

「世界樹の近く、朽ちかけた巨神獣の姿が見える。そこに――ホムラたちはいる」

「朽ちかけた巨神獣……。まさか!」

「なんだも? メレフ、心当たりがあるのかも?」

「世界樹の近く……。大空洞の側壁付近にモルスの断崖と呼ばれる巨神獣がいると聞いたことがある」

「モルス……。聞いたことがあるような……? メレフ様、それはもしかして雲海の下に広がる死者の国、モルスへ通じていると噂されている場所では?」

 

 ビャッコさんの言葉に、メレフさんは厳かに頷いた。

 

「あぁ、そうだ。アルストの誰一人として、決して訪れることのない場所、モルス――」

「の前に、大空洞の方が問題だよ。アタシら、一回あそこでひどい目にあったし。問題はどうやってモルスの断崖へ行くかなんじゃない?」

「ふむ……。そこらの船乗りでは船を出してくれんじゃろうな」

 

 確か、インヴィディアに来る前に、レックス達は自分たちで船を用意して世界樹に向かおうとしたことがあったと聞いた気がする。そこで、巨大な何かに襲われ大破した船と一緒に雲海に放り出された際、たまたま雲海を吸い込んでいたインヴィディアの巨神獣に飲み込まれたんだっけ。と、ぼんやり記憶を掘り返している私の隣からメレフさんの声がした。

 

「ならば、軍の船を出すことにしよう。少し遠回りになるかもしれないが信頼できるし、確実に辿り着いてくれるだろう」

「さっすが特別なんとか官も!」

「ご主人、特別執権官ですも」

 

 そうして目的地をスペルビア帝国の皇宮ハーダシャルの軍港に定めた私たちは、今までずっと静かに成り行きを見守ってくれていたカイさんに目を向けた。

 

「カイ……。あのさ、」

「悪いが、俺はお前たちと一緒には行けない」

 

 レックスの言葉を先回りしたカイさんは首を横に振り、その金色の瞳を細めてきっぱりと告げた。

 レックスもどこかで断られる気がしていたのか「そっか、わかった」と一つ頷いて言葉を切る。

 思い返せば、アーケディアで出会ってルクスリア、インヴィディア、リベラリタス島嶼群と、一緒にいた時間は決して短くはなかった。でも、ここでお別れなんだな、と改めて感じるとなんとなく名残惜しく感じてしまうのは、私が多分一番カイさんと一緒にいたからなんだと思う。

 

「カイさんは、この後どうするんですか? また、景色の綺麗な場所を探すんですか?」

「そうだなぁ。それもいいかもしれないが――ひとまずはインヴィディアに行くかな」

「インヴィディアに?」

「あぁ。あそこの長い階段を上った先に遺跡があるだろ? あそこから、なんか力と言うか……なんか、なんとなく何かを感じるんだ」

「全然言葉になってないですも」

「こればっかりは言葉にするのが難しいんだよなぁ。まぁ、あそこには昔馴染みもいるし、しばらくはそこでのんびりするさ。お前たちも気が向いたら会いに来てくれよ」

「分かった、絶対に会いに行くよ。ヒカリとホムラを助けて、みんなで一緒に」

「あぁ、楽しみにしてる」

 

 お互いに頷きあうレックスとカイさんだったけれど、カイさんは真面目な顔もそこそこに、すぐにくしゃりと笑うと、ヒカリさんの右ストレートを喰らった頬を押さえて続けた。

 

「でもそのとき、最初はホムラ嬢で頼むな!」

 

 何のおくびも見せず、カイさんは言った。地平から刺した西日で金色に染まりつつある空を背負って。突き抜けるように、振りほどくように、その人は清々しいほどの笑みを浮かべていた。

 このエルピス霊洞で、レックスは何かを掴んだ。ニアちゃんは自分の殻を破った。そしてカイさんは、何かから解放された。

 何かに縛られていたこの人は、これから先、大手を振って世界を渡り歩くのだろう。

 私は、これからが楽しみで仕方ないという風に笑うカイさんの笑顔を見ながら、どこへともなく願う。

 カイさんの行く先々で、楽しいものが沢山あればいいな。と。

 

 




次話『モルスの断崖行き 巨神獣船船内』
予定です。

カイの登場は、これで一旦終わりとなります。
いつか、本編が終わった暁には『ゼノブレイド2黄金の国イーラ カイ編』を書きたいと思っています……。いつになるかは、未定です。
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