1
同一の存在をこの手で葬ったメツは、いつの間にか戻ってきていたシンの姿を見つけてその背中に歩み寄った。
どうやら、その
「後は、サタヒコに調整させているマルサネスの
「……聖杯は?」
「ありゃあ、もう聖杯でも何でもない。ただの、肉の塊さ」
メツが振り向いた先には、天の聖杯だった少女が地面に横たえられていた。一見穏やかに眠っているようにも見えるが、あれが目を覚ますことは二度とない。
だが、メツの仕事はそれだけでは終わりではなかった。むしろ、ここまで来てようやくお膳立てが済んだところだった。
「さぁ、来いよ。サーペント!」
天に掲げた
捩るように昇ってきたのは竜にも毒蛇にも見える異形のものだった。
ベースは天の聖杯が使役するセイレーンに近いか。毒々しい紫色の体表に人間の上半身に無理やり胴体をくっつけ、尚且つ頭に光輪と花びらのような六枚の羽根を回転させる姿は、控えめに言って悪趣味という他ない。
そして予想外にも、サーペントは現在の権利者であるメツと隣にいるシンに向けて羽の一部を変形させ、青白いエネルギー砲を撃ち出した。
しかし、メツはその攻撃を片手で制し、あろうことかにやりと笑みさえ浮かべる。
「抜け目がねえな。本能で攻撃する様、自立命令を打ち込まれてやがったか。ふん、それを知っていたから、素直に俺たちの下に――」
「どうする、メツ?」
「どうするもこうするもねぇ。命令なんてものは、書き換えりゃあいい!」
そう言ってメツは走り出すと同時に、足場ギリギリでサーペントに向かって大跳躍をかました。おおよそ人間には不可能な飛距離を一瞬で稼ぎ、その人型の上半身に晒されている翠色のコアへ一撃を放つ。
ふわりとであった。
慣性の法則に則り中空に制止するメツに対し、毒蛇を模ったサーペントは長い胴体をくねらせ断崖絶壁に思い切りその巨体をぶつけた。複数の巨神獣の死体が集まってできたモルスの断崖に、小規模の地震が発生する。
メツが再び地面に足を着けた時には、シンが背中に伸ばした手を納めて呟いた。
「後は待つのみ、か……」
「シンはここにいろ。俺はちょっくら出かけて来るぜ」
「あの少年のところか?」
「あんな小僧に、もう用はねぇさ。俺が用があるのはあの小娘の方だ」
結局同じじゃないか。とも言いたげに涼やかな眉を微かに寄せたシンに対して、メツは黒衣の装束を纏ったその
2
モルスの断崖は、その昔――といってもどれくらい昔かは分からないけれど、巨神獣信仰の巡礼地として畏怖と敬意をもって祀られた土地らしい。そんな場所がなんで今、廃墟寸前まで追い詰められているのかと言えば、やはり前の聖杯大戦がきっかけたったのでは。なんて博識なビャッコさんや、数百年単位で日記をつけていたカグツチさんから話を聞いて、こんなに切り立った崖に申し訳程度にでも板を張ってる道を作っている理由を納得した。
こういうのお遍路、って言うんだっけ。と、自分の世界の知識と照らし合わせながら足の速度は緩めない。一度だけちょっと大きめな地震に見舞われつつも問題なく進んでいくと、今までの道順にはなかった明らかな人工の建物が見えてきた。
巡業する人が休めるように、という意味合いで作られたのだろう。その石造りの遺跡の真ん中に、片手に武器を引っ提げてその天の聖杯は立っていた。
「よく来たな。待ってたぜ」
「メツ……!」
足元にいるコタローが歯を見せて警戒心を露にする中、メツはゆっくりと私たちを見回すとブレイドの姿になったニアちゃんに目を細めた。
「なんだ、ニア。人間の真似事はやめたのか? ったく、居場所が定まらねぇどころか、考えまでもフラフラしていやがるな、てめぇは!」
「ふんっ」
メツの挑発にも乗らず、つんと澄ますニアちゃん。
その横で、レックスが吼えた。
「メツ! ホムラはどこだ!」
「さぁなぁ? もうおっ死んだじゃねぇか?」
「ふざけるなっ! オレはまだ生きている!」
「だといいがなぁ。――そう怖い顔すんな。500年前に失ったモノを返してもらっただけだぜ」
その失ったモノというのが何を示しているのか、具体的には分からないけれど。とりあえず、メツの語りぶりから見て、まともな方法で取り返したんじゃないだろう。
みんなから、殺気じみたものが発されるのを感じるが、それでもメツは顔色一つ変えなかった。
「どのみち、お前たちはあいつには会えない。ふっ――全くよぉ、笑っちまうぜ。だってそうだろ? あの時のサルベージャーのガキが、今じゃ自信満々の面構えで俺の前に立っていやがる」
「当たり前だ。お前らなんかに、負けてられるか!」
「その心意気だけは褒めてやるぜ。けどな――消えろよ」
メツの手に握られていた禍々しいほど黒い剣から、闇のように暗い紫の光が溢れ出る。
その発動の形に、何か引っかかるものを感じてたけれど、そこに思考を割く前に足元が不気味に
「っ!!」
武器を展開してない状態だったから、コタローのフィールドスキルである風属性の力と跳躍でメツが生み出した力場のようなものから逃れると、私たちが先ほどまでいた場所に大穴が開いていた。
崩れたとか壊れたとか、そんな次元じゃない。そもそもそこには元から穴が空いてました。とでも言うように、足場があった形跡さえなくなっていた。
目の前で起こった現象に理解が追いつかず、言葉を失っていた私たちをニアちゃんの声が正気に戻させた。
「みんな、気をつけて! メツの力はどんな物質でも消し去っちまう力なんだ。油断してると腕だろうが頭だろうが、ブレイドの武器だろうが持ってかれちまうよ!」
「なんだそりゃあ! 反則じゃねえか!」
「あぁ、反則みたいなもんさ。でもね、アタシたちがメツのルールなんかに則ってやる必要はないんだ!」
そう言うとニアちゃんから、エルピス霊洞の最奥で見た時よりも強烈で澄み渡ったエーテルの力場が展開された。遺跡全体を包み込むような力の本流に不愉快そうにメツは表情を歪ませた。
「ニア。てめぇ……!」
「もっと早くに、この力のことをみんなに話しておくべきだった……。怖かったんだ、またあの日々が戻ってくるんじゃないかって……。そのせいで、救えたかもしれない命を……。――けど、教えられた! アタシは自由なんだって! 気づいたんだ、アタシが生きる意味に!」
「チィッ……」
「メツ。アンタの力が物質の消去なら、アタシの力は
その声を合図に、私たちは一斉に武器を構えてメツに向かって走り出した。
3
1対6。イーラと戦うときはいつもこちらが数では優勢だった。
けれど、それが勝因になったことなんて思い返せば一度もない。
私たちはお互いの動きを阻害しないように、もしくは回復アーツの届く位置にみんながいるように距離を調節しないといけない。
一方メツは、向かってくる存在を片端から切り伏せればいいだけだ。影響範囲なんて関係ない。自分さえ巻き込まなければそれでもいいと言わんばかりに、黒紫色のエーテルの嵐が私たちを襲う。
「モナド・サイクロン!」
剣先を地面に着けて上から下へ巻き上げるようにメツから放たれたエーテルは、遠心力も相まって近くで戦っていたトラ、メレフさん、ジークさんを纏めて吹き飛ばした。ギリギリ範囲に届かなかった私と視界の拓けたメツとの視線がかちあう。
そのあまりにも真っすぐな視線に、自分が狙われていることを悟った。
こちらもブレイドスイッチしていたトオノの刀を構えて、メツを真正面から迎え撃つ。直後、金属を打ち付け合う重く鈍い音が至近距離で響いた。
「いっ――!!」
その体の大きさから放たれる体重の乗った一撃は、真横に薙ぎ払われただけで手首をしびれさせる。あまりの痛みと衝撃に思わず顔をしかめ、声が漏れた。
こんなもの、まともに食らってたらこっちの身が保たない!!
そう直感するけれど、接見するメツは端からお見通しだと言わんばかりに意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
ぞわり、と背中から粟立つような嫌な予感を感じ私はトオノの刀を番傘にしまって防御特化の傘を開いて攻撃に備える。その一拍後、対峙する天の聖杯から黒みがかった紫色の毒々しいまでのエーテルがあふれ出した。
「モナド・イーター!」
「
このドライバーアーツは単純に自身の防御力を上げるものであり、ちょっとやそっとの攻撃なら弾ける
私にはそれが、武器が上げた悲鳴のように聞こえた。
ニアちゃんの力でトオノの武器が全て再生されるまで数秒の時間が必要だ。その間に、私はメツが生み出すエーテルと同色の禍々しいまでにカラーリングされた武器の柄に、薄紫色のプレートがはめられていることに遅れながらに気が付いた。
そこに浮かび上がっていたのは、紛れれもなく『喰』という漢字。
「あっ――!」
「どうした、顔色が悪いぜぇ!?」
エーテルの殻が破られ無防備になった身体にメツの体重の乗った一撃がめり込んだ。順当にいけば私の身体は後ろに吹き飛ばされるはず。なのに、メツの剣を持っているのとは逆の手がそれを許さない。私の首をへし折りそうな力で握り、否応なく呼吸が止まった。気道の確保できるギリギリの力で宙づりにされる。
助けを求めようとするが私とメツがあまりに至近距離なためか、他のみんなはうまく手出しできないようだった。
「おい、出し惜しみしてる場合じゃねえんじゃねえか?」
「なっ……に、を……っ!?」
「てめぇのそこに隠してるモンの話だよ」
黒々としたメツの視線の先は、私の首と胸の間に注がれていた。
首を絞められているのとは別の理由で呼吸が止まりかける。
なんで、なんでこの人が私の
酸素を十分に吸えない状況では疑問に思っても回答までは導き出せそうにない。
「…………っ!!」
「ここまでされてもまだ使わねえか。それとも、使えねえのか?」
「ぁ――かはっ――!」
ぐぐっと私の首を掴むメツの手の力が強まった。辛うじて確保できていた空気の通り道を阻害され、苦しさから目尻に涙が浮かぶのと同時に気が遠くなりそうになった。
いや、実際右手に持っているはずのトオノの刀の感触が意識ごと遠ざかっていく。
このままじゃ殺される。そう思うと胸の中にジワリと言葉にできない感情が湧き上がった。
それは後悔だった。
もしも、カラムの遺跡で一度でも剣を交えていたなら。
もしも、さっき皆がメツに吹き飛ばされているときに、もっとメツの武器を見ていたら。
もっと違う戦い方を思いついたかもしれない。
誰かに何かのヒントになるようなことを言えたかもしれない。
思い返せば思い返すほど、私はメツと戦うことを避けていた。
カラムの遺跡でも、私はメツを怖がってヨシツネという人の方にばかり攻撃を仕掛けた。ゲンブの頭ではメツが傍観すると言って、安堵しなかったと言ったら嘘になる。
でも、だけど――。
今更かもしれないけど。いや、例え今更だっとしても、考えろ。
メツの物質を消し去ってしまう力は強大だ。しかしメツは本当に無敵の存在なのか。無敵なら何で、ヒカリさんに負けたのか。500年前の大戦にメツは力を失ったと言っていた。逆に言えばそれまではヒカリさんと同等の力を持っていたはずなのに。
視界が黒く染まる。しかしそれは、メツの手によるものではなく自分の意思で目を閉じ、呼吸を止めた。
――自分の中のちっぽけな常識は全て捨てろ。
感じた違和感を手繰り寄せ、今まで培った知恵と知識とを擦り合わせ。
この時この瞬間に限り、メツと言う存在をこの場にいる誰よりも理解しろ。
「おい、勝手にくたばってんじゃねぇぞ。まだてめぇには聞きたいことが――」
「トオノッ!!」
突然脱力した私を、死んだと勘違いしたメツが手の力を緩める。それを感じとった瞬間、私は後ろにいるはずの花魁姿のブレイドの名を力いっぱい呼んだ。
微かに目を見開くメツに向かって、ほんの少しだけ胸がすく気持ちになる。
私がしたことは単純だ。
トオノの名前を呼び、右手に掴んでいた再生が完了した番傘の刀の柄を自分の意思で手放す。そうすれば、ドライバーが武器に溜めたエーテルをブレイドが意思を持って奮うことができる。
声は足元からあった。
「断裁・雨月っ!!」
居合切りをするように身を極力まで屈めたトオノの放つ抜身の一撃が、無防備だったメツの腹部に襲い掛かる。その瞬間、メツが初めて体を大きく振った。つまりは、回避行動をとったということだ。
それはメツはこの場でひたすらに有利な力を持ってはいるが、決して無敵ではないという証明でもあった。
回避行動の際に私の存在は重しにしかならない。メツは大きく腕を振りかぶると恐るべき膂力で私を思い切り投げ捨てた。肺が待ち望んでいた空気を夢中になって吸い込もうとする。その反動に地面に滑り落ちた私は大きく咳き込んだ。
「リデンプション!」
レックスがニアちゃん経由の回復アーツを撃ってくれたお陰で、メツから受けたダメージが霧散するように消える。しかし、痛みは消えても呼吸は中々落ち着いてくれず、私は上半身を起き上がらせたまま貪るように息を吸う。
「アサヒ、大丈夫か!?」
「んっ……! だっ、い……じょ、ぶ……! げほっ! それよりっ、レックス……ニアちゃん!」
何? と、眉を顰める二人。
こんなに悠長に話していて大丈夫かと、メツの方に視線を向ければ先ほど吹き飛ばされていたメレフさん達が戦線に戻っていた。メツは手にしている片手剣で三人の攻撃を軽くいなしている。
時間はあまりない。
「わかったかも……! メツの力の秘密……!」
端的に、けれど自信を持って。
今の私にはもう、メツが怖いとは思わない。
次話『続・バルクスタ遺跡』
メツ戦だけ二話になるとは書き手も思っていませんでしたも。