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天の聖杯であるメツの力、物質の消去は確かに脅威ではあるけど万能な力じゃない。
それは、さっきの戦いの中で証明されている。
私とレックスは後ろにニアちゃんとトオノを控えさせながら、ジークさん達が戦っている様子をもどかしく見つめていた。雷光が閃き、蒼炎が広がり、砂塵が吹き荒れる。その感覚は大縄跳びの八の字に飛び込むタイミングを窺っている時にちょっとだけ似ていた。
「どう? トオノ、届きそう?」
「……高さが足りんせん。何か足場になるものがあれば別でございんすが……」
トオノはそう言いながらじっと天井を見つめていた。
逆に私は視線を巡らせて足場になりそうなものを探してみる。しかしここは古びた遺跡であり、調度品なんてものはなく、あるのは一部が崩れて外が見える壁とメツが開けた床の大穴と戦っているみんなだけだ。
今はジークさんが幅広の大剣を奮いメツと対峙している。メツはやはり薄ら笑いを浮かべながら、楽しむようにジークさんと剣を混じり合わせている。
焦りが募る。その最中、おずおずとしたニアちゃんの声が聞こえた。
「アサヒ。その……本当にやるの?」
「ニアちゃんは再生の力を使い続けなきゃいけないし、ジークさん達に今から一から説明するのは無理だよ」
「それなら、オレが……!」
「もし、私が失敗した時にはレックスがメインで戦わなきゃいけなくなるからダメ。私は攻撃力が低いし、逆にトオノとコタローがいれば何とかなる。……と思う」
断言できないのが悲しいところだけど、こればっかりはやってみないと分からない。
不安そうな二人に、私は「大丈夫だよ」と声をかけると、二人はますます不審そうな顔になった。
「なんで言い切れんのさ」
「なんでと言われても……。強いて言うなら、信じてるから?」
「アタシたちを? それともトオノを?」
「どっちも」
この場はそう言って誤魔化したが、本当はもう一つ信じているものがあった。
私はメツを信じている。でも、そんなことを言ったらものすごく怒られてしまいそうだし、私もその根拠の理由を口で説明するのは難しかった。
話を逸らすためにも、私はメツの方に視線を向けた。
「トオノ。あれ、使えないかな?」
私の見ている方向に視線を移したトオノは、その意図をくみ取ってくれたようで一つ頷いた。
「……確かに、使いようによってはよい足場になり得んすな」
「アタシらは準備できてるよ!」
「あぁ、いつでもいける!」
頼もしい二人の言葉に、私はこの作戦に乗ってくれた三人に目配せをする。
互いに頷きあって、私はトオノの刀をレックスはニアちゃんのシミターを構えた。
「じゃあレックス、ニアちゃん。よろしく!」
そう言って私たちはお互いの手を軽く打ち合わせた。
私はメツの開けた大穴の向かい側にいるみんなに向かって床に空いた円に沿うように走り出す。レックスとニアちゃんは反対側からみんなと合流してもらってる。
その中腹辺りで、一段階溜めたエーテルを使って私とレックスは同時に圧縮した水の刃をメツに向かって撃ち出した。遠距離からの攻撃にメツは驚いた様子もなくジークさんの大剣を弾き、飛んできた虫を追い払うように手を振る。そうして生み出されたあの黒紫色のエーテルの壁によって二方向から襲い掛かったギロチンみたいな水の刃はあえ無く消滅されられた。
だけど、それでいい。
私たちが放った攻撃がかき消される間に、ジークさん達のところに辿り着けさえすれば。
「ジークさん」
なるべく小さな声で、隣に寄り添ったジークさんに小声で話しかける。
膠着状態の今、メツは次に誰がどう動くか面白そうに観察するだけだった。
返答は視線だけだったが、意識はこちらに寄こしてくれているのが分かる。
私はトオノの武器をぎゅっと握った。エーテルはまだ一段階しか溜まっていない。それを焦れったく思いながら、口を開いた。
「合図をしたら、武器を使って私たちを天井に向けて打ち上げて欲しいんです」
「なんか、策があるんか」
声を抑えているからかジークさんの声はいつもより一段階低い。
サイカさんもジークさんにエーテルを送りながら不安そうな顔で私たちを見ていた。
本当は全部説明したいところだけど、これはメツが私たちの戦いを楽しんでいるうちしかできない。恐らく一回こっきりの作戦だ。
私は、深く頷いた。すべて話さなくても、信じて欲しいという意味を込めて。
やはり、反応はなかった。けれど、その人は口の端を上げて笑ってくれていた。
「私が跳んだら、すぐに防御型のブレイドとスイッチしてください。いなければ、できるだけ離れて」
今度は私がジークさんの反応を待たず、視線の先でひたすらに合図を待っていてくれるレックスを見た。
「――レックス!!」
「っ、うおおおおおっ!!!」
ニアちゃんのシミターを構え、レックスは一直線にメツに直進する。
一見何も考えていないような攻撃に見えるけど、メツの意識は狙い通りレックスとニアちゃんに逸れた。
ガキィンッ! という硬質な物のぶつかり合いが起こる。ニアちゃんの再生の力でそのシミターは形を保ったまま、禍々しい黒紫色の力と清らかな薄青の力が互いに互いを打ち消しあっていた。
「ったく――邪魔くせぇ力だな!」
「悪かったね! けどさ、この世界にとっちゃアンタの方が邪魔なんだよ!」
「そうかい! そいつぁ、最高の褒め言葉だぜ!」
「くっ、ぐあっ!」
「レックス!」
レックスとつばぜり合いする中、メツとニアちゃんの舌戦が繰り広げられる。しかし、決定打には至らず押し切られたレックスは後方に弾き飛ばされた。
私は二人の位置とメツの位置を確認して、手に持ったトオノの刀を見る。溜まっているエーテルは二段階。
「しかし弱ぇなぁ。再生はできても攻撃力はねぇってか」
背を向けているメツの表情は読めないが、声色からして余裕を感じさせる。
しかし、その余裕を命取りにして見せる。
私は対面しているレックスに小さく合図をしてから、ジークさんに口だけ動かして「お願いします」と伝え、アルスト最凶のであるその人が走り出した数歩遅れて、こちらもトオノと並んで走り出した。
ほとんど同時に地面を蹴る。浮いた高さは精々数十センチではあるけれど、地面と離れた私たちの間にジークさんの幅広の大剣が水平に滑り込んだ。私とトオノは、打ち合わせ通りにその剣の腹に足の裏をつけて着地する。
「おぉぉおおお――らぁぁああああっっ!!!!」
そんな声と共にジークさんは私とトオノの2人分の体重を受けながらも大剣を振り回す。そうなれば、剣の側面にいた私とトオノはどうなるか。答えは、耳の横を突き抜けた空気の音だった。
景色がものすごい勢いで移り変わる。あっという間に私とトオノは天井近くまで打ち上げられていた。
そして、目に映る景色が制止した。
「トオノっ! お願いッ!!」
トオノの武器である刀を投げ渡すと、それを受け取った花魁姿のブレイドはここが足場のない空中であるにもかかわらず金色のオーラを纏い構えをとった。
「切り裂け、水よ――。断裂・伊勢!!」
水は流体だ。そのため、水属性のブレイドであるトオノは自分で生み出した水を意のままに操ることができる。
いつもは刀の延長線上に一本伸びる高圧水流の刃が分裂した。蛇のようにくねり、のたうち、その切っ先は私の頭上の石の天板を格子状に切り裂いた。
支えを失った天井の崩落が始まる。一枚一枚が畳の半分くらいに断裁されたそれらと同時に、最頂点に到達した私たちの身体も重力に従って落ちる。
「主様!」
「任せて!」
エーテルを吐き出し切ったトオノの刀が再び私の手に渡る。
ブレイドのエーテルによる身体強化の力に、重力の力を借りて威力はメツが無視できないくらいには上がっているはずだ。送られてくるトオノのエーテルによって身体に金色のオーラを纏いながら、私は一直線にメツの真上へと降下した。
「何っ!?」
全身全霊の力を持って、手にしたトオノの刀をメツに向けて振り下ろす。この時ばかりはメツも本気で驚いた顔をしたものの、すぐさま頭上に剣を水平にし防御の体勢を取った。しかし、私の頭上にはまだ崩落してくる瓦礫が残っている。私の攻撃を防げたとしても、あの瓦礫は防げない。
「チィッ! それが狙いか!」
遅れて気が付いたメツたったが、彼にはまだ物質を消し去る力が残されている。
メツの空いたもう片方の手が、私に向かって突き出される。そこから禍々しいような力がドーム状にメツを守るように展開され、黒紫色の力が真正面から迫った。
私は、
結果、触れれば腕でも頭でも、ブレイドの武器でさえも消し去ってしまうと言われていた力は私を消さなかった。そうしてそのまま私の一撃はメツの武器とまともにぶつかった。
目の前でオレンジ火花が弾ける。トオノの刀とメツの武器がぶつかり合って甲高い音と共に生まれたものだ。
刃と刃のぶつかり合った一点からピシリという薄い氷を割るような小さな音が聞こえた。構わずメツは武器を振りぬき、私もメツの振った方向に体重を移動させ、着地した。
再び構えたトオノの刀にはヒビが入っていたが、それはメツも同じ。
遺跡の中は静まり返っていた。レックスもニアちゃんも、トラもハナちゃんも、みんな黙って私とメツを見つめている。
「……お前、いつから気付いていやがった」
「最初、私たちの足元を消した時。次は、首を掴まれた時」
一度目の時は警告のつもりだったのかもしれない。けれど、二度目のトオノの刀を防がなかった理由はそれだけじゃ説明ができない。それにあの時メツは、私に「まだくたばるな」と言っていた。その時、私とメツは直接触れ合っていた状態だ。あの時、メツが物質を消去する力を使わない理由はない。
物質を消去する力を使えば私が死ぬという理由以外は。
「考えてみたら、当たり前だった。物質をなんでも消し去ってしまえる力だとしても、消したら困ってしまうものはある。例えば足場だとか、もしくは自分の仲間とか。――あなたの力は強すぎる。だからこそ、
「はっ! そこまで分かってんなら答える義理はねぇな!」
「そうですか。――なら、直接確かめます!」
私は余裕の表情を崩さないメツからなるべく距離をとるために、その場から飛び退きながら声を上げた。
「トラ! レックス! お願い!」
「分かった! 行くぞ、トラ!」
「了解も、アニキ! ハナ、チェーンジ! JKモード!」
「ニア!」
「分かってる! 動きを合わせて、レックス!」
打ち合わせ通り、全身金属でできた人工ブレイドのハナちゃんと再生の力を司るニアちゃんが同時にメツへと迫る。有機物と無機物の同時攻撃。
私がメツの注意を引いているうちに、レックスがトラたちにきちんと話してくれたみたいだ。
「あなたの物質の消去は、有機物と無機物のどちらかしか適用できない。それなら、どちらも無視できない威力の攻撃を仕掛けられれば、あなたは選択を迫られる。さぁ、どっちを選びますか!」
「…………」
メツは答えなかった。ただ口元に挑みかかるような笑みを浮かべて、後ろからレックスとハナちゃんが迫ってくるにも関わらず、私から視線を逸らさなかった。
「やっぱりてめぇは楽園の子だよ。――正真正銘の、な」
そんな言葉を残して、ようやくメツはレックスたちに向けて物質を消去する力を展開した。範囲に入った二人の内、JKモードのハナちゃんが「ももっ!?」と驚きの声を上げた後、慌てて足から青白い炎を出しながらメツの力にぶつかるギリギリで回避する。
一方、設定を適用されなかったレックスはニアちゃんの武器を奮ってまともにメツと対峙した。再生の力を纏ったシミターがわずかにヒビが入ったメツの片手剣とぶつかり、硬質な音を立てる。
「そう来ると思ったよ! ニア、頼む!」
「うん!」
力強く頷いたニアちゃんが生み出したのは、いくつかの水の塊だった。それは、メツの周りを遊ぶ様に浮かびながらその巨体にぶつかりながら吸い込まれていく。
拍子抜けな攻撃に、メツがニアちゃんに向かってせせら笑った。
「なんだぁ? この程度か! 蚊の食う程にも思わね――ぐっ!?」
不意に言葉を途切れさせたメツは、そのまま数歩よろけだす。その体は不自然に全身が膨らみ体の繊維がぶちぶちと切れて行く音が聞こえるほどだった。
断末魔の叫びがその太い喉から迸る。
「ニア……! て、てめぇ……何をしやがった……!?」
「細胞の再生速度を暴走させたんだ。いくら不死身のブレイドだって、大元は人間の細胞からできている。それを利用しただけだよ」
「ぐぅっ……! それでか――その力を見抜いたからシンは、お前をぉっ!!」
「さぁね、そんなことシンに聞きなよ」
その間にもメツの細胞は再生し続け、ていた。
やがてその人は痛みに呻き、よろめきながら後退していく。この遺跡の中で唯一自然に崩れたと思われる崖に向かって――。そのまま下がり続ければどうなるか、みんな分かっていた。けれど、誰も手を伸ばさなかった。
「そうだ、一つだけ教えておいてやるよ。アタシの居場所はね、メツ。――ここなんだよ」
ニアちゃんがこちらを振り返って微笑み、メツはニアちゃんの名前を叫んで崖下へと落ちて行った。静かにその死を見届けたニアちゃんの後ろで、私は膝から力が抜けてその場に座り込んだ。
「
「あ、はは……。腰抜けちゃった……」
最初はメツが力に何か設定を設けてるんじゃないかというところから始まり、そこから何重にも保険を掛けたつもりの作戦だったけど、結局は用意していた保険を使い切ってようやく倒せた。
正直、今の私にはメツの死体を確認する勇気はなかった。
しかし、まだ何も終わってない。これは、ホムラさん達を取り戻すための戦いだ。メツを倒すのが目的じゃない。
トオノに手を貸してもらいながら立ち上がると、私は深く息を吸って吐いた。
「うん、もう大丈夫。……行こう」
正直、メツが認識票のことを知っていたことや、私が正真正銘の『楽園の子』だ。という言葉に疑問は尽きない。しかし、それを知る人物はもういない。
私はその疑問を振り切るように一度首を振ってから、歩き出したみんなの後を追いかけた。
次話『ゲトリクス神託跡地』
アサヒが言う楽園と、メツの言う楽園ではかなり意味合いが違ってきますね。
次話も戦闘回。……うへぇ。