楽園の子   作:青葉らいの

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67『閉ざされた公道』

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 眼下にはほんの一時間前まで切り結びあっていた宿敵が。

 背後には何者かに成り損ねた何かが。

 左右はない。

 上下はない。

 選べるとすれば、前か後ろか。

 

「と、虎と狼なら虎の方が見慣れてるから怖くないっ!!」

「ちょっと待て! 虎と狼どっから出てきた!?」

 

 コタローの当たり前なツッコミを無視して、私は前を見据えた。目標は、シン。……と、その近くにいる怪物。

 今なら怪物に気を取られて、私のことは無視してくれるかもしれないし、少なくとも進退窮まっているこの状況よりかは進展するはずだ。

 一通りの根拠を胸に前に進むと決めた私は、後ろから迫って来るドスドスという足音も全部無視を決め込む。

 

「コタロー、トオノ! 跳ぼう!」

 

 それ以上の説明は必要なかった。

 少しでも飛距離を稼ぐために数歩下がって助走をつけてから、一気に駆け出す。

 タンッ、という音が私の左右から聞こえた。

 

「舌噛むなよ! アサヒ、トオノ!」

 

 言われるまでもなく、私はぎゅっと強く口を引き結んでこれからやってくる風圧に備えた。下から上に吹き付ける旋風に、目が痛む。両手を広げてバランスを取ろうとすると、手首がぐいっと引かれてトオノの方に引き寄せられた。そのままトオノは私の腰の辺りに手を回して、私はトオノに寄りかかる形で地面に着地する。しかし、お礼を言ってる暇はない。視界の先には、イーラの首魁であるシンと例の怪物が真正面から対峙していた。

 シンの強さは、ゲンブの頭とモルスの断崖で嫌と言うほど知っている。恰好は、断崖で見た時みたいな蝙蝠のような羽が腰に生えた黒い衣装ではなく、いつか見た白いコートを身にまとっていた。姿の変化にどこまで意味があるかは知らないけど、わざわざ私が間に入り込む理由もないし、フォローする必要もない。

 問題は、どこに逃げるかということのみ。

 ――だと思っていた。

 私が崖上に置いてきた怪物と同じような形をした、別の何かが振り上げた異常なまでに肥大化した手がシンの身体を引き裂くまでは。

 

「ぐっ……!」

 

 苦しそうな声がした先には、あのシンが膝を突いていた。

 私はそんな信じられない光景に、思わず足を止める。

 

「おい、どうしたんだよアサヒ! 早くここから逃げねぇと……!」

「………………」

主様(ぬしさま)、まさか……?」

「おい、もしかして助けようってんじゃねえよな!?」

 

 黙っていただけなのに、それだけで何かを察したトオノの顔が引きつり、コタローが上ずった声を出した。

 二人の言おうとしていることはよくわかる。

 シンは、メツの所属するイーラのリーダーで、色々なところで悪いことをしてきたらしい。事情に詳しくない私でもテンペランティアの生物兵器を操って、スペルビアとインヴィディアの戦争を引き起こそうとしたことは記憶に新しい。

 でも。という疑問はあった。

 本当に、ここで見捨ててしまうことが正しいことなのだろうか? 

 シンのしてきたことは、確かに悪いこともたくさんあったんだと思う。だけど、あんな風に死にそうになっていても、助けてはいけないほどの悪い人だったのかと言ったら、それも違うような気がして。

 反芻しても、そう簡単に答えを出せる内容じゃない。それに、彼の善悪を決めるのは私じゃない。それなら結局、私は私が最初に思った通りに動くしかない。

 

「シンを助ける訳じゃない……! ――具合の悪い人がいるなら、助けなきゃ!」

 

 だって私は、今までそうやって過ごしてきた。

 怪我をした人がいれば、手当てをする。具合の悪い人がいれば介抱する。地球でもアルストでも、その立ち位置は変わらない。変えたくなかった。例えその対象が、この世界を壊そうとする敵だったとしても。

 そんなちっぽけな理由で、私がその立ち位置を譲る必要なんてない!!

 

「トオノ! 走りながらエーテル溜めるから、溜まったらあの怪物に一点集中! なんとかシンから引き剥がして!」

主様(ぬしさま)の仰せの通りに」

 

 トオノの承諾の声は、なぜか笑っているようにも聞こえた。けれど事実を確かめてる暇はない。

 私は目の前に現れた番傘型の仕込み刀の刀身を引き出して、私は宣言通りに走り出し右手の刀にエーテルを純化、圧縮していく。シンは、いまさら私の存在に気が付いたのか、片膝を突いたままこちらに向けて目を見開いた。

 

「断裁・雨月!!」

 

 水しぶきが舞うと同時に圧縮された水の刃が、金属を溶かして固めたみたいな怪物の鎖骨辺りに直撃する。

 のけ反ったその肥大化した手から、赤いレーザーが明後日の方向に飛び出たのを私は見逃さなかった。

 あれに当たるのはまずい。

 水圧に圧され、怪物がバックステップで下がったところで、私はシンを庇うように立ち塞がった。思った以上に距離を開くことができたので、首を少しだけ動かして後ろにいるその人をちらりと見てみる。そうすれば、案の定というか呆然としたような、信じられないようなものを見る銀色の瞳と目が合った。 

 

「動けますか? 動けそうなら少し離れててください」

「お前は、何をしているっ……!?」

「さぁ? 私にも分からないです。当たり前のことをしてるだけなので」

 

 シンはまだ何か言いたげだったけれど、それを私は強制的に断ち切った。

 私がこの怪物を相手してるうちに、シンがどこかに行ってくれるならそれでいい。動けないなら動けないで、私が移動すればいいことだ。

 ただ問題は、攻撃系のブレイドがいない私一人だけで、この怪物の注意を引き続けられるかどうか。

 

「――ローリング、スマァッシュ!!」

 

 突然の閃光と聞き慣れた声。それらと同時にズガァッ! という音が遅れて怪物に向けて炸裂した。

 期待を込めて声のした方に視線を向ければ、モルスの断崖で新調した白と翠を基調にした新しい鎧に身を包んだレックスがこちらに走り寄ってくるのが見えた。

 

「アサヒ、トオノ! 無事でよかった!」

「レックス! ヒカリさぁんっ!」

 

 不覚にも安堵で涙が出てきそうだった。

 柄にもなくシンに格好つけてしまった手前、泣くのはあまりにカッコ悪い。カッコ悪すぎる。

 

「なにこれ、どういう状況なの? なんでアサヒが、シンと?」

「け、怪我して動けないみたいだったんです……!」

「事情はよくわかんないけど、とにかく今はこいつを倒さなきゃダメってことだろ? ヒカリ、いける!?」

「しかたないわね……。私は、納得してないんだから。勘違いしないでよね」

 

 ここで、ツンデレのテンプレートみたいな台詞が聞けるとは思っていなかった。

 そんな言葉を投げかけられたシンは、不服そうに中腰に立ち上がっていた。その戦意に満ちた表情は、私たちに借りは作りたくないという意思表示にも感じる。

 ゆらりと構えた白銀の長刀を合図に、私たちもあの怪物に向けて剣と刀の切っ先を向けた。

 

 

 

                        2

 

 

「ダブルスピンエーッジ!」

「絶刀!」

 

 共闘。だけどなんかもう、戦いの次元が違っていた。

 目の前の怪物は見た目通りかなり手ごわい。特に金属みたいに硬化した皮膚は簡単には刃を通してくれず、周囲のエーテル属性を吸収して放たれる赤いビームみたいなものは、断続的に体力を削っていって油断すればあっという間に動けなくなってしまう。

 しかしこちらは片や伝説の天の聖杯、片や500年前に沈んだイーラ最強のブレイド。

 攻撃は最大の防御です。と言わんばかりの高火力で着実に怪物に向かってダメージを負わせていく。

 敵だった時には、あれだけ苦戦を強いられたシンが味方にいるということはどういうことか。改めて考えさせられる。そんな中で私はというと、攻撃力に至っては二人に遠く及ばないため、基本的には後衛に回って回復役に徹していた。

 ただでさえ一対多数。二足歩行する謎の生物が地面に倒れるまで時間はかからなかった。レックスもシンも大したダメージを受けることなく、謎の怪物が動かなくなるのを見届けるとどちらともなく戦闘状態を解除した。

 それと同時に猜疑心の籠った視線をシンから向けられて、私は言葉が詰まる。

 まず最初に疑問があった。

 

「……どういう了見だ。俺は――」

 

 その後に続く言葉が予想できた私は静かに首を横に振った。

 

「……あなたが、何者だろうと関係ないです。怪我をしてる人がいたから助けた。ただ、それだけなんです」

「お前も同じか。少年」

「確かに、あの時アサヒだけを連れて逃げることもできたけど……。あんたをあのままにしちゃおけない。そう思っただけさ。それに――」

 

 レックスはちょっとの間、目を伏せると言葉の続きは語らず「なんでもない」と話を切り上げてしまった。

 それに、の後に続く言葉はなんだったんだろう? けれど、その言葉の先を聞くことはできなかった。

 

「アサヒ、警戒しろ! ありゃあ、まだ生きてるぞ!」

「えっ……!?」

 

 コタローの警戒を促す声と向かい合って立っていたシンが、苦し気に一度呻くと膝から頽れたのは同時だった。更に、先ほど倒したはずの謎の怪物が再び動き出して、倒れそうなシンの背後から襲おうとしたのなら。

 考える暇なんて無かった。

 

「危ないっ!!」

 

 私は前のめりに倒れそうになるシンの腕を反射的にとって自分の方へ引き寄せた。そうすれば重力に従ったシンの体がこっちに寄りかかるように倒れこんでくる。その時にはすでに、意識を失っていたのか無抵抗のまま自分よりも頭三つ分くらい背の高い男の人の全体重が一気にのしかかってきた。

 

「おっ――おもっ……!」

 

 早々に支えることを放棄した私はシンの体重を受け止めるために後ろに倒れることを決意した。

 重苦しいほど灰色の雲が垂れこめた空が見える。その途中に、私は煌々と輝く青い炎が飛んでいくのを見た。

 あれって、もしかして……!

 

「詰めが甘いわよ? ここのモンスターは完全に灼き払うか、額のコアクリスタルを破壊するしかしないと何度でも再生してくるわ」

「カグツチ! ハナ! じっちゃん!」

「レックス、アサヒ! 無事じゃったか!」

「やっと見つけましたも!」

 

 私の視界の外では、どうやら感動の再会が果たされているらしいけれど、私は今それどころじゃない。

 

「た、助けてー……」

 

 みんなの邪魔をしたくなくて控えめな声を上げつつ、辛うじて自由な手をパタパタ振って助けを求めてみれば、慌てて駆け寄って来るレックスとヒカリさんの足が見えた。

 

 

 

 

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 あぁ、重かった……。大人の男の人ってあんなに重いんだ……。

 シンと一緒に倒れこんだ時に着いた砂埃を手ではたき落しながら、私はちらりとコンクリートの地面に直に仰向けに転がされているシンを見た。寝かされてるんじゃない、普通にごろんと私の上から反転させてそのままだった。申し訳程度に回復アーツはかけておいたけど、シンが目を覚ます気配は一向にない。

 この人はブレイドだから身体的な傷は自然と回復していくはずだ。だとすれば、起きない理由ってもしかして……。と、そちらにばかり気を取られているうちに、レックスと後から合流したハナちゃんたちとの情報共有が終わっていたらしい。

 

「――そうか、トラやメレフ達とははぐれちゃったのか」

「だいじょうぶ! ご主人って結構しぶといから必ず生きてますも!」

「そうね。剣の反応も僅かに感じられる。メレフ様達もきっと……」

「あぁ、一休みしたら捜しに行こう」

 

 ハナちゃんはともかく、カグツチさんはメレフさんに何かあれば存在を保てないはずだ。メレフさんはカグツチさんの他にもワダツミさんやミクマリちゃん、セオリちゃんとも同調していたし囲まれない限りここの怪物相手に遅れは取らないはずだ。

 

「……ねぇ、レックス。あそこに倒れてる男のことなんだけど……」

「あぁ。オレとの戦いで傷ついたみたいなんだ。でも、最初にシンと一緒にいたのはアサヒだよ」

「あら、そうだったの?」

「は、はい」

 

 意外、とも言いたげなカグツチさんの視線に私はたじろぐ。

 すると、足元にいたコタローがしみじみとした声で呟いた。

 

「あんときは驚いたぜぇ……。『シンを助ける訳じゃない。具合の悪い人がいるなら、助けなきゃ』って言っていきなり飛び降りるんだもんなぁ」

「ちゃ、ちゃんと跳ぶよ、って声はかけたでしょ?」

「その後がノータイム過ぎるんだって話だよ!」

「まるで光景が目に浮かぶようじゃわい」

 

 じっちゃんにまで呆れられたような声を出されて、私はこれ以上何も言わせないようにコタローを抱き上げ突き出たマズルを軽く握る。腕の中の豆柴が不快そうにもがくけど、身体を少し丸めて上からのしかかるようにして、コタローの抵抗を封じた。

 

「それで、どうするつもり?」

「………………」

 

 カグツチさんに意見を求められて、私は思わず押し黙る。じっちゃんやハナちゃん、コタローからも同じような視線を向けられ、私は答えに窮した。

 どうしよう……。特に何か考えて助けた訳じゃなかったんだけど。これって、助けたからには最後まで面倒見ろってことだよね。何も考えてない、なんて言ったら怒られてしまいそうな雰囲気を感じだった。

 みんなの視線から逃げるように隣にいるレックスに向けて「あの、レックス……」と声をかけると、彼は神妙な面持ちで一つ頷き、

 

「うん、わかってる。オレも多分同じこと考えてた」

 

 その反応に、んん? と、私は首を傾げそうになる。

 多分何か盛大に勘違いしている様な気がするレックスは、更にその横にいる天の聖杯であるヒカリさんに顔を向ける。

 

「ヒカリ、今の君ならもしかして」

「仕方ないわね……。ちょっと待ってて」

 

 そう言うと、先ほどまで眩しいくらいの金髪ロングのヒカリさんから、モルスの断崖で会った翠色のポニーテールの女の人に姿を変える。ホムラさんでもない、全く別の姿。あれが、第三の天の聖杯バージョンのヒカリさん……なのかな?

 その人は真っすぐシンに近づいていくと、彼の額のコアクリスタルに手を伸ばした。恐らく、コアクリスタルを介してシンの体を回復させているんだろう。

 

「――すごい、そんなこともできるようになったの?」

「これが、マスターブレイドの力。マスターブレイドは全てのブレイドのコアの情報を持ってるから」

 

 いつものヒカリさんみたいなツンツンした声色でもない。でもホムラさんみたいな敬語でもない、どちらも混ざり合った穏やかな声が返って来る。

 そうしてシンの治療をしている時間、私は一歩横にずれてレックスの真横に立って、どうしても気になったことを小さな声でそっと尋ねてみた。

 

「ねぇ、あの姿の時ってヒカリさんとホムラさんどっちなの?」

「分からない。ヒカリが言うには、どっちでもないって。二人で一つ、カフェオレみたいなもんだって」

「カフェオレかぁ……」 

 

 じゃあ、ヒカリさんがコーヒーでホムラさんがミルクかな。なんて考えていると、その横でレックスも腕を組んで『うーん』と唸り始めた。きっと、レックスのことだから私なんかが想像もつかないような難しいことを考えているんだろう。

 なんか、どっちがコーヒーかミルクかなんて考えてる自分が小さく思える。

 レックスの集中の邪魔をしないように静かに近未来みたいな衣装に身を包んだヒカリさんを待っていると、その人は「これは――!」と驚きの言葉を漏らして治療の手を止めてしまった。

 

 

 

「どうしたの?」

「……彼の心臓は――人間のもの」

「えっ……?」

シン()は、人喰いブレイド(マンイーター)……」

 

 

 

 

 




次話『倒れたオフィスビル』

アサヒの話まで辿り着かない……。
つ、次こそは……!
ホムヒカの名前選択については後ほど触れます。ご安心ください。
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