楽園の子   作:青葉らいの

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68『倒れたオフィスビル』

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 人喰いブレイド(マンイーター)。ヒカリさんは確かにそう言った。

 その単語で真っ先に思い浮かんだのはインヴィディアの劇場にいるコールさんだ。その次にニアちゃん、カイさん。そしてイーラにいたヨシツネとベンケイって人達も確かマンイーターだったような気がする。

 確か、とコールさんの話を思い出す。

 昔ブレイドをより強化する実験が行われた。その時の実験の一つがブレイドに人の体細胞を取り込ませるというものだ。そうやってうまく適合できたブレイドを、マンイーターと呼ぶんじゃなかったっけ。適合できたブレイドは特異な力を授かったけれど適合できなかったものは皆、ろくな末路を辿らなかったとかなんとか。

 

「……あれ、でもマンイーターって過去の人体実験で生まれたんですよね。じゃあ、この人も――?」

「技術の確立は過去にできたものだけど、偶発的にマンイーターになることはあり得るわ。アサヒの言ってるのはミノ……コールのことなんでしょうけど。コールは計画的に、シンは偶発的にマンイーターになったのよ」

「人工ダイヤか天然ダイヤか、ってことですか?」

「……まぁ、そんな感じね」

 

 ヒカリさんの説明で私の方は腑に落ちたけれど、レックスやコタローは頭に?マークを浮かべていた。

 どうやら人工ダイヤと天然ダイヤのたとえが悪かったらしい。

 さて、どこから説明したらいいだろう。と、今度は私が頭を悩ませていると、視界の端で白いものが動いた。

 

「これは……」

 

 上半身を起き上がらせてマスターブレイドの力で処置をされたコアを、おっかなびっくり触れるシン。

 異常がないと分かると、すぐにヒカリさんの方に顔を向けた。

 

「まさか、お前が?」

「もう大丈夫だってさ」

「完全じゃないから、保証はできないけど」

 

 そう言いながら、ヒカリさんはシンに歩み寄る。

 私たちもそれに合わせてシンの近くへと歩いて行った。

 

「ヒカリ……」

「名前、覚えてはくれてたんだ。そうだよね、あなた一度もコアに戻ってないんだもんね」

「………………」

「自分の幸運を感謝することね。あなた達イーラによって、帝国にどれだけの犠牲が出たか……! もしここにメレフ様がいたら、あなたは――!」

 

 言葉から雰囲気から眼差しから、怒りを露わにするカグツチさんに顔向けできないのかシンは視線を地面に落としたままだった。ピリピリとした緊張感に私は自分に向けられているのではないのに、身体が強張る。

 俯き加減で聞いているままで分かったことは、やはりシンはかつてヒカリさん達と共にメツを倒す仲間同士だったということ。けれど、どうして今はメツの側にいるのか。

 ヒカリさんがそう尋ねれば、やっぱりその人はテンペランティアの時と同じことを言っていた。

 

「知ってどうする。知ればお前も、人に絶望するだけだぞ」

「想像はついてる。だから言える、私はあなたと同じ結論には至らない」

 

 ヒカリさんはきっぱりと言い切った。

 私はシンとヒカリさんの間にどんな過去があるかは知らないけれど、対面しているその人はヒカリさんの言葉にほんの少しだけ息を詰めたような気がした。どこか意外そうな、そんな表情だった。

 

「ラウラ、そこにいるのね」

「っ!?」

 

 核心を突く一言だったのか、シンの表情が目に見えて強張る。

 しかし、シンに言葉を続けさせる暇も与えずにレックスが更にシンに向かって歩み寄った。

 

「あんたのしてきたこと、許した訳じゃない。この先、まだオレ達の行く手を阻むなら――世界を滅ぼそうってんなら容赦はしない。でも今は……」

「賢明だな」

 

 レックスの言わんとしていることをくみ取ったシンは、一言だけ応えると腕を組んでこう続けた。

 

「ここはモルスの地。俺達の想像を超えた魔界とも言える場所だ」

「知ってるのか?」

「アルストができる遥か以前に滅んだ地。神の生まれた世界――メツはそう言っていた」

「えっ……!?」

 

 思わず声が漏れたことで、今度はこちらにみんなの視線が集まる。

 その視線から――いや、皆の後ろに広がる高層ビルの聳え立つ景色から逃げるように私は地面に視線を向けた。

 だってそうしないと見えてしまうから。

 あちらこちらにある看板に描かれたアルファベットが。ここが、私のいた世界と同じだという避けようもない決定的な証拠が。

 

「お前は、楽園の子か。この場所に見覚えがあるのか?」

「あり……ません。でも、ここは私のいた世界にすごくよく似てる……」

「アサヒの世界に!? ここが!?」

 

 レックスの驚いた声が、ますます私に上を向かせることを躊躇わせる。

 腕の中のコタローの温かさや重さを確かめるようにぎゅっと抱き寄せれば、腕の中の小さな相棒は心配げに首を巡らせ私を見つめたが、何も言わずに前を向いてくれた。

 

「ヒカリ」

「大丈夫よ、レックス。ここはアルストで間違いない。ほら、あそこを見てみなさい。……アサヒも、顔を上げてみて」

 

 ヒカリさんに優しく促されて、ようやく私はゆるゆると首を持ち上げた。

 垂れこめた雲海が真っ暗に辺りを陰らせる中、ヒカリさんの指が示す方向に視線を向ければビルの立ち並ぶ景色の先に、巨大な樹の根っこみたいなのが視界に飛び込んできた。

 

「わかる? あれは世界樹の根よ」

「世界樹……」

「そう。あなたの世界にも、世界樹はあった?」

 

 私は首をぶんぶんと横に振った。振りつつも、どうしても否定できない部分はある。

 

「私のいた世界には、世界樹なんてものはありませんでした。でも――あくまでも私の時代にはなかったと言うだけです……。ここが、もしも私のいた時代よりも未来だというなら――」

「そうね……。そう言われちゃうと、私も分からない。なぜ、雲海の下にアサヒのよく知る世界と似た光景が広がっているのか。アサヒの世界と私たちの世界がどんな関係なのかも。でもね、進んでいけば自ずと答えはわかるんじゃないかしら。少なくとも、世界樹に行けばこの上がどうなっているかどうかはわかる。そうよね?」

 

 私は煮え切らない思いを抱えつつ、それでも一応頷いた。

 今ここであーだこーだと考えていても答えなんて出てこないのは分かっている。なんにせよ、皆と合流してするのが先決だ。と自分に言い聞かせる。

 

「シン、あなたがそう簡単に考えを変えないってことぐらい良く分かってる。だから提案。私たちは他の仲間を探して世界樹へと登る。それまでは一時休戦。どう?」

「共闘か……。よかろう。俺も今の状態でお前たちと刃を交えるつもりはない」

 

 ヒカリさんの提案に意外にもシンは乗り気なようだ。

 そうして私たちは人数を一人増やして、メツがモルスの地と呼んでいた私のいた世界にそっくりなビル群を同時に見上げた。

 一先ずの目標として世界樹の根を目指すことになった私たちだったが、そこに辿り着くにはどうやら斜めに倒れたオフィスビルを通っていかなければならないらしい。

 

 

 

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「ごろごろぉ~、どこ、どぉーーんっ!!」

 

 暗い部屋の中にライコちゃんの声が響く。どこかカミナリ様を思わせる小さな女の子はこんな見た目でも立派なブレイドだ。背中に背負った小さな太鼓とバチを叩けば青白いスパークが辺りに迸り、打ちっぱなしのコンクリートで四方が固められた天井の電灯がチカチカと瞬いた。明かりがついたことを確認した私たちが天井からライコちゃんに視線を戻すと、戸惑い気味に辺りを見回している。

 

「あ、あれ……? 本当に、出来ちゃいました……?」

「お疲れ様、ライコ。助かったよ」

「そっ、それはいいんですけどぉ……! あの、私、ニアさん達と一緒にいたような?」

「あっ、ゴメン!! もしかして戦闘中に呼び出してた!?」

「そっ、そっちも大丈夫なんですけどぉ! あれ、でも――あれぇっ!?」

 

 ライコちゃんが頭を抱えて目をグルグルと回すのも無理はない。もともとニアちゃんのブレイドであるライコちゃんが呼ばれて出て来てみたら、レックスが目の前にいたのだから。

 

「ライコが驚くのは無理もないわね、私も最初に聞いた時は驚いたもの。レックスが全てのブレイドと同調をすることができるなんて、実際武器を渡して戦うまで実感なかったわ」

「何よ、カグツチ。私の言うこと信じてなかったの?」

「そう言うことではないけれど……。でも、突拍子がなさすぎたのも事実ね」

「つまり何がどういうことなんですかぁ……!? もう、何が何やら全然お話しがわかりませぇんっ!!」

「えーっとね、つまり――」

 

 ちょっと剣呑な空気になってしまったヒカリさんとカグツチさんの代わりに私がライコちゃんへの説明役を買って出た。とはいってもカグツチさんが既に説明してしまってるんだけど。

 頭の整理がてら情報を一言でまとめてしまおう。レックスは第三の天の聖杯の剣を見つけ『マスターブレイド』として覚醒したヒカリさん達のドライバーになった。そこから彼も『マスタードライバー』になって、現在私たちの仲間内で同調しているブレイドをドライバーが誰であっても使役する力を持ったらしい。

 

「………………っ!」

「うん、そうだよね。そうなるよね。わかる」

 

 口を三角形にして絶句するライコちゃんを見て、私は苦笑いが零れた。

 本当はもうちょっと詳しく言うこともできるんだけど「全てのコア情報を持つ天の聖杯の力を臨時アカウントとしてブレイドの武器に権限を付与させているようなもの」と言ってもライコちゃんにはアカウントの意味も分からないと思う。この説明が通じるのは私と、多分KOS-MOSさんぐらいだけだ。

 しかし、ライコちゃんの懸念していることは別なところにあった。

 

「じゃ、じゃあ、私のドライバーはこれからはレックスさんってことなんですか?」

「それは大丈夫みたいだよ。あくまで借りてるだけだから、ドライバーがニアちゃんってことは変わらないみたいだし、レックス()使えるって感じかな」

「そ、そっかぁ、よかったぁ……! ――あっ! 別にレックスさんが嫌いということじゃないですよ!?」

「ふふっ、分かってるよ。レックス、そろそろライコちゃん戻してあげないと」

「あぁ、ニア達が心配してるかもしれないもんな。そうだ、ライコ。ニア達のところに戻ったら、オレ達は世界樹の根の方に向かってるって伝えてくれないかな?」

「わっかりましたぁっ! じゃあ、レックスさん、アサヒさん! また後で!」

「うん、また後で」

 

 ライコちゃんの姿が完全に消えてから、さて、と後ろを振り返る。

 

「もう出て来ても大丈夫ですよ」

 

 誰もいないオフィスビルの中の扉の影から隠れていたイーラのトップが姿を現す。その隣にちょこんと四つ足を揃えたコタローもいる。

 レックスのマスタードライバーの力でライコちゃんを呼び出すという時に、さすがにシンが近くにいたらイーラの首魁であることは知らないにせよ、見ず知らずの人いたら驚かせてしまうと思って隠れて貰っていたのだ。

 イーラ最強と呼ばれていたその人はむっつりと黙っている。仲間外れにしてしまったことを怒ってるのかなと一瞬考えたが、彼の眦が下がっているのを見てすぐに違うと気づいた。

 それは、何か失ったものを懐かしんでる表情に見えた。私たちのいる景色とは別の景色を重ねている様な……。

 はた、と目が合うとものすごくあからさまに視線を逸らされた。さっきの感情は、きっと気付いて欲しくないものの類なんだろう。

 シンの表情にみんなが気付かないうちに、私はパッとレックスの方に向き直る。

 

「明かりもついたし、出発しようか。レックス」

「?」

「いーいーかーらーはーやーくー!」

 

 ちょっと強引に、様変わりしてSFチックな服装になったレックスの背中を押してシンの横を通り過ぎる。それにしても、うーん。見れば見るほど、この服どうやって脱ぐんだろう。疑問が尽きない。

 さっきのライコちゃんのお陰で電源が復旧し、明りに困らなくなったオフィスビルの中は静かだった。

 さすがに電灯が煌々と光ってるという程じゃなくて、予備電源が確保された最低限の明り。暗いなら暗いで物陰から何か飛び出てこないか怖かったけど、ぽつぽつと中途半端に明りがあるのも雰囲気があって普通に怖い。

 

「うーーーーん……」

「ど、どうしたの、レックス」

「アサヒも見ただろ?」

 

 突然そんなことを聞かれて「何を」と、私はレックスの言葉の続きを聞くのを躊躇った。

 腕を組んで首を傾げるレックスに、ますます嫌な予感が募る。

 待って、このタイミングで怪談話は勘弁して……!!

 

「ホムラでもヒカリでもない、もう一つのヒカリ達の姿。――って、痛てっ! なんで今、オレ叩かれたの?」

「自業自得じゃわい……」

 

 レックスの頭の後ろに提げられたヘルメットから身を乗り出したじっちゃんが呆れた声を出す。

 そのお陰でちょっとだけ胸がすいた私は、いまだに叩かれた理由の分からずに首を傾げるレックスに言葉の続きを促した

 

「それで? ヒカリさん達のもう一つの姿がどうしたの?」

 

 すると、レックスは手早く辺りを見回してヒカリさんと私たちの距離が離れていることを確認してからそっと私の耳に顔を寄せ、

 

「名前、どっちで呼ぶか迷ってるんだ……」

「へ? 名前?」

「そう。あっちの姿の時にヒカリって呼ぶかホムラって呼ぶか。本人はどっちでもいいって言ってたんだけど、やっぱり名前って重要だろ? だから悩んじゃって」

「………………」

 

 言っては悪いけれど、ちょっと――いや、だいぶ拍子抜けな内容だった。もちろん、レックスにとっては深刻な悩みなんだろうけど。でも件のヒカリさんが言ってるんだし、レックスの好きな方でいいんじゃないかな。と、言ってしまうのは簡単でも、さすがにちょっと可哀想かもしれない。

 

「ホムリ、ヒカラは反応が微妙だったんだよなぁ……。あとは、ホカリかヒムラ……」

「ヒムラはやめてあげて。というか、なんで名前の方を混ぜちゃったの?」

「じゃあ、アサヒは何かいい案でもあるのかよ」

「えぇー? うーん……。ホムラさんとヒカリさんが合わさった姿なら、炎の光でアカリさん、とか?」

「アカリ?」

「そう。家に灯る明かりの、アカリ」

「アカリ……。アカリか……。うん、なんかすごい良い名前な気がする!」

「えっ、採用しちゃうの!? 自分で言っておいてなんだけど、私も割と単純だよ!?」

 

 あと、レックスにどっちでもいいって言ってても、やっぱりそこはヒカリさん達も女の人な訳で。

 レックスにどっちか選んで欲しかったんじゃないのかなー。って今更ながらに思いついてしまった。せめて、あと30秒早く気づきたかった。

 

「オレ、ヒカリに伝えて来る!」

「えっ、ちょ、レックス!」

 

 思い立ったら一直線がデフォルトのレックスは、私の静止の声も聞こえないのかヒカリさんのいる方に走り出してしまう。ぽつんと取り残された私の横に、いつのまにヘルメットから抜け出したのか薄ピンクの和毛を生やしたじっちゃんが、小さな翼でパタパタとホバリングしていた。

 

「すまないのぉ。良くも悪くも純粋に育ってしまったばっかりに……」

「ええと、それは別にいいんですけど。嫌だったらヒカリさんも拒否してくれるだろうし」

「それにしてもおぬし、奇妙な発想をしておったな。ホムラとヒカリの合わさった姿をアカリじゃと。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()ような……」

「あー……」

 

 幼体の巨神獣であるじっちゃんからの追及する視線から逃げるように床に目を向けると、足元のコタローからも胡乱だ視線が返って来た。これは、逃げられそうにない。

 本当はずっと前から気付いていたけど、言ったところで通じないだろうと思ってきていた事実を、伝えるときが来てしまった。

 

「実は、ブレイドの名前って私のいた世界の、私のいた国の単語に聞こえるんです。わかんない人のもあるけど、例えばホムラさんは炎って意味だし、ヒカリさんはそのまま光って意味。コタローも、トオノも、スザクも、ビャッコさんも、みんな私の世界の私の国の言葉なんですよ」

「なんと……!?」

 

 スザクの名前を初めて聞いた時は、見た目がそのまんまで驚いたし。

 その後に出会ったビャッコさんもそのままだし、なんならジークさんの故郷の巨神獣であるゲンブはそのまま亀っぽかったし。今まえでは、私の頭が勝手に都合のいい形で翻訳してくれていると思ったけど……。

 じっちゃんの大きな目が零れそうなほど見開かれているのを見て、私は苦笑いを浮かべた。

 

「やっぱり、違うんですね。光とヒカリは違うように、ここでのブレイドの人たちの名前は固有名詞みたいな名前に聞こえるんですよね?」

「ってことは、アサヒの名前も俺たちと一緒ってわけか?」

 

 コタローの言葉に私は頷き、目を少し伏せてから思いを馳せる。

 この世界で何度も見てきた、綺麗な朝焼けの景色を。

 

 

「うん。私の名前はね、朝に差し込む太陽の光って意味なんだよ」

 

 

 




次話『崩落した道路(夕)』
予定としては。

ということで、カフェオレちゃん形態の名前は『アカリ』さんとなりました。
これがずっとやりたかったの……!
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