1
「アサヒ、王都のフォンス・マイムって知ってるか?」
鉱石ラジオ作りに夢中になってしまい、ヴァンダムさんの呼び出しに気付かず(トラが忘れてたんだけど)走って傭兵団本部にたどり着くとヴァンダムさんは怪訝な顔をしていた。どうやら急ぎではなかったらしいというので、完全に走り損だ、と肩を落とした私にヴァンダムさんはそう尋ねた。
ここ、王政だったのかと静かに驚きながら、私は頷いた。村の中で何度か聞いたことのある地名だ。もちろん行ったことは無いけれど。確か、インヴィディアで一番大きな都市だったはずだ。
「そこにいる俺の古い友人が体調を崩していてな。ちょっと見舞いがてらレックスたちにそいつを紹介してやることになったんだ。悪いが、お前にもその旅に同行してほしい」
「その人を診ればいいんですね。わかりました。えっと、その体調を崩してる人の症状は? 吐き気とか咳とか鼻水とか……」
「普段は何ともないらしいが、時折激しい咳と胸が締め付けられるような痛みがあるらしい」
症状を聞いて私は現代の医療知識を引っ張り出す。咳と胸を締め付けられる痛みか……。
気管支炎だったらいいけど、心臓の病気とかだったらどうしよう……。コタローのアーツって外傷以外治せるかは試したことないからなぁ。
「あの、どこまでできるか分からないですけど……」
「そう気負わんでもいい。ただ後学のためにも色々な奴がいると分かってくれりゃあ問題はない」
「……? そうですか?」
なんだろう、ヴァンダムさんのその言い方だとまるで治せないのが当たり前って意味に聞こえる。私の気にし過ぎだろうか。
「出発は明日だ。一日二日は野宿になるだろうから、準備はしっかりとな」
「あ、は、はい」
この世界初めての遠出。
私にとって人生初めての冒険の旅はこんな普通のやりとりで幕を開けた。
2
王都フォンス・マイムへ行くには村の裏門から青の岸壁を通り、ローネの大木からベルザ水門を通りサルデ門を抜けて崩れた岩門から列柱街道を進むと到着する。と、ヴァンダムさんが教えてくれたけれど、私はおろか他のみんなもぽかんとその話を聞いていた。地名にとっかかりが無さ過ぎて「そうなんですか」以外の反応は難しい。
とにかく、目的地を短いスパンで決めていって一つずつ着実に進んでいこうと方向性が決まり、まずは一番近い青の岸壁をみんなで目指しているときだった。
ちょうど、ジークさんのカメキチ君を見つけたあたり。
ほんの数日前のことなのに懐かしいなと思っていると、頭上から特徴のある高笑いが聞こえてきた。
「はーっはっはっはっは! 天の聖杯の噂、ほんまもんみたいやな」
「誰だっ!!」
姿を見せない謎の声に向かってレックスは声を張った。みんなも辺りをきょろきょろ見まわしているけど、私だけ足元にいるコタローと目を合わせた。その時のコタローの顔は怪訝そうな顔でこちらを見返すばかりだ。
「ガキのくせにいっちょまえにしよってからに、ボンには荷ぃが重いわ」
黒いフードを被った二人組が、私たちの前を立ち塞ぐ。
その人は大剣を背中にさしたバスケットボール選手のような体格の男の人と、先端に電球のついた尻尾が特徴的な女の人。私が数日前に二人のアイドルであるミドリガメを助け、ご飯をあげた以降会うことのなかったジークさんとサイカさんだった。二人はお互いに顔を見合わせ、そして
「ワイが天の聖杯のドライバーになったるさかい。――その娘、今すぐ渡しぃや!」
この人、動きながらじゃないと喋れないタイプの人だったっけ。いや、前会った時にはそんなことなかったような気がするけど……。一言一言喋る間にシャカシャカと動きが入るので、なんとなく場に緊迫感が出てこない。
それはレックスも同じだったようで、戸惑った表情でなぜか私の隣にいるヴァンダムさんに顔を向けた。
「え、なに? ヴァンダムさん。また、あのくだりやるの?」
「え。ヴァンダムさんもあんなことやってたんですか?」
「俺はあんな奴しらんし、アサヒはそんな顔で見るんじゃねえ。天の聖杯のドライバーが危ないやつじゃないか試すって以前ズオから聞いてただろう」
腕を組んで不服そうにするヴァンダムさん。いや、試したことはいいんだけど、あんな感じで前に出たら完全に盗賊とかと勘違いされたんじゃないかな。という言葉は飲み込んだ。機会があったらレックスたちに聞いてみようと心に閉まって、ジークさんに私たちは向き直る。すると、注目が集まったところで二人は纏っていたフードをばさりと脱ぎ捨てた。
ドヤ顔を決めている二人組はやっぱり、ジークさんとサイカさんで間違いなかった。
……一度会えば喋り方で分かっちゃうから何のために顔を隠してたのか意味が分からないなぁ。
「ええっと、お久しぶりです……?」
そっとレックスの前に出て挨拶をしてみると、私の反応にニアちゃんが目を丸くした。
「え、アサヒ知り合い?」
「し、知り合いというか、なんというか……。えっとこの人たちは、ジーク……もがっ!!??」
二人の紹介をしようとした瞬間、ジークさんが閃き私の口に何かを押し込んで口を封じ、また元の位置に戻っていった。そのチョコバナナみたいな棒付きの何かの味を確認して、私は膝から崩れ落ちた。
きゅっ、キュウリーーーーーーーーっっっ!!??
「ぷはっ! げほごほっ! おえっ!」
「アサヒ!? くっそぉ! お前、アサヒに何をした!」
「落ち着けよ、レックス。嫌いな物を無理やり口に入れられただけだ」
「き、嫌いな物?」
「あぁ、アサヒはキュウリが大嫌いなんだ」
「うえっ……。あうー……」
そう、何を隠そう私はキュウリが嫌いだ。恐らく、ここで手に入るキュウリと言えば村にある漬けスパーク一本串が妥当だろう。保存食として酢漬けにされたキュウリは私の最も苦手とするもので、それを口いっぱいに詰め込まれた私はグロッキー状態になっていた。
口の中で酸味と青臭さが消えてくれない。私の代わりに答えてくれたコタローに感謝しかなかった。
ホムラさんに付き添われ、私は後ろに下がらせてもらう。今はとてもこのテンションについていける状況じゃない。
「お、おう……。なんや、そこの嬢ちゃんには悪いことしてもうたな。……が! 今は天の聖杯の話や!
この、アルスト最凶のドライバー! ジーク! B!!
そしてワイのブレイド、サイカが
紫電参式轟のサビになりたいんやったら――かかってこんかぁーい!!!」
今日もジークさんは絶好調のようだ。とスザクの後ろに隠れるようにして、ハナちゃんが背中をさすってくれている中で、私はそう思った。もしかしたらあのスパーク一本漬けは口止め料代わりだったのかもしれない。そして、一触即発かというこの状況はレックスの「いや、いい」というものすごく淡泊な返事で流れた。
ジークさんを無視するような形でみんなが歩き出すので、私もその後ろをのろのろとついていく。その後ろから、思ったような反応じゃなかったジークさんが「あ――ちょ、ちょ――」とうろたえる声がした。
「おんどれぃ、ちょっと待ていや!」
レックスたちは にげだした ! しかし まわりこまれてしまった !
ゲーム知識には明るくないけど、感想としてはそんな感じの動きでジークさんたちは再び私たちの前に立つ。
「なんっだよ、めんどくさい奴だね」
「ぐっ――。お前ら……! ワイら三人をなめとんのか?」
「三人って、二人じゃん。あと一人は? まさか、アサヒとか言わないよね?」
私はあの中に入る勇気はない。とニアちゃんに言いたいところだけど、気持ち悪さが勝ってるので首だけを横に振っていた。……ん? いま何か、ホムラさんの足元に緑色のものが見えたような……?
「あぁん? 決まってるやんけ。ワイラのアイドル、このカメキチが見えへんのか! って、あ、あれ、カメキチ? カメキチどこいった? ……カメキチィィイイイ!!」
あぁ、またカメキチ君逃げ出しちゃったのか。そのあたりも相変わらずだな。
律儀にレックスたちも辺りを見回していると、下を向いたホムラさんが逃げ出していたカメキチ君を発見した。
「わぁ、可愛い! どうしたの? こんなところに君一人で?」
ホムラさんは意外と小動物とかが好きみたいだ。ヴァンダムさんとスザクがホムラさんの手のひらの上にいるカメキチ君を覗き込むと、どすどすという足音が聞こえてきて「返さんかい!!」と大股で近づいてきたジークさんは、ホムラさんの手にいたカメキチ君を奪い返した。そのままサイカさんとなにやらキャッキャとカメキチ君と戯れ始めると、その様子を見ていたレックスが呆然と呟く。
「あいつ、ホムラごとつれていけばいいのに、なんでワザワザ亀だけ持ってったんだ?」
「さあ、馬鹿なんだろ」
散々な言われようだけど、フォローできないのが事実だ。
「ご、ごほんっ。ま、まぁええわ。とにかく、そいつはワイのもんや。――嫌やったら、実力でこのワイを倒してみいや!!!」
「こいつ――マジモンだっ!!」
そう啖呵を切って大剣を構えるジークさんは恍惚の表情を浮かべ、晴れてニアちゃんたちに本物の××扱いをされることとなった。
どんなに気が抜けるやり取りだったとしても、武器を構えて襲ってくる相手に油断は禁物だ。この時ばかりは私も口の中の不快感は押し殺して武器であるボールを構える。でも、
「ローリングスマーッシュ!」
「バタフライエッジ!」
「ぐんぐんドリル!」
「マッスルスラーッシュ!」
5対1じゃ、いくら相手がドライバーでも、ぼっこぼこにされるよね!! と、言うことで私はちょっと下がったところでコタローの回復アーツを使いながら支援に徹することにした。しかし予想に反してジークさんもそう簡単には倒れない。時に躱して、時にいなして致命的なダメージを食らわないように立ちまわっている。
さっきの登場シーンはどうあれ、二人は戦い慣れをしているらしい。遠くから見ているからこそわかる。ジークさん、あんな見た目でも実はいろんな修羅場を乗り越えてたりとか?
それでも多勢に無勢は変わらず、レックスの切り払いを大剣でまともに受けるジークさんは、吹き飛ばされ荒い息を吐きながら足でブレーキをかけて滑るように後退した。
「な、なかなかやりよるな。……けどなぁ、ワイの究極アルティメット技を見たらその薄ら笑いも凍り付くで」
「笑ってないし。っていうか究極とアルティメット被ってるし」
「いくで」
ニアちゃんの突っ込みを無視してジークさんは腰を落として力を溜めると大剣を振りかぶった。サイカさんの属性である雷がドライバーであるジークさんに供給され帯電しているのか、青白い光が私たちの目を眩ませる。
すごい力……! これはホムラさんの力を発揮するレックスにも引けを取らない!
「轟力降臨――
幾本の稲妻があたりに迸り、ジークさんの大剣が地面に突き刺さる!
地面に『極』の字を浮かべ、その人はにんまりと顔を上げた。これはわざと外しただけだ、と誇示するように。
だけど、ここの地名をよく思い出してほしい。
ここは
そして、地面を貫くような衝撃を与えたら――。
「あっ」
まず最初にホムラさんが何かを感じたのか、一歩後ろに下がる。その次の瞬間ミシミシミシィッ!! とジークさんの剣が突き刺さった場所から地割れが起きた。ヒビはどんどん広がって細かい砂煙を巻き上げながら私たちの足元までも迫った。幸い、みんな少し下がっただけで崩落に巻き込まれないで済んだけれど、崩壊の発生源であるジークさんたちに為す術はなかった。
「おんどれぇ~~~!!」
「うひゃあああああああーーーっ!!」
ジークさんの何に対して言っているのかわからない怨嗟の声と、サイカさんの甲高い悲鳴が遠ざかっていく。
咄嗟に崖下を確認しに行こうとすると、ヴァンダムさんに首根っこを掴まれた。
「馬鹿野郎、アサヒ! お前も落ちてぇのか!?」
「私の前にすでに二人落ちてますが!?」
「まぁ、大丈夫だろう。水の匂いが風に乗ってきている。この下は水辺だろうよ」
「ああ、スザクの言う通りだ。ついでに派手な水音もしたから、結構深いんじゃねえか? 死にゃあしないさ」
豆柴型のコタローはその見た目通り耳もいいのかもしれないが、そういう問題じゃないと思う……。
私はそっと崖下を覗き込んでもその下には崩れた岩の破片ばかりで二人の姿は見えなかった。
ほ、本当に大丈夫かなぁ……。
向こうではレックスがポカーンとジークさんたちの落ちて行った方を見たまま動けないでいた。いきなり突っかかってきて勝手に崖から落ちたら、たぶん誰だって驚く。
「な、何だったんだ。あいつら……」
「さぁ? バカなんだろ」
「稀にみる、な」
散々な評価を受けた挙句、ニアちゃんに時間が勿体ないとも言われ私たちは再び足を進め出した。
旅の初日から、散々な出だしだ。
次話『首都フォンス・マイム』