楽園の子   作:青葉らいの

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70『崩落した道路(夜)』

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 寝ちゃってた。

 

 気づいたら周りが静かだったので、横たえさせた体を起こしてみると、皆思い思いの場所で、思い思いの体勢で眠っていた。あれは……確か、お皿洗いが終わった時に、アカリさんから認識票(ドッグタグ)に関するお話しを聞いた後。ぼんやりとした頭で辛うじて働いていた聴覚と記憶を繋ぎ合わせると、どうやら『まだどれだけかかるか分からないから、寝れるときに一旦寝ておきなさい』ということだった気がする。

 もちろんその時の私は、たぶん眠る気はなかった。寝れる気もしなかった。

 カバンを枕にして、体を横にして、目を閉じるまでは。

 

 それで――なんで寝ちゃったの、私! むしろよく寝れたね!?

 

 自虐なのか自賛なのか、自分でもわからないことを考えながら情けなさに顔を覆ってめそめそとしてみる。けれどそれを反応してくれる人はいないので、すぐ虚しくなってやめた。その代わり、今度は視線を巡らせ辺りを見回してみる。

 私の傍で丸まるように眠るコタロー。固いアスファルトに雑魚寝してるレックスとカグツチさんはすぐに見つけることができた。でも、ハナちゃんとヒカリさんは目に見える範囲にはいなくて、反対側を見てみると、瓦礫に背を預けて立膝の間に差し込んだ腕を枕にして眠るシンを発見する。

 私もあんな風にして寝ればよかった。いまさらアスファルトに直に寝転んでいた背中が痛みだす。こうなるともう、あんまり眠りたくもなかった。

 荷物の整理でもしようかな。と枕にしていたオレンジがかったカバンに手を伸ばしたその時、風の音に乗ってピシッ、パキッとか細くて高い薄い氷が割れるような音が聞こえてくる。

 この中で氷といえば、一人しか当てはまらない。

 もう一度顔をそちらに向ける。先ほどまで静かに眠っていたと思っていたシンの身体がわずかに身じろいだ。

 

「ぐっ……!」

 

 眉を寄せて苦し気な息を漏らすシンに、私は直感でまずい、と思った。

 引きつけ、てんかん、自律神経の不調。施設の中で入所したての子供達の異変が思い出される。けれど、この人は人間によく似ていても体の構造は人と全く違う亜種生命体だ。しかもその中でも更に異質な人喰いブレイド(マンイーター)でもある。もはや私の常識が通じるとも思っていなかった。けれど、そこで何もしないという選択肢は元からない。

 呻き続けるシンに駆け寄って肩に手を触れさせようとする。しかし、阻まれるように指先に鋭い痛みが走って私は思わず「痛っ……!」と声を上げてしまった。ぎょっとして右手を見てみると指先が真っ赤になっていた。血が出てるわけじゃなく、症状はしもやけに近い。シンから離れたことで、遠ざかっていた手の感覚がじんわりと戻っていく。

 指が取れるとかじゃないなら、今は無視していい。

 私は今度こそシンの肩を掴んで強く揺さぶった。

 

「……っ!!」

 

 バチッと音がしそうな勢いでシンの目が開く。荒い息を吐く彼は、そのまま自分のいる場所を確かめるように首を左右に振り、私に気が付いたらしい。

 なんでお前がここにいる、と言う顔をされた。シンの目は、その口以上にお喋りだ。

 

「うなされていたみたいだったので……。ヒカリさん、呼んできますか?」

「……いや、必要ない」

 

 弱弱しい声だった。

 シンが起きたことで、彼の身体から発されていた異常な冷気はピタリと収まっていた。掻かないように指先を反対の手で擦ると、それを見咎めた彼は自分の状況をにわかに悟ったようだった。

 罪悪感からかシンは私の手から目を逸らすように正面を向く。

 そこにつけ込むのは卑怯だろうか。それでも、こんな時じゃないとこの人に何も聞けない気がした。

 

「……あの、人間の体細胞を取り込んだブレイドは、みんなそんな風に苦しむんですか?」

「なぜ、そんなことを聞く」

「ニアちゃんがマンイーターみたいだから……。だから、聞いておきたいんです」

「ニア、か」

 

 シンは私に視線を合わせず、ニアちゃんの名前の挙がったとき一瞬だけ懐かしそうな、遠い目をした。

 私はシンの横に膝を抱えて座り込んだ。やっぱり、こうしていると背中が痛くならない。代わりに今度はお尻が痛くなりそうだな、と思いながらシンが続きを話してくれるのを待つ。

 これは、話してくれるまで離れないぞ。という私の意思表示でもあった。

 

「……あいつは取り込んだ細胞と適合している。俺と違ってな」

 

 自嘲の含んだ声だったが、それ以上に気になる単語が出てきて私は自然と言葉を繰り返していた。

 

「細胞の、適合……?」

「そうだ。俺は――この心臓から拒絶されている」

 

 シンはそう呟くと確かめるように自分の左胸に手を当て、わし掴むように力を入れた。ぐしゃり、と掴まれた彼の服が歪に変形する。きっと、その顔は見ないほうがいい。苦しくて苦しくて、泣きそうな顔をしているに決まっている。彼の顔を見ない代わりに、私は心臓移植と拒絶という言葉について考えた。

 シンの言い方は、まるで心臓の持ち主から拒絶されているみたいだった。でも臓器移植というものは、本来そういうものじゃない。それを知ってもらいたくて、あちらの世界で読んだ本の内容を自分なりに考えて、私なりの答えをちょっとずつ言葉にしていく。

 

「あの、私の世界には、臓器移植というものがあって……。健康な臓器を近親者――親や兄弟や外部から募った適合する人たちから貰って、悪い臓器と入れ替える医療技術です。でも、親や兄弟でも適合しないことはあります。それこそ、一卵性の双子とかじゃないと。それを碌に確かめもせずに臓器を移植すると、患者には拒絶反応が現れるんです」

「拒絶反応……」

「多臓器不全と言います。内容は色々あるみたいなんですけど、でもそれは提供した人が拒絶したくて拒絶しているわけじゃないんです。どんなに移植した相手を助けたいと思っても、拒絶するときはします。それって多分、ブレイドの同調と同じなんだと思うんです。ブレイドのコアがドライバーを拒絶する時、そのコアに眠っているブレイドの意思は関係ないですよね?」

「…………」

 

 シンは考え込むように黙り込んでしまった。その様子を見て、私は「今回はそっちのお話しじゃないんです」と慌てて言葉を付け足すと、ゆるゆるとイーラ最強のブレイドが顔を上げた。

 

「あの、えっと、シン……。…………さん」

「………………………………」

 

 さん付けで呼ばれたシンからすごく不審そうな顔をされ、今度は私がその人から目を背けることになった。頭の中ではいくらでも呼び捨てにできるけれど、面と向かって呼び捨てにする勇気は、残念ながら私にはない。

 それでも彼はとても小さな声で「なんだ」と返してくれた。

 

「心って、どこにあると思いますか?」

 

 今度こそシンからの返事が無くなった。うん、こっちは多少予想はしていたとはいえ、やっぱり堪える。

 それでも私は構わず続けた。

 

「楽しかったり驚いたりして、心臓がドキドキしたり、誰かを思って心臓がキュッて痛んだり、誰かに抱きしめて貰った時に安らぐ気持ちって、臓器から分泌されたホルモンが体の神経を伝って感じるものらしいんです。でも、人によってドキドキするタイミングは違いますよね? それって、臓器を作り上げてる細胞一つ一つが記憶を持ってるってお話しもあって、ですね。――それで、えっと、心臓移植をした患者の中には、移植する前と移植した後に自分の知らないはずの記憶や、知識を知っていたり、味覚の好みや性格が変わったなんてお話しがあるんです」

「お前は、何を言いたい」

 

 シンの鋭くなった言葉に、私は息を詰まらせた。

 前提とか、そういう話は後にしたほうが良さそう。と思って一先ず結論を告げる。

 

「あなたに、聞いて欲しいものがあります」

 

 私はそう言うと、立ち上がって自分の荷物のある方へと歩き出した。

 荷物の横で眠っているコタローを起こさないように、音を消すことに全神経を集中させていると、その茶色い尻尾が一度、パタッと揺れた。思わず寝ているはずのコタローを見つめると、また尻尾がパタパタッと揺れる。

 どうやら見てみぬふりをしてくれているらしい。

『ありがとう』とコタローに向かって小さくお礼を言うと、私はカバンの底にあった鉱石ラジオを取り出してからシンの方に戻る。その人は片膝を立てて、コンクリートの壁に寄りかかったままの体勢で待っていてくれた。

 手に持っていたお弁当箱くらいの大きさの木箱を、シンは黙って見つめる。それはなんだ、と目で問いかけられている気がした。 

 

「――さっきのお話しにちょっと戻りますけど、臓器移植をして自分の知るはずのない記憶や知識があったり移植する前までの好き嫌いが全然違ってしまうことがあるんです。私の世界では内臓記憶……セルメモリーとも言うんです」

 

 喋りながら、手の方はてきぱきと鉱石ラジオを組み立てて行く。菱型を描くように張られた銅線と軸になっている十字にした木の棒を立てて、首に提げた認識票(ドッグタグ)を決められた位置にはめ込む。

 チャンネルを選ぶための金属の板を動かして、あの声が聞こえるチャンネルを探した。

 私の考えがあっているなら。

 シンに宿るラウラさんの心臓にその人の記憶が残っていて、それをどういう訳かこの鉱石ラジオで拾えるとするなら。

 その間、私はずっと心の中でラウラさんであろうその人に向けて呼びかけていた。

 お願い、声を聞かせて。

 今、ここにシンがいる。もしも、伝えたいことがあるなら、お願い。答えて。

 

 

 ――ガガッ、ガガガッザァ、ぁ、――い……ジジガッ、ズザーッ……ね。

 

 

「っ!!」

 聞こえた。

 でも、ノイズがひどい。このままじゃ、聞こえない。

 私は祈るようにその声に耳を澄ます。そうすると、雑音だらけの音の合間に女の人の声が少しずつはっきり聞こえてきた。

 

 

 

 ――シ……。ザザザぁッ、……き……………て――ジジザザザッツ!!

 

 

 

 ――ザザザッ……。い……。ジジ、ザザッ……ね、ザザザァーッ。

 

 

 

『シン、生きてね』

 

 

 

 私は、鉱石ラジオから聞こえる声の意味を汲み取ると、勢いよく顔を上げた。

 慎重に、片耳につけていたクリスタルイヤホンを外して鉱石ラジオと一緒にその人のいる方に差し出す。

 

「どうぞ。これは多分、あなたが聞くべきものです」

 

 説明を求めるシンにほとんど無理やり鉱石ラジオを押し付けて、クリスタルイヤホンを耳に着けるようにジェスチャーで促す。しぶしぶ、といった様子でイヤホンを耳に着けるシンは少しの間、黙ってラジオを聞いていたが、やがてその声の言っている内容を理解すると、表情を変えた。

 彼はおもむろに手を自分の耳に沿え、深く俯いた。私にはそれが、ラジオから聞こえてくる声を一瞬たりとも聞き逃すまいとしているように見えた。

 男の人にしては長い髪のせいで、その人がどんな表情をしているのかはわからない。泣いているのか、笑っているのか。それでも、どうしても零れてしまったというような、掠れた小さな声は、私の耳にちゃんと届いていた。

 

「あぁ――。あぁっ……! もちろんだ……!」

 

 私はそっとシンの傍から立ち上がって、世界樹のある方を向く。すると、その先からヒカリさんとハナちゃんが二人仲良くこちらに歩いてくるのが見て取れた。

 私に気付いたハナちゃんが、おーいという感じで手を振ってくるのに答えながら、私はシンの姿を隠すようにそこに立った。

 今は、邪魔したくない。

 私は、そっと足を踏み出してシンから離れた。

 ラジオから聞こえた「生きてね」という声を、その人がどう受け止めるのかは分からない。けれど、分からない方がいいとも思う。シンだって理解されたくないはずだ。

 それに――と私は頭の中で言葉を付け足す。

 どんな理由や経緯があったとしても、この人のしてきたことは無くならない。

 ただ、忘れないようにしようと思った。 

 私にできるのは、きっとそれだけから。

 

 

 

 




次話『イーラの胎』
予定では。

鉱石ラジオさんはこれにてお役御免となります。
そして書き手の好物は天丼です。

誤字脱字報告ありがとうございます!!
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