楽園の子   作:青葉らいの

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71『イーラの胎』

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 皆で数時間の仮眠をとった後、私たちは再び世界樹の根っこを目指していた。

 認識票(ドッグタグ)は変わらず私の首に皮ひもを通して提げてある。ヒカリさんとハナちゃんが他のみんなを起こしているときに、シンが無言で近づいて来て認識票ごと鉱石ラジオを返してくれたのだ。

 そのままくるりと背中を向けて離れて行ってしまったけれど、綺麗にまとめられたイヤホンのコードが、シンの精一杯の感謝の表し方だったのかもしれない。私は、なるべくシンが返してくれた形のまま鉱石ラジオを荷物の中にしまい込んだ。

 その後のシンは今までの態度と、なにも変わることはなかった。

 相変わらず冷たい目で、そっけなく、必要な時にしか言葉を交わさない。戦闘になっても淡々とこなしていくだけ。

恐らく、このままのペースを保てれば何事もなく世界樹の根元に辿り着けそうだ。……でも、世界樹の根元に着いた時、私は――。

 

「………………」

「? おい、アサヒ。どうした? 疲れちまったか?」

「……ううん」

 

 なんでもない。と心配そうに見上げて来るコタローを抱き上げて、ちょっと距離の開いてしまったみんなへ駆け足で近づいていく。

 こうやって、みんなと世界樹に向かっていくその過程で一つ、気付いたことがあった。

 このモルスの地に住み着いてると思われる、体をドロドロに溶けて固まった金属みたいな皮膚に覆われた怪物は、世界樹の付近を根城にしているらしい。

 最初は偶然かと思ってたけれど、道中の大きなトンネルを抜ける際に、そのモンスター達合計10体以上に襲われて、その予想は確信に変わった。

 そんなことを考える余裕ができたのも、イーラ最強のブレイドであるシンと天の聖杯として本来の力を発揮したアカリさんがいるからこそだ。辺りに倒れ伏して動かないモンスターを、武器をしまいながら見下ろすレックスが改めて呟く。 

 

「こんな生物がいるなんて……」

「アルストのとは、かなり違うのぉ。尋常ではない再生能力じゃ」

 

 私たちを襲ってきたモンスターは全て真っ黒く焦げていたり、額のコアが破壊されている。

 最初、カグツチさんが言った通り。ここのモンスターは完全に灼き払うか、額のコアクリスタルを破壊するしかしないと、何度だって再生してくる。

 

「ブレイドのそれと近いわね」

 

 カグツチさんが私の思っていたことを代弁してくれたので、横でこくこくと頷いておく。

 ブレイドはドライバーが死ぬか、自身のコアクリスタルが壊れるまでは、どんな傷だって時間があれば再生する。

 でも私たちの目の前で倒れているそれの姿かたちは、私の知っているブレイドとは全然違っていた。

 

「恐らくは――我々ブレイドを生んだ文明の残滓だろう。ここが神の世界であるなら、何らおかしくはない」

「…………」

「あのー、レックス? こっちを見られても、私、何も知らないよ?」

「でも、アサヒはここに近い景色のある場所から来たんだろ? じゃあ、アサヒも神様に何か関係あったりするんじゃないの?」

「それは、えっと……」

 

 それ、同じことメツにも言われた。ジークさんのお父さんであるルクスリアの国王様からも、似たようなことを聞かれた覚えがあった。過去の苦い記憶が蘇り、私はレックスへの返事に困る。

 どちらのタイミングもレックスとヒカリさんはいなかった。けれど、コタローはどっちの時もいたし、ハナちゃんとカグツチさんはメツとのやり取りについては知っているはずだ。その上で、何も言わないでくれている。気遣ってもらってる。

 私は「とにかく」と前置きしてからレックスに言った。

 

「私は、向こうでは本当に普通に暮らしてた、普通の人間だよ。……多分」

「なんだよそれ、曖昧だなぁ」

「普通に暮らしてたのは本当だよ。まぁ、お父さんやお母さんの顔も知らないし、親から名前だって付けて貰えなかったけど……」

「えっ、名前もって――じゃあアサヒって名前は、誰か付けたんだ? もしかして、それも自分で?」

「あはは、違うよ。私のこの名前は、出生届を出した市役所の、そういう担当の人が付けてくれた名前なの」

 

 えっ、と再びレックスから戸惑いの声が漏れて、私も思わず、え? と返してしまった。

 言ってなかったっけ? と記憶を思い返すけど反応から見る限り、言い忘れていたようだ。それでも、こんなに驚かれるとは思っていなかった私は、慌てて周りを見渡す。確かにちょっと珍しい話かもしれないけど。

 もしかしたら、このアルストではみんな親から名前を貰うのが当たり前みたいなのかも。と、そんな結論に辿り着いた時に、横合いから落ち着いた女の人の声が挟まった。

 

「アサヒ。立ち入ったことを聞くようで心苦しいのだけれど、あなたの生まれって……」

「うーんと、私も詳しいことはあまり聞かされてないんですけど。どこかの大きな大学の敷地に捨てられていたのを、そこに通ってる学生の人が拾ってくれて。そこから親のいない赤ちゃんを引き取る乳児院ってところで育ってから、2歳で児童養護施設に入りました。いわゆる孤児院って呼ばれてるところですね」

「ずいぶんとあっけらかんと話すのね」

「こういう質問はよくされますから。だから、カグツチさんも気にしないでください」

 

 学校で学年が上がる度、新しい学校に通う度、この手の質問は必ずされる。最近じゃ、養護施設の理解を深めるためのフォーラムみたいなところで話すことも実は珍しくなかったりする。

 こういう時は人にもよるけど、私の場合はさらりと話してしまうことの方が多い。

 正直言ってしまえば、親がいないということ以外は本当に他の子供と変わりがないと自分では思っているし、普通の子みたいに見えるように振舞ってるつもりでもあるからだ。

 

「アサヒのいた世界がモルスの地に似てるなら、そこで生まれた神様もアサヒと似てたりするんですも?」

「いやまさか――。そんなわけない……ですよね?」

「天の聖杯の記憶として、断片的なイメージはあるけど……。大丈夫、アサヒとは全然似てないわ。だって(とうさま)は男性だもの」

「あ、そっか。よかったぁ……」

「でもさ、アサヒのいた世界も神様もこんなすごい文明を築いてたんだろ? それならきっと――」

「すごい? これがか?」

 

 突き刺すような冷めた声に、私とレックスは同時に息を呑んだ。

 金色の瞳が睨みつける先には、今まで静かだったシンがレックスを睨み返しているように見えた。一方で、その視線はレックスの更に先を見据えているようにも見える気がした。まるで、ここに広がる景色そのものを憎悪しているような……。

 

「こんなものはただの瓦礫の山だ。……見ろ」

 

 シンに言われるまま、私たちはそちらに視線をやった。

 そこには、熱で垂れてしまったチーズみたいに固まってこんもりとしたコンクリートが冷たい色を放っている。

 ここに辿り着くまでも目には入っていたけど、あえて目を逸らしていた風景。このモルスの地は人がいなくなって寂れた廃墟では見られないような痕跡があった。

 ここに住んでいるらしい謎の怪物たちでは到底高さも威力も足りないだろう。そんな破壊痕ができるような理由は、正直言ってあまりいいものじゃない。

 それなのに、イーラの首魁はその答えをあっさりと告げた。

 

「熱弾頭か、なにかによって溶かされている。お前ならその意味が分かるだろう? 楽園の子」

 

 シンに問いかけられ、私は小さな声で「……戦争、ですか?」と答える。こんな大きなビルの壁をチーズみたいに溶かすなんて、普通じゃ考えられなかった。しかし、シンは首を縦にも横にも振らない。ただ、顔を瓦礫の残る景色に向けるだけだ。

 

「ここには、人の業が埋もれているだけだ。神がここで生まれたというなら、業もまた神と在る。そして、お前たちも他人事ではいられない。所詮はアルストもお前たちも、同じ末路を辿ることになるだろう」

「なんでオレ達のことをそんなに憎む? オレ達がなにをしたっていうんだよ!?」

 

 大きな声で反論するレックスだったけれど、シンからの反応はない。

 余りにも無反応すぎて、レックスが吊り上げていた眦を心配そうに下げてその人の名前を呼ぶ。やがて、その視線の先に何かあると気づいたのかシンの視線を辿るように振り向いた。

 

「あれは、イーラ……!?」

 

 イーラという単語の意味を思い出す前に、シンは大股で歩き出して私たちの横を素通りする。

 この中で一番歩幅が大きいシンが歩く速度は、私たちの小走りに匹敵する。

 置いてかれないようにするために、私もレックスの後を追って走り出した。

 

 

 

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 シンが漏らしたイーラというのは、やはり500年前の聖杯大戦で沈んだイーラの巨神獣のことらしかった。

 無残にもモルスの地という雲海の底まで沈んだ英雄アデルの故郷は、その長い時間によって同化が進んだのか、所々にコンクリート製の道路を繋ぐように粘菌製の無機質な橋が架かっていた。

 けれど、外から見てわかったのはそれぐらい。シンの後を追って中に入ってから、ようやく中はそれなりの広さがあるのだと分かった。

 外の環境で雨や風があるのかは分からないけれど、外よりかは環境がいいのか体にコアクリスタルを生やしたブレイドもどきのモンスターたちが、私たちの姿を見つけるや否や、わらわらと集まってくる。

 うひぃ。と、その密度と不気味さにあとじさった私とは対照的に、レックスとシンに覚醒モードのアカリさんが武器を抜く。

 ドカドカドカッ!!! という音と共に実体のある粒子で作られた幾本もの光の槍が、光の速度さえ凌駕する不可視の斬撃が、一斉にモンスターたちに襲い掛かりその額のコアクリスタルを即座に、的確に破壊していった。

 あまりに圧倒的な光景に声も上げられず、呆然と武器をしまう三人を見つめるしかない。

 

「進むぞ」

「は、はい……!」

 

 何事もなかったかのように歩き出すシン。よほど先が気になるのか、私の返事さえも届いてるのか分からないほど前しか見ていなかった。その後ろに続くレックスが周囲を見回して、声を漏らす。

 

「あちこちが炭化してる……」

「天の聖杯同士の戦いの跡じゃな」

「とんでもねぇ戦いだったんだな」

 

 コタローの零した感想を裏付けるように、聖杯大戦の激しさを物語るかのような炭化した巨神獣の体は、その身は既に朽ちているというにも関わらず痛々しかった。

 なるべくそちらを見ないようにしながら、先行するシン達の後ろにくっついていくと、右に曲ったところでみんなの足が止まっていた。どうやら、その先にあるものをじっと見ているらしい。私もみんなに倣って視線をそちらに目を向ける。すると、そこには何かの卵が等間隔に置かれた部屋があった。

 殻に覆われたそれは、衝撃で外側割れたのか中身が地面に露出している。

 その隙間から見えた卵の中身は、人のような手足が生えた動物でも人でもない、なにかの生き物になり損ねたものだった。

 

「ひっ……!!」

 

 そのグロテスクな容貌に、思わず声が漏れていた。

 一番後ろにいて良かった。と心の底から思いつつ、これ以上は声を出すまいと息を潜める。

 私には胎児のように丸まり、背中から羽のようなものを伸ばすそれが何か。全く予想がつかなかった。

 アルストに生まれたレックスとハナちゃんの話からすると、それはブレイドでも巨神獣にも見えるらしい。

 これが何なのか。答えはイーラ最強のブレイドが知っていた。

 

「これは、巨神獣への変態の過程で朽ちたブレイド達だ。巨神獣はその体内でコアクリスタルを生成する」

「そういえば……。ブレイドのコアは巨神獣から生み出される、ってヴァンダムさんが言ってた……」

 

 レックスと出会って間もない頃、魂の頂で発生した異質な力の原因を探りに行った時にそんな話をしていた気がする。記憶を辿ってみれば、あの時ヴァンダムさんは死んだ巨神獣の体内からコアクリスタルを取り出して私たちに見せてくれたんだった。

 レックスも、その時のことを思い出したのか、目を見開いてこちらに「あ」とでも言いたそうな顔をしていた。

 

「ブレイドとて、その命は永劫ではない。巨神獣から誕生したブレイドは、その命の火が尽きる時、生まれた巨神獣へと還る。そうして巨神獣へと還ったブレイドはやがて、自らも巨神獣へと変態する――」

「……ええと、つまり、ブレイドにも寿命はあって、ただその寿命が途方もなく長いせいで、私たちには不死身に見えてるだけってことですか?」

「そうだ。俺達ブレイドは不死身の存在などではない」

「お、おい、その話はマジなのか……!?」

「私たちも、いずれはこの様な姿に……?」

 

 今現在ブレイドであるコタローとカグツチさんは驚きを隠せないみたいだった。自分の中の常識が目の前で崩れたのだ。別の世界から来た私には想像もできない、アルストでは誰でも知っている様な常識が。

 しかしシンは何も返答しなかった。でもそれは、紛れもなく事実なのだと肯定しているのと同義だった。

 

「………………」

「ヒカリ?」

「……この世界の、(ことわり)よ」

「巨神獣となれば、ブレイドであった頃の記憶はなくなる。コアに戻るときと同様にな。この者たちは――母体となるイーラの巨神獣が死んだことで、運命を共にしたのだろう」

 

 一瞬だけ、悼むような表情で巨神獣になれなかったブレイド達を見下ろしたシンは、それ以上何も言わずに視線を下げて歩き出す。私たちも、無言でその背中を追いかけた。

 誰も喋る余裕のある人なんていなかった。ある人は自分の常識が覆り、ある人は誰かを慮って。そして私は――黙って祷りを捧げていた。500年以上ものあいだ、誰からも偲ばれず存在さえも知られなかった彼らに。

 最初に怖がって、ごめんなさいという気持ちも込めて。

 

 

 




次話『連絡通路』
おそらく。

ここ最近で一番の難産でした……!!
アサヒの名前については、キズナトーク『トラの名前』でちょっとだけ、触れていたりします。

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