1
「また雰囲気が戻ったね。これ、どっちの文明のものなんだろ……」
私は薄暗くて細長い通路の天井を見ながら思ったことを口に出した。
イーラの胎内を通り過ぎてから少し。差しかかったこの場所は、見た目は鉄筋コンクリートの建物に見えるけれど、触ってみると金属のような光沢と冷たさがある。
造りは、ルクスリアのゲンブの頭に至るまでに通った道を思い出させた。
ぺたぺたと壁の凹凸を確認していると、足元から聞き慣れた声がする。
「そうしてるとシキみたいだぜ。アサヒ」
「………………」
私は無言で手を引っ込めて微妙な顔でコタローを見下ろした。
シキさんは知的好奇心旺盛なブレイドで、少し前にアヴァリティアでなんか歴史的なナントカを見つけて小躍りしていた姿が強烈に印象に残っていた。あの姿を見たうえで同列にされるのは、さすがにちょっと複雑な気分だ。
もう壁には触らないように、極力通路の真ん中辺りを歩いていると、急に視界の拓けた場所に辿り着いた。
そこは円筒系の床に、ゆるい傾斜の付いたすり鉢状の施設だった。具体的に何に使うかは分からないけど、雰囲気だけでも、歴史的重要文化財なんて言われそうな仰々しさを感じる。
ぐるりと周囲を見渡せば、薄暗い壁一面に何かの絵が彫られていて、さらに重苦しい雰囲気だった。
壁画の内容は、さっきの復習のような内容だ。
すなわち――
コアからブレイドが生まれ、ブレイドは巨神獣に。そして巨神獣は多くの命を育み、やがて、巨神獣から新たなコアが生まれる。アルストという世界での命の循環。
この世界を作った神様が定めた世界の
「そして、古王国イーラの信仰対象だったものよ」
「……?」
話のつながりが理解しきれずに首を傾げる。そんな私に助け舟を出してくれたのは、意外にもその巨神獣の名を冠する、秘密組織の首魁からだった。
「古王国イーラは、巨神獣の偉大さを畏れ敬い、そこから生まれ出るブレイドと人間との共存を目指した国だった。――だが、人間はそれを望まなかった」
聞いただけなら理想とも言えそうな国だが、シンの声は深く沈むみたいに、最後は語気を強めて怒りを滲ませた声で語る。気になる区切り方に、ヒカリさんは眉を顰めてシンに問いかけた。
「私が眠りについた後、あなた達に何があったの?」
「……メツとの戦いに終止符が打たれ、お前がアデルと共にイーラを去ったすぐ後のことだ。あの男は――マルベーニは俺たちを――」
「あの人が?」
意外な人の名前に、レックスも困惑した様子で聞き返す。
今までの旅路をよくよく思い出してみれば、ルクスリアの国王様はマルベーニ聖下に脅されていたって話しだったし。段々と、私たちには見せていなかったアーケディアの法王様の裏の顔が見えてきた気がした。
「本当の意味でこの国を滅亡させたのは天の聖杯ではない。――
2
その時、世界は混迷を極めていた。とシンはぽつりと零した。
シンが語り出したのは、聖杯大戦直後の話。彼が
諸事情で自分を封印したヒカリさんに、その余剰エネルギーで生まれたばかりのホムラさんを連れた英雄アデルと別れたシン達は、その後すぐにアーケディア法王庁に奇襲された。自分たちの巨神獣を沈められて疲弊した国の人を巻き込みながら。
アーケディア法王庁の巨神獣兵器から、たくさんの砲撃が撃ち込まれたて、それによってたくさんの命が目の前で散っていったらしい。
その時一緒に行動していたラウラさんは、前に逃げる人たちの盾になるようにアーケディアの兵士の前に立ち塞がって、身体を銃弾で打ち抜かれた。
それが致命傷となったものの、シンはラウラさんが絶命する短い間言葉を交わせたと話した。そして、
「俺は彼女を――喰ったんだ」
彼は感情を無理やり押し殺したような抑揚のない声で話し終えると、おもむろに服を緩めると左胸をが見えるように服を開けさせた。
否が応でも目に飛び込んできた肌色の地肌の表層のところで不自然に盛り上がっているところがあった。その下にあるであろう臓器が強く脈打っているのがわかる。
あれが多分、ラウラさんの心臓なんだ。
ブレイドの体に心臓と呼べる器官があるのか、私は知らない。けれど、あってもなくてもラウラさんの心臓は、シンの体の中では異物と認識されてしまっている証拠だった。
全てを諦め掠れた声で事実を告げるシンの表情は笑っているようで、泣いてるみたいだった。
私は、その痛々しいシンの表情を直視できず俯いて手を痛いほど強く握った。手を握ること自体に何の意味もない。ただ、シンの感じたであろう痛みの何百、何千分の一でもいい。自分も痛みを感じたかった。
「天の聖杯の力を恐れたマルベーニは、メツなき後、イーラの残党軍もろともその存在を抹消しようとした。――しかし、既にお前たちの姿はなく、残された俺たちは無残にも散っていった。……否。お前達がそこに居なくとも奴は……人間は同じことをしただろう。神に選ばれ、やがて巨神獣となり、世界そのものとなる俺たちを恐れたんだ」
顔を上げられない今でさえ、時間は残酷なほど過ぎ去っていく。
再びとつとつと語るイーラの首魁の声が、広いドーム状になっている空間に唯一の音だ。
「だから、彼らはあなた達を襲撃した……」
「世界樹信仰? 世界の救済? 違うな。マルベーニが楽園を目指す本当の理由――奴の目的は神の力を手に入れ、ブレイドと巨神獣をこの世から消滅させることだ」
「……それが、天の聖杯のドライバーであるレックスと楽園の子と呼ばれるアサヒを傘下に置いた理由か」
レックスの背中にいるじっちゃんの言葉に、私はそこでようやく顔を上げた。
その先にいるシンの目が、無言の肯定を示していた。
「――だとしても、そうだったとしても……! それは、あんたたちがやってきたことと同じだ!」
ひと際、レックスの声が響く。
その言葉に私は視界が広がるような気がした。シンの境遇を聞いて無意識にかけていたフィルターを取り払われたような感覚。
そうだ。シン達はヴァンダムさんを死の縁に追いやり、ファンさんの命を奪い、スペルビアとインヴィディアの非武装地帯で巨神獣兵器を使って、大量の戦死者を出して戦争にまでさせかけた。
重傷のシンをここに住む怪物から助けるときに、私はこう考えたはずだ。
彼の善悪を決めるのは私じゃない。だから、結論としてはシンを助けた。でも、それは私個人の事情であって、そこに至るまでの過去にどんな理由があったとしても、この人が率いるイーラが誰かの命を奪ったことは変わらない。
「あんたは、人間も、世界も滅ぼして、神を消滅させるって言ったよな?」
「その通りだ」
冷静に頷くシン。けれど、被さるようにレックスの言葉が続いた。
核心を突くように、鋭く。
「本当に、そうなのか?」
「何――?」
「オレには、それがあんたの目的とは思えないんだ……」
「なぜそう言える? 現に俺達は――」
「オレ、あんたと戦って気付いたんだ。あんたの目は――哀しすぎるよ。あれは、自分が消えたくて消えたくてしょうがない人の目だ……。まるで――初めて会った時のホムラみたいだった……。
私は、レックスとホムラさんとの最初の出会いを知らない。
でもレックスの言葉を信じるなら、どうしても、どうしても聞きたいことがあった。
虚を突かれたようにシンも沈黙している。もしも、聞くなら今しかない。
「あの……。私にも、教えてください」
シンはあの時、鉱石ラジオの声を――ラウラさんの言葉を聞いたはずだ。
『シン、生きてね』と願いを託したその人の言葉を。
それなのに、シンは今も自分が消えたくて消えたくて仕方がない目を今もしているとレックスは言った。
信じたくなかった。大事な人とこの先も一緒に生きるために、心臓さえ喰らった。そんな人がそれでもまだ、自分が消えたいと思っているなんて。
「あの声を聞いても、あなたの中では、なにも変わらなかったんですか……?」
声が震えた。気づけば手のひらに爪が深く食い込むほど強く握りこんでいた。
「アサヒ?」とカグツチさんの訝しむ声が聞こえるけれど、私はそちらに意識を割くことはせず、じっとシンの白銀色の瞳を見つめていた。
シンは、ずっと黙っている。しかしの表情に、視線を逸らすみたいな分かりやすい後ろめたさは感じられない。それでも根気強くシンの表情を窺っていれば、根負けしたように口を開いた。
「お前達がどう考えようと、俺は目的を遂行するだけだ」
「…………」
「俺達をこの様な存在に創り上げた神とその加護を受けたお前たち人間を消し去る。――俺達は、人を活かすための道具じゃない……!」
その言葉に、あぁ。と納得してしまった自分がいた。
この人は
きっと、立ち止まり方も分からなくなってしまったんだろう。
それなら、私たちのやることも決まっている。
「――おい、お前ら! 警戒しろ、やっべぇのが来てるぞ!!」
「っ!?」
足元にいたコタローの警戒を促す声と、足元から地震のような振動が伝わってきたのはほとんど同時だった。
音の原因は、私たちのすぐ後ろ。慌てて振り向いた先には今までこのモルスの地で見てきたどのモンスターよりも巨大な二足歩行の怪物がいた。ドロドロに溶けた金属が冷えて固まったような皮膚は同じ。頼りない下半身と発達し過ぎた上半身のバランスの悪さのせいで、四本に増えた丸太みたいに腕を振り回しながらこちらに近づいてくる。触手のような長く伸びた手の先は四つに割れ、不気味に赤色の光を発していた。
「やはり、そうか」
ただ一人、その姿を先に見ていたシンは納得したように小さく呟いた。
「何がっ!?」と事態を把握しようとするレックスを、自分に質問されたと思ったシンがその先を続ける。
「こいつらに意思はない。恐らくは、自立型の生態兵器。自分以外のものを抹殺するためだけに活動している。―-主亡き今もな」
ほんっとうに、自立型の兵器ってろくなものがない……!
テンペランティアで戦った何とか機構のことを思い出しながら、私はコタローのボールを構えた。
傾斜のついた段差から降りて、一段下がった私たちの立つ丸い床に辿り着いたそれは、軋むような不気味な雄たけびを上げながら猛然と腕を振り回す。
それが、戦いの合図になった。
まず飛び込んでいったのはホムラさんの赤い剣を構えたレックス。けれど、その皮膚は大きさに比例して頑丈さも上がっているのか、全く効いてる様子がない。
「……くそっ! こいつ、固いっ!!」
「レックス! あんまり前に出ないで!」
見上げるほどに大きい化け物は、その触腕を振るう範囲も広くて迂闊に近づくこともできないでいた。
足からジェット噴射をして縦横無尽に飛び回るハナちゃんだけは、例外的にコアに近づくことができたけれど、ドライバーであるトラがいないからか、決定打にはなっていない。
この怪物たちの戦い方は、今まで出会ってきたのと同じで、額のコアを破壊するか燃やし尽くすしか方法がない。そんな中で唯一炎属性のブレイドと同調しているのはレックスだけだ。
しかし、レックス自身もなかなか大きなダメージを与えられないことに焦れたらしく、ホムラさんの赤い剣を手に敵へ一気に距離を詰めようとするのが見える。レックスが動けば必然と後ろで回復を担う私や、全体のフォローに動いているシンも動かざるを得なくなる。
慌てて声を張り上げたけど、間に合わなかった。
確かに、接近できれば体の大きさから多腕の攻撃は当たりにくくなるけれど、その分の矛先はどこへ行くか。
この化け物に、目なんてものがあるのかは分からない。けれど――その青いコアが埋まった怪物と目が合った気がした。
「やばっ……!」
今からトオノとスイッチしても間に合わない。でも今すぐ動けば避けられる。
頭で相反する選択肢が浮かび上がった結果、私の体は硬直したように動かすことができなかった。ただ、振り上げられた怪物の丸太のような太い腕が迫る。残った時間では目を閉じる暇もない。だからこそ、私はその白い影を見逃さずに済んだのかもしれない。
覚悟していた痛みと衝撃の代わりに感じたのは、冷気を含んだ風とギチギチという金属がきしむ音。
「シン……!?」
敬称を付けるのも忘れて、私はその人の名前を呼んだ。
私の身体を薙ぎ払うはずだった触腕を、日本刀のような片刃の剣で受け止めている彼は、無事を確かめるように一瞬だけこちらに目配せをすると、一瞬にして視界から消えた。
一拍遅れて、吹き抜けた強風が私の髪を揺らす。それは、シンが受け止めきれなかった触腕の力によって吹き飛ばされた結果で生まれた風だった。
「トオノ!」
「わっちに任せなんし」
開いた傘を肩に乗せ優雅に表れた緋色の着物に金色の前帯を締めたトオノから、武器を渡してもらいシンに駆け寄る。状況を察したハナちゃんとレックスもホムラさんを連れてシンのいる方に向かってきてくれていた。
地面に膝を突くシンを守るように、私たちは目の前にいる巨大な怪物と正面から向き合う。
「ホムラ!
「ごめんなさい、空の雲海流が乱れていて指令が届かない!」
「アサヒ、シンを庇いながらオレ達の回復もできる!?」
「わかった。やってみる!」
今トオノとブレイドスイッチをしたばかりだから、コタローとスイッチさせるにはもう少し時間が掛かるけど、その間レックス達が敵の注意を引いてくれれば何とかなるはずだ。
「俺とホムラが一撃を入れたら懐に飛び込む。ホムラは因果律予測、最速で頼むってヒカリに!」
「分かりました。いつでも!」
「こっちも、いつでもいいよ!」
「よしっ。じゃあ――行くぞ!」
レックスが腰を落として、宣言通りに怪物に向かって飛び込もうとしたその時。
その衝撃に敵が怯んでいる間に、私たちの出てきた通路とは別の通路から複数人の足音が聞こえて来る。
「やっぱりアニキたちも!」
「無事だったみたいやな」
「トラ! ジーク!」
サイカさんの杖が組み込まれた大剣を構えたジークさんと、その場で飛び跳ねるトラの姿を見てレックスが二人の名前を嬉しそうに呼んだ。
更にその後ろには、ニアちゃんとビャッコさん、メレフさんも居る。
ニアちゃんは私たちとシンが一緒にいることに驚いてたみたいだけど、それについては後で説明するとして、
「ニアちゃん! 回復が間に合ってないの! 手伝って!」
「あ――あぁ! わかった!」
頼もしい返事と一緒に、他のみんなも武器を構えて私たちのいるところへ駆け寄ってくれる。
さっきの劣勢が嘘みたいに逆転した。ここから先は多分、一方的な戦いになるだろう。
3
声にならない怪物の断末魔が空気をビリビリと震わせる。
私とシンを除いて多方向から飛んでくる攻撃に、本能的に危機を感じたのか巨大な怪物は引きずるように体を動かしてどこかへ向かおうとしていた。けれど、それは青い炎によって阻まれ、今度こそ全身くまなく燃やし尽くされた。
重いものが地面に倒れる振動と共に、その体はボロボロに崩れて落ちていく。空気の通り抜ける箇所の少ない場所だからか、焦げ臭い匂いと金属のツンとした匂いが混ざって、私は一瞬息を詰めた。
10秒経って、20秒経って、全く動かなくなったことを確認してから、皆は一斉に武器を降ろして一息吐いた。
「えっと、大丈夫ですか?」
「…………」
後ろに庇っていたシンに声をかけると、彼は動けることを声ではなくて行動で示して見せた。
すっくと立ちあがって、そのまま出口と思われる方へ歩いて行ってしまう。
その背中を黙って見つめていた私の隣で、不機嫌そうなトオノの声が聞こえてきた。
「なんでござんすか、あの態度は」
「あはは……。私の聞き方が悪かったのかも……」
とは言っても、口から出てしまったことはもう訂正はできない。そうこうしている間にみんなも出口の方にぞろぞろと向かっていて、私たちも遅れないように歩き出そうとした。
そんな時、視界の端で近未来っぽい鎧に身を包んだレックスが、倒れた怪物の近くでしゃがみこんでるのを発見して、私は思わず足を止める。
横にいるトオノに先に行ってもらうように伝えると、何かを熱心に見つめているレックスの背中越しからそこを覗き込んだ。
「なにそれ?」
「こいつの近くで落ちてたんだ。なんだろう、これ」
「うーん。ぱっと見、免許証とか身分証にも見えるけど……」
長方形の平べったい何かを受け取ってまじまじと見てみる。かなり汚れてるけど、顔写真が載っているのと英文がつらつらと書かれている。名前が書かれてると思われる部分はさっきの戦闘のせいで黒く焦げて読めない。ひっくり返すとさらに細かい文字と黒い線が入っているのが見て取れる。
ますます身分証みたいだ。
「これ、私が持っててもいいかな?」
「え? いいと思うけど……なんに使うの?」
「さぁ? でも、こういうのって、とっておいた方が後あと何かの役に立ったりするんだよ」
アニメや漫画の中だと、これが奥の扉につながるカギになったりするのがよくある展開だ。特に確証があるわけじゃないけど。
不思議そうな顔をするレックスにどう答えようかな、と思っていると「アニキー、アサヒー」というのんびりとしたトラの声が聞こえてきてレックスの気が逸れる。
私はレックスから譲ってもらった身分証みたいなカードを後ろ手に隠しながらトラに向き直った。
「どうしたも? 何か見つけたも?」
「あ、うん。ちょっとね。そっちは何か見つかった?」
「あっちから外に出られるみたいだから、その前に向こうでこれからどうするかの話し合いをみんなでしてるも。アニキたちも来て欲しいも!」
「わ、分かった、すぐ行くよ」
どうして? という風にこっちを見て来るレックスに対して、私は人差し指を立てて内緒のポーズをする。まだ納得した感じではなかったけれど、レックスはそれ以上何も言わずにトラが向かっていった方を向いて歩き出した。
ズボンのポケットにさっき拾ったカードはしまって、私もレックスを追って足を一歩踏み出した。
本当は、トラたちにこのカードをあまり見せたくなかった。だって、もしかしたらこれは、あんな怪物になる前の誰かのものだったかもしれないから。
次話『世界樹の根』
あともう一話くらいは今月中に投稿したいなぁ……。