楽園の子   作:青葉らいの

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73『世界樹の根』

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 トラの後ろにレックスと肩を並べて着いて行くと、人工物じゃないぼんやりとした光が見えた。

 ヒュウとか細い音を立てながら、私たちが通り抜けてきたトンネルのような道に風が入り込んで、外の匂いがする。先に行っていたみんなは、出口の近くで相談をしていたみたいだけど、私たちが追いつくのを見ると出迎えるように体の向きをこちらに向けた。

 そうして、その次に出迎えたのは、太くて長い木の根っこが天に向けて伸びている景色だった。

 

「これが、世界樹の根……?」

「そうさ。これを伝って登っていけば、アサヒの知ってる景色も見えるはずだよ」

「アニキ~、本当にこれを登っていくも? 骨が折れそうだも……」

「雲海面から空に伸びてる部分よりは短いんだ。あのくらい、なんとかなるさ」

 

 サルベージャーとして、雲海をよく知っているレックスは何でもなさそうにそう言ってのけた。

 確かにレックスは何とかなるかもしれないけど……。

 私も釣られるようにレックスの視線を追って灰色の雲の上まで伸びる世界樹をを見上げた。どう見ても、何とかなる範囲を超えてる気がする。

 

「レックス」 

 

 と、メレフさんがレックスの名前を呼ぶ。何か真剣な話しをしているみたいだけどその内容は、私の頭には入ってこなかった。目の前に広がっている景色が、なんだか信じられなくて何度も目を開いたり閉じたりしてみる。

 幻なんかじゃない。ついに、私は辿り着いてしまった。

 ここに来るまでは、なぜかそれがずっとずっと遠くにあって、永遠に辿り着けないような気がしていたのに。私は、今こうして世界樹の根を見上げている。

 

 ――ねぇ、アサヒ。あなたは真実を知る勇気はある?

 

 アカリさんの声が頭の中で甦る。

 ほんの数時間もしない前のことなのに、すごく昔のように思える。

 

 ――恐らくこれは、あなたにとって、とても辛いものかもしれない。あなたが知りたくないと言うなら、私はこのことを絶対に誰にも言わないわ。

 

 ――ちょっとの間なら待つこともできるから、その間にどうするか決めてくれる? 世界樹の根元に辿り着くまで。そうじゃないと、上に行ってしまったらもう、見せてあげられないかもしれないから……。

 

 見せてあげられないというなら、何かの映像なのかな。でも、こんなところでどうやって何を見せるつもりなんだろう、と今更ながらに考えていたその最中。

 雲海とモルスの地を隔てるように浮かんだ雲が不気味に歪んだ。その先から、なんだか真っ黒い何かが顔を出す。

 

「……?」

主様(ぬしさま)?」

「ねえ、トオノ。あれ、なんだろう……?」

 

 指をさしてトオノに尋ねてる間に、それは全貌を露にした。小型のクジラみたいな形の真っ黒な――船?

 

「モノケロス! シンを見つけたっての!?」

「えっ、も、モノ……?」

「イーラの乗ってる船さ! 気を付けな、アサヒ! あの船に積まれてる武器は巨神獣兵器とは比べ物になんない威力だよ!」

「えぇっ!?」

 

 ニアちゃんが鋭い声を浴びせかけて、皆の警戒度が一気に上がる。

 気を付けろと言われても、一体何をどうやって気を付ければ!?

 とりあえず、トオノの傘をいつでも開けるように構えていると、その真っ黒な船からガシャンという音がする。そちらに注意を払えば姿を現したモノなんとかと呼ばれる船から何か四角い装備みたいなのが飛び出していた。あれが何かはわからないけど――攻撃する気満々みたいだ。

 傍に控えるそのブレイドの名前を呼ぼうと口を開い瞬間に、別の方向から威圧するような低い声が聞こえてきた。

 

「手を出すなと――言っている!!」

 

 次いで襲って来た余波に自分の中で立てていた防御の優先度がぶれる。しかし、その声を発したシンの睨む先は、彼の仲間の乗っているであろう船に向かっていた。

 船は怯んだように沈黙し、やがてゆっくりとこちらに高度を下げて来る。中からイーラの人が飛び出してくるんじゃないかと思っていたけどそれもなく、シンはある程度の高さにイーラの船が下りて来た時点で船の壁を足掛かりに迎えの船へと飛び乗った。

 甲板でこちらを見下ろすシン。敵対するその人が離れて行く様子を私たちは見ているしかできなかった。シン事態の強さもあるけれど、それに加えて未知の技術で動くイーラの船だ。

 手を出すことは、自殺行為だ。

 

「カグツチ!」

 

 甲板の上でシンが、青い炎を操るその人の名前を呼んだ。

 呼ばれた当人は、話しかけられるとは思っていなかったのか「え?」と虚を突かれたように顔を上げた。

 

「お前は――あの時のままだ」

「……シン」

 

 いつ、どのタイミングで二人が言葉を交わしたかは分からない。

 それでもそのやりとりだけで通じるものが二人の間にはあったのだろう。

 カグツチさんもそれ以上は何も言わなかった。手も足も出せず、遠ざかっていく船に向かって、ニアちゃんとジークさんが悔しそうに睨みつけていた。

 

「急ぎましょう。こうしている間にも、遅れを取ってしまう」

「あぁ。行くよ、レックス!」

 

 黄色いつなぎみたいな洋服を着ているニアちゃんは、顎の辺りで切りそろえられた白みがかった灰色の髪と黄色のリボンを揺らして走り出そうとした。

 直後に、それを止める声がする。

 

「――ごめんなさい。少し、待ってください」

 

 船でショートカットできるイーラに追いつくために急がなきゃいけないはずなのに、ホムラさんの声がニアちゃんたちの足を引き留めた。突然の静止の言葉に急ブレーキをかけるニアちゃんとジークさん達は怪訝な顔でホムラさんを見つめている。そして、そのホムラさんの顔はゆっくりと私の方に向けられて、私はその視線から逃げるように俯いた。

 

「アサヒ、どうしますか?」

「…………」

 

 そのまま首を横に振ってしまいたい衝動をぐっと堪える。

 ここに辿り着いたら、答えを聞くと言われていた。自分の首に下がる認識票(ドッグタグ)に隠された真実を知るかどうか。

 

「一つだけ、教えてください。そのことはメツも知っていますか?」

「ごめんなさい……。モルスの断崖で、メツが力を取り戻すときに恐らく――」

「そう、ですか……」

 

 申し訳なさそうに目を伏せるホムラさん。けれど、なんとなくそんな気はしていた。メツが私にこだわり出したのは、モルスの断崖以降に急にだった。

 ホムラさん達じゃない、もう一人の天の聖杯であるメツは何度も私を『正真正銘の楽園の子』と呼んでいた。

 恐らくメツはホムラさん達と同じ情報を持ってる。

 それなら、私の答えは決まっていた。

 

「レックス、ニアちゃん、みんな。……お願いがあるの」

 

 思えば、こうやって誰かに何かをお願いするのって、向こうの世界でもこっちでもあんまりしてきたことが無かった。誰かのお願いを聞いたりするのは割とあったけど、いざ自分がその立場に立つとちょっと怖気づいてる自分がいる。

 それでも、言わなくちゃ。

 

「急いでるのは分かってる。それでも、寄りたい場所があるんだ」

「寄りたい場所? こんなところの、どこに寄る場所があるっていうのさ?」

「それは、えーと……」

 

 耳をピンと立てて渋い顔をするニアちゃん。その質問に対する答えを持っていない私は、助けを求めるようにホムラさんを見つめた。上に行ってしまうと見せられない、って言ってたしきっとここから遠くない場所に何かあるんだろう。そうであってほしい。

 

「大丈夫ですよ、ニア。ここからあまり遠くないところですから」

「でも、シン達を追わないと……!」

「それも多分、大丈夫です。私の予想が正しければ」

 

 言葉自体は曖昧だったけれど、ホムラさんの瞳は確信を持っているように見えた。その目を見てそれ以上異議を申し立てられる人はいなかった。

 

「とはゆうてもな、実際そこになにがあるっちゅーんや?」

「――真実」

「なんやて?」

 

 ちょっと短くし過ぎた私の返事に、ジークさんがまともに顔をしかめた。

 見て貰ったほうが分かりやすいと思って、私は首に提げていた皮ひも事認識票(ドッグタグ)外し、手のひらに置いてから皆の前に見えるように差し出す。

 何かの基盤にも見える不規則な線の刻まれた翠色の認識票(ドッグタグ)。この中にはきっとこれを持っていることさえ忘れていたり、初めて見る人もいるだろう。

 

「これは、私があちらの世界にいる時からずっと持っている、恐らく私の身元に通じる物です。でも、向こうの世界では銀膜に覆われてて、全然何の役にも立たないただのアクセサリーでした。けど、この世界に来てから、ヒカリさん達と出会ってから、これを覆っていた銀膜が剥がれて、それを知ったメツには私が『正真正銘の楽園の子』だと言われました」

 

 レックスとホムラさん以外はまだ記憶に新しいであろう、モルスの断崖で私とメツとの間で取り交わされたやり取りに辺りに流れる空気がみるみる緊張していくのが分かる。

 

「このモルスの地は、私のいた世界とよく似てる。そしてここでなら、認識票(ドッグタグ)の中にある真実をホムラさん達が見せてくれるって。――私は、それを知らなくちゃいけない」

「知りたい。ではなく?」

 

 帽子のつばから覗くメレフさんの赤銅色の瞳に射抜かれる。

 私は正直に首を横に振った。

 

「ホムラさん達は、この真実が私にとっていいものである保証はないって言ってました。でも、少なくともメツはホムラさん達と同じ真実を知っています。だからこそモルスの断崖で、メツはこの認識票(ドッグタグ)に眠るなにかを無理やり引き出そうとしました。

 あの人は、私が望む望まないに関わらず、そういうことができてしまう。だからこそ私は知らなくちゃダメなんです。たとえばそれが私にとって辛いものだったとしても」

 

――私が怖いのは、メツの口からその真実を教えられること。知るタイミングと知りたいと思う範囲をあっちで決められてしまうこと。私のその秘密が、私の弱みにならないようにするにはこれしか方法が思いつかなかった。

 

「でも私だけじゃ、その真実を受け止めきれないかもしれない。なので、お願いします。私と一緒に真実を知って欲しいんです。みんなと一緒なら、大丈夫な気がするから」

 

 そう締めくくって、私はみんなに向けて頭を下げる。

 心臓が痛いくらいに鳴っているのが分かる。指先がしびれて、思わずぐっと力がこもる。怖くて、恥ずかしくてうっすら汗がにじんだ。

 だめ、かな。だめだろうか。だめかもしれない。

 みんなからの反応を自分から見ないようにしてるのに、頭の中では今まで一度も見たことが無いような怖い顔をしているレックス達の姿が思い浮かんだ。 

 

「――わかった。それがアサヒにとって大事なことなら、オレ達も一緒に行くよ」

「……え? い、いいの?」

 

 反射的に顔を上げた先では、レックスたちが優しく笑っている。その中で、サイカさんがお尻の電球のついた尻尾を揺らしながら、こう追撃した。

 

「当たり前やん。アサヒが逆の立場やったら、ええよってゆうてくれるよね? ウチらの時みたいに」

 

 もしこれが私じゃない誰かだったら? そんなこと考えたことも無かった。けれど、そう言われてみれば、私は慌てて首を縦に振ってみせる。それを見たサイカさんは満足げに頷いた。

 誰も、私が想像していたような怖い顔はしていなかった。

 

「――こちらです。みなさん、着いて来てください」

 

 先導するホムラさんの背中には迷いがない。私も、遅れないように一番最初にホムラさんの後を追った。

 この一歩目は誰より先に私が踏み出したかった。

 私の事情につき合わせてしまうせめての覚悟を示すために。

 

 

 

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 細い根っこと太い根っこが複雑に絡み合って足場の悪い世界樹の根を、私たちは慎重に伝っていくと私たちが居たところとは別の場所につながっていそうな足場を見つけた。

 私とレックス達はイーラの巨神獣の胎を通って来たわけだけど、ここはモルスの地から世界樹に直結しているようだった。イーラの巨神獣で見た材質とはまた違うメタリックシルバーな足場で組まれた通路は、そのまま世界樹の中心へ伸びているらしい。

 ホムラさんはスタスタと世界樹の中心に向かって歩いていく。

 倒れてたオフィスビルは近代的だった。けどこちらは、より近未来的な雰囲気だ。

 それなりに広さはある一方で、筒状の内部の真ん中には、半円状になるように仕切りがされていた。真ん中にはエレベーターみたいな扉と、その扉の開け閉めを制御するような装置があるだけだった。

 

「世界樹の中が、こんなになってるなんて――」

「人工的な塔の周りに。巨大植物が巻き付いてるようですね」

 

 ビャッコさんの言葉を聞いてようやく、この世界に来てからずっと『なんで世界樹って呼ばれてるのに、あんなに光ってるんだろう』という疑問に答えが出た。この塔みたいなのが木の隙間から出てる光が原因だったんだ。と納得する反面、雲海の上で見た時は遠くから見上げても先端は見えなかったことを思うと、この建物がどれだけ高いか。もしかたしたら、宇宙にさえ届いてるんじゃないかとも思ってしまう。

 そんなことを考えているうちに、いつの間にかこの部屋唯一と端末に近づいたホムラさんが、一瞬だけアカリさんの姿に変身する。そうしてマスターブレイドである彼女が端末に手を翳した瞬間、その端末から空中に操作パネルが浮かび上がり、目の前にあった扉が開く。

 その中の様子を見て私の予想は当たっていた。

 

「世界樹って、エレベーターだったんだ……」

「えれ、べーた?」

 

 レックスの言い方は、なんだか人の名前みたいになっていた。

 こっちではあんまり馴染みのない言い方なのかな。

 

「エレベーター。ほら、スペルビアのお城の中にもあったでしょ? 上に行ったり下に行ったりできる、あれ」

「昇降機のこと?」 

「あっ、そうです。昇降機!」

 

 カグツチさんのナイスアシストによって、レックスも「あぁ」と納得してくれたみたいだった。

 みんなの認識が一致するのを待ってアカリさん形態を解除したホムラさんが頷く。

 

「これでまずは、地下へ」

「そこに、アサヒの秘密があるってこと?」

「えぇ。でも、あんまり時間は作れないかもしれません」

「……ホムラさん?」

「この端末を触った時、私は自分が何をしたのか分かりませんでした。まるで初めから知ってたように、身体が勝手に動いたんです。きっと、これも(とうさま)から与えられたマスターブレイドの力なんだと思います」

 

 ホムラさんはそこで一度言葉を区切ると、何かに憂うように続けた。

 

「本能的に動けたのは、メツも同じのはず。彼も同様に、この世界樹の使い方を知っているから――」

「早めに追い付かないと、大変なことになるって訳か……」

 

 それでも、ここにいる誰もが『行くのは止めよう』とは言わなかった。

 むしろ、私に向けて『気にするな』と言っているみたいに穏やかで、頼もしい表情だった。

 

 

 ――きっと、皆と一緒ならどんな真実が待ってても怖くない。

 

 

 




次話『メガフロート基部 地下制御室』

大変長らくお待たせいたしました。
そして、まだ認識票の秘密に行きつかないんかい! と言われそうな気しかしませんが、次のお話で必ずや……!!

そして、2月24日でこのハーメルンで活動を開始して二年となりました。
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