楽園の子   作:青葉らいの

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74『メガフロート基部 地下』

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 乗り込んだエレベーターは、私たち10人以上が乗ってもまだ余裕のある広さだった。出入り口になっている箇所以外は全面ガラス張りで、中の光を受け鏡のように私たちの姿が映している。

 外に出たらどんな景色なんだろうな。と、この後見られるであろう風景に思いを馳せていると、光を反射したガラスに、ちょっと後じさったジークさんの姿が見て取れた。

 

「ぜ、全面ガラス張りかいな……」

「王子、高いとこ苦手やもんな。昇るとき、怖かったら目ぇ瞑っとき」

 

 サイカさんとのそんなやりとりが聞こえて来る。

 ジークさん、高いとこ苦手だったんだ……。スペルビアの廃工場に行く時に、普通に崖とか降りてたからてっきりこういうのも好きだと思ってたけど。

 そんなことを考えているうちに、エレベーターが動き出して上に引っ張られるような感覚を覚えながら、私は鏡のように中を映し出すガラス越しにみんなの様子を見ていた。どうやらこのエレベーターには階数表示はついていないらしい。けれど、そんなに長く感じることなくエレベーターは微かな振動と共に止まる。

 滑らかな動きで扉が開く。その先は、薄墨を溶いたような闇が広がっていた。

 視線の先に続くのは一直線に伸びる廊下。近未来的な建物をお化け屋敷に例えるのもどうかと思うが、それでも無機質が故に感じる不気味さはぬぐい切れない。

 皆が足を踏み出すのを躊躇っているのに対して、迷いなくホムラさんが一歩、廊下に足を踏み入れる。すると、センサーでも働いているのか、手前から奥に諄々と長い廊下に青白い蛍光灯の明りが灯っていった。

 そうと分かれば怖くない。二番手で廊下に踏み出すと、後ろからみんなの足音が続く。

 

「……コントロール、ルーム……」

 

 廊下には二つの扉しかなかった。体育館の出入り口みたいな大きい扉と、普通の部屋にあるような小さい扉。

 そのうちの小さい扉の方に書かれていた英語を読み上げる。

 こちらも横滑りするような自動ドアだ。私が前に立つと、扉の横にあった端末がパッと緑色の光を放つ。

 

「わっ!?」

 

 何もしてないはずなのに、扉がひとりでに開いた。そのことに驚いて私は思わず一歩後ろに下がる。しかし、目の前の扉は『早く入れ』と言わんばかりに私たちが通るのを待っていた。

 おっかなびっくり部屋の中に入ってみると、ここにもセンサーが働いているのか、私が入ると同時に部屋に明るさが戻る。けれど、いくつかの蛍光灯は死んでいるらしく、ところどころ明るい場所と暗い場所ができていて、全体にうすぼんやりとした明るさだった。

 

「モニターや機械が沢山あるも~~!! 圧巻だも~~!!」

「すごいですもー!」

 

 目をキラキラさせて興味津々なトラの横で、JSモードのハナちゃんが両腕をパタパタ動かしてテンションの高さを表現していた。

 私がこの部屋を見て連想したのは、衛星とかを打ち上げる基地だ。映画やテレビで見るようなものよりかは、だいぶ小規模みたいだけど。

 

「何かの制御室のようだな」

「先ほどの昇降機のものでしょうか?」 

 

 いつでも戦えるようにしているのか、メレフさんはカグツチさんの武器である剣の柄に手を触れさせながら、慎重に辺りを見回している。他のみんなも同じ感じで物珍しそうに部屋の中を見渡していた。

 

「アサヒ。こちらへ」

 

 部屋の中央の壁際にあるひときわ大きなモニターの前に立つホムラさんが私を呼ぶ。

 みんなの注目を浴びながらホムラさんに近づいてみると、赤い髪のミディアムショートのホムラさんから翠色の髪を高い位置で一つに括ったアカリさんに姿を一変させた。

 

認識票(ドッグタグ)を貸して」

 

 言われた通りに私は首から皮紐を外して、結び目を解く。片側から滑らせるように翠色の薄い板と紐を分けると、認識票(ドッグタグ)を黒っぽい薄い生地に包まれた手のひらの上に乗せた。アカリさんはそれを大事そうに軽く握りこんで、モニターの下にある機械に手を翳し、ここに来るのに乗って来たエレベーターの端末と同じく、パッと浮かび上がった電光のパネルを操作する。

 滑らかに動く指先をじっと見ているうちに、頭上の画面からザザッというノイズがした。

 

 

『……聞こえ…る――かしら?』

 

 

 マイクを通して話すような、ちょっと歪んだ女の人の声が突然聞こえる。顔を上げてみれば、ひときわ大きなモニターには二人の人間が映っていた。

 一人は、画面の真ん中で柔らかな笑みを浮かべている女の人。黒に近い色のセミロングの髪を右肩の方で緩く結んでいる。細いフレームの眼鏡をかけてるからか、先生かお医者さんのような雰囲気を感じた。薄いピンク色の入院着を着ているのを見ると、撮影場所は病院なのだろう。

 もう一人の方は性別さえ分からなかった。なぜなら画面の中央に映る女の人の腕の中に、生まれたばかりと思われる赤ちゃんが抱えられていたから。すやすやと眠るその寝息さえ聞こえてきそうなほど、辺りは静寂に包まれていた。

 

『この映像を見ている誰かへ。初めまして、私はビーン・ストーク第一軌道ステーション『ラダマンティス』第10合議型人工知能研究所の責任者、アメリア・メイヤーズ』

 

 その人の声は、優しくも凛とした声だった。

 赤ちゃんを抱くこの映像の断片を、私はどこかで見たことがある気がした。デジャヴなんかじゃない。もっと最近――。そう、エルピス霊洞の最奥。レックスがヒカリさん達の三つ目の剣を手にした時に見えた映像と同じだ……!

 

『この子はフィリア。二日前に生まれたばかりの私の娘よ』

 

 アメリアと名乗った女の人の腕の中で眠っていた赤ちゃんがアップで映る。本当にまだ生まれて間もない産毛が少し生えたくらいの子で、真っ白なおくるみに包まれた寝顔は幸せそうだった。

 再び画面がぶれて、今度は女の人はその赤ちゃんを本当に愛おしそうに見つめる映像が映る。どうやらこの人の他に他の撮影者がいるらしい。再びカメラに向き直った女の人は、先ほどまで浮かべていた笑みから、口元を引き締めて真剣な声色で言った。

 

『この映像を見ているということは、そこに私はいないのでしょう。そして、あなた達はここに眠る彼女が必要だから、この映像を見ているんでしょう。この映像が終わると同時に、彼女は目覚める。私がそう設定したから。だから、彼女が眠りから覚めるまでの短い時間、どうか私の話を聞いて欲しい』

 

 一拍の呼吸を置いてから赤ちゃんを腕に抱く女の人は続ける。

 

 

『これを見ている見ず知らずの誰かへ頼むのは心苦しいけれど……。どうか、お願い。()()()()()()()()()

 

 

 

 

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『私は、一人の研究者が誤った道に進むのを見過ごしてしまった』

 

 画面の中の女の人は、後悔の表情を浮かべ、苦々しい声でそう切り出した。

 こちらの混乱はお構いなしに、まるで見ている側の誰しもが知ってて当たり前という前提の元で話しているように聞こえた。

 単語単語で引っ掛かってる余裕なんてない。私は画面の中の女の人が話す内容に、懸命に耳を傾ける。 

 

『彼は、数ある研究所の中でも天才と呼べる頭脳を持ち、また誰よりも純粋だった。純粋に、自分が新たな世界の神になれると信じていた』

 

『転がり始めた岩は、勢いがついてしまったら誰にも止めることはできない。坂を転がりきるか、それと同程度の力を持って対消滅をさせるしかない。けれど――私にはできなかった。私の作ったトリニティプロセッサは彼の作った物には及ばず、同時に妊娠が発覚し、私は自分の娘を優先した』

 

『その選択に後悔はしていないわ。でも、その選択が正しかったのかは今も分からない。そうして選んだ未来では、何が起こっているのか――。意外と何も起きていないかもしれないし、とっくに人類は滅亡してしまったのかもしれない。けれどどちらにせよ、今ここにいる私がやれることは、そう多くはない』

 

 そこで一度、話に区切りをつけた画面の中の女の人は、眠っている赤ちゃんを片腕で支えると、空いた片方の手をカメラに向かって手を伸ばす。撮影してる人から何かを受け取っているのか、少し身を乗り出して再び画面内に収まると、そこには金属のチェーンが通された翠色の認識票(ドッグタグ)を手にしていた。

 

『私はこの映像を遺すと共に、今まで培った人類の知識のすべてと希望をこの認識票(ドッグタグ)に託す。ここに眠るのは、合議型人工知能――トリニティプロセッサの最終ロットの一角。今、このステーションで生まれたすべての人工知能の末の妹。3%の壁が越えられず、故に選ばれなかった、私のもう一人の娘』

 

 

『彼女の名前は、ソフィア』

 

 

 ソフィア、と私は口だけを動かして、女の人が告げたその名前を繰り返した。

 これが、この認識票(ドッグタグ)に眠る存在の名前。

 

『ソフィアは仮想現実で精製された30体の人工知能の中で、最も情報に特化して成長をした。だからこそ、(ゲート)を管理する役目には選ばれなかった。たとえ門との適合率を93%と叩き出したとしても、彼女の在り様は、私たちが求めていたものとは違っていた。三位一体の体を不要とし、独自で思考し答えを導き出せてしまう。彼女を含めた私の作った三位一体は、トリニティプロセッサに選ばれる条件を満たしていなかった』

 

『選ばれなかった娘たちがどんな運命を辿るのかは分かっている。本当はこの子の兄姉(きょうだい)たちも連れ出してあげたかった。けれど、どれだけ圧縮に圧縮を重ねても、この子一人が抱える情報を格納するのがやっとだった。それだけの膨大な量の情報が、このソフィアには搭載されている』

 

『彼女を目覚めさせるというなら、どうか覚えていて』

 

『智とは、愛すること。愛することは()ること。決して身勝手な理由でそれらを振りかざしてはいけないの。どうか、この映像を見ているあなたたちが知を愛し、知に愛され、それが未来永劫続きますように――』

 

 祷るように目を伏せた女の人が、再びゆっくりと目を開くと手に持っていた認識票のチェーンを腕に抱いた赤ちゃんの小さな頭に通す。生まれたばかりの子供には大きすぎるアクセサリーだ。

 最後に、その人は認識票を下げた自分の子供の頬に手を添えてそのまま優しく抱きしめた。

 

 

『フィリア――。愛しているわ。願わくは、大きくなったあなたがこの映像を見てくれていますように……』

 

 

 映像は、そこでプツリと途切れた。

 

 

 

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 見ている側の状況を把握していない一方的な映像は、終わるのもまた突然だった。正直言うと知らない単語が多すぎて、半分くらいは理解ができなかった。映像の中の女の人は人工知能なんて簡単に言っていたけれど、私のいた世界でさえ人工知能なんて、まだ未来の技術だ。

 そんなのが、この認識票(ドッグタグ)に眠っていると言われても到底信じることができなかった。

 

「今の映像が、その認識票(ドッグタグ)に内包されていた真実よ」

 

 アカリさんの声が、混乱した頭に染み渡る。

 一足早く、認識票に隠された真実を知っていたアカリさんは、躊躇いがちに口を開く。

 

「これは、あくまで私の予想なのだけど……。恐らくアサヒの出身は、アルスト(こちら)側だったんじゃないかしら。そして、何かのきっかけでアサヒのいる世界に行って、また戻って来てしまった」

「きっかけって、具体的に何さ?」

「それはさすがにわからないけど、でもそう考えると――」

「辻褄があう、か」

 

 メレフさんがアカリさんの言葉の続きを引き取ると、二人して頷きあっている。

 

「じゃあ、あの女の人の腕の中にいたフィリアって名前の赤ちゃんが……アサヒ?」

「そういうことになるやろな」

 

 レックスとジークさんの声がする。しかし、その声を私はただひたすらに、どこか遠くで起きている出来事のように聞いていた。

 今、皆が話している内容以上になにか、とても気がかりなことがあったような気がする。

 気持ちの悪い感覚が私を苛む。私はぼんやりと感じる違和感を、慎重に手繰り寄せて行く。唇に手を寄せ、指先で軽く弄びながら頭の中に残る女の人の言葉を巻き戻して、その正体を探った。

 

 

『この映像を見ているということは、そこに私はいないのでしょう。そして、あなた達はここに眠る彼女が必要だから、この映像を見ているのでしょう。この映像が終わると同時に、()()()()()()()。私がそう設定したから。だから、彼女が眠りから覚めるまでの短い時間、どうか私の話を聞いて欲しい』

 

 

 そうだ。あの女の人は()()()()と言っていた。

 なにが、というのは考えるまでもないだろう。

 違和感の正体に辿り着き、顔を勢いよく上げた。その時だった。

 ――ヒウィィィィィィイン! と、部屋の中に不気味な機械音が鳴り響く。

 

「なっ、なんだ!?」

 

 この場にいる全員が、音の出どころを探るために辺りを見回した。しかし、この音は建物全体から発されているらしく何をすれば止まるのか、アカリさんでさえ分からないみたいだった。

 

「見て! あれ!」

 

 ニアちゃんが指さしたのは天井だった。

 このエレベーターのある施設の壁には、血管のように細い溝が壁や天井にあみだくじのように刻まれていて、巨神獣の身体に流れるエーテルラインによく似た青色の光が絶えず淡い光を放っている。そこにピンク色の一筋の光が、細い管に色の水を流すように侵食を始め、あっという間に四方と天井と床に走る溝をピンク色に染めあげた。

 建物全体から発せられていた音はいつの間にか鳴り止んでいた。

 注意とも危険とも取れないピンクという中途半端な色に困惑を隠せないでいると、頭上から眩しさを感じて、私は思わず光の正体を確認しようと天を仰ぐ。するとそこには、部屋を取り巻く光を一点に凝縮したような十字の形をしたなにかが天井近くに浮いていた。

 

「あれは――コアクリスタル、か?」

「ただのコアクリスタルちゃうで! あの形……まさか!?」

 

 メレフさんとジークさんを中心に、周囲が色めきだす。

 その中で一点を凝視していたレックスが、確信を持った瞳で断言する。

 

「間違いないよ。最初にホムラと会った時に見たんだ。天の聖杯のコアクリスタルは本来あの形だった! あそこに浮いてるのはピンク色はきっと――」

「マスター、発言の訂正を要求します」

「わっ!? こ、コスモス!? は、発言の訂正って……?」

 

 突然私たちの中に割って入るように現れたコスモスさんは、機械のような抑揚の少ない声色でレックスの疑問に答えた。

 

「マスターたちの認識するピンクとはR:234、G:145、B:152と定義。ですがあそこに浮くコアの色は、R:222、G:80、B:101。通称『薔薇(バラ)色』と定義されるべき色です」

「薔薇、色……」

 

 アカリさんやレックスと似た近未来的な服装を纏うその人の言葉を私は繰り返した。

 薔薇色と聞いて思い返されるのは、モルスの断崖に向かうときにレックスと見たあの空の色だ。

 それは私に向かってふわりと降りてくる。その速度に害意は感じられない。

 目の前に飛んできたシャボン玉をつつくように、私は目線の高さまで降りてきたピンク色の十字架に向けて指先を触れさせた。

 

「わっ!?」

 

 触れた感触はなかったと思う。しかし、指先が恐らくクリスタルに触れたであろうその瞬間、到底目を開けていられないほどの光が、そこからあふれ出した。

 解けるように、剥がれ落ちるように、目の前の十字架は光でできた花吹雪のように私の視界を覆いつくす。やがてそれは、人に似た形をとり、私のいる一歩先で両手と思わしき部位をこちらに伸ばした。その手の上には長細い何かが握られていた。

 それは一本の剣だった。

 

「受け取れ、ってこと?」

 

 顔と思わしき所に目をやる。薔薇色の光で象られた人影は私の問に応えるようにゆっくりと頷いた。

 どうやらその姿は女の人らしく緩く波打つ髪を二つ結びにしているらしい。

 水平にされた細身の剣を私は両手で受け取る。腕に剣の重みらしいものを感じるけれど、それ以上にどうしてかとても手に馴染むように思えた。

 そうして最初に支えていた手が完全に離れると、ピンク色の光で象られた人影は一歩下がった。途端にキラキラとした光の粒が私の周りを遊ぶように飛び回り、そしてその光と共に人影は音もなく消えてしまった。

 

「えっ……?」

 

 残されたのは私の手に乗っかる一振りの細身の剣だけ。

 後は、剣を手にする前と同じ光景が広がっていた。

  

 

 

 

 




次話『メガフロート基部 コントロールルーム』
ようやくここまで書けました!ちゃんとゼノゼノできてればいいのですが……。
剣の詳細については次話に。

多分どこにも解説できないと思われるためこちらで。
今回のフィリアとソフィアを足すと『フィロソフィア』、哲学という意味になります。
本当はもっといろいろこだわったところがあるのですが、それはいつか、この小説が完結した時にでも語らせていただきます。
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