楽園の子   作:青葉らいの

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75『メガフロート基部 コントロールルーム』

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 時間は少し遡り、秘密組織イーラが所有する戦艦モノケロスの内部。

 その制御部室には複数のモニターが設置されていた。その中でも、最も大きな画面には一面、灰色の靄が立ち込めた映像が映し出されている。

 

「雲海を抜けるまで、あと7500メルト。ふぅ……、なんとかギリギリ持ち堪えたってところかな」

 

 普段の軽薄な態度とは裏腹な、真剣な顔つきで操縦台に立っていたサタヒコは、強張らせていた体から意識をして力を抜いた。それと同時に、左右にばらけて船の操縦を補佐していた人喰いブレイド(マンイーター)の兄妹も、サタヒコの声を聞いて先ほどまで見つめていたモニタたちから目を離す。

 

「一時はどうなることかと思いましたよ。まぁ、シンも無事だったのが不幸中の幸いでしたが……。ところで、シンはどこです?」

 

 眼鏡のブリッジ部分を押し上げるヨシツネの視線の先には、黒い鎧に身を包んだメツがいる。彼は制御室と奥につながる出入り口の脇で高慢に佇んでいた。

 手伝いを申し出ることも無く、船を操る三人の様子を、腕を組んで高みの見物をしていたメツは、話を振られたからかのっそりと動き出してサタヒコの一歩横に立つ。

 

「シンなら奥で調整中だ。このままギリギリまで寝かせておく」

「そうしてあげてください。この作戦の要はあなたとシンなんですから」

 

 その短いやりとりの中でも細々と船を操縦していたサタヒコは、今度こそ大きく体を伸ばすして、操縦台に背を向けた。

 

「船は自動操縦に切り替えといたから、後よろしく」

 

 俺は下で最終調整してくるから。と、普段は女子の前では気障に振舞うサタヒコも、女子が絡まなければ普通だ。

 この船唯一の女性であるベンケイは、ずっとサブの操作台を親の仇のように睨みつけていた。

 モルスの地で、シンの静止の声を無視し、もう一人の天の聖杯に攻撃しようとしてシンの怒りを買ってしまったのがショックだったのか、先ほどから一切会話に加わる様子がない。

 妹は一度ああなると長い。自分の中で折り合いを付けられるまで話しかけないほうがいい。

 そう理解しているヨシツネはふと、同じ空間にいるメツを一瞥した。

 メツも、必要以上に喋る性格ではない。若干居住まいの悪い沈黙が、制御室に横たわっていた。

 しかし、その沈黙も長くは続かなかった。世界樹から放たれた見慣れない薔薇色の光を観察したカメラがモニターを通して瞬間的にモノケロスの内部を明るく照らし出したことで、その空気は一変した。

 

「なっ――!?」

 

 まばゆい閃光に腕で顔を隠したヨシツネだったが、その光は上から下へと通り過ぎただけで制御室は再び静寂に包まれる。

 ほんの数秒の出来事だった。

 数拍置いて我に返ったヨシツネは、背中合わせの位置にいる妹に向かって声を張り上げる。

 

「ベンケイ、計器の異常は!?」

「特になし! そっちは!?」

「こちらも、異常は検知できません!」

「なんだったんだよ、今の光は……!?」

「方向としては世界樹から放たれたみたいでしたが……」

 

 混乱する兄妹に対して「騒ぐなよ」と一人だけ全てを知っているようなメツが不敵な笑みを浮かべていた。

 

「ありゃあ、ただ目覚めただけだ」

「目覚めたって――何が?」

 

 説明を求めるように、ヨシツネとベンケイからの視線を一身に受けるメツだったが、彼はあえてそれを無視する。モルスの断崖では不在だった彼らには、そこで交わされたやり取りは知らされていない。知らせる義務もない。

 ただ、全てを知っているメツだけはあの時の光景を思い出しながら愉悦の混じった含み笑いをし、こう呟いた。

 

 

 

「あの小娘。口では『いらない』なんざほざきやがった割には、絶対的で分かりやすい力の誘惑には抗えなかったってか?」

 

 

 

 

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「えっ……?」

 

 突然、元のコントロールルームの景色が広がり、私は驚いたあまり小さく声を漏らす。

 まるで、夢を見ていたみたいだった。

 ゆっくりと辺りを見回すと、同じように呆然としているレックス達の姿が見て取れる。

 けれど、夢じゃないことは私自身が一番分かっていた。なぜなら、私の手には細身の剣が両手に渡るように乗っていたから。

 

 あの薔薇色のコアクリスタルが女の人に姿を変え、私に託した一本の剣。

 それを改めてその剣を観察する。

 形は前の世界にあった教会なんかで見る十字架を逆さにしたような剣だ。手触りは金属とも鉱石とも違う、不思議な感触がする。普通の剣ならパーツごとが組み合わさっていそうなものだけど、これは一か所を除いて全くつなぎ目が見当たらない。同じ材質の塊から彫り出したみたいだった。

 全体的に白っぽいけれど、純粋な白じゃなくて影の部分は桜のような淡いピンク色が差していた。

 十字の横に当たる部分には小ぶりの薔薇の花が彫られていて、人の手では到底できなさそうな緻密なデザインが余計に神秘的に見える。

 そして一番の特徴は、十字架で言う所の縦の棒と横の棒が交差する部分にはめられた、半透明のプレートだ。大きさは私が人差し指と親指の指先を丸くくっつけた時と同じくらい。つまり、それくらい細くて綺麗な剣だった。

 

 

「――ヒ。……アサヒっ!」

「あっ……。わっ!?」

 

 至近距離で声を掛けられ、肩を揺さぶられて、私は手に持っていた剣を落としそうになる勢いで体を震わせた。

 剣に見惚れ過ぎていたせいか、いきなり現実に引き戻されて、心臓がバクバクいっている。

 声のした方を見ると、猫耳を細かく動かしたニアちゃんが心配そうな顔で私を覗き込んでいた。

 

「ど、どうしたの? ニアちゃん」

「どうしたの、ってアンタ……」

「アサヒ、急に動かなくなったんですも」

「えっ?」

「っていうか、その手にあるの武器? ……え? 武器、だけ? 天の聖杯は――ブレイドはどうしたのさ?」

「さ、さぁ……?」

 

 矢継ぎ早に飛んでくるニアちゃんの質問に私は首を傾げるしかできない。

 煮え切らない言葉に顰め面をするニアちゃんだったが、わからないものはわからない。むしろ私の方が今の状況を教えて欲しいくらいだ。

 困り果てた私は、助けを求めるつもりで翠色のポニーテールのアカリさんに視線を向ける。すると、皆と同じくらい困惑した表情をしたその人が、こちらに早歩きで近づいてきた。

 

「その剣、見せてくれるかしら」

「あっ、はい」

 

 その険しい声に委縮して、思わず声が上ずった。

 恐る恐る手にあった薄紅色の剣をアカリさんに手渡すと、その人はその場でスッと目を閉じる。

 そうか、マスターブレイドの力を使って調べてくれるんだ。

 こうなってしまうと、アカリさんの調査結果を待つしかなくなる。その間に、皆に私がどう映っていたのかを聞いてみれば、みんなは一様に「わからない」と首を横に振った。

 ニアちゃんやレックス達の言葉をまとめると、途中までは普通に同調しているように見えていたらしいけれど、剣が手元に顕れた時点で私の意識が戻って、それからまたすぐにぼうっとし始めたらしい。

 そう聞くと確かに、ニアちゃんの心配する気持ちもわかる。

 心配させちゃってゴメンね、と謝ると「いいよ、別に」と軽い返事が返ってきた。

 

「体の方は平気なん? 血が出たり、痛かったりはしてへん?」

「あ、えっと……平気、みたいです」

「そうすると、同調自体は問題なかったということかしら」

 

 こっちはこっちでじろじろとサイカさんとカグツチさんに観察され、恥ずかしくなった私は思わず二人を遠ざけるように腕を伸ばして視線を断ち切る。

 そうこうしているうちに、背けていた視線の先に近未来的なブーツの形が見え、そのまま顔を上げた。

 分析を終えたアカリさんは無言で手に持っていた剣を私に返してくれた。その硬い表情を見る限り、結果を聞くのがちょっとだけ怖くなって、おっかなびっくりその人から剣を受け取って言葉に窮した。

 

「アカリ。どうだった? 何かわかった?」

「えぇ。……結論から言うわね。この剣は間違いなく天の聖杯の剣、レックスやメツの持つものと同等のものよ。けれど、肝心のブレイドがいない。こんな状態、見たことが無いわ」

「普通はブレイドと武器、同時に出て来るもんやろ。片方だけなんて、あり得るんかいな」

「分からない……。無理矢理説明するなら、半同調状態、とでも言うのかしら。武器と同時に生成されるはずの体細胞の分裂をブレイド側の意思で強制的に停止させてるのに近いと思う。でも、そうする理由が思いつかないわ」

 

 考え込むアカリさんの一方で、私は心臓が止まるかと思った。

 ブレイドを形作る体細胞の分裂を止める。それはつまり、ブレイド自身が人の形をとらないということ。

 ブレイドの武器だけではその力を十分に発揮できない。ドライバーが奮い純化、圧縮して蓄えたエーテルをアーツとして発揮させるのは体があってからこそ。そのもっとも重要な体細胞の分裂を止めてまで姿を現さない理由なんて、普通は思いつかないだろう。

 ――この世界(アルスト)の住人なら。

 そして付け加えるなら、あの時ホムラさんとヒカリさんはいなかった。

 

「私が、言ったから……?」

 

 目を凝らすとその剣が淡い光を放っているのが分かった。その中に存在している彼女に思わず問いかける。

 それは、第三の天の聖杯の剣を探しにエルピス霊洞に向かう前の夜。

 満天の星とミクマリちゃんの傷ついた表情が、イヤサキ村の、あの夜のことが脳裏にフラッシュバックする。

 

「私が『もう誰とも同調するつもりはない』って……そう言ったから?」

 

 ミクマリちゃんの妹であるセオリちゃんのコアクリスタルが同調できるようになって、真っ先にその子は私にセオリちゃんのドライバーになって欲しいと頼んでくれた。

 けれど、私はそれを断った。

 だってあの時は、私の出生なんて知らなかった。認識票の中にブレイドが眠ってるということも知らなくて、これ以上誰かと同調しちゃいけないって、本当にそう思っていた。その考えは今も変わっていない。でも、その結果が今だ。私は、知らず知らずのうちにこの人を傷つけてしまっていたんだ。

 後悔と罪悪感に胸が押し潰れそうになる。いっそ、もう潰れてしまえばいいのに。

 

「……っ!」

 

 剣から反応はない。本当に反応できないのか、それとも反応しないのか、私には知る術がない。それでも、わずかな変化も見逃すまいと剣の放つ淡い白い光の揺らぎを見つめていると、私の前にそっと跪くメレフさんがいた。

 

「その(つるぎ)、私にも見せて貰っていいだろうか」

 

 メレフさんの顔を見降ろすという、なんだか新鮮な光景に私は内心驚きながら、手にしていた剣を差し出した。

 恭しく丁寧に私の手から剣が離れる。知らないうちに目尻に溜まった涙を指で払っていると、メレフさんは受け取った剣を眺めてから、ふと頬を緩めた。

 

「この(つるぎ)はとても君らしい。――いい剣だ」

 

 私は武器に詳しくない。持つのにふさわしい、ふさわしくないみたいな定義はなんとなくわかるんだけど、私らしい剣ってどういうことだろう。

 首を傾げていると、遠巻きから見ていたみんながちょっと近づいて来て、メレフさんの手元にある三本目の天の聖杯の剣を覗き込み、何人かを除いて大半は不思議そうな顔をしていた。

 

「……なるほど。ドレスソードか」

「は? なにそれ? 亀ちゃん、この剣のことわかんの?」

「あくまで剣の種類だけやけどな。ドレスソードっちゅーんは、貴族なんかが身に着ける豪奢な飾りのついた剣のことや。自分の権威を知らしめるための、まぁ、お飾りの剣やな」

「も? それが、アサヒらしいってどういうことだも?」

 

 首がないので胴体ごと傾げるトラに、ジークさんは視線をメレフさんに移す。

 まるで、メレフさんにその先を言って欲しそうな、そんな素振りだった。その視線を受けて肩を竦めた特別執権官のその人は、再び私の剣に視線を戻してトラたちを一瞥する。

 

「ドレスソードはジークの言った通り貴族や王族などの権威を示すものだ。だが、他にも戴冠式などの国家的な儀礼や神事などで着用される。つまり、誰かを傷つけることを想定して作られてはいない剣だ」

 

 なんとなくメレフさんの言わんとしていることが、分かった気がした。

 それでも、誰も答えを先回りして言おうとはしなかった。

 男の人みたいな恰好はしているけれど、本当はこの中で誰よりも女性らしさに気を配っているその人は慈愛に満ちた眼差しで私と視線を合わせる。

 

「誰かを傷つけることを良しとしないアサヒと、剣としての実用性を重視されないドレスソード。それは、とても君らしい剣だと、私は思う」

 

 メレフさんの言葉に反応するように、手にしていた剣から朝靄に似た白い光が揺れる。まるで『そうだよ』と肯定するみたいに。不思議だった。その剣から何も語りかけてくるわけでもないし、強く握ればただ固い感触しか返ってこないのに、不思議な温かさを感じる。

 

「その剣に宿るブレイドは君の想いを尊重してその姿を取った。そう考えるとしたら、そのブレイドは君が自分を責めることを望んでいるだろうか」

 

 メレフさんに促されるように、私は手元の剣に視線を落とした。

 確かに、この剣に宿るブレイドが姿を現さないのは、私が「これ以上ブレイドと同調したくない」と言ったのが発端だったかもしれない。でも、それでも、あえてこの形をとったという事実を、都合よく受け取ってもいいのだろうか。もし、そうだとするなら――。

 私は静かに首を横に振ってメレフさんの言葉に否定を示した。

 代わりに、今まで私たちのやりとりを見守ってくれていたアカリさんに視線を移す。

 

「あの……。いつか、この人は剣から出てきてくれるでしょうか……?」

「それは、アサヒ次第だと思うわ。あなたがいつ、どこでブレイドと同調するのを躊躇うようになったかは、私にはわからないけれど……。アサヒがいつか、心からその子を求めた時に、きっと力を貸してくれるはずよ」

 

 こういう時に、アカリさんは変に期待を持たせない。けれど、今はそう言って貰えた方が気が楽だった。

 私は、それを手にした時からしっくりと馴染むようなドレスソードを、トオノ達の武器を提げているのとは逆の位置に固定する。それから改めてレックスに目を向けると、その男の子は真っすぐに頷いてくれる。

「行こう!」と、いつもみんなを引っ張ってくれる力強い言葉を放つと、彼のブレイドが何かを私に差し出した。

 

「じゃあ、これは返しておくわね」

「あっ、認識票(ドッグタグ)……。なんとなく、返ってこないと思ってました」

「これは、あくまで媒体だから。機械のバックアップだったり、写真のネガティブフィルムみたいなもので、ソフィアの(つるぎ)が顕現しても、それが消えてしまうことは無いの」

「な、なるほど……」

 

 ネガティブフィルムって、現像前の色が反転してる写真のこと……だよね?

 聞き慣れない単語を思い返しながら、ポケットにしまっていた皮ひもを取り出して、再び認識票(ドッグタグ)を身に着ける。慣れた感触が戻ってくると、なんとなく安堵感に包まれる。

 気付けばみんながコントロールルームからいなくなって、私とアカリさんだけが部屋に残っていた。

 

「アカリさん」

「なぁに?」

「……ありがとうございました。その、色々と、えっと……」

 

 気遣ってもらったことは分かるのに、いざそれを具体的に言葉にしようとするとまったく言葉が出てこない。

 それどころか、なんとなく胸の辺りがくすぐったくて更にうまく言葉に出てこない。

 けれども、なんとかして口を動かす。

 

「私、家族や親の愛情ってぼんやりとしか分からなかったんです。私には、そんな人いなかったから。でも、あの映像を見て、あんな風に抱きしめてくれて『愛してる』って言ってくれるお母さんがいたのかも。って、」

 

 あの映像の赤ちゃんが、今の私かどうかは証明する方法ないけど……。でも、もしあの人が本当に私のお母さんだとしたら――。

 

「私、ここに来られて、あの映像を見られて良かったです。認識票(ドッグタグ)のことも、ソフィアのことを知ることができて、本当に良かったって思ってます」

 

 そうして、私はもう一度『ありがとうございます』と言って頭を下げた。

 次に顔を上げた時に、アカリさんに笑顔を見せられるように。

 心の中でそう決めながら。

 

 




次話『ヴィロン第6エレベーター』
予定としては。

アサヒ、(半)マスタードライバーになりました。
次話はついに世界樹内部に乗り込みます。

3/26のニンダイでゼノブレイドDEの発売日が5/29に決まりましたね。嬉しい反面、恐々とする日々を送ることになりそうです。。。
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