楽園の子   作:青葉らいの

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78『ラキア 第20エレベーター』

 

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 秘密組織『イーラ』の構成員である金髪の青年サタヒコは、薄暗い巨大な部屋に一人佇んでいた。

 その視界に映されているのは、これまでイーラが密造してきた人工ブレイドの軍勢。バーンから大量のエーテル炉を買い込み、その後も秘密裏に量産していったそれらが規則正しく並べられた別室の映像だった。

 ここに映る人工ブレイド達は、これから対峙する宿敵に挑むための重要な戦力だ。ギリギリまで調整に調整を重ね、自分で納得できる水準まで何とかこぎつけた。これだけでも、小国であれば十分制圧できる戦力を有しているが、あくまでこの人工ブレイド達は露払いだ。

 本命は別にある。それを出さないことに越したことは無いが、出さないでいさせてくれるほどアーケディア法王庁は甘くない。そんなこと端から分かっていた。

 

「…………」

 

 ピピッという電子音が、サタヒコの鼓膜を震わせる。

 滑らせるように画面の右端に視線を向ければ、シンの調整に使っていた機械が役目を終えたことを報せていた。

 画面を切り替え、シンのいる部屋を映す。そこはサタヒコのいるマルサネス第一艦橋の目と鼻の先だ。同じ部屋には、こちら側の天の聖杯であるメツがいる。音声は切っているので中で何を話しているかは分からないが、それを断ち切るように響く振動にサタヒコも釣られて天を仰いだ。

 そこから間もなく、第二艦橋にいるヨシツネから交信が入る。

 

『サタヒコ、アーケディアと交戦を開始しました! そちらの首尾は?』

「了解。こっちの調整も完了してる。シン達と段取りについて最終確認が取れ次第そっちに向かわせるから、今のうちに準備しておいて」

『わかりました』

 

 打てば響くような言葉と共に、ヨシツネからの通信は途絶える。

 合わせて、画面を人工ブレイドの待機する部屋に戻すとシン達がたどり着くまでの短い間、サタヒコは体を反転させて、屹立する氷の塊の中にで沈黙する女性の姿を遠く見つめた。

 遺された人間が、死んだ人間の何から忘れて行くのか。それは声だ。とサタヒコは昔、誰かから聞いたことがあった。それはその通りで、サタヒコは氷塊の中に佇む彼女の声をもう思い出すことはできなくなっていた。

 

(ラウラ……)

 

 心の中で問いかけても、彼女は目を閉じてそこに在るだけだった。もう二度と笑いかけもしてくれないし、名前を呼んでもくれない。それでもことあるごとにラウラに向けて内心を吐露することをサタヒコは止められなかった。

 しかし、それも今日で最後になるかもしれない。

 そうなると何を言えばいいのか。彼の心の中も定まらずに、やがて彼の耳に二つの足音が聞こえて来てしまった。サタヒコは表層に浮かんでいた泣き出しそうな笑みを音もなく収め、代わりに軽薄ないつも通りの笑みを張り付けた。

 

「出せるのか?」

「いつでも」

 

 短いに問いには短い返答を。

 そしてその証明として、人工ブレイドの映る画面から外を映す画面に切り替える。色とりどりの高出力のエーテル砲を繰り出すアーケディアの巨神獣が画面いっぱいに映り出た。

 

「船は予定通り、境界層まで上昇。そこでアンタとメツを下ろす。――境界層より上は、アルストの飛行機械じゃ昇れないからな」

「あぁ、それでいい」

 

 氷塊の隣に立つ真っ白な人喰いブレイド(マンイーター)の姿を見て、不意に500年前の光景がよみがえった。

 シンとラウラ。手を伸ばせば互いに触れられる位置にいるはずなのに、生者と死者ではその距離はあまりにも遠い。だからこそ、魔が差したのかもしれない。先ほど飲み込んだはずの心の声が、突然サタヒコの喉にせり上がってきた。あまりにも唐突だったため彼は飲み下すこともできずに、身体が求めるままに口を開いていた。

 

 

「なぁ、シン。――これで、いいんだよな?」

 

 

 サタヒコはラウラに問いかけるはずの言葉を、気が付けばシンに差し向けていた。

 どんな言葉を期待していたのだろう。もしくはどんな言葉も期待していなかったのかもしれない。

 ただ――。とサタヒコは口を衝きそうになる言葉をぐっと喉の奥で堪えた。ただ、なんだ。言い訳じみた理論武装を固めようとしても、うまく先が出てこない。

 無情にも、吐き出してしまった言葉は二度と戻らない。彼は、静かにシンの言葉を待つしかできなかった。

 

「サタヒコ。後を――頼む」

 

 その言葉の意味を理解するのに、サタヒコは数秒の時間を要した。それが致命的なロスになったと気づいた時には、シンはサタヒコに向けて背を向けていた。声が響くのも構わず、サタヒコは大声でシンを呼び止める。けれどシンはもう振り向かなかった。

 残るのはかつての仇敵、ただ一人。頭からつま先まで真っ白なシンとは対照的な全身を黒の鎧で包んだ大男は、サタヒコを一瞥してから、同じように第一艦橋を後にする。

 一人になったサタヒコは、俯きながらシンの言葉を反芻した。

『後を頼む』。まるで自分には、もう後はないと言外に語っているようだな口ぶりだ。確かに後はない。シンにもメツにも、マルベーニにも、サタヒコにも。

 これが、正真正銘最後の決戦だ。改めてそう考えれば、先ほどのシンに返す言葉など、一つしかない。

 

「あぁ。――頼まれた!」

 

 本人が聞いていなくても構わない。

 これはつまるところ、彼の覚悟のお話だ。

 

 

 

 

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「アニキ、まだ来るもーっ!」

「分かってるよ、トラ! アサヒ! そっちに一体行ったよ!」

「わ、分かった! いくよ、コタロー!」

「おう!」

 

 相棒の豆柴ブレイドの威勢のいい声を聞きながら、私は目の前に迫って来る一本足の独楽みたいな機械を見据えて武器であるボールを構える。

 この世界樹の内部に人の気配は感じられない。とはいえ、昔は利用していた誰かがいたからか、いまだにあちらこちらで金属製の警備ロボットたちが巡回していた。

 いくらソフィアの剣が世界樹の端末にアクセスできる権限があるといっても、警報装置みたいなのを切るなんてハッカー染みた芸当はできないし、彼らの巡回ルートを予測するのも難しい。なので、時に立ち止まって、時に隠れて、忍者みたいに警備ロボットたちをやり過ごすしかない。そんな中で、特に厄介なのは赤色のボールみたいな警備ロボットだった。

 他のバイクみたいな形の自走型ロボットや、独楽みたいな一本足のロボットは巡回ルートが決まっていて、超合金ロボットみたいなのは要所要所に置かれていることが多かったから程度は目検で進行方向が読みやすい。一方、ボール型のロボットは他のロボットに与えられた道筋から離れて、その間を縫うようにランダムに転がって来る。運悪くそのロボットに見つかってしまうと、勝手に警報音を鳴らして周囲にいる警備ロボットに私たちの存在を知らせてしまうのだ。

 

 もう何度目かの戦闘。回数を経たおかげでここに駐在しているロボットたちの戦闘のパターンも読めるようになってきたけれど、それとは別の問題が私の中で発生していた。

 この第二層ラキアと名付けられた場所に来てから、ちょっとずつ体調の悪さを感じ始めている。頭痛や鼻水とかだったらまだよかったんだけど、襲い掛かってくる症状はそう言った分かりやすいものじゃない。

 光、音、熱。目や耳から入って来る情報すべてが私の集中をかき乱すようだった。そのせいで戦闘中だというのにもかかわらず、コタローの武器であるボールにエーテルを溜めることが何度やってもうまくできない。

 

「集中しろ、アサヒ!」

「ご、ごめん!」

 

 不調を感じ始めてから、コタローと繋がるエーテルの帯はずっと青いままだった。お互いに心が通じ合っている状態になると金色になるそれは、ともすれば切れてしまうんじゃないかと思うほど頼りないものになっていた。

 焦りが、更に焦りを呼ぶ。集中力をかき集めては霧散するを繰り返しているうちに、一本足の独楽みたいなロボットは、トラかレックスの一撃で動きを止めて地面に崩れ落ちる。それを、私はどこか他人事のように見つめていた。

 

「…………」

「アサヒ、大丈夫か? どっか具合でも悪い?」

 

 ブレイド姿のニアちゃんが駆け寄ってくると思った途端、めまいとだるさとも言えない感覚に襲われ地面に座り込んでいた――らしい。

 地面と自分の距離感がうまくつかめない。金属でできた床から感じる冷たささえ、自分のものとは思えない変な感覚がする。周りの声と世界がぐるぐると頭の中を駆け回っていて平衡感覚が消えてしまっていた。

 五感を通して飛び込んでくる情報が多すぎて、何から処理をしていけばいいのか分からない。

 

「――アサヒ」

 

 至近距離で名前を呼ばれたかと思えばそっと、私の目を指ぬきされた黒いグローブをはめた手が覆う。すると、あれだけ押し寄せていた情報の波が一気に和らいだ。今感じるのは顔の上半分を覆う暖かな体温としっとりした肌の感覚。そして、皆の息遣いだけだ。ばらばらになっていた思考が戻り、ようやくまともに考えることができる。

 さっきの声は――

 

「ホムラ、さん?」

「こうしていると、少し楽になりますか?」

 

 ホムラさんの問に、私はコクコクと頷いた。その心地よさに身をゆだねるように、ゆっくりと瞼を下ろす。

 視界が暗闇に包まれて、こんなに安心したのは初めてだった。

 

「アサヒ。そのまま聞いてください。ヒカリちゃんが言うには、その剣と認識票(ドッグタグ)はアサヒの体を通してソフィアに様々な情報を吸収させているそうなんです。今までは認識票からだけだったので、反動と言っても微々たるものでしかなかったものが、今回の同調を機に必要以上に強い影響が出てしまった。ただでさえ、ここに来るまでアサヒは沢山の情報に触れてきていますし、あなたの脳がその負担に耐えられなくなってきている可能性があるんです」

「脳の負担って……。そんなもん、どうすればいいんだ? アタシやビャッコの回復アーツで治せるもんなの?」

「アサヒの状況は特殊なので、何とも言えないですけど……。とりあえず、目を瞑って静かに横になるのが一番だと思います。レックス、私の剣をアサヒに渡してくれますか?」

「あ、う、うん」

 

 ガシャガシャというレックスが纏う鎧の音が近づいてくる。だらんと力が抜けていた手を動かして両手を受け皿のような形にして待つと、「置くよ」という声と一緒にそっと金属質の感触が伝わって来る。少しだけ目を開いて手元を確認すれば、金色の柄のレックスの天の聖杯の剣が私の手にあった。

 そっと握ると、身体に溜まっていた余分な何かが手を伝って吸い上げられていく気がした。

 

「今、こちらの剣を介してソフィアから漏れ出た情報の余波を処理しているんです。どうですか? なにか、変わりました?」

「え、えっと……。て、天の聖杯の剣を二本だなんて、畏れ多い感じがします……」

「それだけ口が回るなら大丈夫そうだな」

「ふふ、そうですね」

 

 コタローの零した安堵の声にホムラさんが同意すると、私の目も通っていた体温がゆっくりと遠ざかっていく。それと同時に、ぼんやりとした光を感じて、そっと目を開いてみた。

 まず目に飛び込んできたのは金属質の光を放つ床。それを見ても、顔を上げて今自分の座っている場所からゆっくりと世界樹の内部を見渡しても、先ほどのような世界が回る感覚はない。でも、ちょっと光が眩しい感じはした。

 

「ハナちゃん、次の階層への距離はどれくらいですか?」

「ここからあそこにある昇降機に乗って、次の階層を目指しますも。その途中に外に出る場所がありますも」

 

 ハナちゃんの視線に連られてそちらを見れば、ここに来るまで何度か目にしたエレベーターの扉と呼び出すための端末が設置されているのが見える。外という言葉を聞いて私はエレベーターの中で見た今起こっているであろう外界の映像を思い出して少しだけ憂鬱な気持ちになった。

 怖くないかと聞かれて怖くないといえば嘘になる。それでも立ち止まっているわけには行かないと、足に力を入れて立ち上がろうとしたところ、メレフさんに肩を軽く押さえられた。

 

「無理はするな。先ほどの映像を見た限り、この先アーケディアとイーラの交戦の中をくぐり抜けていく可能性がある。そんな中で休憩する時間をとれるかは分からない。ここで少し休憩していくのが賢明だろう」

「ワイも賛成や。ちゅーか、アサヒがおらへんと進めない場所なんかがあったらお手上げやしな」

「……ごめんなさい……」

 

 この言葉がメレフさんとジークさんを困らせてしまうことは分かっている。それでも、自分のせいでみんなを足止めさせてしまっているという罪悪感を吐き出さずにはいられなかった。。

 今は急がなくちゃいけないのに。こんな時に限ってどうして、私は迷惑しか掛けられないんだろう。そんな自己嫌悪モードに突入した私の頭を、こつんと誰かに小突かれた。

 

「ごめんなさい。は、なしだよ。アサヒ」

「ニアちゃん……?」

「あのね、アンタは何も悪いことはしてないし、間違ったこともしてないよ。今も、最善を尽くそうと頑張ってる。そんなアンタを責める奴なんて、ここにはいやしないよ」

 

 その言葉には聞き覚えがあった。

 それは、カラムの遺跡から戻って来た以降のフレースヴェルグの酒場で交わした時のものだった。

 当時のこぶはとっくの昔に治っている。それでも、私はこぶのあったところに手を置いてみた。そうすればあの時のヴァンダムさんの怒った顔と、私に掛けてくれた言葉はをありありと思い出せる。

 モルスの断崖に向かう船の中で、レックスに偉そうに語ったことが恥ずかしくなるくらい、私もこんなに大事なことを忘れてしまっていたみたいだ。

 

「……ニアちゃん」

「ん?」

「ありがとう」

 

 思い出させてくれて。

 笑顔で言えたつもりだったけど、きちんと笑えていたかな。

 今の私にはニアちゃん達がどういう表情をしているかも分からない。

 涙で滲んだ視界のせいで景色をぼやける。

 きっとこの涙は、周りの光に目が眩んだせいなんだ。

 

 

 

 

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「アサヒ、寝ちゃった?」

 

 人工ブレイドのであるハナが言ったエレベーターの扉の前でレックス達は車座に座り込んでいた。その輪から外れた壁際に、自身のブレイドであるトオノの膝を枕にしたアサヒが安らかな寝息を立てている。

 様子を窺ったニアにその花魁姿のブレイドは鮮やかな口紅の引かれた唇に立てた人差し指をあてる。もう片方の空いた手でドライバーである少女の黒い髪を、そっと撫でて柔らかく微笑むトオノの眼差しは、男性を惑わすための妖艶な物ではなく、母性を感じさせる慈愛に満ちたものだった。

 その傍に寄りそう豆柴型のブレイドは、力を抜いて横たわるアサヒを守るように彼女に背を向けて四つ足を揃えて座っていた。その黒い鼻先をニアに向けて、彼女を起こさないくらいに抑えた声量で感慨深げ言うには、

 

「どんなことがあってもよく眠っちまうって、本人はよく悩んでたけどな。まさか裏にこんな理由があったとはなぁ……」

「詮無きことでございんしょう。そこな天の聖杯が言うに、睡眠とは起きていた時に得た情報を頭が整理する時間という意味合いもありんす故。モルスの断崖から世界樹に来るまでの間、主様(ぬしさま)は本当に様々なことを経験なさりんした」

 

 それにしても口元まで毛布を被って苦しくないのだろうのか。ニアと同じことを考えたのか、トオノがそっと退けてやろうと手を伸ばすが、アサヒは毛布の端を握って口元まで持ってきているようだった。諦めて髪を撫でるのを再開するそのブレイドに、ニアは小さく笑みをこぼした。

 

「そうだ。アンタ達にちょっと聞きたいことがあったんだ」

 

 ほんの少し、真剣みの帯びた眼差しを仲間に差し向ける。しかしその内容を口にするのを待たず、横合いから暢気なノポン族の少年の声が割り込んで来て出鼻をくじかれた。

 

「も? 今日のごはんの相談も? ならトラは、あまあまウィンナが食べたいも!」

「いや、違うし。っていうかアンタは――人の顔見れば財布を落としたか、とか。ご飯の相談か、とか。他に聞くことないの?」

「ももぉ……。ニアがごはん以外のことで真剣になるのってのは、ちょっと考えられないも……」

「ぶっ飛ばすよ」

「じゃあ、なんですも?」

「じゃあってのが引っかかるけど――まぁいいか」

 

 ここで下手に揚げ足をとってもややこしくなるだけだ。と、グーラ人の少女は気を取り直して彼らを見渡す。壁際と通路の真ん中を車座で陣取る二つに分かれた仲間たちは不思議そうな表情でニアを見つめた。

 

「ブレイドの皆に聞きたい。正直言って、もっと生きたいって思ったことある?」

「コアに戻らずに、ってこと?」

「うん」

「難しい質問ね……」

 

 そう呟いたのは、スペルビアの宝珠と呼ばれるカグツチだった。彼女が考え込むような素振りをすれば、つられて他のブレイド達も、ある者は俯き、ある者は天を仰ぎ各々の心の内を言葉に変える準備を始める。一方、怪訝な顔をしているのは、彼らのドライバーたちだった。

 なぜいきなりそんなことを。という当たり前の疑問を口にしないのは、ニアが意味もなくそんな話をしないだろう。という信頼があってのものだ。

 そうして間を置き、まず初めに答えを出したのは、先ほどと同じ青い炎を操る艶美なブレイドからだった。

 

「昔の自分を知りたいとは思うけど、今の自分がメレフ様が亡くなった後――失礼」

「いや、構わん。続けてくれ」

「……亡くなった後まで存在したいとは思わないし」

「ウチもやなぁ。王子との思い出は王子とだけ持っときたい派やわ」

「嬉しいこと言うてくれるやんけ」

 

 後引き継いだサイカの言葉に努めてクールに振舞おうとするジークだったが、その声色の中に喜びを隠しきれていない。

 スペルビアとルクスリアの最強(凶)の名を冠する二人のブレイドから答えを聞いたニアは、次に自分のブレイドに視線を向けた。

 

「ビャッコは?」

「私は最後までお嬢様の側にいられれば、それで満足です」

「――ハナはホンモノじゃないから、先のことを考えると哀しいですも。ご主人が死んだらミボージンになってしまいますも」

「もっ!?」

「あはは……。未亡人っていうのはちょっと違うと思うけど、まぁ分からなくないね」

 

 人工ブレイドであるハナには還るコアクリスタルがない。ニアのような人喰いブレイド(マンイーター)のように人間の体細胞を取り込んだわけでもない。ある意味ドライバーの『死』と完全に切り離された、鋼鉄の少女が来たるべき未来に対する恐怖を抱くのは当たり前のことであった。

 そうして、例外と言えばもう一人。こちらは件の人工ブレイドとは真逆の()()()()()()()()()()()()()()()()というリスクを孕んだ少女のブレイドに、ニアはその宝石のような黄色の瞳を向けた。

 

「アンタ達は、どう?」

「……わっちも、主様(ぬしさま)との記憶は主様(ぬしさま)とだけあればようござんす」

「そっか。コタローは?」

「俺は――。俺は、もし選べるならアサヒがいなくなっても、生きていてぇ」

 

 絞り出すような声に、ニアは静かに驚いていた。心のどこかでコタローも他の仲間たちと同じ結論を出すと思っていた。けれど実際は思っていた答えとは別の答えをコタローは出した。知りたい、とざわつく気持ちを落ち着かせるように、ニアは一度深呼吸をしてからコタローに尋ねる。

 

「理由、聞いてもいい?」

「そんな大層な理由じゃねえさ。俺はただ、こいつを一人の人間として覚えといてやりたいんだ。あの英雄アデルを普通の人間だったって、友達だって言い切ったカイみたいにな」

 

 そこまで言われ、ようやくニアも合点がいった。

 天の聖杯と同調し、聖杯大戦で英雄として語り継がれた英雄アデル。別の世界から来て未知の知識を持ち『楽園の子』と呼ばれているアサヒ。

 なるほど境遇は似ているし、そうなれば彼女の没後、英雄アデルのように噂に尾ひれの付いた話が語り継がれてしまう未来は想像に難くない。

 

「つまり、コタローはアサヒをドライバーとして覚えてたいんだな」

「いや、違うな。『家族』として、だ。……ま、叶わぬ夢だろうけどな」

 

 その声は、まるで夢を語るようにも近しい。

 コタロー自身も叶うとは思っていないし、そもそもアサヒが眠りに落ちているときに話したこと自体が彼の意思表示なのだ。恐らく――いや、絶対に。コタローはアサヒにこのことを伝える気はない。

 その判断が優しいのか残酷なのかは、ニアには判断することができなかった。

 一度会話が止まる。それを見計らったように横合いからおずおずとした高い声がレックス達の方から聞こえてきた。   

 

「あの、レックス。さっきの話、本当ですか? カイさんが、アデルを友達だって……」

「あ、そっか。ホムラはあの時、メツ達に捕まってたから知らなくて当然だよね。――うん、言ってたよ。エルピス霊洞で第三の剣を取りに行く時、『あいつは友達だった』って、そう言って笑ってた」

「そう――だったんですね」

 

 ホムラは、噛みしめるように笑みをこぼすとゆっくりと顔を上げてニアに向き直る。それがホムラの答えを聞く合図となって、ニアもホムラの正面に立つように体ごと動かした。

 

「なぜ、永久に存在し続けるんだろうって思ってました。し続けなければならないんだろうって……。でも、今は違います。存在し続けてよかったって、別れは哀しいけれど、それも私の一部なんだって。……でもいつか、いつか大切な人と眠りにつけたなら、それは幸せなんだろうな。――って、思います」

「アンタらしいね。ありがと。みんなの考え、よくわかったよ」

 

 静かに、しかしはっきりと自分の思いを語り終えたホムラに対して、ニアはふわりと笑って伝えた。その柔らかな笑みに応えるようにホムラもはにかむように笑みを浮かべる。

 

「ねぇ、一体何でそんなことを?」

「レックス達も知ってる通り、アタシは人喰いブレイド(マンイーター)だ。正直、いつまで生きられるのかわからない。ひょっとしたら、明日ポックリ逝っちまうかもしれない」 

「お嬢様……」

「でもこれだけは言える。アタシの生き死にに人間(ドライバー)は関係ない」

「それが?」

「シンだよ。ずっと疑問だったんだ……。シンはコアクリスタルを集めてたんだ。なら、何でそれを使わない? 人間が嫌いなんだろ?」

 

 ならばブレイドを誕生させたら、マンイーター化してしまえばいい。人間なしでいくらでも勢力を拡大できる。ニアはそう続け、次は質問を返されたレックスが返答に困った。

 それは、レックスでなくても誰に問われても答えようがない内容だった。シンとは、それなりの時間対立はしていたが、その心の内を見通せるまで言葉を交わした訳でもない。彼が答えに窮している間、横合いからカグツチが同意を示して見せた。

 

「確かに……。彼らはあれで全員?」

「あぁ。――今じゃ5人だけの小さな組織さ。以前、メツの提案でカムイ達を同調させたとき、シンはずっと反対してたんだ」

「そういや、シンは誰とも同調してなかったな。他の野郎は全員何かしらのブレイドと同調してたみたいだが」

「コタローの言う通り、シンだけは誰とも同調しなかった。それってさ、もしかしたら――もしかしたら、シンの根っこにある思いはアタシたちと同じ――」

「俺達と同じ……?」

「だからシンは、誰とも同調しないんじゃないかな」

 

 それはどこまで行っても推論でしかない。しかし、その推論をするということは相手を理解するための第一歩でもある。受け取り方も、考え方も聞いた本人たちが判断すればいい。けれど、もしかしたらという部分をニアは共有しておきたかったのだ。

 シンを本当の悪者にさせない。

 例え短い時間だったとしても、アーケディアの輸送中のニア救い、仮初の居場所を与えてくれたのは紛れもないシンだ。そこにどんな思惑があったとしてもニアを助け出したという事実もなくならない。

 それは、秘密結社イーラとしてのニアの小さな小さな恩返しだったのかもしれない。

 

 

 

 




次話『第7外郭連絡通路』
予定は未定。

大変長らくお待たせいたしました。
恐らく過去最高の9500文字達成……!
しかし、地獄はまだ続く。終わりが見えない……!

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