楽園の子   作:青葉らいの

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79『第7外郭連絡通路』

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 木の葉が擦れる音があった。それを追って頬を撫でる気持ちのいい風に優しく起こされた。

 目を開いた先には、近未来的で無機質な世界樹の内部じゃない。

 私はいつの間にか光と緑が溢れた小高い丘に立っていた。

 自分の立つ場所の延長線上に、一本の樹が風に吹かれて気持ちよさそうに揺れている。

 空は快晴。足元にはくるぶしまで届くくらいに生えそろった柔らかい草花。

 高原と呼ばれるような景色が、大パノラマでどこまでも広がっているように見えた。

 

 ここ、どこだろう?

 

 初めて来た場所のはずなのに、不思議と怖いという気持ちは湧かなかった。

 ピクニックに来た時、偶然綺麗な景色を見つけてしまったような気持ちにも近い。

 後ろを振り向いたら、すぐに元いた場所に戻れるような、そんな安心感があった。だからこそ、私は目の前の樹の近くまで歩いて、そこから見える景色をただ、綺麗だな。と思って見つめたていた。

 なだらかな丘陵の先に広がる街並み。まばらに建った家々はどことなく元の世界の片田舎という感じがする。

 やがて、冷静に考ればおかしいと思える速度で日が傾き、黄味がかった太陽の光が西から差す。絶え間なく吹いていた穏やかな風が一瞬だけ強く吹いて、その風にまるで誘導されるみたいに、私はそちらに目を向けた。

 住宅地から少し離れた場所に、天辺に十字架を付けた教会と思しき屋根が見える。

 最初は何も感じなかったけれど、それでも時間が経つにつれてじわじわと違和感が広がっていく。

 そうしてあるタイミングでふと、小さな疑問が頭に過る。

 

 あれ、アルストに十字架のついた教会なんてあったっけ……?

 

 それは、きっと気付いてはいけない類のものだったんだろう。

 思考が明確に回り出すのを感じた途端、私はいきなりそこからはじき出された。

 

 

「――ぅわあっ!?」

 

 

 跳ねるみたいに起き上がって、私は呆然と周りを見渡した。

 四方を金属のような重厚な壁と床に囲まれた近未来的な建物の中。その壁際で膝枕をしてくれていたトオノが両手を小さく上げて目を丸くしている。白粉と紅の施された煌びやかな化粧をしたトオノとしばらく見つめ合って、私は今の状況をやっと思い出した。

 

「あっ――と……。そっか。私、寝ちゃってたんだっけ……。……あっ、私どれくらい寝てた!? もう一時間くらい経っちゃった!?」

「そんなに時間経ってへんよ。15分くらいとちゃう?」

「だな。それよか、いきなり飛び起きてどうしたんだよ。怖い夢でも見たのか?」

 

 コタローの心配そうな視線を受けて、私は気まずさに目を逸らす。

 

「ううん、怖い夢とかじゃなくて……。すごい、景色の綺麗な場所にいる夢を見たの。多分、前にいた世界の夢だと思う」

「? それが、なんであんな風に起きることに繋がんだよ?」

「分かんない。ここがアルストじゃないって気付いた瞬間、目が覚めちゃったんだ。それでビックリして――」

「飛び起きたって訳か」

 

 その言葉に頷いて見せてようやく、私はトオノを置いてけぼりにしていることに気付いて、慌ててお礼を言った。一瞬、ほっとしたような笑みを浮かべたトオノは今にもはだけそうな危うい着物の裾を優雅に揺らしながら立ち上がったので、私もそれに倣って立ちあがると大きく伸びをした。

 

「アサヒ、気分はどう? まだ辛い?」

「ううん。なんか眠ったら凄いスッキリしちゃった。もう大丈夫だよ、レックス」

「よかった。さっきまで真っ青だったからさ」

 

 そうだったんだ。

 自分の顔色は自分ではわからないので何とも言えないけど、さっきまでのグルグルと視界が回る感じはしないし一先ずは大丈夫なんだろう。

 

「問題がなければ、そろそろ先へ進むぞ。イーラとアーケディアの交戦、見過ごすわけには行くまい?」

「はいっ!」

 

 せめて、返事だけでも元気に。そう思って出した声は自分でも意外なほど世界樹の中で響いた。

 驚いた表情のみんなの視線に私は恥ずかしさがこみあげて誤魔化すように笑う。

 そして、私は一足先にエレベーターの方に視線を向けた。

 このエレベーターに乗れば外に出れる。その先に待ち受けているものはきっと、生易しいものではないことは分かっている。それでも、と私は夢の中で見た景色を心の中で思い出す。

 あの景色が、あの風が、私に勇気をくれるみたいだった。

 

 

 

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 次の階層に辿り着いたエレベーターの扉が開いた時から、何かが爆発している様な音は聞こえていた。

 みんなの緊張が高まる中、通路に沿って進んでいくと世界樹の中では感じられなかった外の匂いが風に乗ってやってくる。視界の先には青黒く冷たい色を放つ金属製の壁ではなく、微かに西日に照らされた薄い金色がかった雲が待ち受けていた。

 外へ繋がる出口まであと少し。そんなところで、ひと際大きな爆発音が響き渡る。その余りの轟音に私は思わず小さな悲鳴を上げて、両手で耳を塞いでいた。

 

「近いぞ!」

 

 歩く速度から駆け足に変えてみんなと一緒に世界樹の外へと出る。するとそこはビルの非常階段のような簡素な作りの足場がある場所だった。雰囲気はあちらの世界で言う高い塔の展望台にも近い。

 世界樹内部と同じ素材で作られた転落防止の柵が外周を囲み、視線を巡らせれば、上へと登る通路が近くにあるのが見て取れた。

 まだまだ先は長そうだな、と思っていると不意にニアちゃんが何もないはずの場所を指さした。

 

「ねえ、あれ葉っぱじゃないよ。何かの、文字?」

 

 文字という単語につられ私も顔を上げて同じ方を見てみる。

 ニアちゃんの指さす先は、世界樹の周囲を覆うような植物の葉っぱの更に外側。

 円状に一定速度で流れる翠色の文字は、駅のホームなどで見る電光掲示板を彷彿とさせる。

 書いてある文字を目で追っていた私は、その中身を理解すると同時に強烈な既視感に襲われた。

 あれは、26文字で構成されたあちらの世界で言うアルファベットの文字列だ。その中でも見覚えのある単語を発見して、私は読み取れる限りの英単語を口に出していた。

 

「オペレーション……。ホーム、カミング、トゥ……?」

「アサヒ、あれ読めんの!? なんて書いてるのさ!?」

「ぼ、母国語じゃないからきちんとした意味までは……。それに、他にもいろいろ書いてあるみたい。流れてくのも早いし、ここで全部読み取るのはちょっと無理かな」

「じゃあ、今読み取れる範囲でいいから!」

 

 ニアちゃんにせっつかれて、私は再び意識をニアちゃんが指さす翠色に光る文字列に向ける。

 いくつか長文も流れて来るけれど、それは辛うじて読めた英文以上にとっかかりがない。同じアルファベットで書かれてはいるんだけど、なんだろう。英語とフランス語みたいな感じなのかな。

 しばらくじっと文字列を目で追い掛け、同じ英文が流れて来るのを待つ。ほどなくしてさっきと同じ文章が流れて来ると、今度こそ内容の把握に努めた。

 ……読めない単語が一つあるけど、それ以外は何とか読めそう。

 

「オペレーション、ホームカミング、トゥ、――――ファイナル、フェイズ……。えーと、どこかに帰る計画が最終段階に行きました。ってことかな?」

 

 ホームカミング、トゥの次の文字は知らない単語だったのでそれを読み飛ばせば、大体そういう意味になると思う。けれど、たとえ翻訳できても内容の意味までは分からない。

 首を傾げる私たちの注意を向けさせるように、響き渡る二度目の爆発音。その轟音に私はまた身を竦ませた。

 

「あそこだも!」

「あれは……イーラの重戦闘艦か! あんなものが、まだ残っていたとはのぉ」

 

 トラの耳兼手のような部位が示す場所は、私たちのいる場所よりももっと高い。

 私たちと同じ方向をレックスの頭の後ろのヘルメットから顔を出して見ていたじっちゃんは、アーケディアの巨神獣の正面で戦う真っ黒な飛行船みたいに丸みを帯びた船を、まるで昔から知っているように語る。

 

「それより、何だよアレ!? 昇降機に乗った時にも思ったけど、アーケディアがこんなに高くまで飛行できるなんて初耳だよ!」

「テンペランティアの時と同様、何らかの方法で巨神獣を制御しているんじゃろう。しかし、あれだけの兵器――よもやアーケディアが擁していたとは……!!」

「あの周りで小さく爆発してるの、全部アーケディアの兵器なんですか?」

「あれらもテンペランティアの技術のものだろうな。恐らく、マルベーニはシンやメツ達が世界樹に登ることを予期していた」

「……つまり、イーラの人たちを確実に倒すための兵器ってことですか……?」

 

 自分で言ってて鳥肌が立ちそうになった。

 わずかな希望に縋って、メレフさんを見つめれば、その人は沈痛な表情で首を縦に振って私の考えが間違っていないことを教えてくれる。

 

「あの巨大船の中に、まだシン達がいるかもしれない。急ごう、皆! あいつらに楽園に行かれたらアルストは――!」

「はいですも! ハナが案内するですも!」

 

 先導するように走り出したハナちゃんの背中を私たちも追う。

 世界樹の外周を走るその間も、オレンジ色の線香花火のような火花が空に線を描き、断続的に爆発音を繰り返す。黒い煙が小さな塊として生まれては消えて行った。

 あれには、人が乗っていたりしないのだろうか。乗っていたらどれだけの人が死んでいるんだろうか。アーケディアに住んでる人は、レックスの故郷のリベラリタス島嶼群はどうなってるんだろう。

 不安と恐怖に震えを覚える私の手を、黒いグローブがはめられた大きな手が掴む。

 

「見たらあかん」

「ジークさん」

「こういうのは足元を見ると余計に怖なるモンや。せやから、見たらあかん。目指すとこだけ見ときや」

 

 ともすれば、今すぐにでも雲海の下を覗き込みに行きたいと思う私の心を見透かしている様な有無を言わさない言葉。そして肩がすっぽ抜けそうなほど引っ張り上げる強い力に、私は下唇を噛んで周りに目を向けたくなる衝動に耐えた。そうしてジークさんの言葉通りに、前を見据える。

 視線の先で走るその人は私の顔を真正面から見つめると、満足そうな顔で掴んでいた手をぱっと離し、背負っていた大剣を突然振りかぶった。

 

「サイカぁっ!!」

「あいよー! 任しとき!」

 

 青白い閃光が閃き、次いで雷轟が辺りに響き渡る。そこから再びジークさんの姿を見つけた時には、その人たちは私たちのいる場所から10メートルほど離れた場所で立っていた。

 その一拍後に重たいものが地面に落ちる音を聞いて、私たちは思わず足を止めた。

 地面に転がる甲冑を纏う兵士のような人たちをニアちゃんが眺めて目を見開く。

 

「こいつら、アーケディアの僧兵……!?」

「大方マルベーニがワイらに使わしたんやろ。話を聞くだけ無駄や」

 

 打ち上げられ地面に背中から落とされて、酸素を強制的に吐き出させられた僧兵の一人が途切れ途切れに言葉を紡いでいる。なんか、天の聖杯の力でイーラの船を灼き払えとか、役目がどうとか聞こえたけれど、なんとなく知らないほうが良さそうな言葉であることはわかった。

 

「オレ達の役目は世界樹への道を開くことだ。――マルベーニに伝えろ。シンはオレ達が止めて見せる。だから、邪魔をしないでくれって」

 

 直後だった。

 隣にいるコタローに薄黄色い膜のようなものが突然覆ったかと思うと、苦し気な声を上げてかくんと前足を折って地面に伏せをしてしまった。そこから次々にカグツチさん、ビャッコさん、ニアちゃん、サイカさん、ホムラさんから強制的に引きずり出されたのかヒカリさんまで、体を強い力で抑えつけられている様に背中を丸めて苦し気な声を上げた。

 

「なんだ、こりゃ……!? 誰かが俺の身体に……!」

「コタ!」

 

 屈みこんでコタローの小さな体をよくよく観察すれば、ところどころに電気のような黄色い光が時折閃いていた。

 それと連動するように同じ高さまで降りてきたアーケディアの巨神獣の背中から突き出した塔のような何かから、コタロー達を覆う薄黄色い膜と同じものがらせん状に天へと伸びる。

 私はあそこでかつて、あれと似たような光を見たはずだ。

 でも、どこだっけ……?

 

『悪く思わないでくれ。時間がないのでね』

 

 頭上から降ってきたここにいない人のはずの声に、私は反射的に顔を上げた。

 そこには立体映像のように浮かび上がる人の姿があった。以前ルクスリアでアデルの映像を見せて貰った時と同じような、翠色のちょっとノイズがかった映像。ただ投影する際に縮尺は考えられていないのか、見上げるほど大きな姿で私たちの前に立っていた。

 レックスが掠れた声が、その人の名前を呼ぶ。

 

「マ、マルベーニ……!?」

 

 けれどその浮かび上がる映像には見覚えのないものが一つがあった。

 その人が法王として被る帽子との地肌の境目に、三角形をの頂点を下に向けた何かが浮かび上がっていた。どこか見覚えのある形に、頭の中でささくれが引っかかったような違和感に襲われる。

 同じようにその姿を見ているヒカリさんが、ひゅっと喉を鳴らした。

 

「あ、あれは――カスミのコアクリスタル――」

「カスミって……もしかして、ファン・レ・ノルンの……? そ、そうか――。それで、半分に……!!」

「どういうことだ、ニア!」

「マ、マルベーニはファンのコアクリスタルを奪ったんだ……! これは――ファンの力……!」

 

 ニアちゃんの言葉に、私の頭にファンさんの国葬の時の映像が甦る。

 白い花に囲まれ、手を組んで眠るように箱に入ったファンさんの胸の真ん中で色を失った()()()()コアクリスタル。それを見たときに感じた胸のざわつきを。

 ――彼女のコアクリスタルの土台には不自然に下半分が空いていた。もし、ここに、ファンさんと同じ形のコアクリスタルがあったらぴったりはまるんじゃないだろうか。

 あの時の直感は当たっていたんだ。

 その下半分が、今マルベーニ法王の額にある。

 

『それだけではない。これは、私本来の力でもある』

 

 ファンさんから奪ったコアクリスタルがひと際光を放つと、それに連動するように体を縮こませるように苦痛に耐えていたヒカリさんの額のサークレットが不意に輝きだした。

 同時に、私の認識票(ドッグタグ)も熱を帯びる。

 

「デ、(デバイス)が――。だ、だめ……。やめ、て――!」

 

 ヒカリさんの意思とは関係なく、放たれた神の剣はイーラの重戦闘艦の中心より、ちょっとずれたところに直撃した。それ一撃で沈むほどイーラの船は脆くなかったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。

 

『マスターブレイドである天の聖杯。そのドライバーは即ち、マスタードライバー。すべてのブレイドを使役する力を持つ。全世界の――否、巨神獣すらも私の支配下にある!』

 

 その言葉を聞いて私は利き手とは反対に刷いた薔薇色のドレスソードに意識を向ける。

 マスタードライバーがすべてのブレイドを使役できる。それなら、私が不意打ちでヒカリさんのコントロール権を奪ってしまえば、あの人に一矢報いることができるかもしれない。これはこの場にマスタードライバーが三人いるということを法王様が知らない今しかできない戦法だ。

 そっと剣の柄に手を伸ばして触れれば、突然マルベーニさんから隠すように、メレフさんとカグツチさんが前に立つ。みんなと同じように支配下に置かれて苦しいはずなのに、途切れ途切れにカグツチさんは言った。

 

「その剣のことは、マルベーニはまだ認知していないわ……。見たところ、彼の制御からも外れているようだし――ここは焦らずに、機を待ちなさい……!」

「それに、これだけ劣勢に立たされたイーラがこのまま何もしてこないとは考えにくい。――始まったぞ」

 

 ……え? と促されるようにイーラの重戦闘艦の方を見れば、それより小さくなった黒い何かが無数にアーケディアの飛行兵器に襲い掛かった。

 

「あれってもしかして――人工ブレイド!?」

 

 イーラもイーラでこうなることを見越して人工ブレイドを作っていたのだろうか。

 しかしそれも、今となってはどうでもいいことだった。

 テンペランティアの技術で作られた兵器と古王国イーラの人工ブレイド達の戦いが、今まさに繰り広げ始めた。

 

「ももっ! アニキ、シン達の船が止まったも!」

「奴ら、あそこから中へ入るつもりや!」

 

 あちらもこちらも好き放題に動いてくれる。

 どっちを優先すればいいのか分からなくなった私に、レックスの声が鼓膜を揺さぶった。

 

「マルベーニ! オレ達がシンを止める。だからこんなことは止めてくれ!」

『言っていることが支離滅裂だな。今ならば奴らを消し去ることができる。私は、お前が為すべきことをしているだけだ』

「オレのすべきことはシン達を消し去ることじゃない。止めることだ!」

『話し合いに応じるとでも思っているのか?』

「あぁ、思ってるさ! シンから聞いたよ、500年前に何があったのか。シンをああさせたのは、あんたじゃないのか!?」

『私は神の言葉を代弁しただけだ』

「ならその神にも会って聞いて来てやる! オレたちのことを。ホムラとヒカリのことを!」

『……それは私の役目だ……。お前ではないっ!!』

 

 そこから迸った甲高い悲鳴と再び認識票(ドッグタグ)が熱を持ったことで、私は思わず空を見上げた。

 西日の差す世界樹の葉の間から金色の光が瞬く。

 二度目のセイレーンの攻撃が堕ちる。けれど(デバイス)からの攻撃は、イーラの船の脇をすれすれに通り過ぎて、モルスの地に吸い込まれるように消えて行った。

 マルベーニがわざと外す理由はない。それをしたのは――

 

『くっ……! 抵抗するか。再び――この私を拒絶するか……!』

「あなたなんかの思い通りにはならない……! わ、私はっ――レックスのブレイド!!」

 

 別のマスタードライバーから支配を受けても尚、高潔さを失わないヒカリさんの声が世界樹に響く。その声に立体映像で映し出されたその人は、不愉快そうに眉を顰めた。

 

「――そ、そうじゃ! レックス、お前とて天の聖杯のドライバー! 彼奴(あやつ)にできて、お前にできぬ道理はない!」

「オレにも、できる……?」

「そうさ、レックス……! 力はそれを扱う者の心次第――だろ?」

 

 レックスの半信半疑の声を払拭させるように、ニアちゃんの声が聞こえる。

 その瞬間に、私の頭の中で何かが弾けた。目で感じるよりも頭で理解するよりも早く、何かが急速に駆け巡っていく。天啓。託宣。それよりも更に一歩先を行く何かが――。

 私はゆっくりと立ち上がって自分の両手を見つめるレックスの片方の手を両手で包むように握る。それからそっと力を籠めると、感情よりも先に、まず言葉が自然と溢れ出した。

 

「できるよ」

「アサヒ……?」

「レックスにならできる。そのために足りない知識や技術は、全部私が補う」

 

 ――だって私たちは、お互いの足りないところを補いあえる、二人揃っての『()()』なんだから。

 そう言って笑って見せれば、レックスは一瞬目を見開いたかと思うとすぐに表情を引き締め、一つ頷いてくれた。

 それをGOサインと受け取った私は、目を瞑って意識を更に集中させる。利き手とは逆の腰に佩いた剣から暖かな力が渦巻き、体の中に流れ込んでくる。不快な感覚はなかった。それを確かめてからうっすらと目を開けば、周囲から過剰に集められたエーテルが飽和し、薄ピンク色の光を自分が纏っているように見える、

 自分の身体のはずなのに、それはどこか神秘的な景色だった。

 ビャッコさんは言っていた。ヒカリさんが『全能』だとすればソフィアは『全知』。そして情報というのは、ただ一人が持っていても意味はない。誰かと共有して、伝えることで真価を発揮する。

 

 

「ソフィア――。今、レックスに必要な知識を必要な分だけ。私を介して、彼に伝えて!」

 

 

 受け渡しは一瞬だった。私の身体を通して、私でも理解できる扱いやすい情報となったソフィアの叡智は、繋げた手を伝って滞りなくレックスに伝達された。その証拠にレックスが私が纏っているのと同じ色の光に包まれる。

 そうして、どちらともなく手を離せば、レックスは迷いなく自身の天の聖杯の剣を高く天に掲げた。

 

「うおおおおおおおっっ――!!」

 

 その喉から放たれた覇気の声と共に、レックスの手にある天の聖杯の剣がまばゆい光を放つ。

 太陽の光を一点に凝縮したような金色の光に一瞬視界が奪われたけれど、それだけだった。

 その光は決して私たちを傷つけず、レックスの剣を中心にして作り上げられたフィールドはマルベーニの力の支配からみんなを守ってくれる傘みたいだった。

 

「――体が、動く……?」

 

 ヒカリさんの言葉を皮切りに、コタローもニアちゃんもカグツチさんもゆっくりと自分の調子を確かめるように動き出す。そこで、天の聖杯の力を行使し続けていたレックスは、限界と言わんばかり掲げていた剣を下ろして前のめりに膝を突いた。かなり息が上がっているけど、心配するヒカリさんには「大丈夫」と芯のある声で答えていたので、ひとまずは胸を撫でおろした。

 一方、動揺を隠しきれていなかったのは立体映像で映し出されるマルベーニの方だった。その視線は、私とレックスを交互に行き来して焦点が定まっていない。

 

『なんなのだ、その力は……。楽園の子、貴様は一体何を……!?』

 

 私は答えない。ただしっかりとマルベーニを見据えるだけ。

 あなたがいま注目すべきは、私なんかじゃない。

 

「マルベーニ……! もう――あんたの思い通りにはさせない……! 人を、ブレイドを好き勝手に操って、何が神の言葉を代弁する、だ! そこで待ってろ!! シンはオレ達が止めて見せる!」

 

 剣の切っ先を立体映像のマルベーニに突きつけ、啖呵を切ったレックスは立体映像のマルベーニのをその場に残して世界樹の上層に繋がる足場を走り出す。私も早いうちにその人からの視線を断ち切ってレックスの後を追った。

 そうでなければ、きっと動けなくなる。

 最初に法王様として出会った時の落ち着いた態度と表情は見る影もなく、どこまでも燃え盛るようなギラギラとした眼差しのあの人を見たら。

 

 

 

 




第六章『真実』完
次話第七章『同胞(はらから)

次話『第一軌道ステーション『ラダマンティス』一般病棟』

次回はちょっとだけ過去のお話の予定です。
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