1
「マルベーニ……! もう――あんたの思い通りにはさせない……! 人を、ブレイドを好き勝手に操って、何が神の言葉を代弁する、だ! そこで待ってろ!! シンはオレ達が止めて見せる!」
そう啖呵を切って、世界樹の外周を走り出したレックスの後を追い始めた頃、世界は真っ赤に燃えていた。
西日が傾き黄金色に染まっていた空は、今、燃えるような夕陽に包まれている。
天と地の間では、アーケディア法王庁のユーディキウム技術で作られた巨神獣兵器と秘密組織イーラの人工ブレイド軍の二つの勢力が互いにしのぎを削って、空中で小さな爆発音が連続させる。
視界の端でちらちらとアーケディアとイーラの戦いを確認すれば、戦況は拮抗してるように見えた。
「よそ見してる暇はないよ! 前を見な、アサヒ!」
ビャッコさんに乗って私の左隣で並走していたニアちゃんの声に叩かれて、私はすぐに視線を前に向ける。
前を走るレックスの背中越しに、先ほど妨害してきた人達と同じ鎧を身にまとったアーケディアの僧兵が、同じように私たちの行く手を阻んでいた。
レックスは走る速度を緩めない。放たれた矢のように、進む足を止めずにヒカリさんの剣を抜き放つ。その意図を私含めたみんなが悟り、同じように武器を抜いた。
「
レックスの声を合図にヒカリさんの両刃の剣が閃き、トラの盾が地面を砕き、ニアちゃんのツインリングからあふれた水が押し流し、私のボールから生まれた風が吹き飛ばし、メレフさんの二本の剣が空気を焼き、ジークさんの大剣が雷轟を響かせる。
後ろを確認する余裕はなかったけれど、私たちの勢いに圧されて道を譲るようにアーケディアの僧兵の人たちが動いていたのが見えたので、たぶん被害は大きくないはず。
それよりも、問題はアーケディアの戦力だ。イーラに割いているに加えて、私たちにも敵として差し向ける余力を残してるとなると、二つの勢力がかりでようやく五分に持っていけてることになる。
なにか、なんでもいいから、決定的にアーケディアの力を削がないと……!
そんなことを考えていた矢先、遠巻きからでも聞こえるような、重たいものが倒れるような鈍い爆発音が空気を震わせた。思わず立ち止まったレックスと並んで呆然とその方向を見つめれば、アーケディアの巨神獣の背中から伸びる光の渦が目に見えて弱くなった気がした。
「光の渦が――」
「弱まった……?」
朱色に染まった空の中で、黒点がアーケディアの背中から離脱していくのが見える。多分イーラの方も私と似たようなことを考えていたのだろう。けれど、決定打には至らない。その証拠に、反撃と言わんばかりのアーケディアの巨神獣から放たれたエーテルの奔流が人工ブレイドの黒点を薙ぎ払っていく。
「みんな、動かないで!」
何の前触れもなくヒカリさんの声が注意を促し、ブレイドの皆が一斉に六角形を組み合わせたようなシールドを展開する。守られている理由が分からないうちに、それは一拍後にやってきた。
眩しいほどの青白い光線が、私たちが立ち止まった踊り場のような所から数メートル離れた世界樹の幹に突き刺さったのだ。
光に遅れてジィィィワァアアッ! というよく熱せられたフライパンに油を引いたような音が続き、ひりつくような熱気と金属が燃えるような嫌な臭いが鼻を突く。ヒカリさんの因果律予測でブレイドの皆が守ってもらえなければ、さっきの余波で全身火傷をしていたかもしれない。
「あ、危ないも! あとちょっと進んでたら、巻き込まれてたも!」
「くそっ、あんなのどこから――」
レックスの声に視線を辺りにさ迷わせてようやく気付く。
むしろなぜ今まで気が付かなかったかというような距離で、巨大な何かが聳え立っていた。
赤褐色の細長い胴体は奇しくも人型に見えて、私はふと昔見たジブリ映画を思い出す。しかし体と思われる部分に赤い線が走っている。それはどこかブレイドの、エーテルラインにも見えた。となると、あれは巨神獣……?
光線が飛んできた方向を考えれば、それが原因で間違いなかった。
そしてその熱線を放出した正体に、いち早く気が付いたのはいつものクールな表情とは打って変わり、驚愕の表情を浮かべたメレフさんだった。
「スペルビアだって……!? そんな、馬鹿な!」
スペルビアの巨神獣を遠巻きからまじまじと見た記憶は思い返せばほとんどない。けれど、メレフさんがここで嘘を言う必要はないし、なによりも今はそんな場合じゃなかった。
「体が光ってる……!」
「今一度放つつもりか? まずいぞ!」
「まずいって、それどういう――」
「スペルビアの巨神獣の寿命は、末期と言われておる。これ以上、体内のエーテルエネルギーを放出したら、関節が自重を支えきれなくなって崩壊してしまうわぃ!」
レックスのヘルメットの中にいるじっちゃんの言葉を肯定するように、スペルビアの巨神獣の右肩から顎にかけて小規模の爆発が起きる。思わず目を凝らして観察すれば、人が住んでると思われる場所とは違う所だったらしい。
スペルビアに住む友達のことを思えば、これ以上撃たないでと願うばかりだ。
しかしそんな祈りも空しく、エネルギーを溜め終わったスペルビアの巨神獣から二発目の光線が放たれる。今度の目標は私たちじゃなく、空中に浮かんでいるイーラの重戦闘艦だった。
ここから見る限りだとイーラの乗る船に直撃したように見えたけれど、実際は照準が少しずれたのか大きく爆発はしたもののその黒い戦闘艦は空中に浮いたままだった。
そこで安堵するのも少しおかしい気もする。けれど私は、ほっと胸を撫でおろす気持ちになれた――のもつかぬ間。
茜色に染まる雲海面から何かとてつもなく大きいものがゆっくりと浮かんでくるのが見える。
あれの姿を、私が見間違うことは無い。むしろ見間違いだったら、どんなに良かったかと思うくらいだった。
「インヴィディアまで……!?」
「嘘だろ……!? マルベーニの奴、各国の巨神獣まで全部呼び寄せるつもりか!?」
足元にいるコタローが放った言葉はきっと、フラグというものだったのだろう。
インヴィディアの巨神獣から放たれたスペルビアの巨神獣とは違う幾本も枝分かれした光線が私たちのいる世界樹の方に撃ち放たれ、それを凌いだと思った次の瞬間には既にアーケディアの巨神獣が自身の身体に巡るエーテルを充填し始めていた。
2
先ほどから本体の破損を報せる警告音が鳴り止まない。
頼みの綱の人工ブレイドの損傷率も6割を超えた。一方で、アーケディアは天の聖杯のドライバーとしての力と、奪ったカスミのコアを使って各地の巨神獣を招集し戦力を補強し始めている。
潮時か。とイーラの重戦闘艦内部の更に切り離された場所で戦局を見極めていたサタヒコは見切りをつけた。
手元の端末を操作すれば、モノケロスに乗船しているヨシツネとベンケイの
今、自分ができる最善を尽くそうと奮闘する二人の姿に、サタヒコは一度キツく目を閉じた。
「――ヨシツネ! ベンケイ!」
『サタ!?』
自分のいる場所と二人のいる場所に通信を繋げて威勢よく声を掛ければ、二人が自分が映るモニターにこちらに視線を送る。その視線を受けて、笑みを浮かべて言った。
500年前の自分では到底浮かべられない、誰かの背中を押すための表情を。
「行け――。行って、シン達を守れ!」
戦況は考えうる限りの中では最悪に近い。
どんな手段をとるにしろ、サタヒコはこの二人を自分と心中させるつもりは毛頭なかった。
だからこその言葉だった。
そして同時に、サタヒコの脳裏に思い描いていたのは遠い過去の情景だ。
敵地へ赴く仲間たちに自分たちも着いて行くと聞かなかったあの時。もしも、あの日に今の自分のように笑って送り出すことができていれば、彼らは世界を違った形で駆け抜けられたのかもしれない。
勿論、ここにいるのは500年前に時間を共にした人たちではない。当たり前だが、反応もあの時とはまるで違う。ベンケイ兄であるヨシツネは言葉と感情の速度が追いついていないようだった。
『行けって……! 何を言ってるんです!? そんな、急に――』
「万が一ってこともある」
可能性のことを言い出せばキリはない。そしてそんな議論をしている余裕はないとヨシツネもわかっていた。
しかし、わかっていても噛みついてくるのがヨシツネの妹であるベンケイだ。
『アーケディアはどうするんだよ! 奴ら、世界中の巨神獣を呼び寄せてるんだよ!?』
「俺が何とかする」
『何とかって……! あんた一人でできる訳――』
「大丈夫、こいつは元々俺が組み上げたんだぜ? 全てをこっちでコントロールできる。それに、心強い味方もいるしな」
サタヒコの乗る機体の操縦桿を掌で軽く撫でながら彼は言葉を切る。
そうしてサタヒコは少し後ろを振り返れば、棺のような氷の中で眠る女性が変わらずそこに居た。
もう声すら思い出せない記憶の中の彼女に向かって、サタヒコは心の中で問いかける。
――なぁ、ラウラ。俺は今、笑えてるよな?
過去に、決戦に赴く仲間たちを笑って送り出せなかったことをどれだけ悔やんだか。
サタヒコは知っている。だからこそ、あの時できなかったことを今やろうとしている。
振動を通さない氷の中では、たとえ生きていたとしてもサタヒコに声が届く筈はない。けれど確かに、サタヒコは彼女の吐息を感じたのだ。耳元で小さく誰かが微笑んだような、微かな気配を。
それだけで十分だった。
「俺は、ここを離れるわけにはいかない。だから頼む。俺の代わりにシン達を――」
『……わかりました。――ベンケイ』
兄に促され、ベンケイは画面越しでも聞こえてきそうなほどの力で奥歯を噛みしめ、その長い黒髪を翻してサタヒコに背を向ける。
その一方で、これでいい。とサタヒコは肩の力を密かに抜きながら強く思った。
今まで自分のやってきたこと。今から自分がやろうとしていること。
それらを全て受け止めて断ち切るには、まだ細い細い糸が彼に結びついていた。
「ベンケイ!」
『?』
「愛してるぜ」
だからこそ、ここで絶つ。
これでいいと、自分に無理やり言い聞かせる。
そのどこまでも最悪な愛の告白を、彼女の兄は聞こえないふりをしてくれた。
一ミリの嘘偽りなく。この胸に宿る大切な人々に誓って。彼の気持ちは本物だ。
けれど、愛を告げられた彼女から返って来たのは、容赦ない言葉の平手打ちだった。
『気っ――色悪いんだよ、サタ! 後でぶっ飛ばしてやるから、くたばんじゃないよ!!』
そんな言葉を浴びせかけられたにもかかわらず、その言葉を聞いた青年は思わず目を細めた。
これでいいと、思っていたはずなのに。
彼の胸にささくれのように芽生えた何かを感じて、彼の口はその決意とは真逆の言葉を漏らす。
「あぁ。それも、悪かないねぇ」
その感情を人は『未練』と呼ぶのかもしれない。
3
その時、アーケディア法王庁の法王マルベーニは己の玉座でそれを垣間見た。
イーラの重戦闘艦から複雑に金属同士がかみ合う不気味な音が連続し、あっという間に人の姿を模ったその光景を。しかし、アーケディア含む各国の巨神獣を支配下に置いた男はただ静かには嗤うだけだった。
「失われしイーラの技術か。面白いものを見せてくれる」
本来であればそこに返ってくる言葉などない。にも拘わらず、一瞬の雑音が入った後、彼の眼前に四角く枠どられた映像が浮かび上がった。その中で、金色の髪を撫でつけた軽薄そうな男の姿があった。
『驚いたか? しぶといんだよ、俺たちは!』
「イーラの残党か」
驚くでもなく、困惑するでもなく、マルベーニとサタヒコの間で奇妙にも会話が成立していた。
しかし、それ以上の言葉は彼らには必要ない。
「行くぜぇ! クソ坊主!」
500年という長い時の全てを叩きつけるように、サタヒコが吼える。
後はただ命ずるだけでいい。彼らの意図を捕えた兵器たちは、無言で行動する。
片方は右の手を目一杯引き絞り、アーケディアの巨神獣へとその拳を叩きつける。
もう一方は、巨神獣の体内に巡るエーテルを充填し、密着した機体に確実なダメージを与えるための下準備を行った。
賽は投げられた。
火ぶたは切られた。
転がり始めた岩は、勢いがついてしまったら誰にも止めることはできない。
そんなどうしようもない流れが、世界を侵食していった。
次話『続・第七外郭エアポート』