1
「なにあれ、ロボット……?」
目の前に広がる光景に、私は気付けばそう呟いていた。
天を貫くように聳える世界樹の外周はまさに茜色に染まる大パノラマの世界。そこで各国の巨神獣とイーラの戦いが繰り広げられている。
戦力は絶望的に見えるけれど、そんな戦況に一矢報わんとしたイーラの黒光りする重戦闘艦が、突然機械音を辺りに響かせながらそのパーツを不自然に船の中へ沈ませた。
位置的に聞こえてこないはずなのに、微かな駆動音が聞こえてきそうな滑らかさで形を変えていく。その光景を見て私がパッと思い出したのは、ロボットに変形する乗り物の玩具だった。
「イーラの船が!」
「あの姿――まるで巨神獣じゃ!」
この世界で生まれたレックス達からすれば、あれは巨神獣に見えるらしい。
本来であれば、変形するロボットなんて男の子の夢が目の前で起こったなら興奮しそうなトラも、船から手足が生えて人型になったことについて、技術的に驚いてはいるもののそれ以上の反応はない。もしかしたら女の子の形をしていないと興味が持てないのかもしれない。
私は突如始まった怪獣対ロボットの戦いを黙って見つめていた。
傍から見れば特撮映画のような光景だけれど、これは虚構じゃない。現実に怪獣とロボットが戦いあって、人の命がリアルタイムで散っている。
アーケディアの巨神獣含め、各国から呼び寄せられた巨神獣たちのエーテルの砲撃という戦い方は変わらない。一方イーラの方は完全に接近戦に切り替えたらしく、思いっきり引き絞られた片手から鋼の拳が放たれる。それはアーケディアの巨神獣に直撃すると、人の耳には捕らえられない高周波や低周波のような嘶きがビリビリと空気を震わせた。
「はじめよったな。今のうちや、シン達を追うで!」
「でも、巨神獣たちが……!」
「レックス。今の私たちにできることをするんだ」
「メレフ!」
「大丈夫。陛下は私の
本当は、この中で一番取り乱してもいいはずのその人は、力強い眼差しを保ったまま不気味に沈黙を続けるスペルビアの巨神獣を一瞥した。私もメレフさんに連られるようにそちらへ目線を向ける。
頭の中でヴァンダムさんやメレフさん、各国で知り合った人たちの顔が浮かんだ。
勝手な想像だけど、あの人たちならきっとここで立ち止まってしまうことの方が怒る気がする。途端にヴァンダムさんの怒った顔が頭に浮かんできて、私の中で踏ん切りはついた。
それと同時に、同じくレックスから声が聞こえてきた。
「――わかった。行こう!」
「まずは、シン達が降りた場所に向かいますも! こっちですも!」
と、先導するハナちゃんの後を追う間にも、大小無数の巨神獣が続々と空を埋め尽くしていく。
そして、極めつけには雲海をゆっくりと持ち上げ浮かび上がる巨大な亀形の巨神獣の姿。
「オヤジっ!」
「そんな、ルクスリアまで……!」
「なんでや……!? サイカッ!」
「――あかん。ウチの言葉、もうゲンブには届いてへんよ……!」
ゲンブとコアを通じて意思疎通の出来るはずのサイカさんでさえ、マルベーニ法王の制御を取り戻すことはできないらしい。哀し気に首を横に振るサイカさんに、その人のドライバーであるジークさんが憎々し気に悪態をついた。
「くっそぉ! 何考えとんのや、あの法王は!? メツより先にアルストを壊滅させる気かいな!」
「もしかしたら、本当にそのつもりなのかもしれんな」
「なんやて?」
「マルベーニは『神に会うのは自分の役目だ』と言っていた。奴は、今も呼ぼうとしているんだろう。神を」
赤銅色の瞳を細め、どこか憐れむように天を仰ぐメレフさんの表情と声に、私は思わず問いかけていた。
「メレフさんは、神様がまだいると思いますか?」
「それこそ、神のみぞ知る。だろうな。だが、一つだけ言えるとするなら――」
そこでメレフさんは言い留め、視線を再び茜色に染まった戦場に改めて目を向けた。
私もそちらへと視線を向けて言葉の続きを待つ。
辺りから爆発音が絶え間ないはずなのに、そのメレフさんの声は不思議とよく聞こえた。
「神に、私たちの行いは届いていない」
言われてみれば、至極当たり前な事実だった。
自分の家の前でこれだけの状況を引き起こされているというのに、世界樹はずっと静かなままだ。
神様がいるのかいないのか、ここにいる誰もが判断することができない。
前はいたけれど、今はもういない。なんてことも十分に考えられる。
しかし今ここで、存在しているかもわからない何かに対して気を揉んでる暇は私たちにはなかった。
「とにかく、何とかして巨神獣同士の戦いを止めさせないと」
「うん。イーラのロボットも、なんとかしなきゃだね」
「せやかて、あないな空中戦、どないして止めさせろっちゅうねん! 天の聖杯の力でなんとかなるもんなんか!?」
ジークさんの言葉に私とレックスは何も言えない。そうしてそのまま、みんなして世界各国の巨神獣とイーラの兵器が戦っている光景を黙って見つめるしかなかった。
利き手と逆に佩いたドレスソードに手を触れさせて、自分ができそうなことを考える。その間、ちらりと横目でレックスの様子を窺った時、レックスは何かに気付いたような、そんな表情を浮かべていた。
「……そうか、あの光る柱だ」
「え?」
「さっき柱が一本崩れた時、マルベーニの力が一瞬弱まった気がしたんだ」
「つまり、あの柱をぶっ壊せば巨神獣たちは解放されるってこと?」
ニアちゃんの言葉に「たぶんね」とレックスが頷く。
確かにイーラの人工ブレイドがアーケディアの巨神獣の背中に在る柱を一本倒した時、わずかにだけど光の強さと範囲が狭まったようにも見えた。もしも、それが気のせいだったとしても、考えられそうな可能性は今の所これしかない。
「ヒカリ、いける?」
レックスの隣にいたホムラさんから光の粒が弾け、長い金髪を風に揺らせながらヒカリさんが現れた。
その人はじっと目の前に広がる巨神獣たちとイーラの戦いを見つめ、確認するように問いかける。
「狙うのは、柱だけよね?」
「あぁ!」
「あんなに動かれてちゃ、狙いが定まらない……! まずは動きを止めないと!」
「動きを止めるっつっても、具体的には? まさか、時間でも止めようってんじゃないだろうな!?」
足元のコタローからそんなあり得ないような予測が飛ぶけれど、意外にも考え込んでいたヒカリさんが何か、ある種の天啓を受けたように「それだわ!」と、声を上げてこちらを向いた。その勢いにコタローは驚いたみたいだけど、構わずヒカリさんは言葉を続けた。
「もっと近寄ることができれば……。シンと戦った時と同じように、アーケディアの巨神獣とイーラ、二つの勢力の中心で物理法則を書き換えることさえできれば、私たちからはあの二体が止まっているように見えるはず!」
「でも、どうやってあそこまでいくって言うのさ?」
一つ問題が解決できたと思えば、更に問題が浮かび上がる。堂々巡りにもなりそうなそんな流れを、断ち切る声がまた別の方からあった。
「それだったら名案があるも! ハナ、アニキとヒカリちゃんをぶら下げて、あの上まで運べるかも?」
「はいっ! 二人だけだったら、なんとかいけますも!」
「――だそうだも」
そこ、伝聞調にする必要はあったのかな? という疑問は今は置いておく。
具体的な方法、手段が揃った以上、ここで拘泥している時間はない。
小規模の爆発と黒煙が断続的に茜色に染められた空を彩る。傾きかけた陽を背景に、ヒカリさんと並ぶレックスは短く言った。
「なら、頼む。みんなはシンを追って」
「せやけど――」
「相談している時間なんてないだろ、ジーク。大丈夫、絶対何とかして見せるさ! ね?」
「えぇ!」
ここまでしっかりと断言されたら、さすがのジークさんも何も言い返せなかった。
別れ際、トラがハナちゃんのロケットブースターは使える時間が限られている。という助言だけ残して、私たちはレックスとヒカリさん達に背を向けた。
折れ曲がってる通路に入る間際、私は少しだけ振り向いてその場に留まる三人の後ろ姿を目に焼き付ける。
悲観的な意味じゃない。逆に、私が勇気をもらうために。
2
『あの男同様、マンイーターとして生き延びていたとはな』
目の前に迫りくる脅威に対し、その男は感心した笑みを浮かべるほどの余裕を持ってそう言った。
マルサネスの画面越しからリアルタイムにその反応を受け取ったサタヒコだったが、端から驚くことを期待していなかったにしろ、その法王の反応はあまりに白々しかった。
思わず当てつけのように後ろに流した自慢の金髪をかき上げれば、解像度の悪い映像の先でマルベーニの額が青い光を放つ。
すべてのブレイドと巨神獣さえ使役する力。元はサタヒコと縁の深いブレイドの持っていた力がアーケディアの巨神獣の背中にある増幅塔を通じ波紋のように世界に広がった。
マンイーターであっても元はブレイドだ。完全な支配と行かないまでも、多少動きに影響は出る。
――とでも、思っていたのだろう。
「残念だったな、俺には効かないぜぇ! なんせこの俺は
『何っ……!?』
「俺は、
ここにきて、ようやくマルベーニが目を見開いた。
明確な焦りが透けて見える。
『馬鹿な! ブレイドイーターの技術は我が
「その通りだ。だが、あんただけじゃあなかったはずだ。あんたは、自分にコアクリスタルを移植する前に何をした?」
『…………。まさかっ!』
短い沈黙ののち、思い当たった可能性がさらにマルベーニを追い詰める。
サタヒコにとっては思い出したくもない。人を人だと認識しない実験動物に課すような悪夢とも思える数々を。
『貴様は、あの時の難民の生き残りだとでもいうのか!? だが、あり得る訳がない。あの者たちは全て――』
「処分したってか? でもなぁ、こっちには死ねない――死ぬわけには行かない奴がいたんだよ! どうしてもなぁっ!!」
サタヒコが吠えると同時に、伸ばしたマルサネスの手でアーケディアの巨神獣の身体を掴む。
アーケディアの巨神獣はインヴィディアやルクスリアと違い、体表に人間の住む居住区域がある。
真上から覗き込むようにしてみれば、逃げまどうルクスリアの民がマルサネスの目に内蔵されたカメラを通じてサタヒコの目に映った。
こちらからけしかけたとはいえ、人工ブレイドによって家を焼かれ、着の身着のまま宛所もなく走り、混乱の渦中に放り込まれた彼らに罪はあったのか。
こんなことを言える立場ではないと分かった上で、あえてサタヒコは声を張り上げた。
「避難すらさせてねぇってか……。相変わらずだなぁ! マルベーニィっ!!」
その勢いのまま掴んでいた巨神獣巨体を腕一本で振り回し世界樹の幹へと叩きつける。
アーケディアの巨神獣の声なき悲鳴がサタヒコの耳にも聞こえた気がした。
この巨神獣にも何の罪もない。同情を感じないかと言われれば嘘になる。
「悪ぃな。退くわけにはいかねぇんだ……。ここでぇえっ!」
追撃をしようと動くサタヒコの身体が機体ごと大きく揺さぶられた。
センサー周りを表示する画面に目を走らせれば、一番最後に到着したルクスリアから背中に一撃を喰らったらしい。だが、サタヒコの操る鋼の巨神獣、マルサネスはまだ動ける。サタヒコも、生きている。
ならば、止まる必要はない。
「おおおおおおっ!!」
続く追撃でマルサネスの腕を引き絞り、鋼鉄の拳をアーケディアの巨神獣に叩きつける。しかし、それだけだった。直後に、警戒を促す不快な音がサタヒコの耳を飛び込んだ。
場のエーテルが各方面に集められつつある。マルベーニが呼び寄せた各国の巨神獣が、一斉にマルサネスへ砲撃をしようとしてるのだと、彼はにわかに悟った。
さすがのイーラの技術でも、あれだけの高出力のエーテル砲を浴びれば無事ではいられないだろう。残っている人工ブレイドをかき集めてデコイにするにも数が足りない。
起死回生の一手など、存在しない。少なくともサタヒコの手には無い。
あるとするならば――。
『……レックスと、聖杯? 一体何をするつもりだ?』
とっくに切られていたであろう通信は、サタヒコの考えとは裏腹に音声だけは辛うじて生きていたようだ。
操作盤に指を走らせいくつか映像を切り替える。マルベーニの言葉の通り、人工ブレイドの少女にぶら下がったレックスとヒカリがこちらに向かってきていた。サタヒコの中で浮かんだ疑問を、音声越しにマルベーニが代弁するのを聞きつつ、彼も思案を巡らせる。
しかし、サタヒコが答えに辿り着く前に何かを察したマルベーニは、明らかに焦りの含んだ様子で兵士か誰かに命令を飛ばしていた。
『堕とせっ! 近づけさせるな!』
「……なるほどなぁ」
その言葉を聞いてようやく彼も理解した。
天の聖杯たちもつい数分前のサタヒコと同じことを考えているのだ。それに気づいた彼は自然と口角を吊り上げていた。
敵の敵は味方。なんて単純な関係性ではない。けれど、切り札は第三者の手からもたらされる。なんてことは、このクソったれの世界では珍しいことではない。
「おおおぁあっ!!」
サタヒコは覇気の声をあげながらマルサネスの機体を操り、マルベーニの意識をこちらに向けさせようとした。
いくらマルベーニが各国の巨神獣や全世界のブレイドを支配下に置けるとしても、それらに命令を出すのも状況を把握するのもマルベーニただ一人だけだ。僧兵など何の役にも立たないだろう。
マスタードライバーである以外、
『くっ……! このっ、死にぞこないがぁあああっっ!!!』
その声を聞けば、その人間が平静を欠いてることは、火を見るよりも明らかだった。
あのマルベーニの余裕を剥いで、その下にひた隠しにしていた醜い地金をさらけ出してやった。
それだけでサタヒコは胸が梳く思いだった。
このアドバンテージを最後まで維持する。そのためには天の聖杯に協力することが手っ取り早い。そうサタヒコの中で決まってしまえば後は出力するだけだ。
残った人工ブレイドとマルサネスの機体を最大限に使って、囮役を買って出る。そうして自由自在に宙を飛ぶ聖杯達の活路を拓く。恐らく天の聖杯たちは、サタヒコがマルベーニの注意を引き続けているという認識はないだろう。そうなるようにサタヒコ自身が仕向けている節もあった。
それでいい。そこは自分には眩しすぎる、と。考えながら彼はただマルサネスを動かし続ける。
『レェェーックスッッ!!』
幼さを残す少女の声が、サタヒコの耳に届いた。
それを合図としてカメラに視線を向ければ、人工ブレイドの前身となった少女を模した鋼鉄のブレイドが、前方宙返りの容量で両肩でぶら下がっていた天の聖杯とそのドライバーを彼らに向けてぶん投げた。
軌道は、ちょうどマルサネスとアーケディアの巨神獣の中心に割り込むような位置だ。
陰ながらフォローはした。やりたいことも見当はついている。けれど天の聖杯たちが具体的にどうしようとしているかは、サタヒコには皆目見当もつかない。
やれることと言えば、変わらずにマルベーニやアーケディアの巨神獣や僧兵の注意を引き続けるだけ。
いつまでやれば、なにをすれば彼らの助けになるか分からないまま、それは唐突に引き起こされた。
チッッッカ!! と茜色から濃紺に移り変わろうとしている天上が、ひと際まばゆく光ったかと思えば、次の瞬間、アーケディアの巨神獣の背中に神の剣が降り落ちた。それも複数。器用なことに、その剣は全てアーケディアの巨神獣の背中に屹立した塔すべてに命中している。
それと同時に、マルベーニの力を増幅する光の塔から放たれていたものが、一点に力を凝縮させてから波紋上に放出された。その余波はマルサネスの巨体さえも吹き飛ばす。強い衝撃に目を瞑ったサタヒコが次に見た光景は、不気味に沈黙する巨神獣の軍勢だった。
『なんと、愚かな……っ! なにをしたのか――わかっているのかっ!?』
その矛先は、サタヒコが搭乗するマルサネスに対して
それが神の剣を振り下ろし、寸分たがわぬ精度でアーケディアの巨神獣の背中にある増幅塔を壊した天の聖杯たちに当てているのは明らかだった。
各国の巨神獣を支配する力は失せども、マルベーニはまだ自国であるアーケディアの巨神獣を支配する力は残っていたようだ。
凝縮された高濃度のエーテル砲が、天の聖杯たちに狙いを定め充填を始める。サタヒコが慌ててカメラに目を走らせれば、アーケディアの巨神獣の背中の塔を破壊した聖杯たちが無邪気に喜びあっている姿が見えた。
「チッ!」
サタヒコは舌打ちを一つした後、マルサネスの機能を全て移動速度に集中させた。今出せる最大の出力と速度で世界樹とアーケディアの巨神獣の間に割って入る。
今までの比にならないほどの強い衝撃を受けても尚、サタヒコは歯を食いしばってその衝撃に耐えきった。
薄く目を開いた先には、呆然と見上げるかつての仲間のマンイーターの少女の姿があった。
マルサネス内部の状態を知らせるセンサーから、次々に警告が飛んでくるのを無視し、そのブレイドイーターは外部と繋がるマイクのスイッチを入れる。
ガガッというノイズが入った後、繋がるのは一瞬だった。
「何こんなところでチンタラしてやがる! ニア!!」
『その声、サタ? アンタがそれを!?』
「シンとメツを追うんだろ? 早く行きやがれ!」
『なぜ、アンタが……!?』
「さぁねぇ、わかんなくなっちまったよ。――俺はこの世界が大っ嫌いだ。特に人間って奴がな!」
『アンタだって元々は――!』
ニアが続けようとしている言葉は聞かないでも分かる。
サタヒコは元は人間だった。そのことを知っている少女の言葉を、彼は人差し指を左右に振り、舌先を上の歯の裏側に軽く当て三度鳴らすという気障ったらしい動作で遮った。
「けどな、大好きな奴らもいたんだ」
それは、どんなに世界に裏切られようと、どんなに世界に傷つけられようと、覆すことのできない事実だった。
500年前のサタヒコが最も幸せだったと思う頃の話。そしてもう、二度と帰れないかけがえのない時間。
「お前らを見てるとさ、あいつらを思い出してなあ。もしあの時、世界を駆け抜けてたらどうなってたのかな、ってさ。そう思ったらもう、わかんなくなっちまった」
自嘲とも諦観とも違う、言うなれば羨望を込めた声色で語るサタヒコ。そんな彼の名前を、天の聖杯のドライバーである少年が呼ぶ声が聞こえた。そちらに視線を向ければ、湿っぽい顔をした彼と目が合う。
「レックスって言ったな?」
『あ、あぁ』
「答えは見つけたのか?」
具体的なことは何も聞かずに、サタヒコはただそれだけを口にした。
思い返してみれば、シンもメツも500年前からずっと答えの出ない答えを探していた気がする。けれどそれは今になっても見つからず、とうとう世界樹まで辿り着いてしまった。
ならばシンの事情もメツの過去も何も知らない少年が、何を探して旅をして、どんな答えを期待してここまできたのか。敵味方関係なく、サタヒコはただ純粋に知りたいと思った。
勿論、質問の意図を理解しきれず疑問が飛んでくることも、沈黙が返ってくることも考えていた。だが、その予想は見事に裏切られた。
『見つけたよ! とびっきりの奴!!』
ここが戦場だということを忘れさせるような、快活な声。
目の前の少年は戸惑うことなく、まっすぐにそう言ってのけたのだ。
サタヒコは自分が目を見開いたのが分かった。そこから遅れて目の前の少年が言い放った言葉の意味を理解すると、ほんの少しだけ笑みがこぼれた。
あぁ、それならば自分が言えることはこれだけだ。
「そうか。そんじゃあ――シンのこと、頼むわ」
託し、託された二つの勢力はそこで決別した。
こちらに背を向けて世界樹の中へと入っていくレックス達を見送ったサタヒコは、深く息を吸い込み、マルサネスの体を静かに反転させた。先ほどのゲンブからの攻撃に加え、アーケディアの巨神獣からの一撃も受けた機体は損耗が激しい。恐らく全力で動けるのは後30秒が限界だろう。
しかし、相応のダメージはこちらも与えているはずだ。
「もう、いいだろう……!? マルベーニィッ!!!」
500年もの間続いた因縁は、絶対にここで絶ち切らなければならない。
あの少年たちや今を生きる誰かが背負うことは絶対にあってはならない。
その思いだけを抱え、サタヒコのとった最後の戦法は真正面からのぶつかり合いだった。
鋼鉄製のマルサネスの身体を利用してエーテル砲が直撃しても構わず、サタヒコはマルサネスに向けて、ただ一つの命令を出し続ける。
前へ、ただ前へ進めと。
そうして距離を縮めたサタヒコは、温存していたマルサネスの予備エネルギーから何からすべてをその二本の両腕に出力し、つかみ取ったアーケディアの巨神獣を世界樹に力いっぱい叩きつけた。続く追撃として、固く握りしめた拳を突き出そうとしたその瞬間に、アーケディアの巨神獣から今まで放出したものとは比べ物にならない高濃度のエーテル砲を即座に充填する。
直撃は免れない。
しかし、目の前に迫る脅威に対して、サタヒコは不思議と恐怖は感じなかった。充足感ですらあったかもしれない。
思い残すことがあるとすれば、先に降ろしたマンイーターの彼女にぶっ飛ばされていないことぐらいだろう。だが、それ以上のものを喰らったのならきっと彼女も許してくれる。なんて、虫のいいことを考える余裕すらあった。
「悪ぃな、シン。ラウラと先にい――」
最後の一文字は音になることは無く、膨大な光と音が彼の身体を飲み込んだ。
3
ガラガラと、白亜の石で作られた聖堂が瓦礫に変わっていく。
あちらこちらで黒煙が上がり、先ほどまで増幅塔の制御に就いていた僧兵たちは、統率を失いあちらこちらへと逃げまどう。
そんな中で一人、人並みに逆らって歩く影があった。青ざめたアーケディア人特有の肌を持つその男は、この混乱の中で負った右肩と左足の怪我を庇うようにずるり、ずるりと廊下を行く。
それは現アーケディアの法王、マルベーニであった。権威を示す重厚な装束の汚れも気にせず、虚ろな眼差しで口だけを、微かに動かし続けていた。
「天に
マルベーニの目的は最初から最後までそれしかなかった。
理不尽に苦しめられる人間がいる。それなのに、なぜ神は助けてくれないのか。そうなるべくしてそうなったとするなら、なぜ悪人ではなく善人が虐げられるのか。
「天に
自分はずっとここで呼び続けていた。神を、この世界を作った何者かを。そのために善行も悪行も何もかもをやってきた。それなのに、神は一向にマルベーニに目を向ける素振りもない。
何が足りないのか。信仰か。力か。才能か。それとも――。
その時、マルベーニの頭の中で何かが引っかかった。
崩れゆく聖堂の中で不用心にも唯一動く左手を見下ろす。
その五本の指は人間としての進化の証。しかし、もしもそれ自体が原因だとしたら?
自分が人間であったからこそ、神は自分をひいては人間に目を向けないのか。いいや、それ以前に、
「――っ!!」
その結論に思い至った時、マルベーニの中で憶測は確信へと変わった。
額に埋め込んだコアにより自身の身体がゆっくりとだが着実に元に戻っていくのが分かる。けれど今の彼にはその時間さえもどかしく、治りかけた足の傷が開こうとも大股で一歩踏み出した。
最終的には半ば駆け出すように、大聖堂の最奥にある、今は誰も存在を知らない部屋の扉を開く。そこは、かつてブレイドの研究施設だった。
この場所で彼は世界樹から持ち帰った天の聖杯のコアを研究者と共に解析したのだ。
室内は幸か不幸か軽微な崩壊で済んだようだった。
薄暗い部屋全体にざっと目を通したマルベーニは、手を伸ばし壁に備え付けられた仕掛けを操作する。すると、彼の視線の先でゴゴンっという重苦しい扉が開く音が狭い室内に響いた。
暗い部屋の一画で、目も眩みそうな青い光が漏れ出ている場所がある。
なぜ、こんな単純なことに気が付かなかったのか。
神が応じてくれなかったのではない。自分が人間であるが故に神の言葉を正しく受け取れなかったとしたら。
ならば答えは簡単だ。
人間という肉体を捨てて神と同じステージに立つことができたなら、きっと神の言葉も自分に届くはずだ。
縋るように藻掻くように、遠近感の狂ったマルベーニは伸ばした手で空をかきながら、現れた未同調のコアクリスタルに近寄った。
そのうちの一つをつかみ取る。
マスタードライバーとしてマルベーニが授かった特性はコアの洗礼。表向きでは、ドライバーとの同調率が格段に上がり、同調の危険性が少し下がるというものだと謳っていたが、実際それはただの副次効果だ。
洗礼を行うことの本当の意味、それはコアの選別だ。彼はコアの中の情報を読み取り、より高性能でより高品質なコアとそうでないコアを見分ける力があった。
カスミのコアもその一部だ。
そうして彼は密かに強い力を持ったコアをため込み、ここに隠していた。
その数は、100にも届く。
正しいドライバーとも出会えず、コアの中で永い眠りについたコアクリスタルを掴むマルベーニは獰猛に笑っていた。
「おぉ――」
放射線状の光がマルベーニとコアクリスタルの間で迸る。
しかし光が治まるより前に、彼は次のコアクリスタルに手を伸ばしていた。
「おおおおおっ――!」
マンイーターという技術を作り上げたのはマルベーニの先祖であるユーキディウムの人間だ。その技術を利用して彼は、彼らの祖先が作り上げたものとは全く別のブレイドイーターの技術を生み出し、この世に三人のブレイドイーターを作り出した。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぁぁあああああああああああああああっ!!!」
コアクリスタルをつかみ取る。自身の身体に取り込む。つかみ取る。取り込む。つかみ取る。取り込む――。それは、もはや捕食と言っても差し支えがない。
人間という肉体を捨てられるその時まで。
薄暗い部屋の中で男の叫び声と青い光の瞬きは止むことはない。
神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの。
次話『未定』
大変お待たせしたうえに申し訳ないですが、次話の行き先は少し考え中です。