楽園の子   作:青葉らいの

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08『パジェナ劇場』

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「おいおい、また増えたんじゃないか?」

 

 インヴィディア烈王国、フォンス・マイム唯一の劇場『パジェナ劇場』の一番奥にやってきた私たちは、そこの座長でありヴァンダムさんの古い友人と言うコールさんと出会った。

 コールさんのいる部屋は彼の私室らしく、ライティングデスクに備え付けられたランプのか細い明りに照らされてぼんやりと部屋の様子がうかがえる。脚本家も兼ねているのか、分厚い本と舞台の小道具が至る所に乱雑に置かれているが、それより目を引くのは舞台でも出てきた真っ白い天の聖杯に関する一枚絵だ。

 

「なんだ、ヴァンダムか。人の趣味にケチをつけるな」

 

 机の上で探し物をしていたその人はヴァンダムさんの声で振り返ってそう言った。

 しゃがれたお爺さんの声だった。分厚いローブのフードを室内でもなぜか被ったこの人がコールさんなのだろう。

 

「戦友相手になんだはねえだろう」

「戦友?」

「あぁ、傭兵団を作る前はフリーでな。若さに任せてコールのじいさんとあちこち駆け巡ったもんさ」

「情にほだされて、すぐにタダ(ロハ)にする誰かのお陰で金にはならんかったがな」

 

 私は村に来て間もないから、村の運営をしっかりとしているヴァンダムさんしか知らないけど、昔はそんな無茶なことをしてたんだな。正直情にほだされてしまうというほうがヴァンダムさんらしいと言えばらしいのかもしれない。そんな昔話をするコールさんをヴァンダムさんは豪快に笑って吹き飛ばした。

 

「それはお互い様だろう! 劇団なんか始めやがって!」

「へっ。――で、今日は何の用だ」

「……爺さん、無駄に長く生きちゃいないだろう。知らないか、世界樹に渡る方法を。楽園への行き方を」

「楽園だとぉ? 行ってどうする? あそこには――」

 

 コールさんが何かを言いかけたところで、その視線がヴァンダムさんの後ろにいるホムラさんへ移動したのがわかった。特徴的なコアクリスタルの色を見て「そのコアクリスタル……! あ、あんたは……!」と信じられないようなものを見る目つきでホムラさんを見た。それで大方の事情は察したのか、剣呑な目つきで彼女のドライバーを探し、それがレックスであるということに心底驚いた顔をする。

 

「お前が……!? まさか、子供とは……」

「どうだ爺さん、知ってたら教えてくれんか」

「ふぅーむ……。世界樹への渡り方を聞きに来たということは一度は行ってみたんだな?」

「うん、でも駄目だった」

「だろうなぁ……。アレがいる限り、誰一人として世界樹には渡れん」

 

 アレって、何だろう? 指示語で話されても、同行していなかった私はみんなの話についていけない。完全な置いてけぼり状態だった。このタイミングで詳しく聞いていい所か、ちょっと迷うところがあるので今は静かにしておいたほうがいいだろう。こんなことになるなら、ヴァンダムさんの体調の悪い知り合いの人がこの人のことか聞いておけばよかったな。

 思考が散乱する私とは逆に、部屋の中の会話はスムーズに続いていく。

 

「アレは世界樹を守っている。だが……かつてただ一人だけ、世界樹を登り神に会いに行ったものがいる」

「世界樹を……!? 本当に?」

「あぁ……。その男ならアレのことを――世界樹の渡り方を知っているかもしれん」

「それは誰?」

「…………………………」

 

 そこまで言ってコールさんは言い淀んだ。

 よっぽどの理由があるのかわからないけれど、それでもレックスの楽園へ行きたいという真摯な気持ちを汲み取って重たい口をゆっくり開いた。

 

「教えてもいいが……その前に二人だけで話をさせてくれないか。そこの――天の聖杯と」

「ホムラと?」

「……わかりました」

「奥へ」

 

 この先はコールさんの寝室になっているらしく、私たちはどうすることもできずに部屋で二人が出てくるのを無言で待つことになった。

 

 

 

 二人を待っていると、イオンちゃんが私たちのいる部屋を覗き込んできた。彼女は私を見つけるなりぱっと顔を明るくさせて、こちらに走り寄ると目の前でぺこりと一礼をした。

 

「さっきのお姉ちゃん。怪我、治してくれてありがとう。ワンちゃんも、ありがとう」

「どういたしまして」

「おう!」

「…ねえ、お姉ちゃん。さっき私にしてくれたこと、コールのおじいちゃんにもしてあげて。おじいちゃん、最近具合が悪そうなの……。だから、治してあげてほしいの!」

 

 あぁ、やっぱりか。

 半分くらい予想していた展開だったので感情を出すことなく、そっとヴァンダムさんに視線を向けた。ヴァンダムさんは口を引き結んで深刻な顔で頷いただけだった。大事な人が病気になっているからか、イオンちゃんの顔はやはりどこか沈んでいる。私はイオンちゃんの目線に合わせるために身をかがめた。

 

「お姉ちゃんね、そこのヴァンダムのおじちゃんに頼まれてここに来たんだよ。フレースヴェルグの村ではね、怪我した人を癒したり、治したりするのが私のお仕事なんだ」

「本当!?」

「うん。だからね、私がどこまでできるかは分からないけど、コールさんが少しでも痛かったり苦しくなくなるよう精一杯頑張るつもりだよ」

「ありがとう、ヴァンダムのおじちゃん、お姉ちゃん!!」

 

 イオンちゃんは出会ってから一番明るい笑顔を見せてくれた。バラしちゃってごめんなさいと、ヴァンダムさんに視線を向けると、小さな子の笑顔を無碍にしたくないのかそれとも気恥ずかしさからか難しい顔のままコールさん達がいる部屋を睨みつけていた。

 ほどなくして、話が終わってコールさんとホムラさんが出て来る。そんな中でヴァンダムさんが怖い顔をして睨んでいたのでホムラさんが驚いて固まり、コールさんが「なんだ、怖い顔しおってからに」と不思議そうな顔をしていた。長い付き合いのコールさんはそれ以上は尋ねずに、机の上あたりをごそごそし始める。

 

「さぁーって、どこにしまったかな」

 

 ホムラさんとコールさんのお話は恙なく終わったらしく、楽園に行くために力を貸してくれるという話で落ち着いたそうだ。書きかけの脚本、資料などが散乱する机を大雑把にかき交ぜると、そこに降り積もっていた埃が舞い散りランプに照らされてキラキラと光った。

 しかしそれが悪かったのか、コールさんは体をくの字に曲げて激しい咳をし始める。……この咳をした後にヒュウヒュウ、ゼェゼェした呼吸。ヴァンダムさんが事前に教えてくれた症状はこれだったか。

 

「大丈夫ですか!?」

 慌てて駆け寄って折れ曲がった背中を擦ると、コールさんは私の方を向いて苦し気に笑いかけた。

「だ……大丈夫だ。すぐ、収まる……。心配ない……心配ない……」

 

 口ではそう言うけれど、ゼェゼェと掠れた呼吸は全く大丈夫そうに見えない。イオンちゃんも不安げな顔で、でもどうしたらいいか分からないという風にコールさんを見上げている。

 

「今日は引き上げたほうが良さそうだな……。悪かったな、爺さん」

「い、いや……。も、もしよければ、明日また来てくれ……。渡したいものがある……」

 

 喋るのもやっとだろうに、コールさんはそれだけ言うと書き物机に備えられていた椅子に座りまだか細く咳込んだ。このまま放っておくのは危ない。イオンちゃんとも約束したし、私は顔を上げてヴァンダムさんに言った。

 

「ヴァンダムさん、私はここでコールさんを診てから戻ります。先に行っててください」

「あ、あぁ。爺さんを頼んだぞ、アサヒ」

「はい!」

 

 今晩泊まる宿屋の場所だけ聞いて、私はみんなの背中をコールさんたちと一緒に見送った。

 

 

 

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 ゼェゼェという呼吸と埃が舞い飛んで咳が起こったことから、もしかしたら喘息のような発作なのかもしれない。そう考えた私はコールさんとイオンちゃんに話をして窓際にコールさんを移動させてもらい、まずは新鮮な空気を吸い込めるように手配をした。次にイオンちゃんにお水を貰いに行ってもらった間に、私はコールさんのローブの喉元をくつろげようと手をかける。

 

「すみません。ちょっと、服ゆるめますね」

「……あぁ……。服の下は、少し人と違っているから……驚かないでくれ……」

「? 分かりました」

 

 言っている意味が分からなかったが、それは分からなくて当たり前だった。

 コールさんのローブの下。鎖骨の部分には赤色が混じったコアクリスタルが埋め込まれていたのだ。

 咄嗟に言葉は出なかった。けれど、だからと言って治療を止めるまでには至らない。

 

「コタロー。回復アーツってエーテルの力を流して細胞の活性化を促すんだよね?」

「あぁ、そうだが……」

「エーテルの流れって、こっちで操作できない? 例えば狭まった気道を広げるとか、そのうえで炎症を抑えるみたいなことは?」

「その位置に近いところに触れて直接エーテルを操作できればいけるかもな。やるのか?」

「他に手掛かりはないし……。コールさん、出来るだけゆっくり……鼻から息を吸ってお腹に空気を溜めながら細く細く吐いて行ってください」

「……あ、あぁ」

 

 コールさんが腹式呼吸を始めたくらいから、私はコタローのエーテルをコールさんの喉と鎖骨の間辺りにボールを近づけて目を閉じて集中する。体の中の血管や気道が広がり楽に呼吸ができるように一連の流れをイメージした。新鮮な空気が鼻から気道を通り肺に届き二酸化炭素を吐き出していく。

 二度、三度、コールさんが腹式呼吸をする間に、喉がゼェゼェとなるのは落ち着いた。そして、息苦しさの無くなったコールさんはやんわりと私の手を握って下す。もう大丈夫だと語るように。

 

「ありがとう、だいぶ楽になったよ」

「爺さん、あの部屋で書き物はしないほうがいいぜ。さっきみたいなこと割とあるんだろ?」

「できればお掃除したほうがいいと思いますよ。窓を開けるとか換気だけでも……」

「扉は開けておくことは多いが、あの部屋には窓が無くてね……。だが、掃除は頑張ってみよう」

 

 そこで私たちの会話は一瞬途切れた。あの胸のコアクリスタルについて聞いていい物か迷ううちに、コールさんの方から話しかけられる。

 

「君が、楽園から来たという子だな」

「……………」

「なに、長く生きていれば何も言わんでもわかるものさ。――そうか、天の聖杯のドライバーといい、君といい、世代は次に進みつつあるのだな……」

 

 何かを噛みしめるように、コールさんは遠くのサフロージュの花弁が散る夜景に視線を移した。そろそろ人々が寝静まる時間。今日初めてであったにもかかわらず、この人の作り出す柔らかい静寂が心地よかった。

 

「君も、楽園を目指しているのかね」

「……わかりません」

「楽園に戻りたいとは、思わないのか?」

「私がいた場所と、みんなの言う楽園は似て非なる物だと思っています。ホムラさんやレックスが目指す楽園が、私の元いた場所と本当に同じなのか。確証はありません」

 

 確かに、元の世界に戻らなきゃいけないという気持ちはある。それでも、どうしても戻りたいかと言われたら、即答はできない。それはこちらにやってきてから何度となく考えたことだけど、結論が出ることは無かった。

 コールさんの気遣わしげな視線が心苦しい。そこから逃げるようにそちらから目を離すと、誰かの足が見えた。劇団の人だろうかと顔を上げたそこには、見知った顔と全く見知らぬ顔がそろって立っていた。

 

「興味深い話をしてるじゃないですか。僕らも混ぜてくださいよ」

「っ! あなたは、イーラの……!?」

「おや、噂の楽園の子に顔を覚えていただけているとは光栄ですね。本日はそちらのご老人に話があったのですが、交渉材料をつぶされてしまったのでとんだ無駄足になってしまいましたよ」

「ヨシツネ」

「おっと失礼」

 

 力関係では横に立っている大柄な男の人の方が強いみたいだ。前髪を逆立てたラグビー選手みたいな男の人は全身真っ黒の鎧で上半身をがちがちに固めている印象だ。赤眼鏡の人が隣に立っているだけで外国人と日本人くらいの差異ができている。黒い人は私ではなくコールさんにまっすぐ視線を向けて言った。

 

「言っておくが、同窓会をしようと思ってきたわけじゃねえぜ」

「天の聖杯なら既に旅だったよ。同じ根をもつ者よ……」

「はっ、抜け抜けと……!」

 

 私は、この世界の知識が足りなさすぎる。だからこそ二人の話している意味も分からないし、この状況が何を示しているのかも分からない。それでも、この状況はきっとよくないものだ。

 

「コタ……!」

「駄目だ、アサヒ。俺たちだけならともかく、そこの爺さんも庇ってとなると戦力は絶望的だ」

「おやぁ? まさかこの僕たちを退けようなんて、思ってませんよね? まぁ、外にはカムイも待機させてますし、たとえあなたたち二人だけだとしても、逃がすつもりはサラサラないんですけどね」

「ワシはいい。だが、この二人はワシらとは関係ないだろう!?」

「せっかく見つけた腕のいい医者を手放す気ですか? 引き取った難民の子供たちが悲しみますよ。そうでなくとも、楽園の子と呼ばれてる存在を僕たちがみすみす見逃すとでも?」

「……私に、何かさせたいんですか?」

「アサヒ!?」

 

 コタローが驚くのも無理はない。けれど、ここはこうすることが一番だと思ったのだ。コタローはブレイドだから私が死んでもコアクリスタルに戻るだけ。でも、ここには普通の人間もいるし、なによりコールさんが長い時間をかけて作った劇場だ。街の人の憩いの場だ。

 傷一つ、窓一つ割らせるわけにはいかない。

 

「私にしてほしいことがあるなら従います。その代わり、ここではない場所にしてください」

「自ら人質になろうってか。健気だねえ」

「っ!」

「へぇ。あのメツを相手にそんな風に睨みつけるなんて、脇役にしては肝が据わってるじゃないですか。いいキャラクターですよ、あなた」

「何を馬鹿なこと言ってやがる。行くぞ」

 

 メツと呼ばれた男の人は、私に目だけで着いてこいと示して、劇場の出入り口に向かって歩き始めた。

 その後ろを悠々とした足取りで、赤眼鏡のヨシツネが付いていく。その一番後ろで私もコタローを抱き上げて後を追おうとしたときに、コールさんが私を呼び止めた。

 

「君は、なぜ……?」

 

 私は答えを言わない代わりに、後ろを振り向かずに言った。

 

「レックスたちには、知らせないでください。次会った時ヴァンダムさんにごめんなさいって伝えて貰えると嬉しいです」

 

 

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 ふわり、と銀色の蝙蝠みたいな翼の生えたブレイドがサフロージュの木の花弁と踊るように夜に舞う。

 月光に照らされて鈍色に光るその子は楽しそうだった。

 一方そのドライバーであるヨシツネと呼ばれた人たちは、足の長さの差を考慮せずどんどん歩いて行ってしまっている。どこに連れて行くのかは知らないけど、もう少し歩調を緩めてほしい。メツと呼ばれた人なんてあの人の一歩分は私の二歩に相当するのだから。

 強制的に競歩を強いられている私は、時々小走りになって青い鎧を追いかけるしかない。

 そこからどれくらい歩いただろう。

 山の頂上にある階段の長さが自慢のお寺でも、ここまで長くないだろうという大階段をようやく登り切って見えたのは、円形の屋外の劇場だった。白い石で作られた壇上の観客席の一番下が、ホールのような舞台になっている。ここはインヴィディアの巨神獣の背中なのだろう。空に浮かんだ天然のスポットライトが景色をぼんやりと照らしている。

 

「あいつを呼んでくる。お前は手早く済ませろよ」

「はいはい」

 

 円形の観客席の適当な場所に私は座り込んだ。コタローは赤い眼鏡の人のブレイドに……お手玉のようにもてあそばれている。キャッキャッと、可愛らしい笑い声が敵に捕まっているということを一瞬忘れるくらい楽し気に月明かりの下に響いた。

 先ほどの大階段を下りていく黒い男の人を見送ると、先ほどの赤い眼鏡の人が近づいてきた。

 

「あいつって……?」

「天の聖杯のことですよ。進んで人質になったんですから、それくらい予想はつくでしょう?」

「ホムラさんを? どうして……」

「さっきから言ってるでしょう。あなたは人質。――ならば、本命がいて当たり前じゃないですか」

 

 私は自分の愚かさに唇をかみしめた。最初から、この人たちの目的はホムラさん。

 この人の言う通り、私はただの脇役。私がいなくなれば全部丸く収まるなんて、どうしてそんなことを考えてたんだろう。誰も、誰もそんなこと言ってなかったのに――!!

 しかしヨシツネと呼ばれた人は、こちらを向いてにんまりと笑った。私の馬鹿さ加減に笑ったのかと思ったが、それは違った。こちらへ向けている視線の熱量が高い。

 

 

「あぁ、やはり――あなたは何も知らないんですね。天の聖杯のことも、このアルストのことも! 巨神獣も、ブレイドも、あなたはこの世界で当たり前のことを何も知らない! だからこそ興味深い……!!」

 

 

 ヨシツネは私の首元を掴み、顔を近づける。そうしてこう続けた。

 

「さぁ、話してください。あなたの知っている世界のことを! この世界の誰も考えつかなかった至高の脚本の足掛かりを!! そのために、あなたをここまで連れてくるなんて寄り道をしたんですから!」

 

 妙に高ぶったその声が私の困惑した思考をぐわんと揺さぶった。

 

 

 

 




次話『カラムの遺跡』
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