1
ある日、カグツチさんから綺麗なノートを貰ってしまった。
日記をつける習慣があるカグツチさんが、ノートを補充した時に商人の人からおまけとして貰ったらしい。
さすが、スペルビアの宝珠と呼ばれている、ある意味皇室御用達のノートというだけあって装丁も凝っていた。
金色に縁どられ、タイルを敷き詰めたような幾何学模様の表紙がとても綺麗なノートだ。カグツチさんの持っているのは青だけど、私が貰ったのは綺麗な黄緑色であること以外は、ほとんど変わりがないらしい。
ノートを開いてみてみると、黄色味がかった上質の紙の匂いがした。中身は日記をつける専用のノートじゃなくて、ただ罫線だけが引いてる普通のノートだ。
「アサヒは文字の練習をしてるってメレフ様から聞いたの。何かに役立ててくれたら嬉しいわ」
「あっ、ありがとうございます……!」
あちらの世界の文房具屋さんで、行っては遠く憧れるしかなかった本のような装丁の重厚なノートに、私は興奮が抑えられず食い入るように見つめてしまう。思わず、お礼を言うのも忘れそうになるほどだった。
頭の中で占めるのは、こんなに綺麗なノートに何を書くか。ただ、それだけだ。
ノートを持つ手と一緒に小刻みに震える私に、カグツチさんはクスリと笑い「もしよければ、今度何を書いたか見せて頂戴」と、優雅な所作で部屋を出て行った。
宿であてがわれた一室に取り残された私は、後ろの方で私とカグツチさんのやりとりを見守っていた自分のブレイドに振り向いた。
「ど、ど、どうしよう。すっごい綺麗なノート貰っちゃった……!」
「一部始終、見ていんしたから知っておりんす」
「よかったな。それで、何を書くんだ?」
「……………………」
手元のノートに視線を落として、私はちょっとだけ途方に暮れた。
こんなに綺麗なノートを貰って、書くのがカグツチさんと同じ日記と言うのもなんとなく味気なくて。いや、カグツチさんなら絶対そんなこと気にしないと思うけど、折角貰ったんだから、カグツチさんに見てもらった時に汚い文字で、ありきたりな内容だったらがっかりさせてしまうかもしれない。
「何を――」
書けばいいんだろう。
と、コタローとトオノに顔を向けると二人も不思議そうにお互いの顔を見合わせた。
「主様の好きに書けば、ようござんしょう? 日々の記録でなくても、絵でも文でも」
「まぁ、普通に考えたら日記か、あとは気になった物とか備忘録として使えばいいんじゃないか? ……って、なんだよ、トオノ。その驚いたような顔は」
「いえ、思ったよりまともなことを言いんしたので、意外に思っただけでありんす」
「おおっと、そりゃどういう意味だトオノ?」
トオノの挑発に乗って臨戦態勢に入ってしまったコタローを宥めつつ、つんと澄ましたトオノを軽く諫めながら私は頭の隅で考えた。
備忘録か、確かに私のいた世界のことを書き留めておくのはいいかもしれない。
けれど、二人のやりとりを見ていたら他のみんながどんなことを書くのか気になった。
窓の外を見ると、まだ夕飯には早いけど、やることもあまりない中途半端な時間。今だったら、暇をしてる人もいるだろう。ちょっとみんなのところに話を聞きに行ってみようかな?
2
「え? ノートを貰ったら何を書くか?」
アヴァリティアバザールの二階、宿屋レムレイムの目の前にあるハラペッコ食堂で、ちょうど夕飯用の席を取っていたレックスたちを発見した私は、とりあえず事情を話してレックスたちにそう尋ねた。すると、やっぱりと言うかなんというか、レックスとニアちゃんとトラの三人が不思議そうに首を傾げ、彼らのブレイドであるホムラさんやビャッコさん、ハナちゃんも同じように首を傾げた。
「そんなの、アサヒの好きなもん書けばいいだろ?」
「いや、ええと、それはそうなんだけど……」
「ニア、それを言っちゃうと元も子もないだろ……」
「なっ、なんだよ、アサヒもレックスも!?」
私たちから思ってもみなかった反応を受けて、ニアちゃんは腰を浮かせて机に身を乗り出してきた。それにどう反応したものか、膨れっ面のニアちゃんに困ったレックスと視線を交わすと、その横から勢いよく茶色い耳兼手が振り挙げられる。
「はいはいも! トラなら、ハナの記録を付けるも! いつ、どんな素材でどこをメンテナンスをしたか、全部記録したいも!」
「ご主人……!」
と、感極まるJSモードのハナちゃんは目尻から涙のような液体を膨らませ、それを拭いながら胸を張る。
「ご安心をですも、ご主人! ハナがご主人からしてもらったこと、全部覚えておきますも! ぜーーーったいに、ずーーーっと、忘れませんですも!」
「ハナ!!」
「ご主人!!」
がしっ、と丸っこいノポン族と金属性の人工ブレイドがお互いに力強く抱きしめ合った。
うーん、美しい絆だ。――じゃない。あの二人は常日頃からあんな風に仲良しさんなので、みんな慣れた様子で見守っている。すると、視界の端でほっそりとした手が動いた。
新たな発言者に視線を向ければ、そこにはちょこんと丸椅子に腰かけた天の聖杯の一人のホムラさんが控えめに手を挙げていた。
「お料理のレシピなんてどうでしょうか? それなら私も少しはお役に立てますし」
「ホムラらしいね。俺は良い案ないなぁ。サルベージャーだった時は、情報交換用の日誌みたいなのはあったけど、結局みんな使わなかったし」
「字のわかる者も少なかったからのぉ」
お料理のレシピに、レックスのは交換日記みたいなものかな?
アイデアとしてはとてもありがたかったけれど、心にはあまり響かなかった。トラの話も含めると、選択肢が余計に広がってしまった気もする。
「アサヒ様でしたら、そちらの世界の医療の知識や技術をまとめるのはいかがでしょう?」
「そうだな。それならあたしやビャッコも手伝えるし。どう? アサヒ」
「うーん……」
腕組みをして私は長考の構えをとる。ビャッコさんとニアちゃんは薬にも詳しいし、二人が力を貸してくれるならきっと、とってもしっかりした医学書みたいなものができるだろう。でも、私の手にあるノートは良くも悪くも一冊限り。私の知識と、ビャッコさんやニアちゃん達の知識を纏めたら、到底この一冊で足りそうにない。もしも手伝ってくれるなら、ノートにとどめるだけじゃなくて他の人たちにも広められるように印刷ができるようにもしたいし……。
「なーに真剣に悩んどるんや?」
「うひゃあっ!?」
「んがっ!?」
頭の上からいきなり話しかけられた私は、思わず組んでいた両腕解いて背中側にいるその人に対して意図しない裏拳をかましてしまった。手の甲のゴツゴツとした骨が、べこっと人の顔面にクリーンヒットする感触がする。
振り向いた時には遅かった。私の裏拳はどうやら眼帯をしていないほうのジークさんの目の辺りに当たったらしい。声もなくその場に蹲って身悶えるジークさんと、その隣で「あーあ」という顔をするサイカさんの、アルスト最凶と謳う二人の様子を見て、自分のしでかしたことに今更気付き謝り倒す。
「ごっ、ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! 大丈夫ですか!?」
「もう片方の目も覇王の心眼に目覚めるかと思ったで……!」
「そ、そうなったら、両目に眼帯付けるんですか……?」
と、ぼけてるんだか真面目なんだか判断に困ることを言いながらジークさんは立ち上がった。どうやらギリギリで目には当たらなかったようだ。
「そんで、何の話してたんや?」
「アサヒが、カグツチから綺麗なノートを貰ったんですも」
「それで、トラたちだったらノートに何を書くか聞かれてたも。ジークたちはノートがあったら何を書くも?」
「ワイか? せやなぁ……」
そう言いながら顎に手をやって、明後日の方向を向きながら悩むこと数秒。ジークさんがにやりと笑ったかと思うと、厳かに口を開いた。
「アルスト最凶物語。~ジーク・B・
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………ださっ」
「なんやとネコ女!!」
あああああ、ニアちゃん! この場にいる誰もがそう思ってたのに、あえて言わなかったことをそんなストレートに!!
案の定、自分のセンスが貶されたジークさんはド直球な感想を漏らしたニアちゃんに突っかかっていった。それでニアちゃんもニアちゃんでジークさんを煽っていくから質が悪い。あれもサイカさんとは違うジークさんとニアちゃんならではのじゃれつきみたいなものなので、さっきのハナちゃんとトラと同じように生暖かい目で見守っておく。レックスたちもそれが承知の上なので、積極的に止めようとはしなかった。
そうこうしているうちに、いつの間にか隣にサイカさんが移動してきていて、私に耳打ちするような近さで話しかけられる。
「王子の発言は気にせんといてな……」
「ちょっと面白そうですけどね。ジークさんの伝説って」
「あかんて。きっと、見せ場もなくてただ不運な目にあうドライバーとブレイドの話になってまうよ」
「物語の中でも不運設定引き継ぐんですか?」
「せや。そして、王子のことやから右手に神さんの加護も打ち消す力を持って、とか設定盛りだすに決まってるやん」
何かどこかで見たことのある設定だな。と私はサイカさんの言葉に苦笑いを浮かべた。でもそれだと、覇王の心眼はどこの神様に片目を捧げて得た力になるのかな。……いやいや、今はそれは関係ないよね。うん。
「あ、でもそっか……。それもいいかも」
「えぇっ!? 本気ですか、アサヒ!?」
「悪いことは言わへんから、考え直しぃ! 王子が主人公の話なんて――いや、ウチは読みたいけども!」
考えなしに呟いた迂闊な一言で、ホムラさんとサイカさんに詰め寄られてしまった。私は慌てて二人の誤解を否定した。そうして、みんなに話を聞いてもらったことにお礼を言って、口早に思いついたことを話すと、私は早速自室に戻るために、その場から駆け足で離れた。
ようやく思いついた書きたいもの。これならきっと、カグツチさんに胸を張って見せられるはずだ。
3
数日後、引き続き宿泊していたアヴァリティアの宿の廊下で、私はメレフさんと話しているカグツチさんを呼び止めた。
今日の18時に、木陰の休息所に来て欲しいと告げるとメレフさんもカグツチさんも不思議そうな顔をする。詳細は内緒にしておいた。隠すほどのものでもないんだけど、ちょっとした悪戯心だ。
「あ、もしよければメレフさんやワダツミさんも来てください」
「なに? 私たちもか?」
「はい。えっと、出来ればたくさんの人に見てほしいので……」
本音を言うならすごく来て欲しい。しかし、その意図をきちんと伝えられない間に廊下の影からナナコオリちゃんがくまりんを連れて、こちらの様子を窺いながらそわそわとしている。残念ながらリハーサルの時間が迫って来てしまったみたいだ。
「18時、木陰の休息所で!」と念押ししてからナナコオリちゃんと合流して、私は一足先に集合場所に向かった。そこには既に、今回の企画に協力してくれてたレックスたちが揃っていて、会場の整備をしてくれている。
私もトリゴリウトを用意したナナコオリちゃんと最後の調整をしようと声をかける。
そんな細々とした準備をしているうちに、時間はあっという間に18時を指した。
事前に声をかけていた人達がだんだんと木陰の休息所に集まり始める。子供を中心に集めていたので、前の方に小さい子を、後ろに連れて年齢が上がるように整理をしていって、人の入りが落ち着いた頃合いを見計らって、私は半円形のステージの
客席の方を見ると、お店を区切るアーチ状の入り口近くで蒼い炎のドレスを着たカグツチさんがいるのが見える。その隣にはメレフさんとワダツミさんも居る。
よかった、来てくれた。と安堵をするのも程々に、私は大切に持っていたカグツチさんから貰ったノートを抱きしめる。隣から、心配そうなナナコオリちゃんの視線を感じた。
「ナナちゃん、準備はいい?」
「はっ、はい……! いつでも……!」
トリゴリウトを抱えるナナコオリちゃんの頼もしい言葉に、思わず笑みがこぼれる。
そして私は、深呼吸を一つしてから、一段上のステージにあるスポットライトに照らされた丸椅子に向かって歩き出した。一か所だけ光の降り注ぐその場所に立って、私は息を吸っていつもより少し声を張って言った。
「今夜は、急な催しにお集まりくださってありがとうございます。今日の催しは、ある人から一冊のノートを貰ったことがきっかけでした。そのお礼も兼ねて、今夜は私の故郷に伝わる物語をお話しします。少しでも皆さんが楽しんで貰えれば嬉しいです」
事前に考えていた口上を述べ、私は一礼をすると椅子に座った。
膝の上にカグツチさんから貰ったノートを乗せて、そのキラキラした表紙を撫でてゆっくりと扉を開くように表紙をめくった。
「今日のお話は『星と旅人』。空に輝く星と、道に迷った旅人の物語です」
手でナナコオリちゃんに合図をするとトリゴリウトの弦をつま弾いて、流麗な音楽が流れ始める。それに合わせて私はゆっくりと語り出した。
「月も出ていない、冴え冴えとした夜のこと。道に迷った旅人は寒さで体を震わせていました。背負った荷物はひどく重くて、ゴツゴツとした石ころと乾いた土の不安定な足場に旅人の足は棒切れのように動かなくなりました。パンも水も食べきってしまい、もう一歩だって歩けない旅人は、荒れ野から見上げる空に、ひと際輝く星を見つけます――」
アルストの公用語で綴った私の世界の物語。
あちらの世界で、大好きだった物語を私はゆっくりと語って聞かせた。
後でこちらの世界の誰かが読み返せるように文字は合わせて書いたけど、私自身はカンペなんていらないくらいに読み込んだ話しだ。
そこに本当に旅人がいるように、私は朗読をした。養護施設にいた頃は、こうして子供たちに本をよく読んであげていたのを思い出しながら。
私を囲む見知らぬ子供達や、それを見守っている大人の人の眼差しが、その時と同じように暖かな空気を作っていく。その空気に懐かしさを感じながら、私は星と旅人のお話しを、心を込めて紡いでいった。
予定していた物語を語り終わって、たくさんの拍手をもらった後。
粗方の人が捌けたのを確認してから、私は入口の方で並んでいたカグツチさん達の方に小走りで駆け寄った。
「素敵な物語だったよ。ぜひ、次はスペルビアでも開催してほしいな」
「あぁ。ナナコオリの演奏にもあっていて、心が震えるような朗読だった」
手放しにワダツミさんとメレフさんに褒められて、嬉しさと恥ずかしさが混ざり合ってふやけた笑いが出てきてしまう。そうして、一番反応が気になっていたカグツチさんに視線を向けると、私は胸に抱いていたノートをその人に向かって差し出した。
「カグツチさんに貰ったノートのお陰で、たくさんの人に楽しんでもらえました。ありがとうございます」
一番言いたかった言葉を伝えると、カグツチさんはいつもは悠然としている表情を少し引き締めて、私の手からノートを受け取った。そして、ゆっくりとページをめくっていくと、小さく息を吐いて穏やかな笑みと一緒に私にノートを返してくれる。
「お礼を言うのはこちらの方だわ。私のあげたノートを、こんなに素敵な方法で使ってくれてありがとう」
そこで一呼吸を置いて、カグツチさんは真っすぐ私の目を見つめてから口を開いた。その時、いつもは細められているその人の目が開いたのに気が付く。そこで初めてその瞳の色が、彼女の操る炎と同じ青色であることを知った。
「正直に言ってしまうとね、私にはこんな使い方は思いもつかなかったわ。ノートは日々の記録を写し取るためのものだと思っていた。でも、こんな使い方もあると、教えられた気分よ。
アサヒ、これからもこのノートにたくさん綴ってちょうだい。あなたの知っている、私たちの知らない物語を」
「――はい!!」
私は笑顔で頷いた。
このノートに書きたいお話は、まだまだたくさんある。
ゼノブレイド2、1周年記念の番外編です。
メインメンバー全員を喋らせることが目標でした。
プライベッターの方で朗読会中のカグツチ視点のも書きたいなぁって思っています。
思ってるだけになるかもしれませんが……。
12/17 カグツチ視点『小鳥のさえずりに』更新しました。
http://privatter.net/p/4088487