楽園の子   作:青葉らいの

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ただただアサヒ達がアルストのボードゲームで遊んでるだけのお話です



番外編『秋の夜長のボードゲーム大会』

 

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 ここアルストでは雲海の高さによって行ける場所といけない場所があるらしい。

 雲海に潜り、お宝を探すサルベージャーであるレックス曰く、次の目的地は現在雲海の下にあると聞いて知った、驚きの新事実だった。

 アルストの言葉でも雲の海と書く雲海は、私のいた世界と同じように潮の満ち引きがあって今は満ち潮の状態だそうだ。引き潮になって人が通れるようになるのは明日のお昼ごろになるだろう。ということで、夕方早めにトリゴの街に着いた私たちは、久しぶりに宿で一泊することになった。

 そして、私は今誰もいない部屋で一人、暇を持て余している。

 

「私も着いて行けばよかったかな……」

 

 木造の温かみのある宿のあてがわれた部屋の中で一人。

 窓際に立って私はとっぷりと暮れたトリゴの街の通りをぼんやり見て気付けばそう呟いていた。

 お祭りの時に垂れ下がる提灯のように柔らかな光を放つ街灯とは別の、ぽつぽつと建物の明かり下のどこかで、ジークさんやコタロー達が楽しくお酒を飲んでるのだろう。

 久しぶりの宿屋ということで成人しているジークさんを中心に、大人組はみんな宿屋とは別にある酒場に繰り出している。コタローはよくジークさんとお酒を飲むらしいけれど、今日に限ってはトオノも珍しく乗り気だったようで、ブレイド二人を送り出したのが1時間か2時間前。

 そうして時間が経てば経つほど、言いようのない手持ち無沙汰感につい声が出る。そして声に出してしまったたからか、頭に過った衝動が胸の中で膨らんでいくのが分かった。

 でも、今から邪魔するのも気が引けるし、何よりお酒を出す場所に行くのはちょっと怖い。それにやりたいことは無くても、やっておいた方がいいことは一応ある。

 最近さぼりがちだった朗読会に使う新しいお話の続きを書くか、もしくはヴァンダムさんやネフェル君にお手紙の返事を書くのもいいかもしれない。どちらにしろ紙とペンを使うので、私はベッドに放りっぱなしにしていた肩提げカバンに近づく。

 すると、コンコン――と固いものを叩く音が部屋の中でやけに響いた。

 それがノックだと気づいたのは、音が鳴り止んで一拍置いてからだった。

 

「? はーい」

 

 時間は寝るには早いけど夜であることは変わりない。こんな時間に尋ねて来る人も理由も思い当たることがない私は、疑問に思いながら部屋の鍵を外して扉を開けた。

 

「………………」

「あ、レックス。ニアちゃんに、トラとハナちゃんも? どうしたの? こんな時間に」

 

 扉を開けた先では、大荷物を抱えたレックス達が驚いたように固まっていた。

 用事を尋ねてみても返事がない。

 不思議に思って首を傾げていると、後ろの方にいたニアちゃんが呆れたような声でみんなが固まってしまった理由を教えてくれた。

 

「こっちが名乗る前にドア開けたから驚いてんだよ」

「アサヒ、ブヨージンですも」

「あっ……」

 

 ここまで言われてようやく気付く。

 確かにこの世界では強盗や泥棒は珍しいことじゃないらしい。防犯意識をちゃんと持て。と、私が比較的平和な世界からやってきたことを知ってる自分のブレイドから事あるごとに言われていた。

 今日はその二人がいないので、頭から抜け落ちてしまっていたみたいだ。

 

「お願い。トオノとコタローには内緒にして……」

 

 両手を併せてレックスに頼んでみると、金色に光る瞳を持つ彼はその顔に悪戯っぽい笑みを浮かべて「いいよ」即答してくれた。

 

「その代わり、アサヒも今からすることはじっちゃんたちに内緒にできる?」

「ん?」

 

 なんのことだろう。とレックスの頭の後ろを見てみると、いつもの潜水服には変わりないけど定位置にあるヘルメットだけは付けてない。ということはじっちゃんとは別行動なのだろう。一緒にニアちゃんに視線を向ければ、いつも一緒にいるはずのビャッコさんも今日はいないらしい。

 その代わり、皆が抱えているのは沢山のお菓子とジュースと何かのカラフルな絵の付いた大小さまざまの箱だ。

 

「なにするの?」

「もっふっふ~! アサヒ、よくぞ聞いてくれたも!」

「トラがジーク達だけお酒飲んでズルいって言うからさ。なら、オレ達はオレ達で楽しんじゃおうって話になったんだ」

「名付けて、『秋の夜長のボードゲーム大会!』なんだも!」

「まんまだし。それ、名付ける意味あんの?」

「うーん。雰囲気?」

 

 ニアちゃんのツッコミに私は物凄く曖昧に答えておく。

 提案者であるらしいトラは、なぜか誇らしげに胸を張っていた。

 

 

 

 

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 とりあえず、お菓子やボードゲームを抱えたままなのも重そうなので、私はレックス達を部屋に招き入れた。

 私にあてがわれた部屋は割合広い部屋だったので、子供5人が地べたに座っても割と余裕はある。

 大きな町の宿屋だからか、部屋も隅々まできれいに掃除されているし、軽く敷物を敷いた上に食べ物を広げることに抵抗感はなかった。

 

「とりあえず、いま持ってるボードゲームを全部持ってきたんだけどさ。アサヒ、どれやりたい?」

 

 部屋の隅で積み上がった腰の高さくらいまであるボードゲームの塔に、私はちょっと言葉を失った。

 レックスの持ってきたボードゲームはこのグーラで売ってるものだけじゃない。

 インヴィディアでしか売ってないもの。スペルビアでしか売ってないもの。色んな国の色んなボードゲームがお店を開けそうなくらいある。

 

「……レックス。また権利書買うためにお店で売ってるもの全種類買ったでしょ」

 

 そう尋ねれば、レックスは気まずそうに頬を掻いて明後日の方向に顔をそらしていた。

 どうやらあんまり突っ込んでほしくないらしい。

 選んで選んで、と促されて私は、レックスの腰の高さくらいまで積み上がったボードゲームの塔に近寄った。

 選んでとは言われても、この世界の文字を完璧に覚えきっていない私はどのゲームがどんなものかがぱっと見ではよくわからない。

 参考までにみんなが何を選んでるか聞いてみれば、各々が得意なゲームを選んでいるみたいだ。

 レックスは珊瑚オセロ。

 ニアちゃんはこそこそスニーキング。

 トラとハナちゃんはバイバイ・マネー。

 珊瑚オセロは私も得意なゲームだ。誰も選んでなかったらそれにしようと思っていたので、レックスが選んでることから必然と別のものを選ぶ必要がある。

 下から上になぞるようにボードゲームの塔を眺めて、ふと上の方にある小さめの箱に目が行った。

 

「これ、なんだろう?」

 

 箱のサイズはトランプよりも一回り大きいくらい。

 蓋には四人の騎士とお姫様らしいイラストが描かれている。

 タイトルは、えっと……。

 

「それは、ブラフナイトですも」

「ブラフナイト?」

「はいですも!」

 

 

 ――ある国の王が何者かによって殺害された。

   それは一夜の出来事だった。

   あなたは姫となって王殺しの犯人を捜し出さなければならない。

   王を殺した容疑者は4人。

   しかし、容疑者4人は全員無実を主張した。

   嘘を吐いているのは1人だけ。

   さぁ、あなたは犯人の嘘を見抜き、王の無念を晴らすことができるか――

 

 

「ふぅん。要は、嘘つき当てゲームみたいな感じなんだね」

 

 箱の裏に書かれているあらすじみたいなものをハナちゃんに読んでもらって、私はそう結論付けた。

 向こうの世界で言う人狼ゲームに近いかもしれない。

 5人で遊ぶものみたいだし、人数としてもちょうどいい。

「これにする」とレックス達の所に戻ってゲームを始める前にお菓子開けてジュースを人数分配ると、こほん。とトラが軽く咳払いした。

 

「えー、これより! 『ワクワク! 秘密のボードゲーム大会 ~グーラの長い夜~』を開催するんだも!」

「名前変わってるし! 『秋の夜長のボードゲーム大会』じゃないのかよっ!!」

 

 秋の深まる夜のグーラに、ニアちゃんのツッコミが冴え渡る。

 

 

 

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 夜更かし前提とは言いつつも、遊ぶゲームが4つもあると、あまり一つのゲームに時間は割けない。

 遊べなかったゲームがないように一旦1ゲームだけ回して、その後でみんなで話し合っておかわりするゲームを決めるという流れになった。

 

 

 

 一つ目のゲームはニアちゃんが選んだ『こそこそスニーキング』だ。

 どこかのお城の宝物庫のような絵が描かれた大きな一枚の紙に、10個カードが置ける枠がある。

 このゲームは簡単に言ってしまえば変則版神経衰弱に近い。

 何も書かれていない真っ白なカードと、1枚だけ怪盗姿のノポン族が描かれたカードがあって、挑戦者は最初は9枚の白紙のカードと怪盗姿のノポン族のカードを10秒以内に好きな場所に置いておく。この時、他の参加者は両目を手で覆って挑戦者がどこに何のカードを隠すかを見ないようにする。

 10秒経過したら、目を閉じていた参加者は1分間話し合ったうえで挑戦者が並べたカードの内、1枚だけカードをめくる。

 そこに怪盗が描かれていたら挑戦者の負け。次の挑戦者に順番が移る。

 それが白紙のカードだったら挑戦者の勝ち。挑戦者はめくられた白紙のカードをポイントとして受け取って、隠すカードを次は8枚に減らしてまた同じようにカードを並べる。そうして8枚、6枚と枠に置けるカードの数を減らしていって後は怪盗のカードが当てられるまでその繰り返し。

 一巡して一番多くカードを持っていた人が優勝というルールだ。 

 

 

「こそこそスニーキングなら負けないよっ!」

 

 

 と宣言した通り、このゲームはニアちゃんが最強だった。

 私たちがめくる度めくる度、全部がブランクカードでトラが「本当は全部ブランクカードなんじゃ……」と疑い出すくらいには強かった。もちろんそんなことは無くて、ニアちゃんのめくる場所にはきちんと怪盗ノポンのカードが置かれている。

 ニアちゃんは、人の考えの裏をかくのが得意みたいだ。

 ある時は全然別の場所に。ある時は前回怪盗カードを置いたのと同じ場所に。一つ隣、二つ右と、法則性があるようでない。そして一回見当が外れてしまうと、当てる側のこちらも、挑戦者であるニアちゃんの考えを見抜こうとして結局『裏の裏の裏の裏の裏の……』みたいな途方もない考え方をしてしまう。

 でも、何も考えないで当てられるほど甘くもない。

 結局盤面に置くカードが2枚になるまでニアちゃんの猛攻は止められず、2分の1の確率のそれも見事に外してストレート勝ちでニアちゃんの優勝となった。

 ちなみに2位がレックス、3位がトラ、4位は私。

 最下位になってしまった敗因を優勝者であるニアちゃんに聞けば、

 

「あんた、自覚ないの?」

 

 と言われてしまった。

 自覚がないから、聞いたんだけどなぁ……。 

 

 

 

 

「このゲーム、何百年前からも遊ばれているんだってさ。すごいロマンを感じないか?」

 

 と、レックスが珊瑚オセロを前にしみじみと語った。

 珊瑚オセロというだけあって、サンゴ礁で作られているのだろうけれど、色も形も全部あっちのものと大差ない。一番の差は材質だろうか。

 オセロは私の世界で馴染みの深いものなので、ルール説明は特に必要ない。

 1ゲームにあんまり時間もかからないので、総当たり戦で対決していくことになった。

 私がトラとニアちゃんに連勝し、レックスも順調に勝ちを重ねていく。最後は私とレックスの戦いになりそうだ。

 

「それにしても、アサヒがオセロ上手いなんて、ちょっと意外だなぁ……」

 

 ハナちゃんとニアちゃんのオセロの様子を見守りながら、ぷちぷちした食感の何かが入ったジュースを飲んでいると、レックスが腕を組んで呟くのが聞こえてしまった。

 

「あっちの世界でもオセロはあったし、施設にいた年上の人たちに叩き込まれたからね」

「オレも同じようなもんだよ。でも、すごいよな」

「? なにが?」

「アサヒの世界にもオレ達と同じものがあって、それで今一緒に遊べてること。すごいことだと思わない?」

「あぁ、そういうこと。……そうだね」

 

 レックスは無邪気にすごいと笑うけれど、私からしたらこのアルストと私のいた世界に共通点が見つかるたびに心がざわつくのだ。もしかしたら、なんて考えがちらついたことも一度や二度じゃきかない。

 コップについた水滴を指で拭きとりながら、私はそんなことをぼんやり考えた。

 

「あ、ニア達の対戦終わったよ」

「え? あ、うん」

 

 レックスに肩を叩かれて意識をこちら側に取り戻した私は、手元に残るジュースを全部飲んでからハナちゃんと場所を交代した。緑色の布に正方形の枠が描かれた盤面と丸いコマを二枚真ん中に置く。

 先攻と後攻を決めるために顔を上げれば輝くような笑みを浮かべたレックスがいた。

 

「負けないよ、アサヒ!」

「私だって!」

 

 つられて笑ってみれば、さっきまでの沈んだ気持ちが晴れるような気がした。

 

 

 

 レックスとのオセロ対決を1枚差で勝ち越した私は、総当たり戦で全勝を納めた。

 本当にギリギリの戦いだった。負けたかと思ったタイミングも何回もあったし。

 

「次はトラの番だもー! バイバイ・マネーだも!」

「ゲームの中でもお金とサヨナラしちゃうの?」

「アサヒ、違いますも。このゲームはお金を増やしていくゲームですも」

「……あ、別れる方のバイバイじゃなくて、倍にしてくゲームなんだね」

「そうですも!」

 

 前提条件が分かったところで、ゲームを開始する。

 まずプレイヤー全員で、目標の金額を設定する。今回は1000万ゴールドが目標額だ。

 次に自分の所持金を最初に決める。1万ゴールドから9万ゴールドまでランダムでカードを渡されて、それが各個人の資本金となる。

 そこからプレイヤーにはまた別の5枚のカードが配られる。そこには0~10までの数字が書かれていてカードに書かれている数字の総数文資本金は倍増する。そうして手札を捨てたり山札から引いたりして、手持ちのお金が最初に話し合って決めた目標額になるように調整し、一番早く規定の数字に辿り着くか、山札が無くなるまで引いて一番目標金額に近かった人が勝ちとなる。もちろん、山札の中には今までの状況をご破算にするようなお邪魔カードもあって一筋縄じゃ行かないけれど、流れとしては一風変わったブラックジャックみたいな印象のゲームだ。

 しかし、これがかなりの計算力を求められる。

 人工ブレイドであるハナちゃんは体内に計算機も内蔵されているらしく、今回に限っては計算に間違いがないかの審判役に回って貰った。そうじゃないと、恐らく勝負にならない。

 何回か勝負をして負けを重ねた私は、深く項垂れた。頭の中で数字がぐるぐる回る。

 現在の順位はトラが一位で二位がレックス、三位と四位を私とニアちゃんが争っている。

 

「へっへへ~、オレ、こういうの結構得意なんだよね!」

「うあー、私は苦手だ……。頭パンクしそう……」

「アタシも……。つーか、トラの奴なんでこのゲームに限って強いんだよ……」

 

 計算続きで同じく頭がオーバーヒートしたニアちゃんの横で、このゲームを持ってきたトラは最初プレイヤーに配られる所持金カード集めて「もっふ~! これが全部本当のお金だったらトラ、大金持ちだも~!」と目をキラキラさせてる。絵に描いた餅、ということわざを彷彿とさせるトラをみて私はふと思いついたことを尋ねた。

 

「ねぇ、トラ。1200の3割はいくつだと思う?」

「も? ももっ? いきなり聞かれても、分からないも」

「じゃあ、1200ゴールドの品物が30%引きで売られてたらいくらになる?」

「……。840ゴールドも!」

「なるほど」

 

 ノポン族はお金の計算が早いと誰かから聞いた覚えのあった私は、トラの答えを聞いて苦笑いながら一人で納得した。

 

「っていうかさ、ちょっとこの部屋暑くない?」

「そう言えば、扉閉めっきりにしてるもんね。窓開けようか」

「頼んだー」

 

 くてーん、と頭に生えた猫耳ごと体の力を抜くニアちゃんに「はーい」と軽く返事をしながら私は窓際に向かう。

 正方形に枠とられた両開きの窓を開ければ、涼しい風と一緒にリーリーと鳴く虫の羽音と賑やかな外の音が一緒に入り込んできた。

 

 

「わ……!」

 

 

 酔っているのか上機嫌な誰かの笑う声とトリゴリウトの微かな旋律が聞こえて来る、

 お祭りのぼんぼりのように紐に吊らされたオレンジの転々とした明かりが灯り、ついさっきまで羨まし気に見ていた世界が視界の先に広がっていた。

 けれど、外の様子を見たというのに、少し前まで感じていた疎外感はもう感じられなかった。

 それを忘れさせてくれたのは――。

 

「そう言えばレックス、アンタまだ一位になってなくない?」

「ぐっ……! い、今まではトラ達に手加減してたんだよ! 見てろよ、次こそは一位になってやる!」

「レックスはなんで焦ってるんですも?」

「アサヒー! 次のゲームやるから、早くこっちに来るもー!」

 

 

 

「――うん、今行く!」

 

 

 




本編があまりにもシリアスな場面が多かったため、なんでもないお話しを書きたかったんです……。肝心の本編は10月7日までにはきっと……。

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