冒険に異世界を求めるのは間違っているだろうか 作:その辺の人
バッツはオラリオに来てから初めてシヴァと共に過ごしていた。
朝からここでの生活の話で時間を潰しロキとの面会に向かった二人は静かな店で店員に迎えられ、席には既に笑顔のロキと落ち着き払った小人が一人いた。
バッツはいつも通り来訪者然として振る舞うことも、素性を探られるのも慣れたものであったが、相手はここオラリオでトップクラスの勢力を持つロキとそのファミリアの団長だった。
わずかに緊張した空気の中、お互いにつかめない距離感を固めるべくロキ・ファミリア団長フィンから話を切り出した。
「先ずは謝罪させてほしい。酔っていたにしても酷い事を言って済まなかった。」
「なに言ったか覚えてるのか?」
「もちろん。組織の評価なんて下らないものを君の家族より大事だと言って君を怒らせた。…その上でバッツ、話を聞いてほしい。正直に言って僕自信、君を善人と認めるが警戒している。それでもロキと話して決めたんだ。僕らを信用してほしい。そしてそれ以上に、ロキ・ファミリアは君を信用したい。」
「ロキ、お前たちが信用に足るならバッツは素性も実力も話す。だから早くこのつまらん流れを何とかしろ。」
「なんやそれ…怒ってないんか?」
「まあ、酔ってケンカなんてよくある話だろ、何でもいいから早く食べようぜ、奢ってくれてありがとな。二人とも。」
シヴァの一言でバッツも食事を楽しむ事にしたらしく組んでいた指を崩し、団長は拍子抜けして水を飲んだ。
ここぞとばかりに調子を取り戻したロキは自己紹介を始めた。
「では改めて、ウチはロキ。んでウチのファミリアの団長フィン。」
「お初にお目にかかります神シヴァ。よろしくバッツ。フィン・ディムナだ。これでも君より年齢は上だと思うから、子供扱いはやめてほしい。」
フィンが日頃口にしない自分の容姿について触れたのは、ロキの指示で出来るだけ無難な人柄を印象づけるためであった。
ロキは自分達のことは求められたときだけ素直に話し、その他はさっさと切ることにしていた。
「はいここまで自己紹介でした!じゃあバッツ君、名前からどうぞ。」
「なんだか馴れ馴れしいぞ…?」
自己紹介から調子を崩されたバッツは、それでも美味しい食事と柔和な調子を崩さないロキに警戒を解いた。
自分から余計なことを言わなければ何かされることはないと確信したバッツは父親の死をきっかけに一人で旅をしていることを話し自己紹介とした。
「なるほどなー。聞くも涙、語るも涙のええ話やった。聞かせてくれてありがとうなバッツ。」
「誰も泣いてないじゃないか。」
「調子がいいのは、うちの神様の数少ない良いところだからね。楽しいだろう?」
「少し疲れるな。それに胡散臭い。」
「なんやなんや!みんなして冷めた目で見んといて!目覚めてしまいそうになるやん?」
この場で無害な軽口を連発できるのはロキだけだったためか、妙な空気が漂った。
フィンはロキなど放っておけばいいという顔でバッツを見ると、お返しにと自分の目的を話し始めた。
「僕は英雄になりたいんだ。」
バッツはフォークを置いて水を一口飲み、フィンとの話に集中した。
「とは言っても、小人という種族の繁栄を最終的には成し遂げたいんだ。だから僕が英雄になるのはその手段の一つなんだけれど。」
「すごい夢だな。でも俺には英雄になることと種族繁栄の関わりが分からないな。」
「君は知らないかもしれないが、ざっくり言えば現在我々小人はこの世界で最も弱い人だと思われている。その状況を何とかしたくて、まずは僕が強い小人代表に成ろうって訳さ。当然あとに続く小人もいないといけない。」
「大きくいい目標だ。実につまらんが。」
この話を聞いて何かを思案するようなバッツの表情をロキとフィンは見逃さなかった。
今回共に食事した理由はバッツがロキ・ファミリアへどう影響するかの見極めであった。
ここまでの話でフィンはすでにバッツはファミリアにとって無害だと判断していた。
彼の性格は素直で常に好奇心を持っている。
酒場の一件で情に厚いのは伝わったし、素直に接していればよほどのことがない限り激昂することはない。
仲間を殺されかけるほどのことがなければ確実に良好な関係を築けたことだろう。
しかしフィン自身との相性はよくないとも確信した。
彼に対し俯瞰的な判断をすればきっとそれなりの反発がある。
旅に慣れており、他人との関わり方もかなり経験がありそうで、実際無駄な警戒心や観察をしてくるそぶりも感じられない。
既に放っておけば無害であることは明らかなバッツの態度に嘘はないと判断したフィンは目的を達成したが、安心と共にこの白い不思議な格好の旅人がどれ程戦えるか見たいと思った。
よい関係を築けるならそれに越したことはないし、ロキがファミリア構成員に彼との接触禁止令を出した理由がどれ程のものなのか確めたい。
接触禁止の理由としてはバッツに二つ名のない事だった。
つまりレベル1であるにもかかわらずの酒場での一件で見せた彼の力は、種も仕掛けも有ったところで納得出来そうに無いほどであった事がフィンに一歩踏み込ませた。
さらに後押しとしてその後のホームで例の一件で悩む少女の姿を思いだし、バッツを会わせてみたくなった。
フィンはこの旅人を観察すれば、自身が次のレベルへ上がるためのヒントになると思った。
「ロキ、僕らのホームでみんなに会わせよう。もちろんバッツが良ければ、だけど。」
「ウチはシヴァと話すのに忙し…なんやって?」
シヴァは提案に驚きつつも目を細めた。
ロキがアカンと返そうとしたときに二つ返事で了解を返したバッツにも驚くロキであったが、平和的に解決する確信があったフィンは当然のように明日ホームへ迎えることに決めた。
ロキは終始シヴァへ仲良くしようと話しかけたが、全く興味のなさそうなシヴァはよくみる雄神の口説きのようにロキの容姿のみ誉めると、ロキも察して距離を縮めることは諦めたようだった。
お互いの素性を形だけ知り合った四人は、食事を終えるとシヴァを連れてロキが去っていった。
バッツは何だかんだでシヴァの予定を押さえていた辺りロキを抜け目無いと思った。
その後暇潰しにヘスティアでも探そうかと席を立とうとすると、フィンがバッツを引き留めた。
「明日のことなんだけど、僕以外にも会って欲しい人がいる。君とベル・クラネル君に謝りたがっていてね。それから、僕とともにダンジョンへ潜ってほしい。これは個人的なお願いだ。」
夕方ホームへ戻ったバッツは結局ヘスティアを見つけられなかった。ベルが帰ってくると明日も一人で潜ってくれと頼み、いつものように稽古を始めた。
シヴァが戻ってくる頃には二人とも寝ようとしていたが、ベルは静かにホームを観察するシヴァに緊張してまともに眠る体制に入れなかった。
「私のことは気にするな。」
「すみません…ヘスティア様の他に慣れた神様がいないものですから…お許しください。」
「ふむ…だが慣れてくれ。明日はお前と二人きりなのだ。」
「えっ?」
「俺は明日は帰らないんだ。訳は聞かないでくれ。」
「もしかしてロキ・ファミリアの?」
「そうでもないとも言い切れない感じだ。まあ、喧嘩の事は片付いたから問題ないだろ、多分。」
「言い訳が下手だな。」
「うるさい。もう寝るからな。」
目が覚めたバッツは寝ている二人を起こし朝食を済ませると、ベルをダンジョンへ送った。
道中ベルの日課となっていた寄り道先でシルお手製の昼食を頂戴した後、初めて貸した日からすっかり手放せなくなっているバッツの短剣について、やるから大事にしろよと話すとベルは嫌だと断った。
もう何度目かになるこの会話は、物に執着のないバッツにとって日に日に大声になるほどやきもきしていた。
バッツが見る限り、この世界にきて装備を店でいくら眺めても自分の短剣を超えるものはなかったのである。
ベルの暴走癖や、装備を壊すような戦い方に心配を消しきれないバッツは、ついにバベルへ入る直前でもうお前の剣だから受け取らないぞと押し付けた。
ここ2日ロキ・ファミリアと関わって今日は帰ってこないとまで言ったバッツに押し付けられた短剣は、ベルにとって手切れ金のように思え、目に涙を湛えながらバッツを見つめた。
「バッツの分からず屋!」
「そっちこそ!」
胸にバッツの短剣を抱えたベルは走ってダンジョンに潜っていった。
絶対に帰って来いよと叫んだバッツの声に返事は無かった。
時間が頭を冷やすだろうとベルの心配をしまい込んだバッツがホームに戻るとシヴァの姿はなく、そのまま戸締りだけ済ませてロキ・ファミリアへ向かった。
ロキ・ファミリアの門前にいたのは金髪の少女、バッツが初めてオラリオで本気を出した相手であるアイズ・ヴァレンシュタインであった。
じっと見つめてくるアイズに不思議なものを見る表情で目を合わせたバッツは、ずずっとすり足で近づいてきたアイズに合わせて同じだけ下がった。
「…あの時のひとですか。」
「酒場でのことなら謝らないぞ。それにもう流すことにした。」
「そうですか。ありがとうございます。」
「なんで近寄ってくるんだ。」
「それはい…」
「なに見つめ合ってるんですか!?」
アイズとバッツの間にエルフの少女が割って入った。
割って入ったとはいえアイズとバッツの距離は7M程度離れていた。
両手を広げ何かを押しのけた様子の少女の腕は空を切っている。
少女の意図がわからず固まるバッツとアイズ。
ふと、アイズが今日の迎えかもしれないと思ったバッツは、フィンに呼ばれていることを伝えようと口を開くと、エルフの少女はアイズに向けて騒ぎ出した。
「こんな変な格好の似合う男はあなたにふさわしくありません!そもそも誰なんですかこの人…って白い服に青い靴、細身の茶髪って…接触禁止のあの人じゃないですか!」
「接触禁止ってなんだ?フィンに呼ばれてきたのにおかしいだろ。」
「レフィーヤ、落ち着いて。」
「これが落ち着いていられますか!緊急事態ですよ!」
「ちょっとうるさいぞ。中には入れてくれないのか?」
「案内します。ついてきて。」
事態がのみ込めないバッツはとりあえずフィンに合うことを優先した。
アイズはレフィーヤをどうどうと鎮めつつも歩くペースを落とさない。
長い廊下でファミリア構成員が誰もいないのは謎の接触禁止を守っているからかバッツには判然としなかった。
ここですと案内された部屋には酒場で見た狼男、リーダーのようなエルフの女性、そして団長のフィンがいた。
「良く来てくれた、バッツ。たとえ警戒していたとしても本当にうれしい。まずは紹介させてもらう。リヴェリアとベートだ。案内してくれたのがアイズとレフィーヤ。二人ともこんな雑用をすまなかったね。」
「団長、私はバッツと話がしたい。」
「アイズと話す時間は取ってくれるはずだ。それで大丈夫かい?バッツ。」
「ああ。レフィーヤが外してくれるならいいぞ。」
「悪い癖が出たか…許してくれ。リヴェリアだ。私も含めてエルフはこう、堅いところがあってな。この前の件はこいつを止めきれなかった私にも責任がある。すまなかった。」
「けっ、名乗るつもりなんてなかったんだ。それにしても剣姫様を侍らせて登場とは、恐れ入るぜ。」
「やめないか。まあ、紹介もこんなところでいいだろう。僕はバッツがいい人だから、そして強いだろうからこうして呼んだ。今日の目的は2つ、率直に君の強さを見せてほしい。バッツには僕らを覚えてほしい。これだけだ。」
「俺は暇つぶしに来たようなもんだしなあ。ベート、お前なんか嫌なことでもあったのか?」
「お前だ!クソっ、もういいだろ、俺は行くぞ。」
「俺は謝らないからな。」
「上等だ、雑魚が。」
「まあ待てベート。バッツ、君はレベル1だったね?」
「ふざけんな。そんなカミサマの冗談なんざ誰が信じるかっての。」
「本当だぞ。ここにきて一月もたってないしな。」
「じゃあ俺は正真正銘の初心者にやられたってのか?…試してやる。」
バッツの前に立ったベートは頭のぶつかりそうな距離でにらみつけた。
無表情で見つめ返すバッツの顔に怯えの色はない。
何も反応しないバッツにいら立ちが抑えきれなくなったベートはそのまま右の拳でバッツの腹を突いた。
レベル5の拳であればたやすくレベル1の初心者の意識を刈り取るほどの威力を持つとわかっていながら手加減は無かった。
露骨な酒場の仕返しにフィンとリヴェリアは目を見開き、アイズは静かにバッツの歪む表情を見ていた。
倒れこむバッツの左手が確かにベートの拳を受けていたが、威力は殺しきれず床で悶えた。
絶句するレフィーヤをよそに、ベートのいら立ちはさらに増した。
「本気を出せ!舐められっぱなしで納得いくかよ!」
「いい加減にしろベート!」
「放せ!こいつは俺を…クソっ!」
扉を蹴飛ばし出ていったベートを一瞥したアイズはバッツに近寄った。
固まったまま動けないレフィーヤに手当の用意を頼んだフィンはバッツをつぶさに観察している。
リヴェリアはバッツを警戒してか、緊張した面持ちでレフィーヤを送りドアを閉めた。
アイズに動けるかと確認されたバッツは静かに立ち上がった。
バッツの怒っていることは誰にも見て取れたが、例の光を放つことはなかった。
フィンはここまでされても落ち着いているバッツにやはり相当な旅の経験が積まれていると判断した。
肉体的な痛みに精神が揺さぶられていない事は、同じだけ痛みに耐えたことのある者にしか理解できない判断基準であり、ゆえに信頼できる。
フィンは酒場でのことを、バッツが酔っていたせいで本気を出したと結論付けた。
「…ベートだけがそういうやつだってのはよくわかった。」
「君は…どんな経験を積んでここへ来たんだ?」
「リヴェリア、こんな状況で聞かれてまともに答えられるかい。」
「バッツは私より強い。絶対に。」
「アイズ、そこまで言うのか。バッツと何があった?」
「証拠は、ないけど…」
アイズはミノタウロスを取り逃した時のことを話した。
血まみれのベル・クラネルに話しかけたところで背後を取られたこと、倒れていたはずのベル・クラネルは服だけ大穴が空いており、目立った外傷がなく、走って逃げるほど体力があったこと。
その際に聞いた声が、ここにいるバッツに酷似していること。
フィンは目を細めて頭の中で状況を繰り返し想像した。
服に穴が開いていたのは直接傷に手当てをしたから?
ミノタウロスから逃げながら?
アイズに体を見ることさえ許さずに?
ファルナを受けて一月もたっていないのに5階層以降へ一人で潜って救助するほどの余裕が?
考えるほど不可解な状況であった。
これまでの常識を覆す何かをバッツは持っている。
絶対にあると確信すると同時に、これ以上詳しく予想するにはあまりに判断材料が足りないような気がした。
リヴェリアと目が合ったフィンは、リヴェリアの表情から同じような結論に達したことを悟った。
近くの椅子に座ったバッツはようやく息が整い、すっかり怒りも収まっていた。
ここまで話が進んでしまったことでバッツは隠してもどうせ付きまとわれると諦めた。
「正直に話すと、まあそれは俺だ。」
「…なんでベートに殴られたの?」
「避けたんだ。あれでも全力だった。」
「アイズの話を聞く限りそうは思えないが。…無論、無理には聞かない。」
「隠す気はないさ。魔法が使えるんだ。」
「…そうか。話してくれてありがとう。」
「傷の手当てが終わったら、私と話してくれる?」
「ああ、そうだな。」
「アイズとの話が終わったらまた来てくれ。僕も少し話したい。」
「手当の用意できました!」
「そうだ、フィン、禁止例とかいうの止めてくれよ。団長なんだろ?頼む。」
「…本当に失礼した。ロキの出した禁止令はすぐに取り消す。」
レフィーヤの案内に冒険者が来たが、バッツを見るなり近寄るのを躊躇した。
フィンが指示を出すとすぐに落ち着いてまともに歩けないバッツを運び、治療のために部屋を移した。
バッツについてアイズから話を聞き始めたフィンとリヴェリアの二人は、アイズも交えて予想を語った。
少し話が進むと、バッツの魔法についての話になった。
フィンがバッツは父を亡くしてから一人旅をしていることを話すと、リヴェリアはファルナや魔法には経験や種族、考え方、血筋も影響が出る事を踏まえて父親からの特殊な影響があるのかもしれないと予想した。
例として挙げた、魔剣を作成できる能力が血筋で受け継がれていることで有名なクロッゾ一族がその予想の信憑性を後押しした。
「人を癒し、人知を超える強さと速さ、仲間のために本気で怒り体を淡く光らせる…そんなものは英雄譚で観るような主人公そのものだろう…まさか。」
「リヴェリア、僕はその予想を本気で信じたいと思っている。小人としても、個人的にもね。神が居たんだ。英雄だって。」
「私も、そう思う。」
「「バッツは、英雄の血筋を引いている…?」」
「となれば、それらしい物語の一つくらいありそうだな。私は今からロキにこの話をする。久しぶりの休みだ、伝説を読み耽るとしよう。」
「この予想は口外禁止だ。ロキを合わせて4人だけの秘密とする。これは命令だ。噂になるだけでも彼へ迷惑がかかるだろう。一方的に足を突っ込んでおいてなんだが、ロキはここまで予想しての接触禁止令を出したように思える。興味がなければ当然何もする必要はない。」
「あの…私もいます。」
「…僕は年甲斐にもなくはしゃいでいたみたいだ。人の素性を探るのにこんなに熱くなるなんて…」
「レフィーヤ、絶対に口外するな。絶対だ。」