冒険に異世界を求めるのは間違っているだろうか   作:その辺の人

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9話 フィンの見極め 後

傷の手当てが終わり戻ったバッツはアイズの質問攻めに遭った。

ベル・クラネルが逃げる理由について、いいからとっ捕まえて話せば済むと答えたバッツに一瞬むっとしたアイズは、強さについての主義や定義など、バッツの考えたことのないものについて多く質問した。

いちいち答えるのが面倒になったバッツは稽古で実際に打ち合ってみることを提案し、アイズもそのほうが良いと快諾した。

既に魔法が使えると話したことで開き直り、アビリティの使用を控えるつもりはないバッツは、道具は剣のみを使うという条件で今の力を試すことにした。

相手はレベル5の剣姫。

レベル2と1の差でさえかなりのものだと聞いているバッツは、実際に圧倒的な相手と訓練できることに少しだけ嬉しくなった。

先ほどのフィンとの会話でバッツは人前では力を見せないだろうと予想したアイズは、人のいない適当な部屋へバッツを案内した。

木製の片手剣を取って伸ばした剣の先をぶつけると、互いに一歩下がり構えた。

 

「いつでもどうぞ。」

「いっちょよろしく!行くぞ!」

 

バッツが胸に手を当てると、青い風がその全身を吹き抜けた。

その後特に変化の見られない体を観察したアイズは、バッツと目があった瞬間に視界から彼の剣が消えるのを見落としかけた。

レベル5の圧倒的な身体能力をもって寸での距離で剣の投擲を叩き落とし、視界の端で下がるように消えたつま先を追って顔を上げると、視界からバッツが居ない事に気付く。

いつかの光景を思い出したアイズは緊張し、汗が吹き出た。

初動で置いていかれたアイズは辺りを見回すが、どこかにいる気配だけが感じられた。

無限にも感じられる時間を一人警戒し続けたアイズは集中し直すために剣を下ろすと、首元にあのときと同じ感覚が突きつけられた。

 

「不意打ちで悪いけど負けたくなかったんだ。これで一本、もうこの手は使わない。」

「何をしたかは、秘密ですよね。」

「魔法を使ったら、なげる、かくれる。それだけさ。」

 

こともなげに語るバッツの言葉に、アイズは何一つ納得がいかなかった。

全く気取られず一瞬で姿を消したことと、レベル1の身体能力では不可能に思える異常な速度の投擲。

どれが魔法で技術なのか判別さえ出来なかったアイズは一度頭を振って冷静に努めた。

頭の中を整理するため、理解できそうな部分だけ質問する興奮気味のアイズに対し、バッツは全く冷静だった。

 

「詠唱しない魔法…そんなものがあるなんて。」

「みんなそうじゃないのか?」

「はじめて見た。レベル6の魔法使いも知ってるけど、そんなに早い魔法は見たことない。」

「…マズかったかな。」

「完璧な詰め方だった。何が不味かったのかわからない。」

「…打ち合えば負けるんだ。こんなのズルさ。」

「…構えてください。」

 

再び互いに剣先を当てると一歩引いて構えた。

バッツの見せた技にアイズの油断は完全に消えた。

輝きだしたアイズの瞳はバッツの目から微塵も動かない。

もうはったりは聞かないと覚悟したバッツが瞬きすると同時にアイズは半身のまま踏み込んだ。

一歩下がりながら剣を構えるバッツは防戦一方になることを予期していた。

ふっと軽く息を吐きながら首への一突きを弾くバッツに対し圧倒的な速度差をもってみぞおちへ追撃を叩き込むアイズ。

確かな手ごたえはしかし両手に支えられた刀身が受け止めたもので、アイズはこの速度に2度もついてきたバッツに驚愕を隠せず目を見開いた。

完璧な受け方をしたバッツであったが、正面から打ち付けられたレベル5の力は、床に足が縫い付けられたようだった。

膝が石になったかと錯覚するほどの衝撃は耐えるのが精いっぱいで、手の痺れを感じるまもなく3発目の追撃を見舞おうとするアイズの顔が驚いていることに気付いた。

衝撃に備えようと再度構えて大きく息をしたつもりのバッツは、構えた剣が無かったかのように振りぬかれた無情な横なぎを腹にもらうと、全ての息を吐き出し宙を舞った。

構えなおす剣姫は瞬きせず、バッツは二度三度と床に全身を打ち付け、意識を手放した。

 

吹き飛んだバッツがピクリとも動かないのを見て手加減を忘れていたアイズは我に返った。

彼は死んでしまっただろうかと本気で心配して大声で救助を呼び、再びの手当て部屋でバッツを寝かせると、全速力でフィンの部屋へ向かった。

血相を変えたフィンとともにベッドに横たわるバッツを見つけると、持ち合わせる限り最高級のポーションを使って治療を試みた。

ありえない方向に曲がった手足は元通りになり、しばらくすると息をし始めると同時に青ざめた顔も良くなった。

生きていたことを確認できたアイズとフィンは心底安堵し、フィンはバッツを横目にアイズをじっと見据えた。

 

「君は一体何をしたんだ…」

「ごめんなさい…つい本気で戦ってしまった…」

「レベル1の冒険者相手になんてことを!」

「わかってる…ごめんなさい。」

「謝る相手は僕じゃないだろう。全く…でも、聞いておかなければならないから、ごまかさずに話してくれ。なぜ戦うことになって、なぜ本気を出した。」

 

1度目は訳の分からないまま一本取られてつい本気になったこと、容赦せず打ち込んだ攻撃を2度も躱され3度目にこうなったと語るアイズの言葉に嘘はなかった。

フィンは自分が信じないと話が進まないと分かりつつも、アイズが何を言っているのか理解したくなかった。

圧倒的レベル差に正面から向き合って技術と不意打ちで勝ったこの男は、いったい何を経験している?

どうしてそんな、数歩の距離でにらんだ相手の目の前から姿を消すなどという発想に至るのか。全くの謎だった。

そして自分が目の当たりにしたなら、冷静でいられるだろうか。

本気で打ち込むことはないにしろ、きっとこの男から目が離せなくなるに違いない。

どこに彼の限界があるか試さざるを得ないと感じるのは、心のどこかに存在する強者として見下ろす目線と、冒険者としての未知への欲求と不安が混ざったわがままに他ならなかった。

ようやく少し納得しかけたところで、今晩一緒にダンジョンに潜るお願いに返事をもらっていなかったことを思い出した。

彼が力尽きるのがダンジョンでなくここでよかったと思うと同時に、ロキ・ファミリアはレベル1をいじめる悪いファミリアだと噂が流れる想像をした。

自分の職業病に嫌気がさしたフィンはすっかり冷めた差し入れのコーヒーを一口飲むと、アイズに彼をどう思うか尋ねた。

 

「…間違いなく、魔法のほかに何か秘密がある。その魔法についても目の前で見たのに訳が分からなかった。」

「そうだろうと思う。でも以前君はダンジョンで彼と出会っていて、今回はっきりと相対しているんだ。このファミリアで一番バッツの戦闘に詳しいのは君なんだ。それをよく覚えておいてほしい。僕は今の状況と顛末をロキに報告してくる。」

 

アイズはその後も一人バッツを見守り続けた。

夕焼けに暗くなった部屋が彼の背中の異様な光をアイズに気付かせた。

夕飯を断ったアイズは何もせず、布団がぼんやり光る部屋の中バッツの寝息だけを聞いていると、帰って来たロキの声がした。

ロキを呼びに行こうと立ち上がったアイズを知ってか知らずか、ロキはいの一番に眠り続けるバッツの部屋のドアを開けるとその顔はバッツに近づくうちに歪み、目に涙さえ浮かべた。

バッツの手を握ったロキはアイズを連れて部屋を出て、フィンとリヴェリアの腕をつかむと自室へ連れ込んだ。

 

「ウチは個人的にこの子を応援する。いや、しないといけないんや。」

「…何か知ってるの?私はどうしたらいい?」

「…悲しいけどな。何もしてやれることはない。」

「僕らを呼んだことには意味があるんだろう?」

「それを伝える前にこの質問を聞いてほしい。3人とも、バッツをどう思ってる?」

 

3人は口をそろえて英雄の血を引く冒険者だと答えた。

ロキは一つ頷くと、そんなことよりも大事なことがあると言ってシヴァから興味本位で聞き出した情報を苦しそうに吐露した。

その場にいる全員は始めてみるロキの焦燥と悲しみの表情に困惑した。

 

「バッツは、うちらと同じ異世界人かも知れへん…そんなことよりな、ファルナで死ねなくなっとるかもしれん。押しつけがましいけどな、克服しないとあかん。こんなん呪いと一緒や。何が恩恵や、これじゃあいつと同じ…」

 

死という生者の最も絶対的な運命をファルナで強制的に剥奪される事がどういうことか、3人には想像できなかった。

その異常さは途方もなく、レベルアップで器が広がり神に近づくというファルナの根源的な説を否定するものだった。

神を神たらしめるのはその不滅という特性なのだから、押し付けるように力で強制せずともそこにいるだけで、この世で威厳を保つ事ができている。

人も何百年と変わらずそこに居続けられれば神と変わらない扱いを受けることは間違いないだろう。

死なない人の存在は、フィンに自身の常識を捨てなければならないと覚悟させるには十分だった。

しかし今は、もごもごと声の小さくなっていくロキにフィンが出来ることといえば、正気を取りもどす手伝いくらいだった。

 

「ロキ、何を聞いてきたか知らないが、バッツは生きてる。考える時間はあるはずだ。」

「時間やと?時間なんていくらあってもしょうがないやろ…想像できんのか?目が覚めたらすべてが変わっていて、知ってる人なんてみんな死んでる。そんなん子どもたちの経験していいことと違うやろ!」

「…フィンは八つ当たりには早いと言っているんだ。私はファルナの力を疑ったことはないよ。」

「私、ケガが治ってからバッツの背中がずっと光ってることに気付いたの。きっといいことなんでしょ?」

「うちを、神を信じてくれるんか…ありがとうな。」

 

不意に、4人の部屋へ走りこむ音が近づいてきた。

ドアをノックするとともに快活な少女の声がバッツの部屋がまぶしいと異常を告げた。

急いで駆け付けた4人と、興味本位で集まったロキ・ファミリアの主戦力たちに見守られながら、バッツは背中の光が弱くなるとともに目を覚ました。

思わずのぞき込むアイズは何か言おうとしたが、安心と罪悪感に襲われ言葉が詰まった。

アイズと目が合っても何もない様子のバッツは部屋を見渡すと、その場にいた全員を凍り付かせた。

 

「ここは、どこだ?」

 

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