冒険に異世界を求めるのは間違っているだろうか 作:その辺の人
まだ日の昇ったばかりの朝早く、ベルはようやく雑談ができるようになってきたシヴァを見送り、少し寂しくなった。
一人残されたホームでいつも通りにダンジョンへ行こうと支度を済ませ通りへ出ると、豊穣の女主人で見覚えのあると猫人の二人組にシルを探せと頼まれた。
訳を聞けば、シルは今日の怪物祭を楽しむために休暇をとったが、財布を忘れて行ったという。
シルをしっかりものだと思っていたベルは、よほど祭りにうかれていたのだろうと想像した。
猫人に白髪頭と呼ばれてなんとも言えない気持ちのままだったが、日頃のありがたいランチのお礼になればと二つ返事で彼女の捜索を引き受けた。
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シヴァは必ず来てくれとガネーシャから誘われていた怪物祭を遊ぶ為、ベルへ用事があると告げアイ・アム・ガネーシャへ向かうと暗い顔のロキに待ち伏せされた。
ヘスティア・ファミリアのホームを知らないロキはシヴァが普段ガネーシャ・ファミリアに世話になっていると語ったことを覚えていた。
つてがなく不安を抱えこむしかないと思っていたのかシヴァの顔を見て少しだけ表情が和らいだロキは、バッツの事だと察したシヴァに案内された個室で彼の現状を話した。
驚いたシヴァはまぶたを閉じ自分を落ち着かせると、冷静に、しかし確実に怒気を帯びた声色でバッツの引き取りを申し出た。
ロキはシヴァの言葉と表情に潰されかけながら、誓って危険には会わせないからせめてベルとヘスティアに話を通すまではこちらで預かりたいと懇願した。
他の無情な神々から目をつけられては今のバッツとシヴァではどうしようもないと判断しての事だった。
今すぐヘスティアに会わなければならなくなったシヴァは彼女の行き先にわずかな心当りがあった。
ロキに彼女の一番の友神を聞くとヘファイストスの名が上がり、まだオラリオに顕現して間もない雄神は迷いなく息子との約束を反故にして一人街へ繰り出した。
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その頃ロキ・ファミリアのホームでは、バッツがあからさまに距離を測りかねている周囲の雰囲気などどこ吹く風と朝食を食べることに集中していた。
アイズは彼が背中でさえ目に入っていては朝食がのどを通らない自分へのダメージを自覚しつつも、心配で目が離せなかった。
仕方なく遠慮など辞書にない様子で質問を浴びせようとするアマゾネスを全力で止める事に集中してごまかすことにしたが、律儀に朝食を共にするレフィーヤの落ち着かない視線に何か返せるほどの余裕は作れなかった。
少し遅く起きたベートは部屋に入るなりバッツを一瞥すると舌打ちし、すかさずリヴェリアの強烈な一睨みに面倒臭そうに黙り込んだ。
静かに、しかし誰もバッツへ話しかけられないまま時間は過ぎた。
「全く、私しかあの人にあいさつしないってのはやっぱりヘンじゃない?どう見ても元気そうだし。仲良くしようよ?悪い人には見えないよ。」
「ティオナ。詳しくは言えないけど、バッツは大変なの。静かにして。」
「大変なのはバッツじゃなくてあたしたちとしか思えないよー。」
ただ一人単純かつ正しい意見を押し込められ不服のティオナ・ヒリュテは姉にわかってくれるよねと視線を送るも、一人静かにフィンの口元へパンを差し出しており気付く様子はまるでなかった。
食べないんですか団長と言いたげな顔がバッツとの間に差し込まれる度にフィンが静かに右手で頬を押してバッツを視界に収め続けると、恍惚の表情で視界の外に追いやられてはバッツを嫉妬の視線で射殺し、我に返ってはまた追いやられている。
「自分で食べられるから。」
「団長、あんなひょろいのがなんだっていうんです?恰好からして今日の祭りでなにかする劇団員でも迷い込みましたか。すぐ処理して見せます。」
「ティオネ。詳しくは言えないけど、バッツは大変なんだ。静かにしてくれ。」
「接触禁止は冗談だったんですよね…?」
「レフィーヤ。詳しくは言えな…」
リヴェリアがレフィーヤに彼は大変と諭す声は、その大変な本人の全く平和そのものなご馳走様の声でかき消された。
綺麗に朝食を平らげたバッツは、満足気に挨拶を始めた。
「何から何までしてもらったみたいで悪いな!改めて俺はバッツ!」
記憶喪失は夢であってほしかったという儚い願いは叶わず既に泣きそうなアイズ。
それをなだめるリヴェリアという状況にさすがのベートも大人しく見守ることにしたが、たまの我慢は続いたバッツの台詞にちり紙のごとく吹き飛んだ。
「じゃあもう行くけど、心配いらないぜ。旅には慣れてるからな。またどっかであったら…」
「オイ、ふざけるのも大概にしろ!」
「俺は本気だ。ところで近くに鞍の着いたチョコボ見なかったか?相棒なんだ…まさか倒してないよな!?」
ベートはこいつはダメだと肩をすくめ、会話を諦め部屋を出ていった。
フィンは5つほど浮かんだ質問をコーヒーと共に飲み込み、既に冷静でなかったアイズはチョコボなる謎の存在にバッツはおかしくなってしまったと涙をこぼした。
珍しく固まるリヴェリアと辺りを見てあたふたするレフィーヤを横目に二人のアマゾネスはきょとんとしている。
三者三様の反応に困惑するバッツは、落ち着いた様子であごひげを撫でているドワーフに近寄った。
「チョコボくらいおっさんも知ってるよな?」
「儂はガレス。チョコボなぞ知らんが、お前さんが元気そうで何より。」
「本当に知らない?黄色くて、でかいくちばしで、鳥みたいなくせに全然飛べなくって足が速いあれだよ。」
「初めて聞いたな。お前さんテイマーだったのか。」
「そういうこともできるってだけさ。それにボコとはそういう関係じゃないぜ。友達なんだ。」
「うーむ。要領を得んな。フィン!」
「僕も整理が追い付かない。まさかロキの予想通り知らない世界から来たって言うのか…?いくら何でも…」
「なんだよ、みんなしてヘンだな。よく考えたら俺は荷物を持って…うぐ。」
自身のことを考えるようなそぶりを見せたバッツは頭を抱えた。
突如うずくまるバッツに全員は緊張した。
駆け足で戻った様子のロキが部屋の異様さに緊急事態と察すると、予測不能の状況にわずかでも手を打とうと応急班の呼び出しを覚悟した。
張り詰める空気に涙の引いたアイズが頭が痛むのかと心配になって近寄ると、小さくうぐぐぐとうなっている声がして、思わず顔を覗き込んだ。
「だ、だいじょう…」
「なにも思い出せない!!」
「「!!」」
「おっと、頭とかは痛くないから大丈夫。安心してくれ!」
「「出来るか!!」」
静まり返った部屋に臆することなくティオナは今日はお祭りだからバッツも楽しんだらどうかと提案すると、バッツの目は輝き、ロキの目は虚ろになった。
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今のシヴァにとって街の状況は最悪だった。
祭りで朝から出店と押し売りが占拠する大通りはすっかり狭くなり、既に人の多い路地は昼には人探しなどままならなくなるだろう事を予感させた。
人探しにヘファイストスのことを道行く冒険者に尋ねると、今日は武器より祭りですよと流され、まともに相手されなかった。
このまま増え行く人に押し流され何もできなくなることを嫌ったシヴァは、ダンジョンに向かう人はいつもより少ないだろうと予想し、身体的自由を求めてバベルへ向かった。
ベルがいつもの習慣でダンジョンに潜ろうとするのを捕まえられないかと期待せずにはいられないほど苛ついていたシヴァは、到着したバベルでベルに出会うよりも良い情報を通りすがりの冒険者から耳にした。
この塔にはヘファイストス・ファミリアの店がある。
何度か聞いた武器より祭りとはこの事だったかと、ヘファイストスとの面会へ確実に近付いていたことに安堵したシヴァは、武器店について近くの冒険者へ聞いて回った。
自身で思う以上に弱い肉体はすでに少し疲労していたが、それに気づかないほど必死だったシヴァは無意識に神威を発していたらしく、出会う冒険者は全て恭しく正直に話した。
バベル内部を上れば店があると聞いたシヴァは、適当な冒険者に案内させた自動昇降機を動かし、ひとりごちた。
「全くここの人の子と言うものは、正直者ばかりで正気を疑うぞ。バッツに出会った時など事情はあれど有無を言わさず殺しあったものだが、わからんな…ここか?まだ開いていないようだが仕方ない。」
「いらっしゃいませ…ここは戦う人の子のための場所。神様が一体何の用でございましょう。」
「始めまして。シヴァと言う。ヘファイストスの元に我が友神ヘスティアが居ないか聞きに来た。名はなんという?」
「椿・コルブランドと申します。」
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「はー、せっかくのアイズたんとのデートがあぁ、バッツには悪いけどな、ここ一番の楽しみだったんや…」
「なら俺のことはほっといてさ、二人で楽しんで来いよ。気にすんなって。またいつか会えるさ。」
「そうはいかんねん。だから仕方なく連れてきたんや。頼むから今だけはおとなしく待っといて、な?」
「…ちゃんと後で俺が一人で居ちゃいけない訳を教えてくれるんだよな?」
まだ昼には早い時間。
バッツはロキに連れられ、この祭りの中で奇妙な静けさを保つ店の前で放置された。
バッツはふと冷静になり、一人立ち尽くした。
自分は何者なんだ?よくわからない集団に保護され、頼れる相棒はここにはいないようだ。
着の身着のままで荷物もなく、今の景色には妙な既視感があるだけだった。
背中に違和感がある。力の入り切らない肉体の、うわつくような感覚に集中すると、まるでそうでなければならないと何かに操られている錯覚を覚えた。
自分の感覚を掴もうと集中することに恐怖を覚えたバッツは、街の景色を眺めることにした。
頭の中がすっと景色のことだけで埋まるのは心地よく、それがファルナのサポートと天性の集中力によるものだと気付くことはなかった。
僅かに祭りの熱を帯びた風は、寂しさを覚えた心をなつかしさで温めた。
街の景色より風に当たるほうが気持ちいいと気付いたバッツは、目を閉じて風の音を聞いた。
飛び込んできた子どもの鼻歌が、この状況を楽しまないなんて間違ってると語りかけてくるようだった。
しばらくすると、バッツは風の呼ぶままに走り出したい衝動で一杯になって目を開いた。
せっかくの祭りなら楽しまないと損だ!
ロキとアイズは出てこない様子だし、少しくらい見にいってもいいよな?
「どうせ何にもわかんないんだ。思うままに行く、ぞ…?」
「…~~!」
突如として耳に入り込んできた声は遠いものだったが、聞き覚えのあるものだという妙な確信があった。
声のほうへ人を分けて進むと、白髪の少年が周囲を見まわし何かを探しているようだった。
「シルフを探してる?声で呼んで出てくるもんかな…ちょっと聞いてみようっと…おーい!そこの白い…うっ!」
「おとなしくしてて…お願いだから。」
「アイズ…まだ何にもしてないのに!」
約束は約束と首を引っ張られて店の前へ戻るバッツは、すれ違った女神に見つめられた。
バッツはアイズが目を軽く伏せるのを横目に見ながらも、視線に気付くとそのまま吸い込まれるように女神から目を離せなくなった。
何かに突き動かされているような表情で早足に近づいてくる女神の視線は一歩毎に熱を増し続け、それに合わせてバッツを謎の動悸が支配した。
ついに手の届く距離まで来た女神がうなずくと、バッツはアイズの手を払った。
「頭がおかしくなっちまったかな…?」
「いいの、全て私にまかせて…?こんな子がいるなんて、ああ、我慢できるわけない…」
「バッツに何をするの。行こう。…?聞こえてないの?」
「ちょおおおっとまったあぁぁあ!!!」
全力で走り込んできたロキは、いつの間にか女神に皆が見とれて時間の止まってしまった往来を切り裂くように現れた。
アイズに向かって真っ直ぐに、勢いは押さえるどころか増しながら突き進むロキが右手を振り上げると、ここから逃げる事を察したアイズはバッツの手を千切れんばかりに引いた。
レベル5の暴力で宙を舞ったバッツは、それでも目をそらさずに、一目で心を埋め尽くした謎の女神が微笑むのを焼き付けようとしたが、アイズが路地を曲がる衝撃に視界は空を写した。
そのまま何処にも視点の合わないバッツは走るアイズに振り回され続けた。
何かに殴られたと気づいて正気を取り戻したのは、いつも遊ぶ子供たちを祭りに取られて静かになった路地裏だった。
現状確認しようとしたバッツは口を押さえられて動揺した。
息を切らしたロキがバッツを覗き込んでいた。
「ようバッツ、本気で奴に目をつけられたな。…はぁ、認めるわ、お前は本物やった。」
「なんなんだ一体…」
「名前だけは教えとく。あのクソ色ボケ女神はフレイヤ。近付けば後悔さえさせてくれんまま破滅間違いなしや。絶対に近寄ったらアカン。」
「向こうから近寄って来たんだぞ。」
「自由に生きたいなら逃げるんや。アイツに捕まる位なら牢屋のほうが100万倍マシやで。はたから見ればな…」
「バッツ…大丈夫?」
アイズがバッツをつつくと、鋭い痛みが右肩の外れていることを知らせた。
歯を食い縛るバッツは、自由な左手を前に出して見守るよう促すと、そのまま自分で肩をはめて二人を驚かせた。
取り繕った笑顔で気にするなと目を覚ましてくれた二人にアピールしたバッツは、少し離れるよう頼んでジョブチェンジを行った。
バッツがパッと光ったと思えば白いローブ姿で顔まで隠れたいかにもな魔法使いが現れ、ロキとアイズは言葉を失った。
バッツは、フードを取るまで何が起こったかと構えていた二人の混乱が収まるのを待たず肩の治療を行う。
「とりあえず、ケアルでも唱えるかな。よっと…これで元通り!」
「…なんや?」
「バッツの魔法は一言もないの。」
「…今の緑のやつが魔法?無詠唱なんてほとんどアルカナムとちゃうんか?」
「ここじゃあそう呼ぶのか。そう言えばここはなんて言うんだ?」
「全く話が噛み合わんな~。この感覚にも慣れてきたで。」
「ロキ、バッツは変なこと言うようになったけど、その…大丈夫なの?」
「心の方は見た感じ大丈夫やで。どうもアイツの言った異世界人ってのも本気らしい。それにしてもウチが釘打ってる最中に堂々と追いかけ始めるとは、全く。」
「…約束だもんな、悪かったよ、ごめん。」
「いや、お前のことやな…そう言えばお前もやな。なんで勝手に歩いたん?」
バッツは聞き覚えのある声がして追ったと答えた。
結局アイズに捕まってしまったから、その少年はもうどこに行ったかもわからない。
白髪頭の子供でこんな声だったとものまねすると、あまりにまじめな顔と若すぎる自信なさげな声の差に二人は大笑いした。
「器用なやっちゃな~!…オモロイもん見せてくれたし、ウチも知ってること話すわ。その白髪はな、多分お前の家族や。」
「間違いないよ。ベル・クラネルって名前。なにか思い出せる?」
バッツはうなってみたものの、なにも思い出せなかった。
家族は自分を残して皆死んでしまったはずだ。
だからこうして一人旅をしているのに、俺に弟が?親父の隠し子なら意外すぎて面白いな。
ベルはまだあんな子供だ、こんな旅に巻き込んじゃいけない。
故郷まで飲み込まれんだぞ。
…世界の危機なのにこんな大きな街で祭り?
「こんなことしてる場合じゃなかった!俺はエヌオーを止めて、クリスタルを…!?俺は何を言ってるんだ?」
「バッツ!ここは安全や、大丈夫や。」
「そうじゃない!世界が壊されるかもしれないんだ!だからいんせきで…」
ベルを引き金に混乱し、記憶の混濁が見てとれるバッツに慌てた二人は人混みを避けてギルドを目指した。
道中いんせきに乗ってきたから記憶がおかしいのかと、意味不明な理由で自分の混乱に決着をつけようとするバッツの一言一句を、神ゆえにそのむき出しの感情が分かるロキは妄言だと切り捨てずに黙って聞き続けた。