冒険に異世界を求めるのは間違っているだろうか 作:その辺の人
かめのこうら編、最終章になります。
「重たっ…行ってきます!」
「換金した金は好きに使って良いからなー」
エイナへ会いに行くと言うベルへ10階層の戦利品を渡し見送ったバッツは、今日はダンジョンに潜らず知り合いに会いに行こうと決めた。
まずは最も馴染みのあるミアハ・ファミリアが良いとベルに教わり、バイトへ向かうヘスティアを送るついでにその小さな薬屋兼ホームへ向かった。
ヘスティアによればミアハ・ファミリアは冒険者をサポートする仕事をしているので、朝早くから活動しているらしくこの時間に訪ねても営業時間外だが問題ないとのことだった。
「やってるかー?」
バッツの呼び声にミアハ・ファミリアのホーム、店名青の薬舗は直ぐに扉を開いた。
「いらっしゃいバッツ。せいがでるわね。」
ファミリア唯一の構成員であるナァーザの出迎えに、バッツは悪気を感じながらも言い放った。
「えっと…悪いけど名前から教えてくれ!」
ナァーザは眠そうな表情のままバッツを迎え入れると、奥のミアハを呼び出しに行った。
バッツに背を向け、歩きだした彼女は、少しずつ速度を上げた。
彼女は過去のトラウマから心身共にリハビリの知識には詳しかった。徐々に冒険者特有の病気や怪我の症状、薬の副作用が頭を駆け巡りはじめ、ゆっくりで良いぞと背後できこえるバッツの声は無視した。
いつものように売り込みで外に出ようと支度するミアハへ、血相を変えたナァーザが扉を押し開くと、緊急を察したミアハによるバッツの診断が行われた。
問診だけでも十分だと、ミアハは神独特の視点と深い見識から結論づけた。
「二人とも、いや、バッツは心配してないようだが…心配は要らない。記憶はどうなるかわからない。だがトラウマや精神的ショックは無いだろう。私の長年の経験で保証させてもらう。相変わらず年に似合わず清みきった心だ。初めて出会ったあの日から何もかわっていない。」
バッツは誉められて喜んだが、すぐに何も持たずにホームを出たことを思い出し苦い顔をした。
「ありがとうミアハ、でも俺はそんなにできた性格じゃないぜ。それに、診てもらって悪いけど金が無いんだ。」
安心した表情のナァーザがミアハを一瞥し、共にうなずく。
「おかねは、とらないわ。」
微笑むミアハが続ける。
「世話になりっぱなしで何も返せていないのはこちらなのだ。どんな苦しみだろうと、乗り越える手助けにお代など…」
ナァーザの表情は変わらなかったが、珍しく被せるように言った。
「そう、その知恵を、かしてくれればいいのよ…」
「そうだ知恵を…そうではない!ナァーザ、流石に病人にまでそう対応するとは思わなかったぞ、改めなさい。」
思わず視線を合わせ、頭を撫でて諭してくるミアハにすこし体温を上げたナァーザは、いたって元気そうなバッツへ向き直って言った。
「あなたは、へいきよね?」
バッツは笑顔で返した。
「ああ!俺に出来ることなら頼ってくれ!初めてちゃんと診てもらって、安心したからな。お代がわりさ。」
軽く頭を抱えるミアハの表情は明るかった。
「全く、ナァーザの方が私よりしっかりバッツを見ているようだ。本人がそのつもりなら、頼らせて貰おう!」
ミアハの言い終わるまえに立ち上がったナァーザは、最低限の準備だけ整えて、早速バッツ直伝のエーテルを調合して見せた。
「お、エーテルだな!上手くつくるなあ。」
記憶にない様子のバッツの態度に、二人の表情は微塵も揺らがなかった。病人に不安な態度を見せるほど素人ではない。
「ふふ、あなたにおしえてもらったのよ。でも、みてほしいのはここから…」
ナァーザがミアハにエーテルを渡す。ミアハが用意していたかめのこうらを削って加え続けると、エーテルは黒く色を変え、固まってしまった。
「ここまで加え続けると、どうも精神回復の効果が傷薬に戻ってしまう。単純に効果を強くしたくとも濃度をあげればよいというものでないのは分かるのだが、これがなんなのかバッツには分かるか?」
バッツは深くうなずいた。
「それなら簡単だな!混ざったこうらとポーションがまた別れてるだけだ。少しとって水にでも入れれば分かりやすいんじゃないか。それよりも、もしかして二人はかめのこうら初心者?」
かめのこうらが薬として活用されることのなかったオラリオでは、その素材としての特性は防具や家具などに使う場合のみ研究されてきた。
故にこの世界のどんな書物にも存在しないのだが、金欠で書物を買い漁れないミアハとナァーザは調べきれていないだけだと思っている。
正直にうなずく二人に乗せられ、安価な調合薬の新作がバッツの自慢げな調子に合わせてさらっともたらされた。
「エーテルまで作ったら、実は続きがあるんだ。まあ、傷薬に戻るのはミアハの言うとおりなんだけどな。」
ナァーザは実践派の彼が何かするなら、また新薬だろうと期待した。バッツは不思議と無理に思い出すようなことはせずとも、体に染み付いた手順で小気味良く続けることができた。
「今度はこうするんだ。ほら、黒くならないだろ?これが効くんだぜ、どんな怪我でもすぐ治るんだ!」
実践して見せたバッツの薬は黒くならず綺麗なエメラルド色に安定した。目を見開きわずかでもこの瞬間を見逃すまいとかじりついたままのミアハが質問した。
「ほ、他に材料は要らないのか?道具も?火も?」
バッツは当然だと言わんばかりの表情で答えた。
「要らないぞ、そもそもこれは戦闘中にとっさに作るものだしな。」
ナァーザはバッツの洗練した技術に驚愕した。冒険者たちがこれほどの精度でダンジョン内でも調合出来れば、こんな腕をこさえる事になるような修羅場もずいぶんと減るだろう。
これを習得すれば自分のトラウマに打ち勝てる気さえした。
ナァーザは目を輝かせた。新薬の完成は希望に溢れていて、最も好きな瞬間の一つだった。
期待からくる緊張感を声に乗せてバッツに聞いた。
「ききめは、どのくらい…?」
バッツは胸をはって言った。
「この一瓶でほとんど死にかけからでもすぐ走り回れるぞ!体が半分潰れてても、全身を焼かれてても元通りさ!」
ナァーザは目に涙を浮かばせてバッツの手を握った。
「ウソでも…うれしい!」
驚いたバッツは、気恥ずかしさから顔を赤くして少しふざけた。
「大げさだ!そんなに商品が少ないの気にしてたのか…よし、これが調合出来たら、かめのこうらマスターの称号を授けよう!」
ミアハはゆっくりと顔を振り、ナァーザとバッツの手を取る。
「その心からすると、今の素晴らしい効果は大げさではないな。そしてナァーザの涙も、大げさではないのだ、バッツ。彼女は治らぬ怪我を負ってしまっていてな、その分人の苦しみをよくわかってあげられるのだ。」
バッツは握ったナァーザの右手が冷たい事に気付いた。
「この手が…そうだったのか。薬屋なんて、ピッタリじゃないか。この薬が役に立つならいくらでも教えるよ。コツでも、何でも聞いてくれ。」
涙を拭いたナァーザは、すっかりもとの調子だった。
「いっぱいきくから…ちゃんとおもいだしてね?」
ミアハも既に期待を隠せない表情でバッツを見つめた。
「ああ、すぐこの調子だ…許してくれ、バッツ。では、早速…」
メモをとり始めた二人は、バッツの感覚的な発言だらけの調合法を頑張ってまとめていくのだった。
新薬に熱中していた3人はおやつ時にようやくミアハおすすめの美味しい昼食を取り、バッツは夕方にミアハ・ファミリアを後にした。
バッツにエクスポーションと呼ばれたそれは、何週間かの習練を積んだ二人が自信をつけると、ミアハ得意の親切な押し付けで中位以上の冒険者へ配られた。
一度その出来の良さに気付いた冒険者が店まで足を運ぶようになるといよいよ毎日の限定商品として売り出した。
傷薬としては最高の効果、品質と言って良く、保存がきかないことを差し引いても相場の4割ほど低く設定された破壊的安価を目玉に少しずつ売れ始める。
それでも材料はポーションとかめのこうらのみのため、利率は90%以上という暴利を叩き出した。
これを機にナァーザが様々な意味で笑顔を増やしたのは言うまでもない。
それを見た客が密かに彼女のファンになり、固定客が増えたのも想像に難くない。
全ては基本となるポーションが潤った予算とファミリアの努力で品質を上げたことによって成り立っているのは、商売敵ディアンケヒトも納得の事実である。
無論、ミアハがこの画期的な知識を親切心から世間に広めようとしたが、かめのこうらを独占的に使える現状をナァーザが手放すはずもなかった。
借金から解放されたあかつきには冒険者向けにかめのこうら調合塾でも開こうと提案しミアハを口止めしつつ、ナァーザは更なる稼ぎの算段を煮詰めながら一人受付で笑みを浮かべるのだった。