冒険に異世界を求めるのは間違っているだろうか 作:その辺の人
左手で取り出した石細工を眺めるバッツはヘスティアに折られてへの字になった口を治すために昼間からエールを煽る。
路上に無造作に置かれた大小様々な樽を椅子と机がわりに使うこの店は、バッツが暇潰しにシヴァへ会いに行く道すがら通りがかり、面白がって座ってみただけのはずだった。
バッツは景色を楽しんだらすぐにまた歩きだすつもりであったが、何を思ったか店主らしきドワーフから目の前に叩きつけられるように置かれたのもこれまた人の顔ほど大きい樽。無論バッツはここを見つけてからいまだ何も言葉を発していない。
蓋を抜いてあるだけのそれは髪がそよぐ風にも負けず麦の香りをバッツの鼻まで届けた。中身は強く置かれたせいで激しく泡をたてるエールだった。
興味深くゆっくり手に取ったバッツは両手で持ち上げると一気に半分ほど飲んだ。日差しの強い昼に飲むには良い爽やかさだったが、同時に独特の刺激からこれが酒だと気付いた。酒といえばと朝から二日酔いのヘスティアにはとても石細工の謎など聞いてもらえないことを思いだし今に至る。
ヘスティアの看病はベルが買って出たためまかせた。
樽と石畳に青空の景色を眺めながら気分の上がったバッツが大声で店主を呼べども応対は案の定で、店主はいつの間にか小さなカウンターに突っ伏して昼寝をしている。
この際食事も済ませてしまおうと決めたバッツが店主を起こして注文するため開けっぱなしの扉から店内へ入ると、窓際でバッツのものより大きな樽で顔を隠した髭の濃いドワーフが一人。
気持ちのいいのみっぷりをバッツがみていると、髭にこぼれたエールの泡を乗せたまま、掴んだ肉を頬張ったところで目があった。
しっかり焼けた固そうな干し肉をなんの苦もなく食べてみせた大口が空になると、やはりエールを拭うことはせず笑顔で話しかけてきた。
「おお、バッツ。それはここの一番の自慢でな。美味いだろう。」
「ああ!すぐ行くつもりだったけど、おかげでいい気晴らしになった!」
「そいつは良かったな。そこで寝てるのが勝手にやったんだ。金も要らんだろうよ。」
「このまま飯でも食っていこうと思ったんだけど、起こしてもいいかな?」
「止めておけ、どうせ起きんからな。それにここは昼寝のために開けっ放しているだけで、営業は夜だしのう。」
「じゃあガレスはなぜここに?」
「こいつがのみたくてな!ついでにここの引っ越しの手伝い。」
「そうだったのか。邪魔しちゃったな。起きたら美味かったって伝えておいてくれ。」
「まあ待て。飲み残して行くなど許せんのう。」
「おっと!そうだな。ちゃんと飲みきってから行くよ。」
「ついでにあいつが起きるまで儂の話し相手になってくれんか。」
「うーん、どうせ暇だしいいぞ。」
酒場らしきここはロキがシヴァに張り付く時間を稼ぐためのもので、バッツの好奇心を刺激して足止めするためだけに用意されたくだらない仕掛けの一つである。
そこに酒をあさりに来たガレスがいたのは偶然にほかならない。しかし怪物祭の日、目覚めたばかりで混乱するバッツを見ていた面子では最も落ち着いていたのをロキはしっかり覚えていた。
ロキは彼を対バッツの懐柔役として評価していたため、バッツに会った時には聞いておきたいことを伝えてある。
明日にはこの状況が見守る会でロキによって過剰に膨らませたうえ大きな尾ひれがついて発表されるのを察するのはバッツには不可能といっても過言ではなかった。
「…でな、アイズはお主に何か聞きたがってはいたんじゃが、どうにもはぐらかされてのう。今度会ってやれんか?」
「ああ!祭の日には助けてもらったし、おれもアイズには謝らなきゃいけないんだ。何を謝るかは思い出せないんだけど…」
「そうか、難儀しとるのう。女は何で怒るか分からん生き物、あまり気にすることはない。」
「うーん、何か大事な事だったと思うんだよなあ。」
「大事なことなら尚更勝手に出てくると相場で決まっとる。それよりほれ、お主は今どうしとるんじゃ?」
「どうって?」
「ボコとやらは元気か?あの時は旅に出るようなこと言っておったが、その相棒の。」
「元気にやってるってさ。シヴァって神様に聞いた。それで俺はヘスティアの所に居させてもらってダンジョンに潜ってる。取りあえずは全部思い出せるまでのんびりやるつもりさ。」
「ヘスティアとやらも神か。」
「ああ、ファルナをくれたんだけど、ちっとも見てくれないんだよ。今日も二日酔いでまともに話せないし。」
「…すまんの、話を変えるか。ロキから魔法が得意と聞いたが、わしゃあまるで魔法なんぞとは縁がなくてのう、やはり使えると楽しいか。」
「いざってときには頼りになるけど、そんなもんさ。なければ代わりを考えるしな。」
「はっは、親御さんはいい育て方をしたな。アイズが習いたいと言うのもよう分かる。」
「親父から魔法は習ってないぞ。」
「そういう意味ではないが、では、剣の腕が立つと聞いたがそっちか。」
「ああ。でもアイズにはやられちゃったよ。なんでもありならきっと勝てたけどな!」
「負けず嫌いじゃのう、あの子はあれでこの街でも指折りで腕がたつ、一本とられるのも仕方あるまい。」
「そうなのか?あいつ凄いやつなんだな。」
「お主はなんと言うか、何にも隠さんで素直だのう。今時珍しい。魔法は何が出来るんじゃ?」
「うーん、説明しづらいけど、まあ100と少しくらいはあるし、見せようか。」
「抜かせ、魔法がわからん儂にも常識くらいあるわい!一人2つもあれば上等も上等だろうに。」
「むっ…ファイア、ブリザド、サンダー!」
「!!」
「嘘じゃないって、わかったか?」
「なんと…酔ってるせいでそう見えたんじゃろう?」
「この!」
「はっはっは!悪かった!お主は凄いのう。でもまだ100唱えるまでは信じてやらんぞ。」
「さすがに疲れるから止めとくよ。暇潰しにいろいろ見たいだけなんだろ。」
「バレたか!とても面白かったぞ!ふむ…その若さで、凄まじいのう。見ず知らずのジジイに付き合ってくれてありがとう。」
「俺を助けてくれただろ。他人じゃないさ。もう良いのか?」
「ああ、お主もそれを飲み終わったろう。」
「そうだな、じゃあ行くよ。またな。」
「冒険者にしては良い子が過ぎる…アイズといい、最近の若いのはどうなっとるんかのう。」
ーーーー
バッツはガレスと別れホームへ戻った。既におやつ時は過ぎ、昼食とシヴァへの面会を諦め、ちょうど良いから豊穣の女主人へ愛すべき二人をつれて早めに夕食へ行こうと決める。
年下の女になやみ始めた弟分と、もはやどちらが保護者か判然としない二日酔いの二人を置き去りにして遊び回ったお詫びに今晩はご馳走しようと台詞を準備し、笑顔で地下へ降りればベルが一人にやけた面で装備を手入れしている。
ヘスティアに至っては今朝は立ち上がれないほど頭痛を訴える調子だったのに姿がない。
「ベル、ヘスティアは?」
「お帰りバッツ。神様は飛び出していっちゃったんだ。6時にアモールの広場で会う約束をしたよ。おいしいごはんを食べに行こうって…あ。」
「なんだ?」
(神様と二人きりでって約束しちゃったけど、バッツのことわすれてたなあ…でもこの前みんなで食べに行こうって話したし、大丈夫だよね。)
「いや、そう言うことだからバッツも行こうよ。」
「おう!じゃその前に、成長を見せてもらおうかな。」
「よし、今準備するよ。…バッツ、腰が光ってるよ!魔石灯のつけっぱなしはもったいないから消さないと。」
「おお?ほんとだ、けっこう光ってるな…これが何か分かるのか?」
「あ…そうか。魔石灯はこう使うんだよ。ちょっとかして…あれ、僕の知ってる魔石灯じゃない…」
「ベルもよく分かんないか。でも、俺が見つけたお宝だからな。あげないぞ。」
「拾ってきたの?人のものじゃないと良いけど…」
「まあ床に埋まってたし、大丈夫だろう。これは置いといて、さあ、やるか!」
「まあ、バッツが良いなら良いけど。」
2時間程度行われた組手は、休憩をいれながらもベルの詰みが早かったため10本にのぼった。ベルが短い木刀での二刀流に対してバッツはベルの目指す一撃離脱を見せるため素手で相手をした。
武器をとらないことに挑発されたと勘違いしたベルはむっとして素直に踏み込んだものの、先制の甘い振りをしらはどりに流されて我に帰る。はっとしてつい見たバッツの顔はわずかに笑っていた。何が起こったか理解するまもなく、ほとんど全ての勢いを床へ流されて崩れた体に、一方的な打撃を叩き込まれた。
初めてただ武器を持つだけでは有利な立場にたてない事を知ったベルは、体術で勝てない相手に対しての大きな課題に立ち向かうこととなった。
短刀一本分の小さなリーチで取れる有利を生かすのは難しく、その空間が貴重なことを意識し始めたが、自分の距離というものを維持できるほど技術の無い自分に腹が立った。
5本を数えた辺りで悔しいかと声をかけられれば始めに調子にのっていた自分の甘さに気づいて頬を張った。
8本目で初めてバッツの拳がどこまで届くか見ようとしたが、下げる歩幅に対して踏み込みの鋭さで負けてただ殴られるだけに終わった。しかしバッツは初めて相手に合わせようとした事をほめた。ベルはいかに自分が安全に相手の嫌がる事を出来るかが大事で、武器の有無などそのうちの一つでしかない事を知った。
10本目、時間と体力は限界を迎えつつある。
息が上がったままでもベルは目をそらすことだけはしなかった。倒れる度にちらつく憧れのやまない少女の背中へ近付くために必死に考え続けた。
ようやくベルはバッツの徹底している事に気付く。基本的にあの受け流しはバッツが余裕のある体制でしか構えず、その他は決してこちらが構えを崩さないでいる内は攻めてこない。
思い返せば木刀を振るのはどこかしら体に届きそうな気がする距離に詰まった時。つまりバッツの距離を握っているのがバッツであることを崩せない以上この受け身な戦いかたは勝ち目がない。逆に目の前の相手は素手であるにも関わらず身を守ることが勝機に直結している。
初めてベルはバッツの足を狙った。手前の足に向かって2、3突くように詰める身長の差を生かした低い攻撃にバッツは下がる他なかったが、防御を捨て大きく踏み込んだベルはこれ以上深く詰めきれる体制ではなくなった。
ベルの狙いはここからにあった。歩幅こそ小さいが、勢いのままにさらに踏み込む。バッツは好機とばかりに腰を落としそなえた。
激しく息を吐く音が重なる。
ベルは自分から踏み込んでおいて自分の急所の前へ向けて腕を振った。反撃に伸びる腕を切ろうと後の先を取る。完璧なタイミング、距離を掴んだ一閃にバッツは驚いた。
しかし次の瞬間膝をついたのはベル。バッツは無傷だった。
ベルは空振って転がり、無傷で近寄ってくるバッツにショックを受け、仰向けになって無言で肩を喘がせた。
笑顔で覗き込むバッツ。放心しているベルを立ち上がらせた後、大きくはっきり告げられた一言にベルは息が止まった。
「まいった!」
「…へ?」
「あんなカウンターされちゃあ、攻める手がないぜ。」
ベルは言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
まさかバッツを負かした?僕が?
まいったか、の聞き間違いじゃあないよね?
ベルは二度ぱちくりと目を丸くしてバッツの台詞を飲み込むことに成功すると、やったと呟き涙ぐんだ。
ベルはその日寝る前にバッツもカウンターを狙っていたので空振ったと気付く。あんなことを刃物の切っ先に対して素手でやっていたバッツにベルは震えた。
さらに思い出すと恐ろしい。隙という隙にするすると、首へみぞおちへ伸びてくるバッツの拳。触れるのを許すと間違いなくおまけの二発目が付いてきた。
不定期な踏み込みは距離を掴ませず、決して視線を外してこないバッツと目を合わせれば底の知れなさに拍車がかかり反撃の意欲が失せる。
どんなお父さんならあんな殺人拳なんて息子に仕込むんだろう。
ベルはドルガンが心底怖くなった。
ーーーー
夕食についてはアモールの広場に着いた瞬間、ヘスティアをつけてきたらしい女神の群れに追われることとなった。
なぜかほとんどの女神に目をつけられたバッツは二人の身代わりに一人で一晩中逃げ回ることとなった。
夜中、街にはヘスティア下界伝説の新たな幕開けだと触れ回る酔っ払いの神々。
いくらで寝てくれるのと叫ぶ踊り子のバッツを覚えていた神々。
遮二無二走っていればこんな時間でも妙に明るい通りに差し掛かり、そこからは何故かアマゾネスの群れも加わった黄色い声で騒ぎ通しだった。
何とか追っ手をまきホームに戻ったバッツは、二人の穏やかな寝顔に安心して腹を鳴らしながら寝た。