冒険に異世界を求めるのは間違っているだろうか   作:その辺の人

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嘘予告 
これまでの蟻喰い
ー 謎の冒険者バッツにあるときは焼かれ、あるときは投げ捨てられ、いじめられ続けたキラーアントたち。しかしその牙は折れていなかった!
家族を殺され復讐にとり憑かれた仲間たちが次々と集結する。過去類をみない団結力と数をもって7階層の最大勢力となった彼らは、悪魔となることを決意した…彼らは全てを飲み込み、ダンジョンで黙示録をなぞる。 ー




前だけ見てろ

ダンジョン9階層。バッツはベルを探しさまよっていた。

装備はいまだ無傷の軽鎧を着込み、いつものナイフにマント。多少マントが仰々しいが日頃の格好に比べればそれなりに冒険者らしく見える。

途中で小人の子供を見たら教えろと言われ、リリを想像したが口には出さなかった。

流石に10階は危険過ぎるためまず潜らないだろうと踏んだバッツは、戻った9階入口の階段でさっきみた顔と鉢合わせた。

 

「アイズ!どうしたんだ。」

「ベル・クラネルとあなたが危険だからよろしくってギルドでお願いされたの。」

「じゃあベルが危ないのか…上から探してみたけどベルはみてないんだ。」

「もう一度ここから探そう。」

 

ーーーー

 

「おい、もう10階層だぞ、どこまで潜ったんだあいつら。」

「さすがにここを抜けるのは難しいと思う、きっとこの辺にいるよ。」

「ここで人探しは骨が折れるな。アイズ、離れない方がいい。声が聞こえたら教えてくれ。」

「うん。…あっちかな。」

 

レベル1のバッツには聞き取れない遠くの声を拾ったアイズによれば戦闘が行われているようだが、霧が濃く姿が見えない。

真っ直ぐ進むアイズは、姿が見えたモンスターを雄叫びのひとつも許すことなく一刀の下に切り伏せる。

バッツは何度かアイズの前に出ようとしたが、意地でも戦わせないつもりか、すぐに距離を空けられてしまう。

 

「俺だって戦えるぞ!心配するなって。」

「頼まれたから、我慢して。」

「…女の子に守られるってのも久しぶりだな。」

「任せて。」

「おう、ベルを見つけるまでよろしくな。」

 

ほとんど駆け足で進むなか、ベルの方へ向かっているであろうモンスターの影は少しずつ増えている。

その流れに逆らって飛び出した影が1つ。子供くらいの背丈で大きな団子がついている。リリを知っているバッツには常識はずれな大きさの袋を背負っているようにも見えた。

ベルはある程度戦闘をこなせるため、ひとりだった今の影がリリなら先に合流すべきがどちらかは明らかだった。

目を細めたバッツへアイズが話しかける。

 

「もう着いたよ、多分あの辺りだと思う。」

「ようっし、早速だけど解散!」

「残念だけど、私もこの辺の敵を倒しておきます。気を付けて。」

「ああ。お礼って訳じゃないけど、リジェネ!」

「これは?」

「小さい傷が治り続けるんだ。薬代くらいにはなるだろう。」

「ありがとう。またね。」

 

ーーーー

 

バッツは駆け込んだ先で確かに馴染みのある声を聞いた。

即座に戦闘体勢に入ったバッツがベルへ近寄るオークの背中に取りついて急所を一突きする。

声もなく霧散するまえに飛び降りたバッツは状況確認を行う。

 

「邪魔だァァ!」

「ベル!こっちだ!」

「バッツ!ここがわかったの?」

「リリはどうした?」

「一人で行っちゃったんだ…もう少し疑ったほうがいいって言われた!リリだって一人じゃ危ないくせに!」

「落ち着け!…ナイフはどうしたんだ?」

「リリが持ってる!」

「そうか。俺はリリを助けにもう行く!すぐにこの辺の敵は片付くから追ってこい!」

「分かった!って、倒してくれないの!?」

 

ベルが振り向くと既にバッツの姿はない。すぐに片付くという言葉の意味がわからないままバッツを追うが結局モンスター達を振りきれず、戦闘に戻らざるをえなかった。しかしリリへの心配は随分と軽くなり、余裕も出たため集中力を増した。

 

ーーーー

 

バッツはリリを探すために一切の戦闘を無視してダンジョンを駆ける。一人で無理はしないリリの性格を考えて大きな道や上階への最短経路を走ったバッツは、少女の叫び声を聞きついに足を止めた。

打撃音の響く方へ向かうと倒れたリリが冒険者に凄まれているのが見える。さらに手前にいる冒険者はリリを襲っている冒険者と揉め始めた。

ただ事ではない雰囲気にバッツはリリ以外の冒険者を敵とみなし、踏み込むことにした。

 

「お前たち!…!?」

 

手前にいる冒険者の手には痛め付けられたキラーアントが見える。床に転がる物も消滅しないところを見ると死にかけているのは一匹ではなかった。嫌でも聞こえる独特の足音は増え続け、フェロモンの効果で増援が湧き始めたのをこの場の全員に知らせていた。

 

バッツは迷わず近くの冒険者が持つキラーアントへ止めを刺しに突撃した。

 

「チッ!早くしろゲド!邪魔が入った!」

「何様のつもりだカヌゥ!」

 

バッツはゲドへ叫ぶカヌゥと切り結ぶ。

キラーアントめがけて真っ直ぐ伸びるバッツの剣は恐ろしく速い。カヌゥは思わず蟻を落とし、両手で支えた剣で受ける。邪魔しやがってと睨み付けるが、気合い負けしたのはカヌゥだった。

バッツの視線は全くそれず、未だキラーアントへ注がれている。一度落ちた勢いを気にもせず、体重をのせて擦るように振り抜いたバッツは残った威力だけでカヌゥの剣を叩き折った。

 

あまりの実力差にカヌゥの表情は歪み、自ら呼んだキラーアントの鳴き声に死期を悟らされる。

転がる蟻の頭に向かうバッツを横目に力無く腰を落とすと、すぐにその歪んだ精神は走馬灯に背中を押され、すべてを投げ出す決断を下した。瞬き一つの時間だった。

 

「クソックソッ…クソッ!どうせならお前ら道連れだ!」

 

連れの冒険者二人もカヌゥがあれでは逃げ切れないことを悟る。

死にかけたキラーアントの頭を割って回るバッツから目をそらすように振り向けば、逃げ道は黒く塗りつぶされるように埋まっていく。

既にキラーアントは見える通路すべてで群れを成しつつあった。初めて見る数の群れに焦り、熱は冷め、絶望にのまれる。結局カヌゥと同じように諦めた顔で手当たり次第にキラーアントを痛め付け始め、状況は転がり落ちる様に悪化した。

 

蟻の相手を諦めたバッツはリリを手にかけようとするゲドへ走り込む。

ゲドはリリを人質にしようと首をつかんで持ち上げた。もう片手でリリの首へ刃物を押し当てようとするが、手が動かない。

見れば肘から手首にかけてざっくりとナイフが突き刺さっている。痛みを感じる前に本能が現状理解を求め、目の前に迫る白い冒険者を見た。

彼の両手は空いており、カヌゥを叩き伏せた短い得物が消えている。

 

「これがそうか。どおりで痛い…し、死にたくない…!」

 

ゲドは錯乱し始めた直後、まともに声もでないまま意識を無くした。一心に速度を上げ続けたバッツの膝がリリのフードをかすめてゲドの顎を砕いていた。

 

「悪いとは思わないぞ!早くキラーアントを何とかしないと!リリ、立てるか!」

「ぅげほっ…は…?」

 

目を白黒させているリリは視界の奥が蠢く何かで真っ黒に埋め尽くされていく恐怖に加え、痛みに耐え呼吸を思い出すのにパニック寸前だった。

バッツはリリを落ち着かせるために少し放って置くことにした。

 

ゲドの腕から短剣を抜くと最も遠い冒険者の背中に容赦なく投げつける。剣で突き刺したキラーアントの足を踏み折ってフェロモンの発散を促すカヌゥの連れは、腰でずぶと音をたてる短剣を深く受け入れ、汚い叫びを上げて倒れた。

倒れる様をみる前に走り出していたバッツは、今更死ぬのが怖くなったか逃げようともがくもう一人のカヌゥの連れへ手を伸ばすと、ポーションの入ったベルトのホルダーを盗んだ。

 

「こいつらみんな巻き込みたいだけか!おい、はやくこれを使え!」

 

リリは投げ込まれたポーションに気付きはするも痛みを忘れるほどの感情なのか蟻を食い止め続けるバッツへ弁解を始める。不思議と苦しみの見えない表情だった。

 

「もういいんです。これで誰かが私を許してくれるなら。許されなくてもここで終わりで十分です。強い人たちが逃げ切って私はおいていかれておしまい。よくある話で終われるなんてリリにはもったいないほどです。出来れば死に目ははやく忘れてくださいね、ありが…」

 

バッツはリリを抱き上げると、走りながら器用にポーションを使いリリを治療した。四方に群れるキラーアントは抵抗を続ける冒険者を押し退けながら確実に二人へ距離を詰めていく。

 

「そら、まだ痛いだろうけど、もう立てるよな。このくらいで俺たち三人がやられるわけないだろ?」

「三人?」

「ファイアボルトォォ!」

 

ファイアボルトの閃光がリリの視界を埋める。

直後に通りすぎた白髪に驚く間もなくバッツが声をかけてくる。

熱こそ帯びていたが諭すように落ち着いていた。

 

「あんなやつらに好き勝手やらせていいのか?」

「リリに…リリに今更どうしろって言うんです!?」

「俺とベルがいる!どうとでもなるだろ!」

「私は悪い子…」

「説教は後!」

「…全部に!全部やり返したい!」

「よし!そうと決まれば、前だけ見てろ!」

「うっ…うあぁぁぁん!」

「今は頑張れ!行くぞ!」

 

作戦など何一つ決めていなかったが誰も迷う事はなかった。リリは歩き出すと全力で前を跳ね回るベルの隙へ襲いかかろうとするキラーアントの注意を引いた。バッツはすぐに二人から離れたが自然と互いが互いを視界の端に確認できる。

確かな信頼を持った3人はリリを支えるように連携を完成した。

 

リリは心で叫んだ。

私の居場所はここだ!ここが良い!あの人たちみたいになりたい!

恨むだけの自分なんていらない。仕返しに全部笑い飛ばしてやる!

 

涙を拭えばベルと目が合い、足に力が入る。

ここまでされないと人を信じられない自分だが、謝る暇はない。今は進もう、白い炎が希望だ。

まだにじむ視界でも、あまりの群れに踏み出す場所が見当たらなくても、まぶしい光を追えばいい。声のする方へ、暖かい方へ進めばいい。

キラーアントの気を引いてベルを守るには、非力な石つぶてだけで十分だった。

 

ベルは振り返らない。目の前の蟻どもをとにかく倒す事こそが役目だと理解していた。

リリを守るには数を減らすこと。みるみる増えていく自分の傷を気にしていられる余裕はない。離れ過ぎなければ背後の心配はいらないというだけで上等だ。

僕たちの後ろはバッツが守ってくれる。

 

ベルとリリは初めてすべてが噛み合ったパーティの強さを体感する。自分が身を守ることしかできずともすぐに仲間が埒を空ける。前を向いて進むことが出来る。

 

二人の必死な戦いがこうも上手く行くのは、決して折れない柱があってのことだった。

二人と変わらず本気の表情を見せるバッツは、しかしそこからは想像もつかないほど冷静に戦っていた。既にリリの背後に群がるキラーアントは無防備な冒険者たちさえ無視してほとんどがバッツへ攻撃を集めている。

 

支配的な効き目のてきよせはこの場で子供二人を守るには最適だが、ギルドで口酸っぱく言われる最も危険な状況に違いなかった。

しかし一人窮地を抱え込んでおきながら、この場で唯一余裕を失っていない。

広く視界を取ったバッツは、3人笑顔で帰る光景を見据えた。等身大の大立ち回りを演じる二人の手綱を、わずかに口角を上げ自信溢れる表情で握っている。

バッツは武器を投げてしまい素手だが、勝てる確信があった。

いちいち相手をしていては1匹倒す間に5匹増えるような状況に見えても、このまま蟻を引き付け続ければいい。

ベルは一度必死になれば疲れたからと手を抜くことは絶対にない。いつか群れを焼ききってくれる。

 

キラーアントは仲間を投げつけてくるバッツに恨みでも覚えるのか、やたらぎいぎいとうるさい。

これだけの数で鳴らされるとさすがに無視できない不快を感じながらも、バッツは時折離れて行く不届き者へ漏れなく手元の蟻を投げつけながら、リリとは付かず離れずの距離を器用に保ってその時を待った。

 

リリが信じた勝利は視界が清んだと同時により明るさを増した。

人を守れる距離を体に叩き込んでいるベルはすでに自分のペースを確立出来ている。蟻の数はベルとリリの思うよりずっと早く減っていく。

バッツはベルの倒し漏れに向かって走り回り、ベルの構えに合わせて投げ込む。死にかけのキラーアントは仲間を呼ぶ間もなくファイアボルトの熱線に焼かれていった。

それをみたリリも生きているのがやっとの焼け残りを処理しはじめると一転突破で逃げ切るのが最善に思えた状況は逆転、キラーアントの全滅へ向かって終息を始めた。

一人群れを抜けたベルがバッツに続く群れへきびすを返して外周から切り込む。リリも群れを抜け、ようやく冒険者の腰からバッツの剣を回収する。

 

剣を投げ渡したリリは追い風に吹かれた気がした。

前を見れば瞬く間に攻勢を整えた二人の苛烈な連携に息を飲んだ。石細工を光らせながら波打つ黒い闇の群れを押し返し、閃光の後には温もりとわずかな明かりだけが残った。

目の前の光景がリリの心の中と重なる。飛び散る魔石が閃光を乱反射して眩しかったが、決して目を閉じることはなかった。

 

リリは勝利を確信する。そこから敵の全滅に時間はかからなかった。

蓋を開けてみればベルの体力次第だった。誰も逃げようとしなかったのはギルドの言うところの冒険行為だったが、だれも負ける気がなかったのだから仕方がない。

それもこれもバッツの異常な判断速度と耐久なくしては成り立たなかった。ベルとリリは何となくバッツが一番大変そうだと察する程度だったが、本人は多少息が荒い程度で特に怪我も無かった。

あげく落ち着いた今は目の前であくびをしているので実はさぼっていたんじゃないかと言いかけたのを二人そろって飲み込んだ。

 

リリは冒険者に蹴られて腹の骨が折れていたりと最も辛い怪我を負っているように見えたが、取り返した薬を使ってからは晴れやかな表情でベルの疲れを気にしている。

少し経って道具の確認を終えたリリはうつむいたままバッツに近寄った。

 

「あ、あの…」

「俺もそいつらの道具を盗んだからな、説教なんて出来ないさ。…ベルには黙っててくれよ。」

「はいっ。」

「何話してるの…二人とも…」

「「なんでもありませんっ。」」

 

緊張が切れてぐったりしたベルの回復を待ってから三人で静かに帰還した。

 

かろうじて生きている様子だったリリの追っ手四人は、帰り道、現場に散らばる無数の魔石を報酬に適当な冒険者へ救助を依頼しておいた。

 

ーーーー

 

戦闘を避けるために道案内をするリリは、いつもの調子で話す二人をみて心に罪悪感が広がった。こんな感情に流されてはダメ、幸せを掴むためにも前向きでいたい。自分を落ち着かせるためにどうでもいい話をしようと思った。

バッツの腰に光る石細工を値打ちのありそうな骨董品と見て興味本意で聞いてみる。

 

「先程の戦闘では、途中からそれを光らせてくださったお陰でバッツさんを見失わずにすみました。しかし、普通の魔石灯とは違うようですね。今もかなり強く光ってます。」

「お、また光ってるな。実は気付いたら光っててほっとけば消えるんだ。…取るなよ。」

「取りませんよ!…ええ、二度と取りません。」

「バッツ!その冗談はひどいよ!早くあやまって。」

「すまん!言い過ぎた!それよりほら、ベルの事はこれからどう呼ぶんだ?」

「ベル様はベル様です。まんざらでもなさそうなので変えません。」

「がーん。僕らは結構近づけた気がしてたのに…」

「リリもそう思いますよ?でもそれはそれ、これはこれと言うことで。」

「あ!ベルって呼び捨てるの恥ずかしくなったんだろ!」

「…!!ち、ちがいます!これはその…」

「そう言うことかー。嬉しいよリリ。」

「ちがうんですー!まだ抜けきってないだけです!」

「うん。そう言うことにしておくよ。」

「なあんでそういうところだけ大人なんですか…」

 

ーーーー

 

地上でリリと別れたその直後、遠くで聞こえたのはよくある往来の売り込みだったが、ベルが子供らしく引っ掛かった。

「新しい英雄譚だって!僕は古いのしか知らないから読んでみたいなあ。作者のムーって誰なんだろう。」

「さあな。なんて本だって?」

「もう一回聞こえるまで待ってみようよ。」

 

「さあ待ちに待った新たな英雄たちの伝説が何と!これまた伝説の編さん者、あのムーによる執筆でコイネーに翻訳された新刊!さる古株の神々に伺うと、実に500年ぶりとなるムーの新作だとのことで、これは期待せざるを得ない!」

 

「なかなか引っ張るな…」

「まあ気長に聞こうよ。」

 

「…新たに轟くその名は!…暁の四戦士!!」

 

「!?」

「バッツ!大丈夫!?」

 

首を押さえ唸るバッツが落ち着つくまではそれなりに時間がかかったが、その後はいつも通りの調子だった。

 

翌朝、ベルとヘスティアが目を覚ますとバッツの姿は無かった。




バッツをこきつかおうと思ったらこうなりました。だらけた展開でしたが後悔はしてません。

次回から修行、ミノタウロス編です。

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