冒険に異世界を求めるのは間違っているだろうか 作:その辺の人
寝起きに書くのは苦痛。
「うう…」
目を覚ましたバッツは感覚と視界が噛み合わず、立ちあがれないほどの目眩がした。
足音がする。視界は歪んだままだがドアの開く音に警戒心は強くなる。
こんな状況でも戦闘体勢をとるのは、経験した中で最も厳しい戦いの記憶にのまれていたからだった。
蘇生した直後だろうと剣を構えられなければ切り抜けられない。
ここがどこかも分からず、敵に捕まった経験も何度かあったことを思い出していたバッツは目を回しながらも考える。
歪む天井を見ていても仕方がない。握った手を止まらぬ汗で濡らしながら柔らかい布地に肘を突き、起き上がるのに邪魔な毛皮をなんとか足の方へ押しやると、顔を音のする方へ向けた。その目は鋭く、穏やかな昼下がりの街にあってはならない戦士のそれだった。
ドアを開けた直後に強い眼差しで刺された男の足は止まり、次に全身の震えがみてとれた。
互いに静止する。窓のカーテンが風にはためき、小鳥のさえずりが聞こえる。二度目のまばたきでふらついたバッツに男は思わず駆け寄った。まだ震える手は、それでもまっすぐ伸びてバッツの背中を支えた。
「落ち着くまで楽にするといい。ここは安全だ。」
近くで見えた長い髪と端整なはずの顔は波打つように歪んでいるが見間違えずに済んだ。
「…ミアハか。じゃあここは薬屋。」
男神の声はささやくようで落ち着いていたが頭に響いた。手で顔を押さえ、光やにおいを遮って悪い気分をこらえる。ミアハにはおびえているように見え、刺激しないことにした。
再び仰向けになり、胸に何か詰まったように浅い呼吸をするバッツが落ち着くまで無言の時間が続いた。経験の賜物か、ミアハは誰が言わずとも話せる状況になったのを見計らい、今確認できる明らかな異常について聞かずにはいられなかった。
「体が光っているが、問題ないのか?」
バッツには自身の状況が理解できず、それでも何か言わなければならない気がした。
「わからない。夢で昔を思い出したんだ。俺は強がってわがままばっかりでさ。さよならも言えなかった…」
「もういい。状況は分かった…出来ればだが、楽しいことを考えるといい。それか、ベルやヘスティアのことを。だめなら呼吸を深く、大きくすることに集中するのだ。」
水を取りに部屋を出るミアハを首だけ向けて見送ったバッツは、そのうち焦点が合いはじめ、目が回らない程度に余裕ができた。自身の精神力が問題ないことにも気付くとケアルガ、エスナ、ディスペルと手当たり次第に唱え回復を図る。部屋はバッツを中心に様々な色の輝きで溢れ、それぞれがほんの数秒で何もなかったかのように消えた。ファルナの影響が消えている今ならこの程度の魔法は大して疲れる事はなかった。
混乱が解け、めまいは収まり、意識がはっきりする。それでも記憶が完全でない違和感に加え、体の光は収まらない。ディスペルで解除出来ないならば、この光は装備品に付いている魔法効果のように、制御の効かない類いのものなのだろうか。
「どうなってるんだ?おれの体。」
冷静になりつつある自分に合わせて光が収まっていく。体が何かにとりつかれていくようなだるさが訪れ、夢の終わりを思い出させる。抗えない倦怠感がゆっくり全身に広がると共に光は収まった。魔法も先程のように何度も唱えられそうにない。
ケガに気付いてから痛いと感じるようなものでまだ調子が悪いのかもしれないと思い、大人しく疑問を振り払って息をすることに集中した。
両手を布団の外にさらせば、汗を拭うような風がここち良かった。
床のきしむ音がする。近づく足音にはもう警戒しない。しかし入ってきたミアハはまた一瞬足を止め、目を見開いた。
「待たせたな。…驚いたぞ、もうそんなに落ち着いているとは。薬は今からお前にあわせて調合する。」
バッツは起き上がりベッドに腰掛け、丸い小さなテーブルに置かれた水をすぐに一口飲むと空腹と渇きを自覚し、倒れた時のことを思い出した。
「そうか、俺は倒れたんだな。助けてくれてありがとう。」
既にある程度健康な状態であることを薬師は見切った。それでも少しこけたほほや、目元に寝不足が見られ、ヘスティアの元へ帰そうとは思えなかった。
「なに、気にするな。食事はとれそうか?」
心配する声に対してバッツの返事は早い。
「うーん、この水だけでいい。」
薬師の表情が厳しくなる。気力さえ見せればすぐにでも食事を口へ押し込んできそうだった。
「…一応言っておくが、体のためにも遠慮は絶対に…」
バッツは案の定念を押され苦笑した。ミアハの言い終わる前に立ち上がって見せたバッツは体は問題ないと動かして見せる。
「助かるよ。それじゃあ、薬を貰ったら帰ろうかな。」
この男神は、ちからわざで納得してくれるほど生半可なお人好しではない。
「駄目だ、せめて食事がとれるまではここで休め。ヘスティアとベルにもお前が元気になったら返すと伝えてある。」
二人の名前を出されたことで黙ってホームを出た事を思い出す。反省するバッツの視界を遮るように手をかざして自分へと注意を向けさせたミアハは、その後眉間を少し押さえ考えた。
「気持ちはわかるが…」
覚悟を決めると、バッツの右手を両手で包むように押さえ、冷静に告げた。
「…手遅れだ。お前は2日も目を覚まさなかったのだ。」
バッツの表情は驚愕に染まる。軽く顔を振ってから再び見たミアハの様子から、いまの言葉は嘘でないと察し、深くうなだれた。
落ち込む姿を見てふっと漏れた男神の息は弾むようった。慈悲に溢れた微笑みと共に言葉が続いた。
「深く考えても過ぎたことだ。お前がこうして目をさまし、大して酷くなかった事が、私には本当に嬉しい。」
バッツは目が覚めて初めて喜ばれた。気持ちが何となく晴れる。どうしてこんなに暗くなる必要があるのだろうと思った。あんなにひどかった症状も収まり、悪いことなど特に無い。
「よーし、じゃあなんか手伝わせてくれ。飯もナァーザと三人で食べよう。」
「切り替えが早くて何よりだ!では私と共に考えながら自分用の薬でも調合してみようではないか。嫌な刺激臭などあれば、すぐ代わろう。」
少し早口で、研究者然とした喜び方で話す神の姿がバッツには新鮮だった。
結局夜の食事はあまり入らなかったが、つい数時間前までうなされていたのが嘘のようにぐっすりと寝付いてしまった。あっさりいつもの調子へ戻ったのを見たナァーザは、これほど冒険者向きの気質は見たことがないと驚いた。
ーーーー
翌日、バッツは午前も終わろうかと言う時間に目覚めた。痩せた体は仕方ないものの顔色はほとんど元通りだった。
強烈な空腹感をのぞいて気分は良く、ミアハの気づかいで朝食がわりに置いてあったいくつかの果物に気付くとあっという間にまるかじりで平らげた。あまりの飢えに皮も種もヘタも、爽やかな香りの他には何も残らなかった。
少し落ち着いて頭が働き始めると窓を開けた。昨日はやろうとさえ思わなかった柔軟から始め、体の調子を掴んでいく。ファルナの支えがあってか、倒れる前に比べてあまり力が落ちていない。寝すぎて固まった体がほぐれると無性に体を動かしたくなってくる。ミアハから外で倒れても知らないと強く忠告されているので、室内で迷惑をかけない運動を考える。素振りは危ない。踊りならどうだろう。
「ナァーザ、おはよう!それと、俺はちょっと部屋で踊ってるから、何かあったら呼んでくれ。」
「おはようバッツ…え?」
ちらっと店のカウンターへ顔をだして言うだけ言いっ放したあと、戻ってベッドの隣で早速ステップを踏む。四角く踏んで回ればそれほど場所も必要ない。何を踊るか決めると、全身の神経へ意識を行き渡らせ、観客のいない部屋で吹き込んだ風と踊る。下ろしたまぶたの裏に映すのは、いつかクリスタルが見せてくれた勇者。一心不乱にあらゆる場所で希望を表現し続け、後世へつないで見せた普遍の舞踏。
徐々に増す高揚感に身を任せることなく、淡々と沸き上がる熱を指先まで流す。踏み込む足は柔らかく、つもった落ち葉の上を歩くように静かで力強い。
一曲踊り終わり、爽やかな汗が額にうっすら浮いた。起こるはずのない拍手が聞こえる。
(良い感じだ。まともに食べてなかったのに体が動く…不思議だ。)
ドアは開いていた。集中しきっていて一人の観客に気付かなかったことに驚いた。この時間なら眠そうな顔をしているはずが、ほんの少し上気しているのが見てとれる。
「本当に良かった…とっても素敵なワルツだった。」
「ありがとうナァーザ。演奏がないのにわかるんだな。」
その辺にあった背もたれのない小さな丸椅子を並べてすわる。受付はどうせ客が来ないから放っておいてもいいらしい。
「上手だから、誰にだって伝わるよ。冒険者の前は薬師でダンサー?」
答えるのは簡単だが、具体的なことは、いろんな意味でとても説明しづらかった。
「旅人さ。ちゃんとやった仕事は、ないかもしれない…」
恥ずかしそうに髪をかく姿にナァーザは経験の深さを見る。
普通の冒険者は平穏に生きる人に対してこれほど自然に対等ではいられない。いくら年を取っても危険をくぐった分だけ、心のどこかで敬われるべきだと思っており、隠してもどこか態度に出る。少なくとも薬を買いに来る客の一定数はそういう考えを口にする。
命を助けるのが使命のお前らが立派に金をとるんだなと言いがかりをつけるのは、探せばこの街のどこでも見つけられる光景だった。
ナァーザはこれを職業病だと片付けており気にならなくなっていたが、素直に感心した。
「まあ…すごい経験。どおりで丈夫…」
バッツは歯切れの悪い言葉が眠気から来るものではないと、薄茶色のまつげがぱちぱちと良く動くまぶたに合わせて跳ねるのを見てはっきりわかった。
「気になるか?踊りは昔の人に教えてもらったんだ。それでいつでもどこでもたくさん踊った。勇気をもらったよ。」
ナァーザはバッツが手のひらを見つめ想起するのに気付き、ミアハの忠告を思い出した。
(いつかちゃんと旅の話を聞きたいけど、昔話はちょっとで良いって言われてるし、今はこれでおしまい…悪い思い出じゃなくて良かった。)
「そろそろお昼にしましょう。」
「ああ、俺も果物しか食べてないんだ。ミアハは?」
「そろそろポーション10本をタダで…タダで配って、もうかえって来るはず」
「それって仕事なのか?」
「ここだけのはなし…9割は趣味。」
その後は刺激物こそさけたが子供一人前の量を食べきり、皆でポーションの在庫確保にいそしんだ。
夜にはミアハと同じだけの夕食を、時間こそかかったが残らず食べきって見せると、もう大丈夫だとお墨付きをもらった。
妙に重い体のせいで、自分の限界を出しきれないもどかしさに負けじと元気に振る舞っていたバッツは、自分の体の弱さを改めて思い知らされた。
こんな調子では人より丈夫と言われてもそれと同じだけ心配されるのも当たり前だと気付き、襲ってきた首のしびれをこらえながら、すぐに納得出来た。
母が目の前で倒れた日を思い出す。たった3人の家から一人消えたあの時、ベルくらいだった自分はどれ程辛かったか。
そうと決まれば早く寝なければ。不安で頭を埋め尽くさないように思考を断つ。旅のなかで身に付けたルーチンでさっさと頭を空っぽにしたバッツが最後に考えていたことは、ベルをもっと鍛え、自分の調子を早く元に戻すことだった。
ーーーー
ミアハ・ファミリアのホーム、青の薬舗に倒れこんで4日目の朝。晴れて今日バッツは帰宅する。
「ありがとう二人とも!もう帰るけど、いつでも呼んでくれ!お金でも素材でも、どこからだって必ず取ってくるからな!」
「友の危険に貸し借りなどないだろう。また元気な顔を見せてくれれば良い。無事を祈っている。」
「また踊るときは教えてね。必ず見に行くから。」
「ああ!またな!」
言うが早いか、バッツは全力疾走で風を切って消えた。
「ナァーザよ、バッツは踊るのか。」
「とっても上手。その辺の踊り子よりずっと良かった。」
「大人しくするよう言ったではないか。」
「まだ健康が気になるの?じゃあ私一人で見に行きます。」
「…意地悪を言うな。私も誘うのだぞ。絶対だぞ。」
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丁度日が高くなる頃、すっかり馴染んだ廃墟地下のホームへ降りる。出来るだけ明るく、素直に声を張る。
「ただいま!心配させてすまん!」
「バッツ!」
「ベル、ボロボロじゃないか!?」
心配されるはずの病み上がりへ笑顔を見せる弟分はあざだらけだった。一瞬にして状況はあべこべになってしまい、バッツは頭をかき、ベルの笑顔は苦くなる。
「朝からどうしたんだ?」
「それが、聞いてよ!ア、アイズさんと修行することになったんだ!」
「おお!やるな。仲良くなれたか?」
「そ、そう言うことじゃ…でもダメダメな所も言われたけど、最後まで目を閉じないのをほめられたよ。」
「良いぞ!俺の教えも無駄じゃなかった…」
「なに言ってるの!バッツがいなかったら今頃壁から蹴っ飛ばされて落ちてたよ!」
「厳しいんだな、アイズは。」
「どちらかといえば…いや、それよりアイズさんもバッツに会いたがってたよ。そっちこそ、どこでそんなに仲良くなったの?」
「怪物祭の時に会ったんだ。ロキに連れられて3人で少し一緒に回った。」
「そこでまたなんかやったんだ。」
「やってない!…多分!」
「それは明日の朝、直接聞いてみようかな。」
「俺も行く。明日が楽しみだな。」
「うん。それと、体が大丈夫なら、今からリリとダンジョン行くけど…」
「行くぞ!すぐ準備するからな!」