冒険に異世界を求めるのは間違っているだろうか 作:その辺の人
久しぶりの壁への競争は、ほとんど同着の結果だった。
ベルが高らかに拳を突き上げて喜ぶと、バッツは年の差を感じさせないほど地団駄を踏んだ。
「俺も短剣だけならこーんなに離してたはずさ!」
「ふふっ大人げないよバッツ。もう足の早さに差なんてないもんね。」
バッツの装備は、ベルには初めて見せる、というより昨日初めて買った安物の盾と長剣だった。
普段より速度を落とし耐えるための装備に見えるが、その予想に反して身に付けている防具は少なかった。いつもの深い海のように青く鮮やかな布を巻き付けた上から噛ませるようにのせた同じ色の小さな小手に靴、そして如何にも何かの物語に出てきそうなのに寝具代わりにさえされていたマント程度。アイズと打ち合い、耐える気があるのか無いのかわかり辛い不思議な取り合わせ。
ベルはどうせバッツもレベル差の暴力で剣の一つも振らせてもらえないだろうと思い、その中途半端に見える装備に不思議そうな顔をした。
「そろそろ来るか?」
「そのはずだけど…なんでそんな装備で来たの。」
「まだ受け方は見せてなかったと思ってさ。アイズ相手に上手くいくかわからないけど。もちろん今までみたいに当たらないのが一番だな。」
「僕は相手の剣を目で追うのもまだ出来てないんだ…」
「早い動きは広く見るんだ。肩から腰がいつも見えるように。いちいち端から端まで見てたら追い付かな…」
「おはよう。」
挨拶と同時に聞こえた軽やかな着地の音に合わせて跳ねるベルとそれを笑うバッツ。良く見れば口角が上がっているようにも見えなくもないアイズの足音は聞こえなかった。驚かせようとひとっ跳びで遠くから来たようだ。
「バッツも来たんだね。よろしくお願いします。」
「よろしくな!それでちょっと…こっち来てくれ。」
なんとも慣れたようにアイズの手を握り少し歩く。当然ベルから憧れと嫉妬の視線が注がれるが二人は無視した。
「ベルには俺が魔法を使えるって話してないんだ。隠してくれ。頼む。」
「…なんで?」
「あいつ魔法覚えたばっかりなんだ。拗ねたら嫌だろ?それに神様からも隠しとけって怒られてる。」
「…分かった。代わりにってわけじゃないけど…私の練習にも付き合って下さい。」
「ありがとう。じゃあまずはベルからだな!」
バッツはやるぞと呼んだベルからとんでくる痛いほどの無言の訴えに、思わずたじろいだ。
「き、今日は本気だすってさ。なあアイズ。」
ベルの顔が凍りつく。我ながら上手くごまかせたと思った。振り替えればつぶらな金色の瞳が、良いの?と聞き返してくる。戦姫が天然だと気付いたのはこの時だった。
(分かったって、今、言っただろ!)
さっと目を会わせ、冷や汗がにじみそうになるバッツのひきつった頬を見たアイズがぽんと手を打つ。
「大丈夫、本気でやるのはバッツだけ。」
(そうじゃないんだよなあ)
「バ、バッツも病み上がりだから、優しくしてください…?」
ーーーー
ベルの今日初めてのダウンは、見るものすべてがあわれに思ってしまうほどゆったりとしていた。
はじめの2、3振りは姿勢を下げたり前に踏み込んで初動を防いだものの、顔をあげる間も無く、軸足のひざを押すように蹴られて体勢が崩れるともう下がるほか術はなかった。そこからは肘を伸ばした戦姫の長い剣にリーチの差を押し付けられ、下がりに下がって追い詰められる。最後には壁に気付かず尻を自ら押し付けた瞬間、きれいにへそを蹴りつけられ、意識を手放した。
涼しい顔でバッツに振り向くアイズの髪はまっすぐ背中におりて微動だにしない。心なしか胸を張って見えた。
「今日はすごく上手に手を抜けたと思う。」
「あれでか!?とどめはいらなかっただろ!」
「…確かに。踏み込まれるとは思わなかったからつい。それよりバッツの番。」
「いや、ベルが目を覚まさないぞ…」
「いつもの事だから大丈夫だよ。昨日もずっとそうだった。」
「え…?」
「早く。私も時間はそんなに無いの。」
(これは…がんばれベル!!)
右手を下ろし軽く剣を握ったバッツの左手には、胴がまるごと隠せる幅を持つ中盾。脇を閉め、真っ直ぐ立てて構えるのはさながら儀礼的な騎士のそれだった。まさか絵本でしか見たことのないポーズをとられるとは思わなかったアイズは、明らかに見せ物を楽しむようにテンションを上げた。
「かっこいいね。行きます。」
「こい!」
踏み込むアイズに合わせて半身に構え剣を隠す。
反撃を分かっていながら減速しない戦姫の選択は、盾を掴むことだった。
肩をこするようにかえった盾が力なくはね飛ばされる。不意をついて体勢を崩そうとしたが上手くいった気がしない。レベル差とは微妙に違う力のかかり方に違和感を感じとったアイズは咄嗟に盾の方へ頭を落として脇を抜けた。
金色の髪がわずかな風圧に跳ね、輝きを散らす。
騎士の短く突きだした剣が、どこに避けると分かっていたかのようにまっすぐアイズに向かっていた。速度が足りずに空を切った剣を目で追った戦姫は、自ら踏み込んだはずの相手に威圧され、自分から手を着いた。
盾が床を削って跳ねる。
想定外の精度で繰り出された突きは十分な脅威だった。圧倒的技量と、反応しきれないはずの速度に盾を捨てる選択をして見せた駆け引きの幅は、アイズ自信負けていると感じざるを得なかった。
間を置かず騎士は後ろに跳ねた。防戦一方を決め込んだ一手。戦姫は剣を突きだそうとすかさず踏み込むが、目の前にはゆっくり伸びてくる切っ先。長い剣を生かした置いておくだけのけん制。戦姫が盾と同じように弾き飛ばそうと振り払えば、転がる盾の回収が間に合ってしまった。
落ちた剣のけたたましい金属音と共に騎士が構えを変える。力が抜け、軽く背を曲げ腰を落とし、格式高い雰囲気は影も形もなくなった。自由となった右手は風に波打つマントもあってやはり隠れて見えず、失ったリーチの代わりに速度と精度を生かす狙いが見える。力強いまなざしが盾の上から覗き、耳障りなほど深く息を吐く様は闘士と呼ぶのがしっくりくる。
「付き合ってやる。遠慮はいらないぞ!」
覇気の込められた声は戦姫を笑顔にした。
バッツは床の砕ける音を合図に、下げた右足の膝をおろし、盾を出す。3Mはあった距離が瞬く間に詰まる。あまりにも低いすねへの一閃を目で追わず対応し、絶妙なタイミングで盾を引きながら全力でふんばった。
鋭い音、呼応する低いうなり声。がりがりと、じり貧を音に出して両足で耐える。華奢な体と剣に見合わぬ余りに重い一撃は盾を床に引っ掛け、かかる力を上に流してやっと耐えることが出来た。
以前、似たような一撃をもらった事がある気がしたが、今は押し潰されそうで痛む左手さえ気にする余裕は無い。ここで盾を失うのは詰みを意味する。
再び伸びる戦姫の手は、見えずとも経験が教えてくれた。右手のひらを思い切り盾の裏から叩きつけ、細い打開の糸を手繰り寄せる。やはり全く速度を落とす気のない戦姫の左手は、バッツが薙ぎ払いの衝撃を逃がしきる前に伸びていた。
アイズは親指が盾のふちにかすり、はっとした。飛び出た盾は下がるのみという直感に従い勢いよく伸ばした手はバッツの首元まで突き抜け、盾は下がるどころか打撃音と共に突き出てきた。全力で詰め、前傾姿勢の自分はもうほんの数Cしかない距離では突っ込むしかない。勢いを利用され、完全に好機を潰された。いよいよやれることといったら目をつぶるしかなかった。
ごんっと鈍い音。
「むぎゅ」
力なく、潰れた小ぶりの鼻から気の抜けた声。
騎士の構えからここまで15秒。全く無駄のない誘導から繰り出されたまもりとカウンターが2度アイズの攻勢を制した。
詰める駆け引きの負けを認めイノシシのごとく盾へ顔を突っ込む姿は、アイズの懇願によってバッツの胸の内だけに永久保管されることとなった。
ーーーー
「どうして盾をはがすってわかったの?最後のは誘われたって、今なら分かるけど。」
「決め手はカンだけど、始めっから目が向いてたからなあ。」
「…私、わかりやすいですか。」
「ああ、全部顔に出てる。俺と同じだな。」
「私はバッツの考え、読めなかった。」
「仕方ないさ。人間の相手はあんまりやってないんだろ?」
「うん。今も、顔に出てた?」
「そんなに強いのに、無理に足をねらって動けなくしようなんてのは、俺をモンスターみたいに見てたってことだろ。」
「…その辺のモンスターよりずっと怖いよ。」
「…人の相手はこれがつらいよな。」
「…盾受けの弱いところ、教えて下さい。」
「ああ。右手しか動かないから、もう全力はやめてくれ。」
「うん。」
「まずは片手が盾で使えないってことだな…」
珍しく口数が増え、顔が赤いのは恥じらいもあったかもしれない。
ーーーー
絹のように繊細で白い肌。そのおでこに真っ直ぐ盾の十字をつけ、頭を4分割されたアイズの顔に、気が付いたベルの目は吸い寄せられた。その後真っ赤になったバッツの左手に気付き、バッツが一矢むくいたのだと気付く。崩れたレンガを枕に寝ていたのはとてももったいなかったかもしれない。
「ウサギくんのお目覚め。」
「アイズさん…バッツ!変なこと教えないで!」
「ちょうど怪物祭でアルミラージと戦った話をしてたんだ。怒るなよ。」
「そういうことなら。もう…え、あの時バッツも戦ってたの?」
「変に呼んでしまって、ごめんなさい。」
「い、いえいえいえ僕のほうこそしょうもない事ですみません本当は呼んでもらえるだけで僕は…」
「落ち着けベル。もう俺の手も動くようになってきたし、みんな動けるなら続きにしよう。」
「はい!その前に、アイズさん、その顔…」
「気にしないで。」
「ははっ!やっぱり気に…」
「バッツも。気にしないで。」
手甲を外し、ぐしぐしと十字をこすり、気にしていることを全く隠せていないアイズに笑いをこらえきれなかった二人。
逆鱗に触れたベルの組み手は、3秒かからず決着した。バッツもかろうじて始めは受けきれたものの、すぐに執拗に打ち込まれ盾を完全に壊されてしまい、両手を上げて苦笑するほかなかった。
ーーーー
ベルの指導は、バッツがそこまでと止めることでより効率的に行われた。
時折日差しが邪魔になりはじめる。日が上がってきたようで、ベルとバッツの疲労をも考え休憩に入った。ベルは息があがっていたが、バッツの方が動いていた時間が多かったのにも関わらず平気そうだった。
アイズのテンションは落ち着かない。
「どうせなにもしてこないから、壊れる盾は壊してしまえばいい。勉強になりました。」
((それって余計面倒だ。やっぱりズレてるよなあ。))
「お前はちゃんと離れるか、盾ごと蹴っ飛ばすとかするんだぞ…」
「うん。そうするよ…」
「…こそこそ話さないで。」
「「はい!」」
ベルがバッツのまもりを実際に見れなかったのは、むしろ心を折らずに済んで良かったかもしれないとアイズは思った。
自分と比較しても正確な技量の差がまだ把握できていない。さっき盾で防いだ一撃も、並の冒険者なら盾をダメにしてはね飛ばされてもおかしくない衝撃だったはずだ。
本当にレベル1なのか、不思議で仕方がない。もし同じステイタスだったなら、彼を相手に私はどれだけやれるのだろう。
昨日から今日で見る限り、こちらの動きを良く見て励んでいるように見えるベルでさえ、横に並ぶライバルとしてはあまりにも。
そもそもファルナがないまま、この前ギルドで職員に調べさせても全く情報のなかったチョコボなるモンスターをテイムし、世界を一人でまわっていたと言うだけでも常軌を逸してあまりある。実際に実力を見せられては信じたくなるのがより現実感を薄れさせた。
不意に立ち上がったバッツの両手に目を奪われる。
なくした盾の代わりにベルの黒い短刀を握り、右手は長剣。上級冒険者でも緊急時以外は進んで選ばない武器と構え。ベルにこれくらいは出来るだろうと語るその目は淀みなく、信頼を感じる。
「でもすこしずつだな。今日は右手が重いときのごまかしかただけ。」
思った通りで納得がいったが、まともに二刀流などしないので新鮮だった。これは見ておきたい。
型や技は分かりやすく、やる気が出る。不意に目があった少年の輝く瞳には、似たような顔をする自分が映っていた。
ーーーー
気が付けば日も昇った。解散の時間だった。
バッツはこんなもんだろうと片付けはじめ、壊れた盾を肩にかついでいる。練習用に買ったので弁償は要らないらしい。
「時間が足りない…」
口に出したのはベルでなくアイズだった。直感的な言葉で話すバッツから吸収するには組手が一番のはずなのに、煽られるがままにバッツの体力を残せない自分の実力不足を悔しがっての一言だった。
「あ、あの!僕の覚えが悪いのはあなたのせいじゃ…」
「アイズだってまだまだ覚えたいことがあるんだもんな。ベルは今朝みたいに、もうちょっと自信もってくれよ。」
「うん。君は頑張ってると思うよ。今度教えてもらった技、見せてね。」
「は、はい!?」
「俺もふたりに置いていかれないように頑張るから、よろしくな!」
「「置いていかれる…?」」
「なんか変なこと言ったか?」
「「ううん…?」」
最後の最後に噛み合わない3人は、それなりの満足感と共に解散した。
ーーーー
夜、アイズは帰ったホームで興奮冷めやらぬまま早足に廊下を進む。フィンとの約束通りバッツの情報共有をしようと彼の部屋を訪ねた。
遅い時間にも関わらずもぬけの殻な私室に落胆し、屋敷を歩き回ると難しい顔をしたのティオナとレフィーヤを見つけ、誰でもいいから話を聞いて欲しかったので二人を捕まえることにした。
「何してるの?」
「アイズ!良いところにきたよ!この本読める?」
何やら難しい本を読んでいるようだ。コイネーに訳されているようだが、文法があまりに古く、使われている単語も分かりにくい。そんなことよりほかに話したいことがある。
「分からない。私も聞いてほしいことがあるんだけどいいかな。」
ばたんと本が閉じられる。タイトルは、ヒエログリフと共にその直訳で光の戦士たちと書かれている。迷いなく閉じたのはこめかみを押さえたレフィーヤだった。
「こんな物語なんて読んでも仕方ありません!そもそも何なんですかこの第三巻、この玉ねぎ帽子の勇者の子、私より若いのに物分かりがよすぎます!文章も難しくて読めませんし…」
「でもでも、リヴェリアの宿題なんでしょ?サボって良いのー?」
「ううー…アイズさんのお願いに勝るものはありません!」
「みたいだよ、よかったねアイズ。」
「うん。」
ようやく話すことができるようになったアイズはゆっくり息を吸い、前のめりに話し出す。
「今日はバッツが盾で耐えたの。すごかった。」
言いたいことは言えた。満足した。
短く、意味の分からない言葉からは熱だけが伝わった。
目を合わせた三人の沈黙は、アイズがすんと鼻を一つならすまで続いた。
「…おしまい?」
「うん。」
「な、何を耐えたんですか?」
2、3質問に答えると話が伝わったようで、アマゾネスの少女はアイズから強者の匂いがしたのか、健康的な腕を組み、にやついている。対して丁寧に編んだ髪を左右に振り回すエルフの少女は、アイズの剣が通じないなど信じないと、本人を目の前に頑として謎の意地を張っていた。